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2012年02月03日

ウォルタ-・アイザックソン著『スティ-ブ・ジョブズ』〈1〉〈2〉

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 ジョアン・シーブルはイスラム教徒のティーチングアシスタントのアブドゥルファクター・ジョン・ジャンダーリと付き合い、23歳のとき妊娠する。ジョアンの父親の反対があって、二人の結婚は難しく、生まれた子を養子縁組に出す。その子は機械に情熱を傾ける高校中退のポール・ラインホルド・ジョブスと母親アルメニア移民の娘クララの息子となった。彼の名はスティーブン・ポール・ジョブスである。
この本はスティ-ブ・ジョブズ公式自伝である。ジョブスはつい最近亡くなったこともあって、この本は発売前に話題となり、発売当時ベストセラーランキング上位に入っていた。
 私はウィンドウズユーザーなので、マックに関してはまったくの素人である。その素人である私もアップルの製品にはかなり関心がある。なんと言ってもそのデザインのかっこよさと、製品がいつも世界の関心を引くものばかりを作ってきたことは、どうしてそれが可能であったのか、興味が尽きない。
 特にアップルが新製品を発表するときのジョブスはプレゼンテーションの帝王と呼ばれ、「ジョブスのプレゼンテーションにはドーパミンを放出させる力がある」とまで人々に言わせた。
ジョブスの製品ショーは緻密に組み立てられていて、ステージに上がったジョブスは、ジーンズにイッセイミヤケの黒のハイネック姿で水のボトルを持ち、ゆったりと歩く。会場はミサを助ける侍祭があふれており、企業の製品発表というより宗教的な伝道集会といった雰囲気だ、と著者は書いている。もちろんその演出を完成させるために、ジョブスは何度も思い悩み修正して完璧なものとしていた。
 アップルの創始者であり、経営者であり、プレゼンターであるスティ-ブ・ジョブズがどういう人物であったのか、そのカリスマ性に興味が尽きない。その人の自伝であるこの本が面白くない訳がない。

 ジョブスとアップルの歴史も興味深い。ジョブスの学生時代の素行から大学入学、中退。ビデオゲーム会社入社。インド放浪。アップル創業。AppleⅡの大ヒット。アップルⅡは、その後16年間、さまざまなモデルが総計600万台も販売される。パーソナルコンピュータという産業を興した立て役者と言っても過言ではない。
 そしてアップルから追放され、NeXTを立ち上げる。さらにピクサーでの大成功後、再びアップルに復帰。業績が落ち込んでいたアップルを再建し、2000年にアップルのCEOに就任。iTunesとiPodによって音楽事業に参入し、さらにiPhoneで携帯電話事業にも乗り込んでいく。そしてタブレットのiPadの衝撃発表となる。その間自ら膵臓癌におかされ、痛みと闘いながら、アップルで立て続けにイノベーションを開拓していく。そして2011年10月5日、膵臓腫瘍の転移による呼吸停止により死去する。
 ざっくりスティーブ・ジョブスの生涯を書けばこういうことになるのだが、その場面その場面、ジョブスが置かれていた状況がスリリングで、いかにもジョブスらしい方法で対処していくあたりは、面白くて仕方がなかった。
結局ジョブスの性格、考え方がそのままアップルに反映されていたことになるのだが、ときにはそうした独断専行の立ち居振舞いは反発を買い、追放劇となる。しかしアップルはもともとジョブスなしにはアップルであり得ない会社であったため、必然カムバックとなる運命であったのかもしれない。
 この本を読んでいてたえず感じたことは、製品に対するジョブスの思い入れであり、製品だけでなくパッケージのデザインまでこだわる姿勢である。その製品も外観だけでなく、中身も美しさを求めた。
 後にジョブスがガンでほとんど意識がない状態でも、その強烈な性格はおさまらず、たとえば呼吸器科の医師がマスクをジョブスにつけようとすれば、こんなデザインのものは身につけないとつぶやき「デザインの違うマスクを5種類もってこい、そうしたら気に入ったデザインのものを選ぶから」と言うし、指に付ける酸素モニターも不格好で複雑すぎるときらい、もっとシンプルにデザインする方法を提案していたという。
 そして製品にとことんこだわったことで、その他人がそれに手を加えることを嫌った。


 「そんなことをしたら、みんな、勝手なことをしてぐちゃぐちゃにしてしまう」


 と言って、マックがユーザーに改造されるのを嫌い開けられないよう特殊なネジした。ipadをカバーするケースでさえ、ユーザーが独自に付けることを嫌った。せっかくこだわって作ったものにちんけなケースをかけるなんてとんでもない、ということなのである。
 ではなぜジョブスは製品の中身から外観、そしてそれを梱包するパッケージまでこだわったのだろうか?それは養子先の父親の影響による。ここでスティーブは父親から機械や車について手ほどきを受ける。もの作りに対する父親の姿勢に感銘を受けるのである。


 「おやじはデザインの感覚が鋭いと思ったね」


 「きちんとするのが大好きな人だった。見えない部品にさえ、ちゃんと気を配っていたんだ」


 かつてジョブスは父親から、優れた工芸品は見えないところも美しく仕上がっているものだと教えられた。これをジョブスがどれほど突きつめようとしたかは、プリント基板の例を見るとよくわかる。チップなど部品が取り付けられたプリント基板はマッキントッシュの奥深くに配列され、消費者の目には触れない。そのプリント基板でさえジョブスは、美しさを基準に評価した。

 重要なのはどれだけ正しく機能することであって、PCボードなど見る人などいないじゃないかと新人のエンジニアは反論する。
それでもジョブスは「できるかぎり美しくあってほしい。箱のなかに入っていても、だ。優れた家具職人は、誰も見ないからとキャビネットの背面を粗悪な板で作ったりはしない」と言うのである。
 隠れた部分にも美を追究するという父親の教えにつながるものを、ジョブスはマイク・マークラから学んだ。パッケージやプレゼンテーションも美しくなければならないのだ。   
確かに人は表紙で書籍を評価する。だからマッキントッシュの箱やパッケージはフルカラーとし、少しでも見栄えがよくなるようにさまざまな工夫をした。
 さらにスティーブの実家のあたりは、ジョセフ・アイクラーというディベロッパーの建売住宅だったこともその後のジョブスに多大な影響を与える。


 「アイクラーはすごい。彼の家はおしゃれで安く、よくできている。こぎれいなデザインとシンプルなセンスを低所得の人々にもたらした。優れた機能があれこれと用意されていたのもいい。床暖房とか、ね。そこにカーペット敷くと、ほかほかと暖かく、子どもにとって最高の床になるんだ」子どものころ、アイクラー・ホームズはすごいと思ったからこそ、のちに、くっきりとしたデザインを持つ量販品に情熱を燃やすようになったと、スティーブはアイクラーのクリーンなエレガンスをたたえる。


 「すばらしいデザインとシンプルな機能を高価ではない製品で実現できたらいいなと思ってきた。それこそ、アップルがスタートしたときのビジョンだ。それこそ、初代マックで実現しようとしたことだ。iPodで実現したことなんだ」


 アイクラー・ホームで育った子どもはたくさんいるが、ジョブスは、それがどういう家でなぜクールなのか知る珍しいタイプだった。大衆向けのすっきりとシンプルな現代建築という考え方が好きだったのだ。
父親から、さまざまな車のスタイルがどう違うのか、細かな説明を聞くのも好きだった。だから、アップルを創業した最初から、カラフルながらシンプルなロゴやアップルⅡの優美なケースなど、優れた工業デザインが会社にとっても製品にとっても差別化の鍵をにぎると信じていた。


 「我々がデザインの主眼に据えていますのは、“直感的に物事がわかるようにする”です」


 さらに、


 「洗練を突き詰めると簡潔になる」


 これは宗教的ストイックさを感じさせるが、実際ジョブスは禅に多大な影響を受けている。


 「スティーブは禅と深くかかわり、大きな影響を受けています。ぎりぎりまでそぎ落としてミニマリスト的な美を追究するのも、厳しく絞り込んでゆく集中力も、皆、禅から来るものなのです」


 とにかくアップルで作られる製品にはすべてにこだわった。著者は最後で次のようにジョブスとアップルとの関係をまとめているが、まさにその通りだ、と読んでいて痛感してしまう。


 スティーブ・ジョブスの性格はその製品に反映されている。1984年初代マッキントッシュからiPadにいたるまで、ハードウェアとソフトウェアをエンドツーエンドで統合するのがアップル哲学の中核であるように、ジョブスも、その個性、情熱、完璧主義、悪鬼性、願望、芸術性、中傷、強迫的コントロールといった要素すべて、ビジネスに対するアプローチにも、そこから生まれる革新的な製品にもしっかりと織り込まれている。
 ジョブスの個性と製品をひとつにまとめる“統一場理論”は、もっとも目立つ彼の特質、すなわち激しさが起点となる。


 まさにその通りなのだろう。ジョブス=アップルなのだ。だからアップルの製品にはジョブスのすべてが表現されている。しかし会社は個人でやっているわけじゃない。多くの人がその製品に関わっているはずだ。その中でジョブスが自分の主張を強く主張すれば、ある意味、会社内での独断専行の立ち居振舞いとなろう。ジョブスの言動にとげがあるのは完璧主義者だからという面もあれば、スケジュールと予算にしたがって製品を出せるように現実的な妥協(賢明な妥協のこともある)をする人間が許せないからであった。
 カリスマ的な物言い、不屈の意志、目的のためならどのような事実でもねじ曲げる熱意が、それが人びとの言う「現実歪曲フィールド」であった。ジョブスはこの「自己実現型の歪曲」で、不可能だと認識しないから、不可能を可能にしてしまうのである。可能かもしれないと思わせるところがすごいのである。


 ジョブスが極端な言動に走るには、他人の感情を思いはかる能力がないからだろうか。そんなことはない。むしろ逆だと言える。ジョブスは感情というものがよくわかっている。他人の心を読むのも、他人の精神的な強さ・弱さ、自信のなさを把握するのもおそろしいほど上手である。不意をつき、狙いすました一撃をバシンと感情にお見舞いして揺さぶりをかけることもできる。本当にわかり、説きふせたり喜ばせたり、あるいはまた、脅かしたりすることも名人級に上手なのだ。

 
 しかしジョブスのような性格は付き合いにくそうだ。ジョブスの言っていることを実行に移せば、他に見ない製品となってしまうからどこか宗教的なカリスマ性を帯びてしまうのかもしれない。
このようにジョブスはなんでも自分がコントロールしないと気がすまない性格だが、同時に、先行きが不透明だと思うと、優柔不断となり、前に進めなくなってしまうという。
 完璧を求めるあまり、中途半端なもので妥協したり、可能なものでがまんしたりが上手にできない。複雑なものへの対処も好まない。製品についてもデザインについても、自宅の家具についてもそうだ。
この性格は、やる気や姿勢にもはっきりと表れる。これは正しいと確信したジョブスは誰にも止められない。しかし少しでも疑いがあると消極的になり、自分にとって必ずしも都合のよくないことを考えずにすまそうとするらしい。こうなる背景には、人間はヒーローかまぬけ、製品は驚異かゴミなど、なんでも白黒に二分したがる彼の性格からだと周りの人間は見ていた。


 「すばらしい才能に恵まれた人の多くがそうだと思うのですが、あの人も、すべての面で非凡なわけではありません。たとえば、他人の身になって考えるといった社会的スキルは持ち合わせていません。でも、人類に新たな力を与える、人類を前に進める、人類に適切なツールを提供するということを、あの人は心の底から大事にしています」


 さて、すべてをエンドツーエンドででコントロールしたいというジョブスの欲求はビル・ゲイツが率いるマイクロソフトとは基本的にスタンスが両極端である。一方がクローズドであり、一方がライセンス制をひくことでオープンをとる。最終的にはマイクロソフトが市場を席巻することになるのだが、アップルもこのままではいられない。
 その中でパーソナルコンピュータはデジタル革命の中心であったが、ジョブスとウォズニアックがアップルを創設して25年には、その役目を終わろうとしていると考える人が出てきた。
 このような時代にジョブスは、アップルを変革し、同時にテクノロジー業界全体さえも変革しようとする壮大な構想を打ち出す。パーソナルコンピュータは脇役になどならない、音楽プレイヤーから、ビデオレコーダー、カメラに至る、さまざまな機器をコンピュータにつないで同期する。そうなれば、音楽も写真も動画も情報も、ジョブスがいう「デジタルライフスタイル」のあらゆる側面をコンピュータで管理できる。このことはハードウェアからソフトウェア、コンテンツ、マーケティングにいたるまで、製品のありとあらゆる側面を一体化するアップルのような企業には有利である。そのような形なら、モバイル機器のコンテンツをシームレスにコンピュータで管理できるからだ。
パーソナルコンピュータを「デジタルハブ」として、音楽プレイヤー、ビデオレコーダー、電話、タブレットなど、いわゆるライフスタイル機器につなぐ。シンプルに使えるエンドツーエンドの製品を作るというアップルの強みと相性もいい。こうして、ハイエンドのニッチを狙ったコンピュータ会社は、世界トップの価値をもつテクノロジー企業へと変貌していく。
 最初はiPodから始まる。もちろんここでもジョブスの今までの発想が遺憾なく発揮されている。なるべく多くの機能をiPodではなくコンピュータのiTunes側で行うことで、iPodをよりシンプルし、使い易くする。そのシンプル極地がiPodにオン・オフのスイッチを付けなかったことである。また同期をコンピュータからiPodへは曲が送れるが、iPodからコンピュータに転送出来ないようする。そうすることで違法コピーをできなくさせるというものであった。(ただこれは曲データを他の記憶媒体に落とし込み、他のパソコンへコピーすれば可能だろう)
 iPodは、最初マック専用であった。だからiPodの爆発的人気でマックも予想以上に売れた。しかしアップル幹部は、アップルはマック事業だけでなく、音楽プレイヤー事業にも乗り出すべきという意見が多くなり、そうなるとiPodがマック専用ではまずい。ウィンドウズでも使えるようにしなければならない。当然ジョブスは反対した。しかしそのジョブスも幹部の意見に折れた。
ウィンドウズ用のiTunesソフトウェアも大人気となる。ジョブスはウィンドウズ用のiTunesソフトが人気になっていることについて訪ねられると、「地獄の業火に焼かれている人に冷たい氷水をあげている気分だよ」と言っている。
 iPodは大人気商品となった。けれど心配もあった。携帯電話である。もし携帯に音楽プレイヤーが搭載されれば、携帯は誰でも持っているのでiPodは不要になる。デジタルカメラの市場がカメラ付き携帯電話の普及で食い荒らされたのと同じ運命をたどりかねない。そうなる前に自分たちでやって作り上げたのがiPhoneであった。もちろんその設計もiPod同様侃々諤々と議論され、アップルの基本姿勢であるシンプルでありデザイン性に優れているものが求められた。
 実はそのころアップルでは、プロジェクトがもうひとつ進められていた。タブレットコンピュータの開発が秘密裏に行われていたのだ。2005年、ふたつの話が交わり、タブレットのアイデアが電話プロジェクトに伝えられる。つまり、iPadが先にあり、それをもとにiPhoneが生まれたらしい。
 そのタブレットコンピュータである。ジョブスは、本当はスタイラスペンなしで使えるタブレットコンピュータをいつか世の中に示したいと考えていた。当時スタイラスペンや普通のペンを使って入力するタブレットコンピュータはいくつか発売されていたが、いずれも大したことがなかったから、ここに市場が見出せた。その結果はご存じの通りである。 
iPadとアップルストアでは、出版から報道、テレビ、映画にいたるあらゆるメディアに変革をもたらす結果となった。ちょっと前までは著名人のiPodに何が入っているかが話題になったが、今度はiPadに何が入っているか話題となるのである。

 時代はものすごいスピードで変化している。コンテンツのハブがデスクトップコンピュータではなくなり、「クラウド」に移る。つまり、自分のコンテンツは、自分が信頼する会社の管理するサーバーに保管し、どこにいてもどういう機器を使っていても、必要なときにさっと呼び出せるようになる。このビジョンを実現したのが、iCloudであった。ただジョブスの病状は悪化する一方で、実質ここまで関わることなく、その生涯を終えたことになる。

 ジョブスとビル・ゲイツとの関係に触れたい。特にGUIに関してのやりとりは面白い。
 マイクロソフトは、DOSと呼ばれるオペレーティングシステムを開発し、IBMのコンピュータやIBM互換機にライセンスしていたが、「C:¥>・・・・」というようなつっけんどなプロンプトにユーザーが対処しなければならない従来型のコマンドラインインターフェースであった。だからジョブスはマッキントッシュのようなグラフィカルなアプローチの仕方をマイクロソフトがまねするのではないかと心配していた。いわゆるGUIである。
これはもともとゼロックスPARCで開発されたものをアップルがコピーして使ったものである。最初はジョブスとの話し合いで、このシステムを使わないとゲイツと約束していたが、1983年11月にウィンドウズやアイコンを持ち、マウスが使えるGUIのオペレーティングシステムをマイクロソフトが発表する。当然ジョブスは激高する。

 「おまえのしているのは盗みだ!信頼したというのに、それをいいことにちょろまかすのか!」

 これに対してゲイツは、

 「なんと言うか、スティーブ、この件にはいろいろな見方があると思います。我々の近所にゼロックスというお金持ちが住んでいて、そこのテレビを盗もうと私が忍び込んだらあなたが盗んだあとだった-むしろそういう話なのではないでしょうか」


 と反論する。これは伝説的な一言だという。結局マイクロソフトはウィンドウズ1.0の開発にかかるが、出来上がったのは粗悪品であった。当然ジョブスは落胆するが、その不完全なコピーを作ったマイクロソフトが最終的にオペレーティングシステムの戦いを制してしまった。それでもジョブスは言う。


 「マイクロソフトが抱えている問題はただひとつ、美的感覚がないことだ。足りないんじゃない。ないんだ。オリジナルなアイデアは生みださないし、製品に文化の香りがしない・・・・僕が悲しいのはマイクロソフトが成功したからじゃない。成功したのはいいと思う。基本的に彼らが努力した成果なのだから。悲しいのは、彼らが三流の製品ばかり作ることだ」


 ジョブスと違い、ゲイツはコンピュータプログラムを習得しており、考え方は現実的で規則を重んじる。分析能力も高い。ジョブスはもっと直感的で夢見がちだが、技術を使えるようにする、デザインを魅力的にする、インターフェースを使いやすくするなどの面にするどい勘が働く。完璧を求める情熱があり、そのせいで他人に対してとても厳しく、カリスマ性と広範囲・無差別な激しさで人を動かす。
ゲイツはもっと整然としている。きっちりとスケジュールが組まれた会議で製品レビューをおこない、緻密なスキルで問題の核心に斬り込む。


 「どちらも、『頭は自分のほうがいい』と思っていましたが、美的感覚やスタイルを中心にスティーブがビルを若干、下に扱うことが多かったと思います。逆にビルは、プログラミングができないことからスティーブを格下に見ていました」


 ジョブスはビル・ゲイツと会社としてマイクロソフトと今後を次のように語っているが、これがなかなか興味深い。


 ビルは自分を“製品タイプ”の人間に見せたかったけど、本当のところはそんなタイプじゃなかった。彼はビジネスマンなんだ。彼にとっては、すごい製品を作るよりビジネスで勝つほうが大事だった。世界一の金持ちになったし、それが目的だったのなら達成できたわけだ。僕はそういう目的を持ったことはないし、それに、なんだかんだ言ってもビルもどうだったんだろうと思う。すごい会社を作った点は評価しているし、彼と仕事をするのは楽しかったよ。頭がよくて、ユーモアのセンスも意外にあるしね。でも、マイクロソフトのDNAに人間性やリベラルアーツはあったためしがない。マックを見ても、それを上手にコピーできなかった。本質がわからなかったんだ。
 IBMやマイクロソフトのような会社が下り坂に入ったのはなぜか、僕なりに思う理由がある。いい仕事をした会社がイノベーションを生みだし、ある分野で独占かそれに近い状態になると、製品の質の重要性が下がってしまう。そのかわり重く用いられるようになるのが、“すごい営業”だ。売り上げメーターの針を動かせるのが製品のエンジニアやデザイナーではなく、営業になるからだ。その結果、営業畑の人が会社を動かすようになる。IBMのジョン・エーカーズは頭が良くて口がうまい一流の営業マンだけど、製品についてはなにも知らない。同じことがゼロックスにも起きた。
 営業畑の人間が会社を動かすようになると製品畑の人間は重視されなくなり、その多くは嫌になってしまう。スカリーが来たときアップルもそうなってしまったし-これは僕の責任だった-バルマーがトップになったときマイクロソフトもそうなった。幸いなことにアップルは立ち直れたけど、マイクロソフトはバルマーが経営しているかぎり変わらないだろう。


 最後にジョブスが自分の自伝を著者に書いてもらう動機みたいなものが書かれている。


 「ではなぜ協力を?」

 「僕のことを子どもたちに知ってほしかったんだ。父親らしいことをあまりしてやれなかったけど、どうしてそうだったのかも知ってほしいし、そのあいだ、僕がなにをしていたのかも知っておいてほしい。そう思ったんだ。もうひとつ。病気になったとき、気づいたんだ。僕が死ねば、僕についていろいろな人がいろいろなことを書くはずだけど、ちゃんと知っている人がいないって。間違いばかりになるって。だから、僕の言葉を誰かにちゃんと聞いてほしいと思ったんだ」

 「君の本には僕が気に入らないことがたくさん書かれるはずだ」

 私(著者)はうなずく。

 「それは良かった。それなら社内で作った社長礼讃本みたいになる心配はないな。かっかするのは嫌だから、当分、読むのはやめておくよ。読むのは1年後くらいかな-そのころまだ生きていたらね」


 ジョブスは最後まで自分の生き様にこだわった。ある意味最後に自分の人生をきちんとデザインして終えたかったような感じだ。でも最後のセリフはちょっと笑えた。


 「一から十まで自分たちでやる会社にウォズと僕がしたから、僕らはほかの人たちとの協力が不得意になってしまった。アップルのDNAに協力という要素がもう少したくさんあったら、きっとすごいことになっていたと思うよ」

 そのためジョブスは生きることに忙しくなってしまった。でもそれで良かったのだろう。ジョブスはボブ・ディランの「生きるのに忙しくなければ死ぬのに忙しくなってしまう」と言う言葉で、自分の人生を肯定しているように思えた。


評価
★★★★★


書誌
書名:スティ-ブ・ジョブズ 〈1〉
著者:ウォルタ-・アイザックソン/井口耕二【訳】
ISBN:9784062171267
出版社:講談社 (2011/10 出版)
版型:445p / 20cm / B6判
販売価:1,995円(税込)


書誌
書名:スティーブ・ジョブズ〈2〉
著者:ウォルタ-・アイザックソン/井口耕二【訳】
ISBN:9784062171274
出版社:講談社 (2011/11/01 出版)
版型:430p / 19cm / B6判
販売価:1,995円(税込)

2012年01月30日

日垣隆著『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』

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 この本は書名通り、電子書籍と紙の本について書かれたものと、著者の日々の思考作業を様々な事例を元に書かれている。後半は私にとって、それほど興味は湧かなかったけれど、電子書籍と本に関する意見は面白かった。
 ここで著者は「2010年は電子書籍元年」と言われ、これからはこうしたデバイスが主流になり、紙の本が駆逐されるような風潮、それって、本当にそうなの?と疑問を呈する。
 そして電子書籍やipad関連の本がよく売れていることあげ、「微笑ましいのは、『紙の時代は終わる!』という趣旨を強調しすぎるこれらの読み物が、ほぼ例外なく「紙の本」で売られていることだ」と笑い飛ばす。
 確かに電子書籍、電子書籍と騒いで取り上げているのは紙の本や雑誌だ。そして電子書籍のコンテンツはそれ専用のオリジナルではなく、本として出版されたものをわざわざデジタル化して売り出していることに、意味があるのか、と言うのである。
 著者は仕事柄、多くのデバイスを使い、電子書籍に接してきて、次のように言う。


 私は電子書籍を読むデバイスを10種類以上買って実際に読んできました。あんなもの使って、長い本を最初から最後まで読まないでしょ?というのが率直な感想です。iPhoneやキンドルで『カラマーゾフの兄弟』を最初から最後まで読むのは、拷問以外の何ものでもありません。


 さらに、


 『源氏物語』をiPhoneで読んでいる人がいたら「なにかの罰ゲームですか?」と訊いてしまいそう。


 とまで言う。
 アマゾンで出しているキンドルは目に優しい設計らしいが、それでも普段パソコンで仕事をしていて、なおかつデバイスで本を読んでいたら、日本人の視力はますます悪くなることは間違いない、とも言い切る。
 要するに本としてのメディアが存在するのに、それをわざわざ電子書籍用のデバイスで読んでも、ただ目を悪くするだけだと実際に使ってみた感想を言うのである。
 キンドルやiPadを“黒船”みたいに扱う日本の出版業、あるいは「これからは電子書籍だよ」という一辺倒なニュースを垂れ流すマスコミに、ちょっとおかしいんじゃないの、言うのである。著者は一部ITバブル評論家が言うように電子書籍は急激には進行しない。その理由を著者特有の皮肉を交えて言う。その言い分を聞いてみよう。


 まず1日は24時間しかない。8時間寝て、10時間働き、通勤に2時間。食事や飲み会、おしゃべりが3時間だとすれば、合計23時間。残りは1時間しかない。メディアは、たった1~2時間の細切れの時間を争奪しているだけだ。メディアはそうした可処分時間の奪い合いしているだけで、本やテレビ、新聞は所詮ニッチ産業ではないか、と言うのである。
 Wikipediaによると、ニッチ( Niche )とは直訳すれば「隙間」や「くぼみ」の事であり、もともとは生物学で生態的地位を表す用語である。ニッチ市場(にっちしじょう)とは市場全体の一部を構成する特定のニーズ(需要)を持つ規模の小さい市場のこと、と書かれている。要するに隙間市場ですね。元々その程度の市場である。そこに既存のメディアが競い合っているだけで、それがキンドルやiPadに取って代わるといっても、その程度の話なのである。
 さらに本をきちんと自分で選んで読める人は、日本に総勢で(各分野で多く見積もって)20万人くらいしかいないのではないか。電子書籍とそのデバイスの普及は、せいぜい本のヘビーユーザーたちに行き渡ればそれでおしまい、という市場規模であることは忘れないほうがいい。と言う。
 しかもそうしたヘビーユーザーたちが好む本は、おおむね頁数が多い。文学書、歴史書、専門書、学術書、古典・・・・すべて電子より紙の方が読みやすい。もともと本としてあるのだから、わざわざ電子書籍を読む必要性がどこにあるというのか?わずかな可処分時間の為に読みづらい本を読むよりも、そのものを手にした方がいいに決まっている。しかも高い金を投資しなければならないのだから、ユーザーが大規模にすぐ増えるとは思えないと言うのである。
 著者は「先走りも結構だけれども、習慣的な楽しさや、年齢や好奇心による違いも、決して小さく見積もってはいけません」とも言っている。たとえばこういうツールに早めに手を出すかどうかは、50歳が境目だそうで、それ以降の年齢になれば、既存の本や雑誌で充分だ、と言いそうである。私もそうだ。
 「優れた機能」だけで、人は商品を選ぶものではない。案外、「慣れ」のほうが重要だったりする。その「慣れ」を充分凌ぐ、新しいデバイスなりグッズなりスペック搭載品が出たら乗り換える可能性はあるだろうけれど、何度も言うように電子書籍のコンテンツは現在紙で同じものが存在するのである。紙の本をただデジタルにしたところで、その代償として目が悪くなるくらいだ。だから「紙の本ではできなかったこと」を電子書籍はメインにしていくべきだと改めて思う、と言うのである。それであれば電子書籍は新しい、そして広大なフロンティアであることは疑いない。今のところそうなっていないのだから、騒ぎ立てる程のことじゃない。
 著者はまえがきで、


 デジタル化は避けられない。それどころか、便利さに満ち溢れている。
 しかし同時に、習慣や伝統にも優れたものが無数にある。
 我々は、その両方の継承者でありたい。そう思いませんか-。


 まさしくその通りだ。むしろその二つの選択肢があることを素直に喜ぶべきで、“いいとこ取り”出来る。そもそも一つにしてしまう理由もなく、それぞれが読者を獲得出来ればいい。私は電子書籍の継承者にはなれないけれど、それが出来る世代の人は優れた既存のメディアを尊重しつつ、新しいメディアも使えばいいのではないか。むしろ新しいメディアしか使えないと、それに頼るしかなくなってしまう。

 話はちょっと横道にそれるけど、先日久しぶりにタクシーに乗った。行く先を告げたら、運転手がカーナビでいいですか?と聞く。最初何のこと言っているのか分からなかったけど、カーナビの指示で目的地へ行くと言うことらしい。それがあるとないとではどう違うのかよく分からなかったので、いいですよと言うしかなかった。
 そもそもこの運ちゃん道を知らないのだろう。いや知らなくてもいいのかもしれない。だってカーナビがあるからね。でも何でこんな道通るんだろうな?と乗っていて不思議には感じていた。まぁこの運ちゃんにとってカーナビの指示は絶対なのだろうし、私が不安を感じても、このまま乗っていれば目的地に着くんだろう、と思っていた。しかし最後の詰めで道に迷う。結局車を止めて、歩いている人を捕まえて道を聞いていた。
 帰りもタクシーを捕まえて帰ったのだが、乗ったタクシーの運転手は年配の方で、こっちが目的地を言った途端、メーターを下ろし、発進する。カーナビはついていたが、使わない。これだよね。道を知っているからカーナビを使わなくてもいいのだ。

 電子書籍の波で書店が生き残れるか、どうかは、著者は「書物に関する知識が豊富な書店員が『本のコンシェルジュ』化することが、リアル書店の最大の強みとなるはずだ」と書いている。そう書いた上で、「でもこれって、書店員の原点でもありますよね」とも言っている。
 書店も最近は人件費の安いパートやアルバイトに仕事を任せ、後は客に検索機で在庫を確認させることしか出来ない書店が増えてきた。それで出来ちゃうのだ。先のタクシーの運ちゃんと同じだ。道なんか知らなくてもいい。カーナビが教えてくれるからだ。必要なデバイスを使いこなせれば簡単にプロになれちゃう時代なのだ。経験とか教育とか、スキルアップとかいうものは時間がかかるし、人件費の高騰を招くだけなので、経費的に省かれた。プロが軽くなったか、いなくなる所以だ。せめてリアル書店ではコンシェルジュでも何でもいい。とにかく本のプロがいることに、生き残り道があるような気がする。
 生き残りといえば、音楽CDは凋落の一途だけれども、CDブックは静かなブームなのだそうだ。落語や有名経営者の講演会など聞かれる方が多いらしい。そうそう、音楽CDは何で74分なのか、知りました。CDソニーとフィリップス社が共同で開発・商品化したもので、顧問格のカラヤンがデジタル音源を絶賛し、彼が指揮する「第九」が収まる時間から、74分が決まった、そうだ。


評価
★★★


書誌
書名:電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。
著者:日垣 隆
ISBN:9784062169639
出版社:講談社 (2011/04 出版)
版型:262p / 19cm / B6判
販売価:1,365円(税込)

2012年01月26日

鹿島茂著『神田村通信』

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 筑摩書房の宣伝雑誌「ちくま」に今、鹿島さんの「神田神保町書肆街考」が連載されていて、私はこれを楽しみに読んでいる。私は神保町の歴史にはかなりの興味を持っていて、今まで何冊かその関係の本を読んできたが、未だにしっくりと来ない部分があったが、この連載は神保町の成り立ちがわかりやすく書かれている。
 だいたい町の歴史というのは地形もそうだし、住んでいた人間や町に関わった人間も大きく変わっているので、なかなか理解しにくい。ところが鹿島さんの文章はわかりやすく、丁寧に書かれているので、その変遷がよくわかる。たぶんそれは鹿島さんの文章力にもよるのかな、と思われる。で、鹿島さんの本を読んでみようと思った訳である。
 
 鹿島さんは最初、神保町に事務所を持ち、次にここで暮らすようになった。この本はここで生活する鹿島さんの日々における雑感集とでもいうべき本だ。もちろん神保町に限らず、専門のフランス文学のことや、食や興味のあることが書かれている。こういうエッセイは読んでいて楽しい。
 序章の「神田神保町ノスタルジア」に次のような文章がある。

 駿河台から坂を降りていくと、低く垂れ込めた空の下、戦前のものと思われる灰色の木造三階建ての古書店の群れが靖国通りの南側にビッシリと建ち並んでいた。
 大きなビルといえば、三省堂だけ。建て替える以前の古い鉄骨モルタルで、外壁はたしか薄い緑色だったと記憶する。店内に入ると、独特の匂いがした。これはおそらく当時のインクの匂いで、大量の新刊を扱う大型書店ではたいていこの匂いがしたのである。
 では、肝心の古書店はというと、こちらは黴と埃の匂いに圧倒された。今では神保町の古書店もだいぶ小ぎれいになったが、この時代には、それこそ古色蒼然という形容詞がふさわしい雰囲気だった。紙質のよくない昭和二十年代の古書が中心だったせいかもしれない。黴と埃、それに古紙のすえたような匂い、これがどの店でも支配的だった。

 この話は昭和四十年代の頃の話である。私もかろうじて、建て替える前の三省堂本店を知っている。私が初めて神保町に行ったのは、高校に入った頃であった。やっぱり駿河台の坂をずんずん下って行った。この先行けば、本の町が広がっているんだ、と思った。そして鹿島さんが書かれている三省堂も入った。インクの匂いまでは気がつかなかったが、ただ木製の背の高い本棚がたくさん並び、その本の量に圧倒された記憶がある。地元にあった本屋さんとまったく違う、その偉容さ驚いた。以来、毎月こづかいをもらうたびに、ここへ行った。
 古本屋さんは大学時代から通い始めた。高校生ではまだ古本屋に入るという考えはなかった。しかしここで探している本が次々と見つかると、もうその魅力に取り付かれっぱなしであった。
 私は大学も近所だったし、仕事場も近くだったこともあり、この時から現在までつきあっていることになる。実を言うと昨日も、天気が良かったものだから、ぶらりと神保町界隈を歩いてきた。別に探している本はないのだが、三省堂にしても、書泉にしても、東京堂にしても、店に入り、本を眺め、手に取るだけで、いい気持ちになる。古本屋さんにも当然入る。ここでもこれといって捜し物があるわけでもないのだが、棚に入っている、知っている本や、文庫本しか知らないけれど、その親本はこういう装丁の本だったんだな、知るだけでも楽しい。一回りして、靖国通りの奥にあるコーヒーチェーンに入り、持ってきた本を読み出す。
 ここも節電のため、店内の照明を落としているので、日の光が入る窓際に座り、小一時間ほど、本を読んだ。ここのところ節電で、照明を落としていることが多いけれど、いくらそれがやむを得ないにしても、視力が落ちているおじさんには、電車の中で本を読むことが少々キツイ。
 そうそうちょうど鹿島さんのこの本を読んだばかりだったので、思わず裏通りのビルに目がいってしまった。ちょっとくたびれたビルなど見ると、鹿島さんこんなビルの一画に事務所を構えているのだろうか、と思ったりした。こんなところで個人事務所を持てるなんてうらやましい限りだ。私は事務所を持つ理由などまったくないし、これからもないだろうから余計である。ここにいればいつでも本に触れられ、散歩や気分転換に歩き回れることが楽しいに決まっている。でも鹿島さんだけでなく、間違いなく本の冊数が急激に増えるだろうな、とも思う。
 昔はここに来るのには国鉄お茶の水駅からここまで歩いてくるしかなかった。今は交通の便がホンと良くなり、簡単にここに来られる。ということはここに住んでいれば、簡単にどこでも行けるということだ。だから再開発され、大きなマンションが建ったのだろう。
 面白かったのは、鹿島さんがここで暮らすために南向きの部屋を避けたということである。通常日当たりなど考えて、部屋は南向きを求めるが、神保町に関しては北向きがいいという。何故かというと、神保町は夏が耐え難いからだそうだ。神保町はかつて「大池」と呼ばれていたことからも明らかなように、周りを高台に囲まれる谷間になっている。そのため夏になると猛烈な暑気が低地に溜まるらしい。おまけに車道も舗道もアスファルトになっているから(過激派学生が舗石を剥がして暴れたため)、太陽の照り返しが猛烈だからという。しかも最近は高層ビルが皇居側に建ち並んでいるので、海からの風も吹いてこないし、冷房のため室外機の熱風もそれに加わる。だからここでは北側がいいのだ。
 もちろん冬は寒いが、夏の暑さより我慢できる。もとより暖房設備が充実しているから寒さにも問題ない。さらに最初から北側を希望しているから、建設中のマンションの抽選に当たりやすいという特典もつくから面白い。
 そういえば「神田神保町書肆街考」にも神保町の地形のことが書いてあった。だから“なるほど!”と思ってしまった。

 最後に、「神田神保町にあるべき書店形態」が面白かったので、それを書いてみたい。それは鹿島さんの新しいタイプの書店形態の提案である。鹿島さんは神保町にデパート方式ではなく、パルコ式の集合的新刊書店を望んでいるのである。パルコといえば専門店であるが、書店もそうあるべきで、大型書店のように何でもありますよ、といったデパート方式より、こちらの方がよろしいのではないかという。長くなるが引用してみる。

 なぜなら、私が夢想するパルコ方式の集合書店では、本を選び、仕入れ、棚に並べてディスプレイーするのは、それぞれ、深い専門的な知識を有するプロの読書人であり、選書にもディスプレイーにも各人の哲学と美学が発揮されるに違いないからだ。つまり、それぞれの専門店の店主が独自性を発揮して店づくりをすることができるというわけである。
 いいかえれば、書店経営がそのまま自己表現になり得る可能性があるということだ。経営はもちろん独立採算制だから、店主の責任において、この本は絶対におもしろいから小出版社の本でも断固置く、あるいはこれは売れ筋だが内容空疎だから並べないというような我がまま許される。
 そして、このように選別と排除のシステムを独自に働かせて選書とディスプレイーを行うことは、ある種のコレクションに通じる。そして、コレクションである以上、そこには個性が生まれる。いや、個性というよりも、私の用語を使って「ドーダ!」といったほうが正確だ。「ドーダ、オレ(わたし)の選んだ本はスゴイだろ。マイッタカ!」という、自己愛に発する「認められたい」願望である。
 この「ドーダ」が重要なのである。つまり書店主の「ドーダ」が感じられる棚揃えの専門店なら、その「ドーダ」自体が売り物になるというわけだ。

 もちろん「ドーダ」が個性として、売り物になることはよくわかるが、これを行き過ぎてしまうと、まったく売れない書店になってしまうから、そこはバランスが必要になることも、著者は後で付け加えている。神保町では古本屋さんはこの方式である。だから新刊書店もそうあっていいのではないか、というのである。
 大書店が闊歩する業界になりつつあるので、中小書店が生き残るには、この方法しかないかもしれないが、こと神保町では新刊書店は別にこの方式でなくてもいいような気がする。ここは三省堂を中心に大型書店で、新刊の情報を得て、それを手に出来るところであって欲しい気がするからである。個性派専門店もいいけれど、それなら別に神保町である必要はない。そんな気がする。
 むしろ大型書店と古本屋さんが共存している町で、世界に類のないほど本の在庫が、新刊と古本がここにある、というのは魅力なのではないか、と思うのである。

評価
★★★


書誌
書名:神田村通信
著者:鹿島 茂
ISBN:9784860292188
出版社:清流出版 (2007/12/25 出版)
版型:270p / 19cm / B6判
販売価:1,680円(税込)

2012年01月23日

面白アイテム2点

 新潮文庫のYonda?ClubでZipper付きブックカバーがもらえることを知って、昨年応募してみた。応募したことを忘れていた頃、それが届く。「ネオプレン製で軽くて使いやすい。ジッパー付きで本も傷まないスグレもの」とネットに書いてあった。私は黒を申し込んだ。なかなかしゃれている。確かに面白いといえば面白いし、しゃれているといえばしゃれているけれど、わざわざ文庫をジッパー付きのカバーに収めるのはどうなのか、と思わなくもない。どこか気障な感じがしてしまう。今回は試しに付けてみたまでである。


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 もう一つ面白アイテム。これはブックオフにあった。私は司馬遼太郎さんのものを一つもらってきたが、そこには池波正太郎さん、藤沢周平さんの三つがあった。このように折りたたみ式になっている。


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 中を開くとこのようになる。


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 作家目録として司馬さんの場合300冊このリストに載っていて、これを全作品制覇しようということらしい。ということで私の記憶にある読んだと思われる本にチェックを入れてみたのだけれど、まだまだ未読の作品があるもんである。中には蔵書として持っているが、まだ読んでいない本もある。なので、これから先もう少しチェックの数は増えそうだ。
 ただこれ全部ブックオフで揃うのかな、と疑問も残る。読んでいないから読んでみようと、ブックオフに行っても手に入らない可能性の高い本もある。まぁその時は新刊書店で買えばいいだけのことなのだが・・・。
 でもこういうのは面白い。この三人だけでなく、他の作家さんもやってもらいたいな。チェックリストというのは案外役に立つものだから。

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