2005年07月16日
ウィメンズネット・こうべ編『女たちが語る阪神大震災』
ウィメンズネット・こうべが編集した『女たちが語る阪神大震災』(木馬書館刊)は報道されなかった阪神・淡路大震災の被災者である女性たちが経験したこの国の歪んでいる部分やこの国に住む人間の底辺を流れる意識をあからさまにしたものである。
前回柳田邦男編『阪神・淡路大震災10年』を紹介した時に、最後に「災害というものは、地域社会がかかえている弱点や災害弱者を冷酷までにねらい撃ちする形で襲うのだ」という柳田邦男さんの言葉を引用した。この本には震災直後女性達が直面した「現実」が描かれている。
一方で何とか頑張って復興しようと考える人間もいれば、弱者を更に追いつめる人間もいる。非現実の中で、自分だけ別という思いが、そうさせる。あるいは自分より弱い立場の人間を追いやることで自分の優位性を自己主張させる。そうしなければ生きていけないのだ。
事件や災害がリアルタイムで報道される中、報道することさえはばかれることが沢山あり、本当はそういうことが様々なことを考えさせられることじゃないかとも思う。ここではそんなことを本の中から引用してみる。
女性たちの話を聞いて感じたことの一つは、日本の社会がいかに「会社」中心の社会であったかということでした。被災した社員に素早く社宅を用意し、会社が国よりも頼りになるとの声もありましたが、一方で震災から一週間も経たないうちに大阪市内に単身者用の住まいを用意して、夫たちを単身赴任させ、いまだに余震の続く被災地に家族を置き去りにしたのも会社でした。会社側の一方的措置のケースだけではなく、男たちも交通機関が寸断された中を10時間近くもかけて何とか会社に出かけて行き、そのまま会社で泊まり込みをして何日も帰って来ない例も数多くありました。地震直後に、被災地神戸を脱出して、予定されていた東京での会社の研修に参加したり、二ヶ月近く自宅に戻らなかった話もあって驚きました。
取り残された妻たちが精神的、肉体的にどんなに大変な生活を強いられ、不安に苦しんだか。つらかったという声をたくさん聞きました。停電のためエレベーターの使用できない高層マンションでの水汲み作業は、どんなに重労働だったことでしょう。私自身も18リットルの水を自転車の荷台に積んで、よろよろしながら自宅まで運び、水がこんなにも重いものとは……と、ため息をついたものです。余震の続く中、独りぼっちで家に残された不安感から体調を崩した女性も多く、通じない電話の前に何時間も座り続けていた女性の話も印象に残っています。 特に、幼い子どもを抱えた母親たちには、自分自身の不安感と同時に母である自分が子どもを守らなくてはいけないというプレッシャーも強かったようです。そのために、幼児虐待に近い状況もかなりあったようでした。最近若いお母さんたちから、せめて一週間の震災休暇を夫たちに取って欲しかったという声を聞きます。でも、私は、あれだけの被害があった場合なら一ヶ月程度の震災休暇が必要だと思っています。
震災後、多くの女性が最初に考えたのは、家族の生活のことであり、生活物資の確保であった。しかし、多くの男性が最初に考えたのは、会社のことであり、事業の復旧のことであった。多くの男性は家の片付けや家庭責任を女性に押し付けて会社にはせ参じ、家庭責任を持った女性は取り残された。その姿は、戦時中に涙を見せずに夫の出征を見送った「銃後の妻」を思わせる。男性が向かったのはビジネスという戦場だった。
神戸方面のある避難所では仕事を持っている夫や男の人たちが出かけた後、男性が入り込み、女性がレイプされた。止めに入った教師が暴力を振るわれてケガをするといったことや、道を聞いたボランティアの女子学生が半壊の建物に引きずり込まれてレイプされた。さらには、(避難所は夜も電気がつけっぱなしなのだが)トイレへ立った男性が通りすがりに女の子の胸などを触っていくという話(まさに、プライバシーの片もない生活がここにある!)から、日常的に体育館の裏や倉庫の片すみ、救援物資が積まれた陰での性交(レイプも含まれる)を幼児たちが見ている。
小さな子どもたちがいたずら(パンツを脱がされたり、触られたり)されても、それが何なのか気付かない。性被害は男・女を問わず、子どもたちに否応なしに振りかかっている。
通勤、通学途中の20代の女性たちを解体現場に引きずり込み、しかも複数犯による犯行が多かった。お風呂に入りたい女の子たちを複数で誘ってのお風呂ツアーなどは、最初からワゴン車を用意して実に計画的である。
夏は大体レイプがらみの相談が増えるのですが、今年は特に多かったようです。夜、避難所で人けのない所へ引きずり込まれたり、レイプまでいかなくてもいたずらされかけたり、死角になる所で性的ないたずらをされたり、嫌な思いをしたという話を割と聞きました。みんなが精神的にすさんでいる、ヤケになっている時はどうしてもお酒に走って、破廉恥な言葉をかけたりするようです。
具体的には、高校生や大学生の女の子たちが人の住んでいない家に引きずり込まれてレイプされた、人通りが減った空き室やビルに引きずり込まれかけた、街灯の暗い町で通りかかった車に引っ張り込まれてレイプされたという話がありました。
例えば、10年のローンの残っている自宅が全焼し、それ以来、夫がお酒を飲んでは毎晩のように殴る、蹴るの暴行を働く。セックスを強要する。そう訴えながらも、「耐えられない私は、わがままな女ですか?」と聞く妻たちが悲しかった。
大混乱の中、人間の本能 "性欲"はどう機能したのだろうか?市街地のラブホテルは大繁盛だった様子。実態は洗濯ツア??? 避難所はプライバシーがないので無理。かえってテント生活の人のほうがプライバシーが保てたようだ。中には半壊の自宅に帰って・・・という人も。
ある日、47歳の女性が相談に訪れた。1月の上旬に生理があって以来、なくなってしまったと言う。「もう更年期になってしまったのですね」という哀しげな声と、ツヤのない髪や肌。ショックやパニックで無月経や生理不順になる場合があることを話した。この震災で、40代から50代の妊娠が増えたのは、生理不順で避妊の時期がわからなかったためと思われる。
仕事場が無事であった夫は、被災後間もなく出勤したが、それを見たある日本人男性曰く、「日本人でさえ職を失った人間が山ほどいるのに、朝鮮人のあんたに職があるのはおかしい。日本人に職を譲るべきやろ」。
また、露骨な嫌がらせをし、差別的に物資を配る人にとがめ立てすれば、返ってきた言葉が、「お前ら朝鮮とは理解し合おうとは思わん」の一言。そしてまた、総連(在日朝鮮人総連合会)、民団(在日大韓民国民団)を通しての在日朝鮮人に対する義援金の支給を見て、「お前らは日ごろ、差別されていると言うが、日本からの義援金はお前らにもやったろ。だったら、そっちのも俺らに配って当たり前やろ。逆差別ちがうんか」と、言い放つ人まで現れたのには、何をか言わんや。
その例として言うならば、震災後、在日外国人の力になれればと設立された定住外国人復興センターあてに、「好きで日本に来たくせにガタガタ言うのなら自分の国へ帰れ。汚い中国人、朝鮮人は嫌いだ」という主旨の投書が無記名で送られてきた。また、「朝鮮人のために使うお金があるのなら、日本人のために使ってほしい」との投書もあった。もちろん、無記名である。
1月末に零細事業所、さらに2月に入るとダイエー630人、そごう670人、カネテツデリカフーズ200人・・・と、自宅待機していた神戸在住のパートやアルバイトが大量解雇されたのです。
事の始まりはまず、私が「電車が不通になったために通勤が困難になった」という理由で、社長に退職することを言った時です。その時、私は「有給休暇の残り日数を消化した日を退職日にして欲しい」と申し出たのですが、社長は「こんな地震が起こって会社も大変なんだから、そんなことはできない」と押し切られてしまいました。私はこれ以上言っても無駄だと思い、その時はそれで引き下がったのです。
ところが後になって、『労働基準法』を図書館で借りて、社長の言い分はおかしいということに気付いたのです。数日経って家に離職票が送付されましたが、やはり離職日は私が退職を申し出た日になっていました。
少し汚いようだが、日常生活で、避けて通れないトイレの話。
私の過ごした避難所のトイレは、しばらくの間、大便がてんこ盛りの状態だった。見た目も不潔だし、悪臭がこの世のものとは思われなかった。あまりの臭さに、私は両方の鼻の穴にティッシュを詰め、息を止め、目をつむり用を足した。男はいいよなあ……と思いながら。
このようなトイレの状態は、各避難所でも同様だった。そのため、トイレになるべく行かないように、水分を取るのを控えたり、トイレを我慢した結果、多くの女性が膀胱炎や尿道炎、カンジダになった。そして清潔を保つため、ウエットティッシュで拭いたり、生理用ナプキンを使用していたようだ。
全国から送られてきた仮設トイレを使用してみて-まず、備蓄用テント式トイレは使用しづらかった。カギがかからず全体がぐらついて、中にいると怖い。夜は外に影が映る。組み立て方法がわからず手間取った、などの意見があった。
また、一般の仮設トイレも、ぐらついて使用しにくい。悪臭がする。汚物缶がない。男女の別がない。階段があると障害者には使いづらい。運動場の端っこに設置されていて、夜間の使用は怖い、などの意見があった。
まず、仮設トイレが設置されるまでは、学校のトイレ(もちろん水洗)の便器は、大便がテンコ盛り。これを取り除く作業(スコップでゴミ袋に入れる)から取り組んだ。プールや川から水を運び、少しきれいになったトイレでは、小便の時は水を少し流し、大便の時は新聞紙を敷いて排せつを済ませたら、くるんでゴミ袋に入れることを徹底させた。
などなど・・・。これが現実の一部なのだ。これを読んでどう感じます?
(この文章は、2002年8月23日に書いたもので、それを多少修正して再録したものだ。阪神・淡路大震災から10年たった今、そこから学んだ教訓が様々な分野で生かされている中、一方でここに記されたこと、あるいはこれと似たような現実は本当になくなるのだろうかと思ってしまう。この本は是非読んでいただきたいと思い、再録した。)
- by kmoto
- at 10:37
comments
全部読ませていただきました。
レイプの多発は本当にあったそうですね。
そんな事態なのに単身赴任を強要し、さらに悲惨な惨事を招いた会社はまさに日本企業のの縮図ですね。
インフルエンザでも休ませなかったり、人生で1度の妻の出産にも有給を使わせなかったり、日常的な企業の基質がそういう時にも現れてしまったのかと思うと怖いですね。