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今まで読んできた本など一覧



2010年02月05日

本多孝好著『ALONE TOGETHER』

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 これで本多さんの著作は全部読んだことになる。この本は不思議な本であったが、面白かった。

 人は義務や責任や、世間体、あるいは世間の常識などに縛られて、本当はしたくない、関わりたくないのに、やらなければならない、あるいは関係を持たざるを得ないところがある。それらから解放されればどんなに楽であっても、それを許さない型どおりの義務や常識、責任などに縛られやむなくそうしている。そうしなければ家族が、社会が成り立たないからである。もしそれをすれば自分に対する言い訳を求める。
 本意は関わりたくない、やりたくなくても、それを放棄することが出来ない。放棄するにはそれなりの訳や理由が必要となる。あるいは形だけの義務を果たす姿を演じなければならない。それが人間そのものをある意味歪ませる。それを取り除いてやれば、本来ある姿になれるのにである。たとえそれが非常識で、非人間的であっても、それがその人が本来望んでいる姿なのだ。
 主人公である柳瀬の父親は次のように言う。

 「誰もが何かを胸の中に抱え込んでいる。みんながみんな、自分の思いのすべてを口にし始めれば社会が回らなくなる。外にぶちまけることのできない思いは、内側に溜まって澱になる。人はいつだってその澱を吐き捨てる穴を探している」

 柳瀬は父親から譲り受けた特殊な“能力”があった。

 「人はそれぞれ波長を持つ。その波長は谷を作り、山を作り、ときに揺れ、ときに震え、その人の怒りを作る。喜びを作る。悲しみを、楽しさを作る。僕はその波長を感じることができる。その波長に自分の波長を合わせることができる。そして波長が重なれば、その人にとって、僕は他者でなくなる。鏡に向かって独り言を言うようなものだ。隠す必要も、偽る必要もなくなる。けれど、それは能力と呼べる代物ではなかった。むしろ反射作用に近い。相手の波長を感じた途端、僕の意思とは無関係に僕の波長はシンクロを始めてしまう。その力を完全にコントロールするのは難しかった」

 つまり柳瀬は相手の本音を聞き出し、しがらみから解放してやれる能力があった。それは相手の波長に自分の波長をシンクロさせ、本音を引き出すことなのである。言葉を引き出された相手は、嘘で固められていた自分の本音、本来求めていた姿を語り始める。それを語った相手は、自由になり、ほとんど破滅への道を歩むこととなる。

 この本の怖さはそうした本音の解放が、いかに恐ろしい姿を見せるのかという点にある。そしてそうした本音の部分を隠すのが義務や責任や、世間体、常識などで、それらが社会をうまく機能させているかを知る。けれどそれは本来の姿ではないから、当然歪んでくる。そういうことなのだ。

 私は柳瀬の持つ特殊な“能力”と物語の展開がどうなっていくんだろうと思いながら、結構楽しんでこの本を読ませてもらった。けれどやっぱり、解放を望んでいる人間の心が、様々なしがらみに縛られ、それらが解放できずにいること。それが社会を成り立たせていること。解放された心のままに行動すれば、非社会的という烙印を押されてしまうこと。だからせめて少しでも本音の解放しようとすれば、絶対に言い訳が必要になること。それでなければ世間が、社会が許さないからだ。

 三年前に医大を辞めた柳瀬はそこの教授が立花サクラという14歳の守って欲しいと言われ、それを引き受けた。そして立花サクラが最後に逃げ込んだのは閉鎖した教会であった。そこに元司祭がいた。柳瀬はその元司祭とシンクロし、聞き出した言葉がものすごく気になった。それは司祭のもとにある男が来て言った言葉である。最後にそれを書き出す。

 「祭りを司って祭司。宗教とは本来お祭りです。だから、あなたのお考えは本末転倒です。祭りはその昔宗教的なものであった、のではなく、宗教はその昔お祭り的なものであった、のです。我を忘れるほどの高揚感。そこにもたらされる一瞬の陶酔。それこそが宗教なのではないか?」

 「ですから、宗教とは説くものではありません。授けるものです。授けた相手が要らぬと言うのなら、それ以上の無理強いは意味をなしません。わかりますか?ですから、宗教などとうの昔になくなっているのですよ。情によって授けられない教えは、理を持って説かれる。ときに権力という後ろ盾を得てね。それがあなたの言う、宗教、です。陶酔に訴えるのではなく、強迫観念に訴えるのです」

 “これってすごい!”

 今我々が信じている宗教がたどってきた歴史の本質を突いているように思えたのである。


評価
★★★


書誌
書名:ALONE TOGETHER
著者:本多 孝好
ISBN:9784575508444
出版社:双葉社 (2002/10/20 出版)双葉文庫
版型:302p / 15cm / A6判
販売価:579円(税込)

2010年02月03日

本多孝好著『MISSING』

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 また本多さんの本を読む。この文庫と次に読もうと予定している文庫を読めば、一応本多さんの本は全部読んだことになる。いつの間にか息子に感化されて、こういうことになってしまった。
 さて、この文庫は短編5編、「眠りの海」、「祈灯」、「蟬の証」、「瑠璃」、「彼の棲む場所」である。そしてこの本は2000年「このミステリーがすごい!」の第10位になっており、「眠りの海」は第16回小説推理新人賞受賞作である。詳しいことは知らないが、どうやらこの本は本多さんの最初の本みたいだ。
 個人的には「眠りの海」、「祈灯」がよかった。本多さんの作品でいつも感心するのは、会話の面白味である。ある意味村上春樹さんより、シニカルだと思ってしまう。だから登場人物の会話には思わず吹き出してしまうことが多かった。
 ただそうした皮肉的で冷笑的な考えをする人物たちが若すぎないかと思うのだ。いくら何でも中学生や高校生が言うような言葉じゃない。そんな年齢でこんなにひねた会話ができるかな、とそれだけが気にかかった。
 あるいは今の若い奴らはこういう会話ができるのかなと思ったりするが、やっぱり無理があるような気がする。かといって登場人物の年齢を上げてしまえば、話の質が変わってしまいそうだから、この点は難しいところだ。
 でも、その点に目をつぶれば、斜に構えつつも、言っていることは至極まともで、言葉が心にしみるところがいくつかあった。

 「目茶苦茶なんだと、思うな」

 「情緒とか、感受性とか、考え方とか、その人がその人である理由みたいなものが、全部目茶苦茶になってるんだと思う。誰も悪くない。忘れなきゃいけない。そう思いながら必死で社会生活して、何とか普通でいようと歯を食いしばって。それが家に戻ってきて、一番安心できる場所で、一番安心できる人の顔見た途端に崩れちゃうんじゃないかな」(「祈灯」)

 「他の人よりずっと重い時間を過ごしちゃったんだ。十九年が、四十年にも五十年にも感じられるくらい」(「祈灯」)

 「どちらか一方がもう少し短気か器用であればよかった」(「蟬の証」)


 「正直と不器用との区別できない人だった」(「蟬の証」)


評価
★★★
 

書誌
書名:MISSING
著者:本多 孝好
ISBN:9784575508031
出版社:双葉社 (2001/11/20 出版)双葉文庫
版型:341p / 15cm / A6判
販売価:630円(税込)

2010年02月02日

有本紀明著『スペイン・聖と俗』

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 個人的なことを書けば、私は大学時代ヨーロッパ中世史に興味を持っていた。その関係で、778年シャルルマーニュのスペイン遠征から始まるレコンキスタ(Reconquista)というキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動に興味を持っていたし、さらにサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼なども一時興味があっていくつか調べたことがあった。
 さらに大航海時代を走った国、その後の南米などへの植民地政策を進め、スペイン・ハプスブルク帝国による「太陽の沈まない国」とまで言われたこの国の面白さは今でも興味がある。もっと言えば、ゴヤやベラスケスといった宮廷画家のしたたかさなど私が知っているだけでも、今でも興味が尽きないところがある。かなり昔読んだ五木寛之さん『戒厳令の夜』などあれも三人のパブロフなど、あれも面白い作品だっただけに、連想して思い出す。
 この本は司馬遼太郎さんの『街道を行く』の中で紹介されていた本で、その中でなかなか興味深い本だと司馬さんが書かれていて、それで買った。
 読んでみて面白いなと思ったことはスペイン人が持つ民族性がその歴史から生まれたことがうまく書かれていて、なるほどと思った次第だ。イベリア半島にあるこの国は古来様々な民族がこの地を通ってきて、中には定着し、追い出されいった。ユダヤ人、ギリシア人、カルタゴ人、ローマ人、ゲルマン人、イスラム教徒等である。中でも、キリスト教徒とイスラム教徒の闘争は、最後にキリスト教徒の勝利で終わったことにより、この国がカトリックの守護国を任じ、伝統的主義の立場を取るようになって行く。ガチガチのカトリックであるこの国ならではの凄まじい異端審問の嵐が吹き荒れたのもそうした歴史的背景があったからだ。

 「スペインが成立の時点からさまざまの要素の混合であることは前に見た通りである。特にユダヤ人、モーロ人とキリスト教徒の葛藤はスペインの歴史に、またスペイン人自身の肉体的・心理的特質に消すことのできない刻印を押している。キリストとマホメットの宗教戦争でスペインが条件づけられたように、ここから正統と異端という根本的二率背反が生まれた」

 言ってみれば血の純潔をカトリックという立場で主張するとこういう歴史になっていったと言っていい。血の清浄を求めるがために、社会が歪んでいった。スペインが「太陽の沈まない国」から没落して、その他のヨーロッパ諸国が近代化の道に進んでいるのに、遅れを取った理由もここにある。
 そしてスペイン人がスペイン人であることのアイデンティテーを求める余り、その民族性にも固定化が生まれていく。この本の「スペイン人罪」という章は、スペイン人が持っている気質を語っていて面白いのだが、そこにはスペイン人の自己中心的で、傲慢であり、特殊な超越主義で、私は私であることを徹底的に主張しつづける姿が例を挙げて書かれている。そのため外国文化に対する無関心でさえある。一方でというか、だからというべきかその妬みと嫉妬の激しさも指摘している。

 「妬み、不服従、それに不和はスペイン人の烙印である。だからその産物である分離指向という癌、救世主的狂気、てんかん性政治的反動、またその社会的構造の停滞ということも容易に理解できよう」というカミロ・ホセ・セラという人の言葉をここで著者は挙げている。
 ベラスケスが描く王一族の肖像画を見ていると、本来ならその華麗さを前面に感じていいはずのもが、どこかそこに描かれる人物たちのグロテスクさを先に感じてしまうのも、あるいはゴヤのように最高地位の宮廷画家であって、一方であのような風刺画や版画を描くのが、何となく理解できそうな感じがしてくる。ピカソやダリの自己主張の強さ、あるいはあくの強さもスペインでしか生まれなかったのではないかとさえ思えてくる。あるいは日本史で登場するイエズス会にしても、あの融通に気かなさはこのあたりに求められそうな気もしてしまう。
 ただこの本が書かれたのが今から約30年ほど前だから、今はだいぶ変わってはいるのだろうけど、でもテロの話は度々耳にするから、どこかはこの当時と変わっていない部分があるのかもしれない。余裕があるならもう少しスペインについて知りたいところである。


評価
★★


書誌
書名:スペイン・聖と俗
著者:有本 紀明
ISBN:9784140014301
出版社:日本放送出版協会 (1983/01 出版)NHKブックス
版型:248, / 19cm / B6判
販売価:入手不可

2010年01月28日

池澤夏樹著『異国の客』

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 もう一冊買った池澤さん本を読む。池澤さんの文章が自分には合わないなと思いつつ、前回読んだ。しかし読み切ったら、今度は慣れたものだから、文章の内容がスムースに入ってくるようになった。
 今回池澤さんがフランスのフォンテーヌブローに移住して、この地から見える世界情勢に言及する部分は政治的意見が強く現れている。日本から離れて自らの国の政治やマスコミの姿勢を批判する。あるいはアメリカのブッシュ政権の姿勢、特に9.11以降の軍事的姿勢に強く反応している。それはそれで正論なのだろうけど、私は池澤さんがこんなに強く政治的意見を強く主張する人とは思っていなかったので、少々驚いてこの本を読んだ。そしてそうした政治的意見より、もっと違う部分を期待していただけに少々興醒めな感じが否めなかった。
 私が期待していたのは、池澤さんがフランスのフォンテーヌブローに移住されて、どうヨーロッパを自らに中で消化していったかを知りたかったのだ。フォンテーヌブローの地域性やヨーロッパの歴史、更にヨーロッパの人々の心性にどう感じたかを、その方に興味があったのだ。
 もちろんそこで暮らしているわけだから、ヨーロッパの人々の心性に触れないわけにもいかないし、ヨーロッパで直に感じることも当然ある。そっちの方が私には興味があるのでそれを書き出してみる。
 たとえば食材について。様々な地方特産の食材があるのだが、「ワインやチーズについて言えば、製造そのものに時間がかかる。本来の品質を維持するのが作る立場の人たちの面目であって、客の方も新製品というだけで飛びつきはしない。全体として現在を構成する要素の中で過去が占める部分の比率が高くなる。過去という重い荷を負っているから急カーブは曲がれない。その必要はないと人々は思っているらしい」
 頑なにその製品を作り続け、製品の品質にこだわる姿勢がそこにあり、消費者もそれを求める。新しもの好きで、安ければ、農薬が入っていても買ってしまう日本人には頭が痛い。
 街の景観維持にしても、「なりゆきとか、はびこり放題とか、そういう緩い部分、放任された部分がない。そして住民の総意に個々人の好みが反映される余地は少ない。
 つまり、全体と個人の発言権において、全体がずっと強いということだ。ある意味では言葉の本来の意味において『社会』主義である。社会そのものが主役。フランス革命で『自由、平等、友愛』を謳った国おいて、実は『自由』は勝手放題を意味するわけでなかった。むしろ自由と規制がせめぎあう前線がはっきりと見える。規制によって自由が際だつと言っていい」と池澤さんは言う。まぁこれも日本ではよく言われていることで、歴史的価値がある建物であっても、生活しづらいとなれば、簡単に壊してしまうお国柄とは違う。街の景観など一切お構いなく、勝手に自分好みの家を建ててしまう国には、結局理解できないことなのだと思う。たとえそれが頭の中にあって、一様の理解をしていても、個人を主張して憚らない。それが自由だと勘違いしているのである。

 さてこれ以外に私が興味深かった記述は三点ある。一つはローマ法王ヨハネ・パウロ二世の死に接し、ヨーロッパの人々が悲しみにくれる姿を見て池澤さんが感じたことである。池澤さんは次のように言う。

 「法王はおそらく、遠い神と心弱い信徒をつなぐ仲介者の一人なのだろう。神は絶対であるから、いかなる意味でも具体的でないから、日々個人の心からは遠くなる。『創世記』に言うように神は『言葉』である。つまり言葉で定義されるものであって、実体ではない。旧約の神は厳格な妬みの神であった。素朴な人々が父と慕おうにも手がかりが少ない。だからキリスト教では、まずキリストが神と人を仲立ちし、それでも届かないところは聖母マリアが取りなし、それでも残る隙間を多くの聖者たちが埋める。そして、法王をはじめ司教も司祭たちも、この神との遠い距離を仲立ちするものとしてある。
 人は生きた人を愛することはできるけれど、抽象を愛するのはむずかしい。神に顔を与えるために、尊厳を損なうことなく相貌を与えるために、村の教会の神父に始まって天に到る長い連鎖がある。そして法王はこの連鎖の人間界側の最終的な束ね、いわば砂時計のようなくびれのような存在、ではないのか?不信心者の憶測ではそう見える」

 この記述はうまいなと思った。キリスト教の本質が理解しがたい我々みたいな者は、キリスト教がどうしてこれほどの信者を獲得することができたのか、いや信者の心を捉えたのかその構造をうまく言い表していると思ったのである。

 もう一点が、須賀敦子さんのシャルトルへ巡礼の旅についての記述である。須賀さんが長いこと歩いてやっと大聖堂の針の先のような尖塔が見えたときの感動を語っている部分がある。私はミラノの大聖堂の記述に以前触れたことがあるが、とにかく長いこと歩いてきて地平線から教会の塔の先が見えたときの感動は、言い表せないほどの感動を呼ぶらしい。私はその感動を多分中世の旅人も味わったことだろうとも書いた。池澤さんも車であったけれど、その感動を味わったことが書かれたいた。

 「フランス国土は全体としてとても平らだ。ごくわずかな起伏を越えて広大な畑の真ん中をまっすぐ伸びる道を車で走っていると、次の集落の印として最初に目に入るのが、たいていの場合、教会の塔である。水平という原理が優越する空間でもっとも垂直的なものが教会なのだ。ぼくがシャルトルに行った時も、東側から近づいてまず地平線に見えたのが二つの塔だった。車を運転していたから拍手はしなかったけれど、(須賀さんたちはそれが見えたときいっせいに拍手が起こったと書いている)しかしそうしたいくらいの感動はあったと思う」

 と書いている。こういう描写を読んでいると、私も同じような場面にいたいなと思う。
 最後の一点が、ラ・トゥールである。まさかここでラ・トゥールが出てくるとは思わなかった。(これだから本を読むのは楽しい)池澤さんがロレーヌ地方を旅していて、市内の美術館に入った。「一枚の絵が目に入った。近世から近代の絵を並べた一角で、それだけが際だっていた。他の絵が照明によってようやく見えているのに、その一枚だけは自分で光を放っているかのようだ。二人の人物が描かれているだけの単純な構図に、見る者を引き込んで放さない力がある。ぼくはしばらくの間、そこを動けなかった」と書いている。
 池澤さんが見た絵は「妻に嘲笑されるヨブ」であった。私はラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」に魅せられた。ちょうど上野でそれが展示されていたので、すぐ見に行ったのである。ここでは子供であるイエスが持つローソクの火がその絵を際だたせ、そこから外に向かって、見る者に光を放つような衝撃があった。そしてこの「妻に嘲笑されるヨブ」も確かローソクが効果的な魅力を醸し出していたはずだと思った。実はラ・トゥールに興味を持ったとき、彼の他の絵もネットで調べていた。改めてその絵を見てみると、ここでもローソクの炎がこの絵を際だたせているのを知る。


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 池澤さんはその魅力を次のように言う。

 「まずは精緻なリアリズム。蝋燭一本の光で描くという技法が見る者の視線をひたすら細部に向け、そこからこの二人の実在感がひしひしと伝わる」

 「ラ・トゥールではこの二人の人生の一瞬を切り取っている。まるで写真のようだ。絵の中に会話がある。言っている言葉が聞き取れるかのようだ。宗教画一般が真理を求めるために超時間になろうとするのに対して、この絵は永遠を放棄した上で、代わりに一瞬をきっちり捕らえようとしている」

 思わずラ・トゥールの魅力にとらわれた人がここにもいたといった感じで、うれしかった。


評価
★★


書誌
書名:異国の客
著者:池澤 夏樹
ISBN:9784087464689
出版社:集英社 (2009/08/25 出版)集英社文庫
版型:243p / 15cm / A6判
販売価:550円(税込)

2010年01月25日

池澤夏樹著『明るい旅情』

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 風邪が治ったかなと思っていたら、ここのところの寒暖の差が激しい気候に身体がついて行けず、またぶり返してしまった。何故か年明け早々体調があまり良くなく、そのためか読んでいる本が最後まで読み切れずに、投げ出してしまうパターンがここのところ多く、この本もそんな感じになっていた。どこか自分の感覚と合わない。これもダメだなと思っていた。
 この休みはとりあえず休養が必要ということで、ひたすら横になっていた。録画しておいたテレビを見たりしていたのだが、私は長時間テレビを見ることが出来ない人なので、しばらくしたらテレビを切ってしまう。しかし次に何することもないので、読むのを諦めていたこの本を再び読み始める。「まぁいいや。読めるところまで読んでみよう」と思ったのである。
 読んでいるうちに、池澤さんの硬質な文章が頭になじんできて、何とか読める。いやむしろこうしてごろごろしているときに、海外の話は、ちょっとそこへ行った気分になれるので、かえっていいかもしれないと思い始めたのである。
 私が池澤さんのこの紀行文をうまく受け入れられない理由は、この硬質な文章にある。くだらない笑いを誘う比喩など一切ない、ありのままの感想をストレートに書かれるものだから、読む方はいつも緊張を強いられ、長いこと読んでいられないのである。まして今の私にはきつい。それが今の私には向かない理由であった。しかしさっきも言ったように、半ば諦め、半ば我慢していると、その几帳面なほど真面目な文章に“もっともだよな”と思えてくるから不思議であった。

 「どうも人間はものごとの運びをすべて自分たちの意思の表れ、理知的な選択の結果と見る傾向がある。ことがすべて決着した後で、なぜその道を選んだのかと問われたとしよう。問う人の顔には、整然たる回答が返ってきて当然という期待の表情が浮かんでいる。しかし、実際の話、たいていのことはなりゆきというか、多くの力が時をおいて作用し、それら複数の効果の最終的な成果として実現するのではないだろうか。理知の力を信じるのはいいけれども、世の中を動かしているのは人知の制御を超えた無数の力の共同作業である。結婚などという最も人間的な、誤謬に満ちた愛すべき行為を例にして思い浮かべてみれば理解しやすいかもしれない。百人の候補について数百の項目を計測、数値化し、それを統計学を用いて厳密に比較検討した上で相手を選ぶ者はいない。なりゆきというのは美しい言葉だ」

 「誰にとっても現在は楽園ではない。現在には苦い要素がいろいろ混じっている。それでも子供時代のような質のよい過去から苦い要素を時間の作用で洗い流すことはできるし、精神が元気であれば最初から苦い要素を入れない未来を描くこともできる」
 
 「うわついたところが一つもない。完成されている。しかし、若い身でこの国にいたとしたら自分などたまらないだろうとも考える。東京の軽薄もやりきれないが、ロンドンの重厚も決して居心地のいいものではない。英語の言い回しに『バターを口に入れても溶けないような顔をして・・・・』というのがあるが、道行くみながそういう顔をしている。漱石がノイローゼになった理由がよくわかる」

 「ここ何十年かの間にこの国(日本)では社会の重心をずっと若い層にシフトしてしまった。街に出れば若い人々ばかりがあふれているし、商品もすべて若い購買層に向けて開発され、それを買いにゆくと対応に出る店員はみな二十代。社会そのものがかわいいニコニコ顔をしている。それは結構なのだが、実際のサービスは大雑把でいい加減、誰もが無責任、しかもみんなそれが普通だと思っている。若いというのは困ったものだ」

 ロンドンの街のことを書き記したのは、漱石の記述があったからだが、他の3つの文章は私ももっともだと思ったので書いた。いささか几帳面さ鼻につかなくもないが、でも几帳面であるが故に、逆に説得力があると感じた。

 本当ならもう少しまともな感想を書くべきなのだろうが、私はこの著者の生真面目さから、正論を言っている部分が好きになったので、あえてそれだけを書き残した。早く風邪を治さなきゃ・・・。


評価
★★


書誌
書名:明るい旅情
著者:池澤 夏樹
ISBN:9784101318189
出版社:新潮社 (2001/06/01 出版)新潮文庫
版型:246p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

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