2005年08月05日

死の臭い

読んだ本

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立川昭二著『歴史紀行死の風景』 朝日新聞社 (1979年)

『レンブラント』カンヴァス世界の大画家16巻 中央公論 (1982年)

ホルバイン『死の舞踏』 岩崎美術社 (1972年)

 ここに2枚の絵がある。いずれもレンブラントの絵である。


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    レンブラント 「トゥルブの解剖講義」 1632年 ハーグ マウリッツホイス美術館



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    レンブラント 「デイマンの解剖講義」 1656年 アムステルダム 国立美術館

 上は、「トゥルブの解剖講義」で、下は「デイマンの解剖講義」である。
 トゥルブは、ライデン大学で医学を修め、アムステルダムで開業し、外科医組合の解剖学講師となり、アムステルダム市長も歴任し、臨床医として、膀胱ガンや脚気について業績があり、結腸の「トゥルブ管」にその名を残している人物である。
 この絵を見ていると、死体の白さと、そのまわりのいる人物や背景の黒さのコントラストが不気味さを醸し出しているが、一方で、その分リアルさを感じさせる。
 この死体を囲む人物達の名前も分かっているらしく、更に死体の身元も絞首刑にあった、アドリアンというライデン生まれの28歳箱作り青年であることが分かっているらしい。
 もう1枚の「デイマンの解剖講義」のデイマンは先の「トゥルブの解剖講義」の画面中央にいた人物で、この腹と頭を開かれている死体の人物もはっきりしていて、盗みの罪で絞首刑になったフォンテインという青年だそうだ。
 デイマンは脳の組織を持ち上げている。すでに死体の腹は切開され、穴が開いた状態。傍らにいる人物は、切り取られた頭蓋骨を持っている。これも妙に生々しい。
 人体の解剖風景をここまで、リアリティーに描く精神はいったいどこから来るのだろうか?ここまで「死」を客観的にみる思想はどうして育まれていったのだろうか?そうせざるを得ない理由があったはずである。更に狂気としか言いようのないのは、パドヴァ大学では、歴代解剖学教授の頭蓋骨が行儀よく並んで陳列されているのだ。自分たちの身体さえ標本としてさらしているのである。

 立川昭二さんの『歴史紀行死の風景』は、そうした背景を主にヨーロッパ中世からルネサンス、産業革命の地域を訪ね歩くことで、解明しようとしている。
 まずはエジプトからギリシアを訪ね、ギリシアのヒポクラテスが残した、20歳になる、シレーノスという人物のカルテを紹介する。

第一日。胆汁状で、混じりけのない、泡のある、濃い色の便を多量に排泄。尿は暗色で、黒い沈澱があり、渇きを訴え、舌は乾燥し、夜間は不眠。

第二日。熱が劇しく、排便はさらに多量、希薄で、泡があり、尿は暗色、夜間は苦痛、いささか精神錯乱。

第三日。全般的に病勢昂進。左右の肋骨下部が緊張して瞰に達し、下方は柔らかであった。便は希薄で、暗色。尿は混濁し、暗色。夜間は不眠、多弁、吠笑、放歌し、抑制不能。

第四日。同じ状態。

第五日。混じりけのない、胆汁状で、なめらかで、脂肪状の排便。希薄で透明な排尿。やや意識を回復。

第六日。頭部に少し発汗。四肢は冷却。帳転反側し、完全に便秘し、尿もとまり、高熱。

第七日。発語不能。四肢は体温回復せず、排尿なし。

第八日。全身に冷汗。発汗とともに、赤く円形のにきびほどの小さな発疹が出て持続し、消失しなかった。腸からは、わずかの刺激で、希薄で不消化な多量の便が排泄され、苦痛をともなった。排尿にも疼痛があり、刺激性であった。四肢はやや体温を回復、睡眠は浅く、昏睡状態で、発語不能、尿は希薄で透明。

第九日。同じ状態。

第十日。飲物を受けつけず、昏睡状態で、睡眠は浅かった。排便は同様。濃厚な尿を多量に排泄し、これを放置すると澱粉状の白色の沈澱があり、四肢はまたも冷却。

第十一日。死亡。

 以上のように、ヒポクラテスの観察は詳細を究め、ヒポクラテスの『流行病』第一・三巻に記載されている症例は、今の病名で診断できるという。すごいのはこれが古代ギリシアで書かれたものだということなのである。つまり元々そういう観察眼を持った人物が古代ギリシアにいたということであり、そういう土壌があったということなのだ。
 次にローマに移り、古代ローマ帝国を思う。「すべての道はローマに通ず」がローマ帝国の繁栄を意味したのと同時に、それは「辺境の風土病を疫病として文明世界に拡散させる伝播路の役割をはたすことになった」のだ。だから華々しいと思われている古代ローマ帝国の実態は、うち続く戦禍と飢饉、そして、マラリア、ペスト、疱瘡が絶えずローマ帝国の土台を揺すぶっていたのだ。そのためローマ人の健康水準は著しく低いものだったという。
 そして立川さんの記述は中世と移っていく。ヨーロッパ中世といえば黒死病、すなわちペストの大流行の話となるが、元々ヨーロッパ中世でもローマと同じく衛生状態が悪く、「中世の人びとは、騎士であれ農夫・職人であれ、七歳ごろから職業訓練を受け、労働を分担し、十三歳ごろは男女とも結婚適齢期、十五歳で法的な成人、三十五歳ともなればすでに老人であった。七十歳をこえたカール大帝は奇跡と呼ばれ、王侯貴族の子女の大半が、やはり乳幼児で死亡している。死までの距離のあまりの短さ、死とつねに背中合わせに暮らしている日常、社会構成年齢のあまりの若さ。ただでさえ、このようなきびしい時代に、黒死病という大量死がおそったのである」
 いったこの時代どれだけの人達がペストで亡くなっていったのだろうか?詳しい統計資料がある時代じゃないから、正確な数字はわからないけど、ペストで死んでいった人達の遺体が日常どこでもあった状態だ。そしてペストに感染していない人びとにとってもいつ「明日は我が身」なる可能性が十分あった。そうなれば嫌が上でも「死」と向き合わざるを得ない。「Memento Mori(死を思え)」とはこういう状況で生まれた。又ホルバインの「Danse Macabre(死の舞踏)」も自分の身近に「死」が迫っていることを風刺した絵であった。


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 こんな状況から、嫌が上でも「死」を客観的にみることをせざるを得ないヨーロッパの人びとから、「人間とは何か?」、「病気とは何か?」、「死とは何か?」あるいはこんな悲惨な状況の中で「神とは何か?」が問われていくのだろう。
 勿論先にあげたレンブラントの絵のような解剖が行われる前は、いくらヒポクラテスのように客観的に病気を診る姿勢はあったとしても、元々ヨーロッパ中世は宗教が絶対的な力を持っていた時代だから、病気の治療は非科学的なものであり、事実医者が患者を前にして、からだを見ようとしないで、患者の運星表(ホロスコープ)に熱中し、占星術を基本とした。手元にあったのは、暦であった。1345年パリ大学医学部が国王に提出した報告書では、木星と火星の『合』が地上に有害な蒸気を沸き立たせ、大量の死を招いた疫病を発生させたという内容を見ればその様子がうかがえる。
 ペストが猛威を振るい、「死」を目のあたりにすることが非日常的じゃなくなったとき、更に「死」あるいは「人間」を客観的にみることが出来るようになったのではないか。 たとえば、ヨーロッパは肉食である。当然多くの家畜を食用用に屠殺する。毎日家畜を腑分けする際、家畜の内部にときには腫瘍や血塊などの異常を発見することもあるだろう。

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     レンブラント 「屠殺された牛」 1655年 パリ ルーブル美術館


 そしてそれが原因でこの家畜は病気だったと考えるのは極めて自然である。そしてその考えを人間にまで広げれば、病気や死因は天体や神の影響じゃなく、身体の中のある器官に原因が潜んでいるはずだと考える。こうした考えから、人の身体を解剖すれば、その原因がより具体的に判明する。
 これが先のレンブラントの絵に見られる人体解剖につながっていく。そして構造的に人体が分かってくると、今度はデカルトのように「生命も物質であり、人間も機械だ」という考えに進んでいく。デカルトにそう言ってもらうことで今度は科学的に医学を考えるようになっていくのだろう。
 ところがそれが進んだ現代は、すべての病気はという病気が判別されようになって、様々な末期の締めくくりは病気がつけるようになり、人間の意のままにならなくなっていく。それを管理するのが病院という閉鎖された世界だ。それが証拠に、現代に人々のほとんどが病院で死ぬ。
 かつて人々は、死と隣り合わせに生き、死を恐れながらも、死を暮らしの中に取り込み、死者とともに生きていた。死と隣り合わせに生きるということは、ある意味「血の残忍さ」があったが、現代の医学の進歩は、その残忍さを取り除いたとしても、やさしくない。いや取り除いたのではない、隠しているのだ。
 いつの間にか我々は、死を偶発的な事件と見るようになり、死は神の摂理、自然の法則性によってもたらされるはずのものが、医療技術の不十分さで引き起こされた「事故」として見るようになってしまったのである。

 この本は歴史の旅で死のかたちがどうであったか、それが文明や風土と又は科学や医学がどう関わってきたかを考えている。それがいかに悲惨で残忍なものであっても、それと向き合って人々は生きていた。
 そして現代医学が死を隠蔽することでいわば無菌状態なものにしていることに警鐘を鳴らして締めくくっているが、よく考えてみると、我々が教科書で教わる歴史もこれと同じじゃないかと思う。歴史的事実の羅列は、内容を考えさせない。その裏にあることを考えさせない。思想や科学はきっと凄惨なことを体験してきたなかで生まれたものであるはずなのに、その背景を求めない。この本を読んでいて、これでいいのだろうかと思った次第だ。

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