2008年11月20日

栃折久美子著『モロッコ革の本』

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 この本はB6版のソフトカバーの本だ。いつも使っているブックカバーじゃ大きいので、新刊書店で買ったときにつけてもらったカバーを取ってあるので、適当に見つくろって、カバーをかける。しかしうまくかけられなくなってきている自分を思い愕然とする。
 私はカバーをかける場合、昔やっていたように、きちんと本のサイズにはさみを入れて折り込み、カバーがずれないようにテープで織り込み部分をとめる。その折り込みがきれいに出来なくなっている。それが出来ないと、きれいに本とカバーが合わなくなってしまい、折り込んだ部分が浮き上がったりしてしまうので、見てくれが悪い。
 どうでもいいことと思われるかもしれないが、そこは私のこだわりでもあるし、昔書店員時代きれいにカバーをかけてお客様に渡すものだ教え込まれてきたから、どうしてもこだわってしまう。
 初めて書店でアルバイトをはじめたとき、まずはこのカバーがけを教わった。教えてくれる先輩のようにきれいにカバーがなかなかかけられないでいた。だから家に帰って、新聞のチラシを使って、カバーがけの練習を何度もしたものだ。
 話はこの本と関係なく進みそうだけど、カバーがけの話のついでに、爪のことも書く。
 つい最近まで私は自分の爪を切るとき、絶対に深爪はしないようにしていた。変な言い方かもしれないけれど、多少爪を残して切った。なぜなら深爪をしてしまうと、本にカバーをかけるとき、きちんと折り込みのすじがつけられないのと、紙で指先を切ってしまうからだ。しかし、最近は多分普通の人が爪を切るように、切るようになった。爪切りにこだわる必要性がなくなったからだ。
 カバーがきれいにかけられなくなったのも、毎日カバーがけをしていた昔とは違うし、最近は市販のブックカバーをさっとかけてしまうから、要はカバーがけが鈍ってしまったのだろう。

 本棚の整理をしていたら懐かしいこの本が出てきた。何となく読みたくなり手にする。この本は大学時代友人に“いい本だよ”と勧められて読んだ。確かに読んでみて“いい本”だったと当時は思った。
 しかし今読み返してみると、それほどでもないかと思っている。
 あのときこの本が“いい本”だと感じたのは、著者が女性一人でブリュッセルでルリユール(製本)を学びに行き、言葉の不自由さの中で、何か生きることの手がかりを模索している姿が、当時自分たちがこれからどう生きていけばいいのか考えあぐね、不安の中にいたことが、この本をして“いい本”と感じたのではないかと思うのだ。たまたまここに書かれた著者の立場と自分たちがいた立場が妙に一致していたのだ。
 でも、あれから三十年近く経ってしまった現在、生きることの手がかりなどさがす前に、とにかく生きなきゃならないとしてここまで来てしまったから、今更生きることの手がかりを模索している姿を読んでも、感動もわかないのは当たり前のような気がする。多分昔読んだ本で感動した本を読み返したなら、こんなことは頻繁に起こるに違いない。
 いい本がいい本じゃなくなっていくというのは、一抹の寂しさがある。それこそ本のカバーがうまくかけられない寂しさと、私の中で一致する。
 正直読み返さなきゃよかったかもしれないと思った。昔よかった本は自分の記憶の中で“いい本”として残っていればそれでいいのかもしれない。

 栃折さんが何故、ブリュッセルでルリユールを学びに来たかというと、まず、栃折さんが話せる外国語がフランス語しかなかったこと。そのルリユールはドイツ流、イギリス流、フランス流といくつかの流れがあるうち、フランスのルリユールはとりわけ繊細で、文学書の装幀を主にして深められてきたことに心が引かれていたこと。そしてベルギーがその流れをついで、古い伝統工芸の技術がよく保存されていることで、ブリュッセルでルリユールを学ぼうとしたと書かれている。
 「ここに来る前は、製本家になるつもりは少しもありませんでした。ブック・デザインの仕事をもう少し正確にできるようになりたいと思い、洋本というものの正統的な先祖に会いに来たつもりだったのです」と初期の動機をそう語る。


 「これは昨夜ケースを仕上げたところなんだ」
 本のケースを、大きすぎず、かといって振っても出てこないなどということがないようにつくることが、どんなにむずかしいか。一点制作のルリユールよりはるかに許容範囲の広い量産本の場合でも、ちょうどいい大きさのケースはめったに見られないほどだ。これまでしてきたブック・デザインの仕事を通して、このことは身をもって知っている。
 先生がケースの背を下にして机の上に立て、口元に本を持って行って手を放すと、本は何秒かかかって静かに入ってゆき、最後にことりと音を立ててケースの中に収まった。それを手に持つと、斜めに傾けるだけで本が出て来る。その仕事の厳密さ、精度に私は驚嘆した

 先生ののものはそれとはちがって、表紙には何の装飾もなかった。特有の美しいしぼのあるモロッコ革の生地そのままのシンプルなものだったが、それだけに技術そのものが生きる。ごまかしがきかない。
 それは、動きのよい人間の手以外のものがつくれる筈のないものでありながら、そこにつくり手がいたことを忘れさせてしまうほど、自然なものに見えた。たとえば一個の果物、一輪の花のように、何でもなくただ一冊の本であった


 このように精巧にしかもさりげなく装幀された本やケースを見たとき、栃折さんは居間の肘掛け椅子の上に膝を抱えて座り、何もする気になれなくなった。


 知らなかったんだ。私は。自分がこの街へ何をしに来たのかということ。なぜ私が今ここにいるかということを。


 甘い気持でブリュッセルまできて、本物を見せられたときに衝撃はきっと堪えただろうなと思う。その衝撃を感じたとき栃折さんは何をすべきか悟ったのだろう。だから「ここにくるために今まで生きてきたような気がする。長いことかかったけれど、遠廻りをしたとは思わない」と感じられたのではないだろうか。
 最近何でもまがいものばかり見せられているから、本物の良さがわからなくなっている気がする。それで済んじゃっているところが恐ろしいと思ってしまう。もちろん知らなければ知らないでもいいのかもしれないけれど、やっぱり本物の良さ、伝統に基づいた作品などは、現代の人々が作り上げるものとは、きっとどこかつがうはずだと思いたい。そんなもにを目で見て、感じ、その技術を習得していけるのは、ある意味うらやましい。


評価
★★★


書誌
書名:モロッコ革の本
著者:栃折 久美子
ISBN:
出版社:筑摩書房 (1981/04 出版)
版型:206p / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2008年11月18日

吉村昭著『羆嵐』

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 この本は、1915年(大正4年)12月に北海道留萌苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した日本最大最悪の熊害(ゆうがい)事件を扱った作品である。
“穴持たず”という冬ごもりの穴を見つけ損なった羆が当時の開拓民7名を殺し、3名の重傷者を出した。詳しくはWikipediaにある。


三毛別羆事件


 六線沢に入植した人たちはそれよりも北方三十キロの山間部に東北地方から入植した人たちであった。彼らは国から与えられたわずかな奨励金で草囲い小屋を建て、不毛の地に鍬を入れ、種を蒔いた。しかし蝗の襲来でわずかな農作物は全滅し、六線沢に移ってきた。
 新しい土地は以前の土地よりましではあったが、やはり自然環境は過酷であった。ここに巨大な羆が現れた。羆の存在は「草がこいの小舎に住むかれらは、穴居生活をしていた時代の人間たちと大差ない生活をしている。それは、地上に棲息する動物の一種属として、自然の変化に容赦なくさらされた生活であった。穴居していた人間たちは、強大な力をもつ肉食獣の食欲みたす存在にすぎなかった」ことを思い知らせるのである。

 12月9日、島川の妻と息子が羆に襲われた。息子の遺体はそこにあったが、島川の妻の遺体がない。羆が持ち去ったのである。「島川のおっかあをとりもどさなくちゃ」と村の男たちは遺体を山林の中でさがす。遺体を見つけた男が「おっかあが、少なくなっている」と目を血走らせて言った。島川の妻の遺体は頭蓋骨と一握りほどの頭髪、それと黒足袋と脚絆をつけた片足の膝下の部分のみしかなかった。
 それでも彼らは羆におさわれた島川の妻と息子の遺体を懇ろに回向し、埋葬しなければならない義務が生じた。なぜなら遺体を土に帰すことは、入植者であるかれらが土に根を張ることを意味しているからだ。

 「かれらの生活は、その土地の土壌に仮の根をのばしはじめていたにすぎなかった。植物は、冬の訪れとともに地表から姿を消すが、種子は土の割れ目に入って春の訪れとともに多くの芽をふき出す。それは土壌との毎年約束された合意によるものだが、かれらはそこまで土の信頼を得るに至っていなかった」
 だから、自然と彼らの信頼は彼らの身内の死体を埋葬されることの深まることができる。「土との融合は、植物の種子が地表に落ちるように死体を土に帰すことによって深められる」のである。彼らはここに入植して四年目なのでまだ一人も死者を埋葬することがなかったのだ。

 翌日男たちは、羆が明景の家を襲っているところに出くわす。

「今、中でクマが食っている」

 「音がした。それは、なにか固い物を強い力でへし折るようなひどく乾いた音であった。それにつづいて、物をこまかく砕く音がきこえてきた。
 区長たちの顔が、ゆがんだ。音はつづいている。それは、あきらかに羆が骨をかみくだいている音であった」

 男たちは銃を撃った。その後家の中へ入る。その凄惨な光景を見て、男たちの中からすすり泣きが起こる。殺されたのが誰だかわからなかったが、村落の者が無惨な肉片と骨に化していることに耐え難い悲しみを感じたのであった。

 「人々は、未開の地に村落を形成した。かれらは、荒地をひらいたが、土地は、逞しく張った木の根や石塊でかれらの鍬をこばもうとし、冬の寒気と積雪でその生活をおびやかした。それを当然のこととしてかれらは苦痛に堪え、自然にさからうこともなく生きてきた。
 しかし自然はかれらに大きな代償を強いた。先住者である羆を擁護する立場に立ち、村落の者たちを容赦なく死におとし入れた。それは、村落の者に対して加えられた制裁のように思えた。
 男たちは、自分たちのつつましい努力が自然の前に無力であることを感じた。土地を開墾し草囲いの家の中で寒気をしのいできた日々が、結局は無為なものであることを知らされたのだ」

 奇跡的に助かった明景の家の十歳の長男は、明景の家にいた臨月である斎田の妻が、羆に「腹、破らんでくれ」という羆に懇願する声を聞いた。
 わずか二日間で六名(胎児をいれれば七名)の者が殺害され、三名が重傷を負わされた。村民は村を放棄すべく、そこから非難し始める。遺体は羆が他に移動しないように、餌として村に放置された。
 
 救援に来た警察や銃を持ったたくさんの男たちは、最初自分たちの力を過信していたが、村の被害を目の当たりにする従い、恐怖におののきはじめる。屋根の雪が落ちただけで、羆の襲来だと勘違いし、怯える始末であった。区長は救援の警察や男たちがまったく役に立たないことを知り、熊撃ち銀四郎に応援を依頼する。銀四郎と区長は熊狩りに加わるが途中、彼らと別行動をする。羆がいる風上に彼らがいると、羆は彼らの存在をにおいで感じ取るからだ。銀四郎たちは風下に回り、羆を仕留める。銀四郎は二発で羆の急所を打ち抜いたのだ。
 仕留められた羆は頭の先から足先まで九尺(二.七メートル)体重百二貫(三八三キロ)の巨体であった。仕留められた羆を運ぶとき、吹雪が吹き荒れる。「クマ嵐だ。クマを仕とめた後には強い風が吹き荒れるという」一人の男が言う。

 とにかく読んでいて恐ろしさがひしひしと感じる本であった。北海道の開拓民たちが過酷な自然の中で生活している描写だけで、自然の恐ろしさを感じるのに、さらに体重383キロの羆が、人を襲い、骨を折り、肉を食いちぎる光景を想像すると、ぞっとしてしまう。話が事実に基づいているだけに、下手な恐怖小説より恐ろしかった。風や音が恐怖をさらに広げていく感じだった。


評価
★★★★


書誌
書名:羆嵐
著者:吉村 昭
ISBN:9784103242130
出版社:新潮社 (1977/05 出版)
版型:204p / 20cm / B6判
販売価:入手不可

2008年11月15日

山口瞳著『男性自身』

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 「男性自身」は「週刊新潮」に1963年(昭和38年)年から1995年(平成7年)に死去するまで31年間、延べ1,614回、一度も穴を開けることなく連載を続けたコラムである。この本は男性自身シリ-ズの第一巻目の作品である。
 私は書店員時代、毎週、「週刊新潮は本日発売です」と聞くたびに、今日は週刊新潮の「男性自身」シリーズを読んできた。自分の本棚にもこれをまとめた単行本や文庫本がある。ただ気合いを入れて集めてこなかったので欠本がある。この第一巻も持っていなかった。
 私はこのシリーズは途中からの読者である。だから最初このシリーズはどんな感じで始まったのか知りたかった。だからどうしても第一巻は読んでみたかった。そのためこの巻を探しに神田古本まつりにも行った。ないことはなかったけれど、値段が高かった。で、アマゾンのマーケットプレイスで買った。それを今回読んだ。以後このシリーズも読んでいこうと思っている。
 で、途中からの読者として、へぇ~山口さんは最初、こんな文章も書いていたんだと思ったことだ。そもそもこのシリーズが何故“男性自身”というかである。その目論見が次のように書かれている。

 「もしそれ、非常に注意ぶかい読者ならは、私が、この随筆ともオトギバナシとも精神訓話ともつかぬもので何を目論でいるかをすでに察知せられることであろう。
 私自身の心構えとしては長篇小説を書いているつもりなのである。もし私に幸運にもかの「白樺派」の如き長寿が許されるならば、実にこれは大河小説ともなるはずのものである。
 すなわち、現代に於いて一穴主義(女房だけしか女を知らない男)は果たして可能であるか、というのがこの大河小説に課されたテーマなのである。従ってこれは『日常生活における華麗な冒険もしくはサムワン氏の悲しき生活』と題されてしかるべきものであるが、誰かさん小説の題名に似てしまうので、いさぎよく、きっぱりと、簡潔に『男性自身』とした。男性自身とは考えようによってはかなりキワドイ題名である。今様にいえばそのものずばりである。吾人は清く正しく美しくこれを保たなければならぬ」

 要するにここでは山口さんは自分を含めて、貧乏人根性の持ち主で、生活を一番大事にしている人種であるとして、そういう人たちがどう生きているか、半ばちゃかして書いているのである。仕事にも、人間関係にも、女性の誘惑に負けず、一穴主義と呼ばれようが、軽石(カカトスルバカリ)と呼ばれようが、1DK(寝る所も排泄するところもひとつだけ)と呼ばれようが、ミシン(ひとつ穴ばかりつつく男)と呼ばれようが、とにかく、自分の生活を守ることを身上としている男が、どうやってこの世の中を生きていけばいいか、その処世訓を教えてくれている。
 ただひたすら生活を守ることがいつも頭にあるわけじゃない。ここは戦争体験者である。「どうせあのとき死ぬ運命にあったんじゃないか、いつ死んでもいいや、という気分と、戦時に育ったための極端な臆病とが交互する。どうせ変な具合に生き残ったんだから、こんな世の中は笑いとばしてやれというヤケッパチと、せっかく生き残って、切望した戦争のない世界にいるのだから、父と妻子の小さなかたまりを大事にしようという気持が交互する」と男の切ない欲望も吐露する。
 それにしても女房至上主義者をちゃかすのにいろいろな言い方があったんだなと笑ってしまった。でもこういう小市民的な部分は個人的には好きだなぁ。


評価
★★★


書誌
書名:男性自身 男性自身シリ-ズ
著者:山口 瞳
ISBN:9784103226048
出版社:新潮社 (1985/05 出版)
版型:255p / B6判
販売価:入手不可

2008年11月14日

東京都書店商業組合青年部の誰かさんへ

 ネットで自分のお店や団体などを紹介するということはどういうことなのか考えた。ぶっちゃけた話、広告だろう。それはそれでいい。それならそれで、そのサイトが美しく、きれいであることが望ましい。
 例えば私の娘や息子が自分のお気に入りに入れているサイトを見ている時、横から眺めていても、やはりきれいだなと思う。ごちゃごちゃしていない。ポイントを押さえているといっていいのではないか。
 そこには大上段に構えて、主義主張など書かれていない。そんなことより売りたい商品をメインに持ってきて、いかに購買力を上げるか、そのことに重点が置かれている。

 なんでこんなことを書いたかというと、東京都書店商業組合青年部の誰だか知らないが、以前書いた本についてコメントを寄せてきたからだ。そこには“貧相なサイトを一新いたしました”とある。こんなことを書かれたのは、私が以前東京都書店商業組合青年部のサイトがひどいと書いたからだろう。
 で、一新したというサイトへ行ってみた。「?!」何がどう変わったのかよくわからない。それにきたない。いかにもスキャナーで読み込んだと思われる写真を貼り付けた感じが、汚さを増長する。
 私は個人的に(あくまでも個人的にだ)、自分のサイトに白々しく主義主張を載せられるのは、生理的に嫌悪する。“東京都書店商業組合青年部とは、 街の本屋さんを救うべく立ち上がった、愛と正義と義侠心に溢れたナイスガイの集団です”なんて書かれると恥ずかしくなる。しかも何かの総会での写真だろうと思うが、会員の赤ら顔やピースをした写真を載せることに、何の意味があるのだろう。そのためこのサイトは一体誰のためにあるサイトなのかよくわからない。
 主張したいことがたくさんあることはわからないわけでもない。危機意識をひしひしと感じられているのもわからないわけじゃない。でもそういうほとばしる意識を前面に表してしまうと、ただ醜いだけである。そういう気持は気持として抑制しておくべきじゃないかとも思う。押さえておくことで、逆に言いたいことが何なのか。あるいはここで紹介したいことは何なのかがはっきりするような気がする。
 
 以上投稿されたコメントには“ご意見伺えれば幸いです”とあるから、サイトを拝見させてもらって私の意見を言わせてもらった。 どうしてここでこんなことを書いたかというと、どこにその意見を言えばいいのかわからないからだ。東京都書店商業組合青年部のサイトに意見を言えるところがあるのかと思えば、見あたらない。まさか私のサイトを使ってやりとりをするつもりじゃないでしょうね。それに一新したサイトを見て欲しいなら、投稿するときURLぐらい入れて欲しいし、あるいはコメントにサイトのURLに入れて欲しいものだ。それが礼儀でしょう。ネットだから何でも許されるというわけじゃないと思う。だから最初このコメントを見たとき、“迷惑コメント”として削除してしまおうかと思ったくらいだ。
 これ以上書くと自分でも何を言い出すかわからないので、この辺でやめておくし、この人とのやりとりもあまり望んではいない。ただ私個人は街の本屋さんは頑張って欲しいと思っていることだけはわかって欲しいのだが・・・。

東京都書店商業組合青年部
http://www.tokyo-shoten.or.jp/index.htm

2008年11月12日

司馬遼太郎著『司馬遼太郎が考えたこと』2

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 続いてこのシリーズの二巻目を読む。面白いもので、確かにこうしてまとめられた司馬さんのエッセイを読んでいると“司馬遼太郎が考えたこと”が生き生き伝わってくる。それはいわゆる司馬さんの歴史観だけでなく、私生活の一部も描かれていて、結構興味深く読ませてもらった。しかももうこの頃の文章になると、私が知っている司馬さんの文章で、わかりやすく、初期の文章のような堅苦しさもない。
 さてまずは司馬さんの歴史観で面白いと思ったことを三つあげる。一つは「歴史を変えた黄金の城」というエッセイで大阪城をテーマにしたものである。
 大阪冬の陣で大阪方は秀吉恩顧の大名に応援を求めたが、ほとんどの大名は来なかった。が、牢人は来た。関ヶ原で敗北したために主家を失った武士が生活に困窮し、変の起こるのを待っていた。その大半が大阪城に馳せ参じた。司馬さんはこの決戦を「徳川、豊臣の政権争奪戦という性格のほかに、サラリーマン対失業者の決戦であった。これほどおもしろい性格をもった合戦は、世界史上類をみない」と書く。
 そして時代は徳川末期の鳥羽伏見の戦いに至る。この戦いで将軍慶喜が大阪城にいたが城を抜け出した。それを司馬さんは「大阪城をとって天下を得た徳川氏は、大阪城をすてて天下をうしなった」という。そこから司馬さんは大阪城を「信長以来、つねにあたらしい権力者の目標となり、史上数度もその総攻撃の前にさらされた。しかも、武力によって陥ちたことは一度もなく、つねに政治情勢の変化のために前時代の主権者は、この城を、出ざるをえなかった。この城が開城するとき、日本史はそのつど、つねに一変した。ふしぎな城ではないか」と書くのである。思わず“なるほど言われみれば確かにそうだ”と思ってしまった。
 もう一つは関ヶ原の合戦で、なぜ秀吉子飼いである福島正則、加藤清正、浅野長政らは家康についたのかということである。これは先の巻でも書いたことだけど、こっちの方がより現実的わかりやすかった。曰く「かれらは、感傷としては豊臣への恩義を思っているが、現実では数十万石の大大名である。家来も多い。もし政治的に失敗すれば、多数の家来を路頭に迷わさなければならない。一片の感傷で自分の処世を決するわけにはいかなかったのである。家の保存のためには、何よりも安心なのは徳川家康につくことであった」と。これが現実である。大義名分は美化されやすいけど、それだけじゃ生きてはいけない。いつの時代でも現実無視の行動はただの無茶で、そうした現実を保障する力をもっていた家康が勝つべくして勝ったということなのだろう。
 最後に司馬さんは次のように言っている。「ある種の宗教的ふんい気をもった英雄がいます。たとえば関羽、八幡太郎義家、楠木正成、上杉謙信、西郷隆盛など、もしこういう人達を主人として選んで、しかもその人物に魅力を感じてしまったばあい、人は多く命をすててしまいます」と。司馬さんの歴史小説を読んでいるとこのことがひしひし感じられるので、これもそうかもしれないなと思った。ただ幸か不幸か現代はそういう英雄がいない時代なので、本の中でしか感じられないのだけれど。

 この本には司馬さんの小説の題材がどう選ばれるのか、その小説作法がいくつか書かれている。それをいくつかピックアップして書いておきたいが、その前になぜ司馬さんが“司馬遼太郎”と名乗るようになったのか、その経緯が書かれている文章があったのでまずはそのことを書いておきたい。
 司馬さんが懸賞小説を書いたとき、ペンネームが必要となった。ちょうどその時司馬さんは司馬遷の「史記」を読んでいられた。司馬さんは史記こそ世界最大の文学と信じていたから、司馬遷の姓を借りた。名を遼とした。それは司馬ヨリモ遼(ハルカニトオシ)としゃれたらしい。しかし司馬遼では国籍を間違えられると思い、太郎をつけたという。
 その“司馬遼太郎”という名前が気に入っているかといえば、必ずしもそうでもないらしいが、名前は符丁のようなものだと悟りきっている。ただ「このフチョウに慣れてしまうと、不意に本名でよばれたりしたとき、ふりむかないことがある。本名ではもはや反応力がにぶくなっている。この本名には私は入学試験に失敗したり、兵隊にとられたり、いまでも税金をとられたりして、ずいぶん厄介をかけているのだが」と自分の本名よりもペンネームの方が世間でも自分の中でも一人歩きしていることを書いておられる。
さて司馬さんが何故歴史小説や時代小説を書かれるかである。司馬さんはまず次のように言う。「ある人間が死ぬ。時間がたつ。時間がたてばたつほど、高い視点からその人物と人生を鳥瞰することができる。いわゆる歴史小説を書くおもしろさはそこにある」と。そして「時代小説というのは、一にも二にも男の魅力、悲しさ、おかしみをえがく小説だが、私自身、そういう理由こえて、男を見物するのがかぎりなく楽しい」とも言う。
 なぜ人生を完了した男がおもしろいか。それを「すこし語弊のある言い方がゆるされるとすれば、女性は、その人生の進行中にとらえるほうがおもしろく、男性はその人生が終了してから彼をながめるほうがおもしろい」と説明するのである。
 ただ誰でも男であればいいというわけじゃない。作家として男の魅力を感じさせる男でなければならないのである。その舞台となるのが歴史の中であり、その中で男の魅力をプンプンさせる男(肉体美ではない)でなければならない。それを司馬さんは「男という生きものが、その特質のもっともおもしろい部分を発揮するときは、かれが野望に燃えたときだ。権力慾、栄達慾、求道慾、復讐慾、攻撃慾に燃えたときである。その行動がきわめてダイナミックになり、美しさも醜さもいきいきと出てくる。こういう男をえがくためにはやはりこんにちの舞台ではまずい。一時代前の「歴史」を舞台にしなければ大きく動いてくれないのである。
 しかも、変動期でなければならない。戦国時代とか、幕末とか、そういう舞台がいい。そういう時代こそ、男のアクをふんだんにもった男が時代の主流に出てくるわけで泰平の世ではだめである」と説明する。
 なるほどと思う。しかし野望や権力慾、栄達慾、求道慾、復讐慾、攻撃慾だけではダメなのだ。そこには面白くかつ美しくなければならない。だから司馬さんは坂本龍馬や西郷隆盛などは描くけど、例えば山県有朋は絶対に書かないだろうと思うのだ。山県には“美しさ”がないからだ。
 そうして選ばれた主人公はすべて魅力的なのである。司馬さんが「文学のはたらきのなかで、もっとも大きな光栄の一つは、人間の典型をつくることである」と言っているが、司馬文学の主人公は、それぞれ人間の典型を表現したと思う。


評価
★★★


書誌
書名:司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784106467028
出版社:新潮社 (2001/11/15 出版)
版型:407p / 19cm / B6判
販売価:1,890円 (税込)

2008年11月07日

須賀敦子著『須賀敦子全集』〈第2巻〉

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 須賀さんの全集第二巻を読んでみる。この巻は『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』が収録されている。『ヴェネツィアの宿』は須賀さんの日本での生い立ちなどが回想され、『トリエステの坂道』では須賀さんの夫ペッピーノ家を取り巻く人々とのふれあいがつづられている。
 前回もそうだったけれど、今回も須賀さんの文章に魅力を感じていた。それが何故なのか考えてみた。うまく言えないのだけれど、たぶんそれは回想というスタイルをとるためではないかと思う。つまりそこに書かれた文章はある程度時間がたったことであり、その分充分考え抜かれた感じがするのである。そしてそこには何か失った者への哀惜というのか、全体に“喪失感”を感じるのである。
 この二つのことは、あるときは苦しく、悲しい時代のことであっても、それを強調せずに済んでいるし、楽しく、豊かな時代では、浮かれることなく、冷静に描写することになるのではないだろうか。つまりかなり抑制のきいた文章になっている感じだ。それは時間がたっていることで冷静な思考が出来ることからくることだろうし、あるいは描かれた人々が今はいないという“喪失感”が、懐かしさを醸し出しているような気がする。そんなところが私が好きなところなのではないかと思う。それに表現や言葉の言い回しが本当にうまいと思う。こういう文章が書けること自体うらやましい次第だ。

 今回も須賀さんの書かれた文章から気になる言葉を拾ってみた。

 つい何ヶ月かまえまで、空襲の下をかいくぐりながら、今日は死ぬか、明日は家が焼けるかと覚悟ばかりしていた暮しにくらべると、いのちの尺度が変わっただけでも、なにもかもが愉しかった。

 橋をわたったあたりで、カテドラルが、夏の早朝の張りつめた空気のなかにその全容を見せはじめた瞬間、どうしたことか、私は、とつぜん、この中世の建造物と自分が、ずっといっしょに連れだって日本からやってきたのではないかという、奇妙な錯覚にみまわれた。それまで自分のなかではぐくみそだててきた夢幻のカテドラルと、目のまえに大きくそびえわだかまる現実のカテドラルとが、きらきらとふるえる朝の光のなかで、たがいに呼びあい、求めあって、私の内部でひとつに重なった。腕に鳥肌がたったのは、あきらかに冷たい空気のせいだけでなかった。

 「昼間から寝たりして、ごめんなさい。夜汽車でエクス・ラ・シャペルから来たものだから」
「エクス・ラ・シャペル?」
 どこかで聞いたような土地の名だったが、思い出せない。
「そうよ。ドイツ語だとアーヘン」
「アーヘン?シャルルマーニュの?」
「そうよ、そうよ」よくできましたねえ、というように彼女は大きくうなずいてから、つけくわえた。「フランス語ではエクス・ラ・シャペルっていうのよ。いまはドイツの町だけど」

 死に抗って、死の手から彼をひきはなそうとして疲れはてている私を残して、あの初夏の夜、もっと疲れはてた彼は、声もかけないでひとりで行ってしまった。

 『用途のない備忘録』

 (そのころ、麻布あたりでも、冬の朝、庭中の土が、霜柱でざくざくにささくれた)

 カード好きのやさしいおじさん、と私が勝手に決めこんでいたあの人物は、残りすくない時間の中で必死に後輩をそだてようとする、山の村のおごそかな長老でもあったのだ。

 彼女の死に衝撃をうけるほど、自分と彼女とのあいだに親密なつきあいがあったわけではなかった。そう思ってみても、どうしようもない喪失感が、ほとんど私の意志とは関係なく、大切な本につけてしまたとりかえしのつかないインクのしみのように、私のなかに、黒い翳りをひろげていた。

 もたつきながら自分達の苦しみを見つめ、それに腹を立て、それに泣かされながらも試行錯誤をつづけていく社会、より自己充足的でない施設を目指していきたい。そうでないと、人類が人類として、生き残れないと思うからだ。政治も勿論、福祉政策を、そのような方向にもっていくべきだと思うし、それ以前に、私たち一人一人が、毎日の生活のひたすらな能率主義を、自分よりゆっくり歩いて行く人と歩調をあわせるために、少しずつ崩していく以外、私たちが、もう少しゆっくり歩こうとする以外、どうにもならぬのではないか。

 それにしても、なにかひとりよがりの匂いの抜けきらない「やさしさ」や「おもいやり」よりも、他人の立場に身を置いて相手を理解しようとする「想像力」のほうに、私はより魅力をおぼえるのだが。

 今日のローマには、自由をもとめて流れついた難民と、フィリピンやアフリカ、東欧などからの、出稼ぎの人たちも多くて、暗い活気のようなものが、この都会の目にみえない部分で、激しく流れているような気がすることがあります。

 難民なんて、なにも今日始まったことじゃない。トラステヴェレの町はそんな、あきらめと、おおらかさがまざった気持で、彼らを受け入れているようです。

 文章というのは、かなりそれが書かれた時代に似ているものである。内容だけでなくて、文の組みたて具合、といったものが、同時代の建物や道路の配置によく似ていることがある。

 パリの合理性(合理性は知性のほんの一面でしかない)に息がつまりそうになっていた自分には、イタリアの包容力がたのもしかった。なにも、かたくなることはないのだ。そう思うと、視界がすっとひらけた気がした。


評価
★★★


書誌
書名:須賀敦子全集〈第2巻〉
著者:須賀 敦子
ISBN:9784309420523
出版社:河出書房新社 (2006/12/20 出版) 河出文庫
版型:606p / 15cm / A6判
販売価:1,050 円(税込)

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    milesta [06/28 09:29]
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  • 司馬遼太郎著『街道をゆく』20巻
    おおの [09/24 22:33]
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  • 半藤一利著『昭和史』戦後篇
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  • 伊藤愼芳著『ピロリ菌』
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