2005年08月26日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第2巻

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 『ローマ帝国衰亡史』第2巻目を読む。とにかく面白い!第1巻が所謂「軍人皇帝時代」といわれる、混沌とした時代で終わった。その間は勝手に地方の軍指導者が、自分の能力も顧みず、自分が「ローマ皇帝」だと名乗りを上げる僭主時代でもあった。
 元々ローマ帝国は「農業」を主産業とした国であったはずだが、帝政が始まると、領土拡大化で他民族と戦争をする。それらの民族との戦いで得た、奴隷を含む戦勝品で国を支えるようになってきた。つまり「略奪経済」とでもいうべき姿に変わってしまった。だから戦で得た富を分配することでローマ帝国は維持できたとも言えそうである。当然それが出来るのは強大な軍が維持されることが前提であって、そうなれば必然的に軍は力を持つようになる。元老院など名ばかりのものになってしまう。戦勝品としての富は、まずは軍がそれを取ってしまう。
 しかし、この状態が恒常的になると、軍はますますそれを求めるようになるし、戦勝品の分配が少なければ不満も出てくる始末。ますます増長して行くこととなる。軍から擁立された皇帝は、まずは軍に報償を優先的に与えなければ、自分の地位が維持できない。戦勝品で払えなければ、国庫から支出する。当然ローマ帝国の財政も悪化の一途であった。
 しかし軍はいつも不満だらけであった。その上、様々な陰謀が渦巻いていた。結局「歴代ローマ皇帝の不幸は実に惨たるものだった。治世の跡はどうあろうと、最後はすべて同じ非命に仆れた。逸楽に耽ろうが、君徳を積もうが、峻厳だろうが、寛宏だろうが、いや、また懶情だろうが、栄光を齋そうが、非業の死という点では同じだった。ほとんどすべての治世が叛逆、そして殺害という忌むべき反覆で、幕を閉じられている」とギボンは言う。特にこの時代はこの傾向が甚だしい。
 そんな無秩序な状態を直したのが、クラウディウス2世ゴティクス帝(在位268年~270年)であり、アウレリアヌス帝(在位270年~275年)であった。しかしいずれも皇帝在位期間が短かった。しかしその短い在位期間で、ゴート族や女王ゼノビア支配下のパルミュラ王国を征服している。その間軍の綱紀粛正を行い、ローマ帝国の再建の足掛かりを築き上げる。
 ローマ皇帝と言えば何だか由緒正しいローマ貴族から選出されているイメージがあるが、クラウディウス帝にしても、アウレリアヌス帝にしても、この後出てくるディオクレティアヌス帝にしても、農民や奴隷出身であり、それが軍で才能を開花させ、ローマ皇帝まで上りつめた。日本で言えば秀吉みたいな感じだ。
 
 やっと私が覚えているローマ皇帝の名前が出てきた。ディオクレティアヌス帝という名前は懐かしい。やっぱり知っている名前の皇帝が出てくると、ちょっとうれしくなっちゃう。ディオクレティアヌス帝が広大なローマ帝国を4分割して、自分を東方帝として君臨し、西方帝としてマクシミアヌス帝に支配させ、更にそれぞれ副帝として、ガレリウス帝とコンスタンティウス帝(コンスタンティヌス大帝のお父さん)つけた。
 これはすごいと思った。これだけローマ帝国が広範囲に及んでしまうと、どう考えても1人の皇帝だけじゃ支配、統治は難しい。事実西に、東にとゲルマン人やペルシャ人が帝国を脅かせば、それこそ皇帝は東奔西走の状態であった。だからこうしてローマ帝国を4分割して、ディオクレティアヌス帝が信用のおける人物に統治させるのは懸命な政策だったと思ってしまう。
 その上で、ディオクレティアヌス帝自身、東方の影響を受けて、自身に絶対的な権力を集中し神聖化し、専制君主としてドミナトウス制(専制君主制)を引く。その上ディオクレティアヌス帝とマクシミアヌス帝は奢れるローマ市から離れて、メディオラヌム(ミラノ)とニコメディアに居場所を構える。そこにはローマ市と同じくらいの都市が作られていく。
 それまでこの衰退期に、ローマ市は、自分たちの立場をのみを主張するだけの元老院や近衛兵、更にローマ市民しかいなくて、そのわがままを受け入れていたことで国を衰退させたと思えば、ローマ市を離れて国を維持していく方が懸命である。
  しかし国を4分割、実質は2分割で、それぞれ正帝、副帝を置いたことは、その後くるローマ帝国が東西両帝国に別れてしまうきっかけを作ったことになるし、ローマ市以外に皇帝のいる都を2つ作るということは、それだけ費用がかかることになり、ローマ市民や属州にそれだけ負担を重くする結果となる。当然それは不満となって後から現れてくる。
 それにしても、このディオクレティアヌス帝は今流にいえば「カリスマ的」な存在であったようで、それぞれ「自分こそが皇帝」と主張してやまない、マクシミアヌス帝、ガレリウス帝、コンスタンティウス帝を従わせ、専制君主として君臨し続けたことは、この時代を考えればすごいことだ。勿論それにはそれなりの実績がなければならないのだが、それも輝かしい功績があるからこそ出来たことだ。
 更にすごいのは、ディオクレティアヌス帝は自分の体調を考えて、若い元気なガレリウス帝、コンスタンティウス帝に帝位を譲って、さっさと退位してしまったことだ。
 それまでのローマ皇帝は非業の死で終えるか、さもなければよれよれになっても死ぬまでその地位にしがみついた者ばかりだったので、これにはちょっと驚いてしまった。そのため西方帝として君臨していたマクシミアヌス帝も退位させてしまった。(この人物は俗物であったようで、この後ちょこちょこ顔を出してくる)
 退位した後一ローマ市民として過ごすのだが、同時に退位したマクシミアヌス帝にもう一度やろうよ!(ちょっと砕けすぎた言い方で書いちゃったけど、まぁそんな感じだろう)と誘われると、ディオクレティアヌス帝は家庭菜園に夢中になっており、「わたしが手づくりのキャベツをお目にかけることがさえできれば、いくら君でも、もう二度とこの楽しみを棄てて権力を求めよなどと勧める気にはなるまい」と言ったそうである。こういうのって、何か好きだなぁ!
 ところでディオクレティアヌス帝退位の後、予想通り混乱が起こり、最後にあのコンスタンティヌス大帝が制して、ついに彼が登場してくるのである。
 コンスタンティヌス大帝といえば、キリスト教との関係が切り離せないので、そのキリスト教がどのようにローマ帝国に普及し、影響を与え、そして今までのローマ皇帝がどのように対応していったか、大まかな説明でこの巻は終わる。

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