2005年07月23日

阿部謹也著『「世間」への旅』

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 阿部謹也さんの新刊、『「世間」への旅』(筑摩書房刊)を読む。
 この本は、今まで雑誌などに書かれた文章を集めたもので、書名にあるように「世間」について書いたものが中心となっている。
 阿部さんはドイツ中世史の研究を長いことやられてきて、その研究方法や手法で日本を見た場合、それが見えてこないことに気づかれる。それが何故なのかを探っているうちに、日本の社会には、明治以降ヨーロッパから輸入した近代システムとそれまでの日本にあった歴史的・伝統システムがあることに気がつくのである。その日本固有といっていい歴史的・伝統システムがすなわち「世間」といわれるものだ。
 明治以降ヨーロッパから輸入した近代システムとは、法政、国政、軍事、教育、郵政など日本の社会制度ほとんどがあたる。それまでの日本にあった歴史的・伝統システムを古いものとして切り捨てることが、近代化だと考え進んできた。 けれど、いくら新しいシステムを導入し、インフラが欧米化し、近代化しても、家とか、言葉とか、慣習とか、身振りなど、人間関係には歴史的・伝統システムは完全に切り捨てられず、今も残っている。
 普段は近代化、欧米化したシステムの中で考え、暮らしているように見えても、一方で日本古来から培われたシステムで物事を考え、暮らしているのである。それが「世間」である。だから日本という国にはヨーロッパから輸入された近代システムと歴史的・伝統システムのダブルスタンダードの物差しがあるのである。
 だからこそ、政治家などが不祥事を起こすと、「私は無実だが、世間を騒がせたことを申し訳ないと思っている」と頭を下げるのである。

 最近思うのだけど、日本っていったい何なんだろう。何でもかんでも欧米の文化を取り入れることが、最新なのだとする考え方に疑問を感じてしまう。本来その国に根付いた文化を古いものとして扱い、まったく地に足がついていない文化を何でもかんでも取り入れて喜んでいる日本人を見ていると、この国はヨーロッパやアメリカなのかといいたくなってしまう。
 私は戦前の国粋主義には反対だけど、日本古来からのものを考えると、日本が日本であることをきちんと国民に植え付けたことは事実だと思う。そのことは純粋に日本人が日本を主張出来る毅然とした態度を持たせたんじゃないのか思うのだ。今みたいに日本として国の威厳などない状態を憂うべきだと思う。日本人として同じ意識を持てるものが、ちょっと前まであったはずなのに、無謀な戦争をし、負けたことで、何もかもそれまで持っていた日本人いいところを否定したことで、今がある。
 しかし、輸入された欧米にシステムだけじゃどうにもならない。何故ならここはヨーロッパでもアメリカでもない日本という国なのだから。だからこそ「世間」という言葉で表される家とか、慣習とか、言葉とか、伝統とかいうものなかにあった美しいもの、いいものを、もう一度見つめ直す必要性を感じてしまう。私は阿部さんが見つめた「世間」という意識が薄れたことが、今の日本というどうにもならない状態を作り出したんじゃないのかと思うのだ。それでいて、自分のやったことを正当化する時だけ、「世間が・・・」と言うのだ。「世間」というものはそういうものじゃなかったはずだ。
 サッカーの試合の時にしか「君が代」を歌わず、その時だけ「おぉ~ニッポン!ニッポン!」と日本人を鼓舞するしか能のない日本人を恥じるべきだし、高校教師が「君が代」斉唱を拒否するのも、基本的に間違いであることを知るべきだ。だって、その教師の個人的考え方はそれでいいかもしれないが、それを生徒に押しつけるような態度は慎むべきだろう。拒否するかどうかは生徒が決めるべきであって、教師はなぜ「君が代」を歌うのかを教えるだけでいい。それでも教師を続けるなら、教師を離れた立場で主張すればいい。考え違いも甚だしい。
 なんだかとんでもないところに話がいってしまった。ただ私は欧米のシステムだけじゃ、日本という国がだめになると思うのだ。日本人が古来から持っていた美意識、慎まやかさなどの復権を願っているだけのことなのだ。ヨーロッパやアメリカだって、自分の国が持っている固有のものや伝統はきっと大切にしていると思うのだ。その上で、普遍的で汎用性のあるシステムが動いていると考える。
 それにしても、人と人の関係に重点を置いて歴史を見るようになったのは阿部さんが、昔から一人でいるのが好きだったというのは意外だった。

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