2005年11月02日

ギボン著『ローマ帝国衰亡史』第10巻

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 ニケイアで、アリウス派はイエスを神と認めないとして異端にされ追放されたが、そのニケイアが、「この世にはただ一つの神がありそしてマホメットはその神の使徒である」というイスラム教を信奉するセルジュクトルコに征服された。この皮肉は苦笑を誘うけど、史実としてコンスタンティノポリスのほど近い場所のあるニケイアが異教徒であるセルジュクトルコに占領されて支配されることは、東ローマ帝国のとってはかなりの脅威であった。キリスト教徒にとって聖地であるエルサレムも異教徒のセルジュクトルコに支配されたとなると、黙ってられなくなるのは分からないでもない。まして聖地巡礼が困難になれば、ローマカトリック教会としても何とかしないといけない。
 けれど、聖地奪回のために十字軍を組織するほどの権力が当時のローマカトリック教会にあったのが正直不思議だし、またそれの応じた西ヨーロッパの諸侯が「信仰上、これはまずい!」と思い軍隊を派遣するほど、それほど余裕があったのだろうか?あるいは信仰がそんなに篤っかたのかと思ってしまう。私は都合のいいときだけ神頼みをする無神論者だけど、学生時代はまだ純真だったから(本当かね?)、そうか!自分達の宗教の聖地が異教徒に曝されれば、当然立ち上がって戦うだろうと思っていた。けど人間50年近くやっていると、どうも何か裏があるんじゃないのと疑っちゃう部分がある。
 たとえ、戦争が科学でなく、情熱であった時代であったとしても、一隠修士であるペトルスが自分がエルサレムで受けた虐待、抑圧を語ったとしても、それが西ヨーロッパを空っぽにするほどの聖地奪還を起こさせるのか、ちょっと信じられない部分がある。

 原始キリスト教は、自発的な告白が罪滅ぼし前提であったが、中世になると教会がその告白に基づいて、罪を決定するようになる。いわばその判定は自由裁量に委ねられるわけで、どうでも判決が出せる。その結果それを償うにはどうしても無理だろうという判決が出された。その上で教会は何をしたかというと、罪の償いを少しでも軽減するためにお金を払うことで代用させるのだ。これを贖宥(いわゆる免罪符の発行をするわけだ)という。
 しかし財産がある人間はいいかもしれないが、それが出来ない人間は自分の身体で払うことになった。この考えを利用し法王ウルバヌス二世は軍事的従軍が自分達の罪滅ぼしになるということにしてしまったのだ。自分達の霊魂の救済を十字軍に参加することで、すべての罪の消滅と教会法による悔悟の残った負債全額を返済出来ることになった。仮にここで戦死でもすれば、殉教者として飾り立てられるし、無事に帰ってこられれば、「天の報酬」がもらえることとなった。つまり十字軍に参加さえすれば現世的来世的な報酬がもらえるのだ。このため「彼ら自身の救済のためにその生命捧げ給うた神の御子に対して今や彼らが自分の血を捧げる番が来たとの意識で、彼らは十字架を手に確信に満ちて主の道に入った」
 これが、ヨーロッパの人びとが十字軍に積極的に、いや、参加せざるを得ない状況を作り出したのだ。けれどこれだけで本当に自分達の命を危険に曝しただろうかという疑問は払拭されない。
 ギボンの十字軍の記述を読んでいると、もっと現実的な「おいしさ」があったようである。つまり大義名分は聖地奪回だとしても、そこまでに行く間に、都市や国を蹂躙しつつ、自分達の私腹を肥やしていったのであった。
 たとえば第4回十字軍はヴェネティア主導で行われたが、元々ヴェネティアは何だかんだとコンスタンティノポリス(東ローマ帝国)に干渉されていた。それがうざったいし、コンスタンティノポリス自体に世界の富が集中していたので、逆にこれを自分達のものにしたかった。そこでフランスなどの諸侯に船や武器を貸して、まずはここを征服してしまう。しかもこれら諸侯にただで船や武器を貸さない。べらぼうな金額を吹っ掛け、それが支払えないなら、ちょっと寄り道をして他の都市を侵略させ、財宝を奪わせ、それを支払に回させる始末だった。
 元々聖地奪回は西ヨーロッパで盛り上がっていただけであって、東ローマ帝国にしてみれば、自分達の領地をこれら十字軍が通って行くだけであったから、鬱陶しくて仕方がなかった。しかもこれら十字軍は言ってみれば烏合の衆であったから、やりたい放題であったのだ。そこへ今度はラテン民族の皇帝を立てられてしまうことになる。
 当然法王インノケンティウス3世は聖地を奪還しないで、余計なことをしたことで激怒するが、そこはしたたかで、東ローマ帝国をローマ法王に献上することでなだめられてしまう。
 まぁこんなもんだろう。7回も十字軍が起こされたのも建前は異教徒に聖地エルサレムを奪われ、それを奪回するという仰々しい理由であっても、内容はそれをいいことに自分達の私腹を肥やすことが本音なのだ。だから、これらギボンの記述を読んでいると思わず、そうだろう!そうだろう!そんなもんだ!と得心してしまったのだ。人間そう簡単に利害関係や損得関係なしに動けるもんじゃない。(あぁ~、嫌だぁ、嫌だぁ・・・)

 ところで、この巻を読んでいて、また私の高校時代の世界史の先生のことを思い出してしまった。
 とにかくこの十字軍はたくさんの人間を、特に男子を兵士として送り出した。その結果、「都市と城から全住民が姿を消して七人の寡婦を慰める一人の男がわずかに残された勘定になった」という。この文章を読んだとき、ピンっときたものがあったのだ。
 兵士として狩り出された男達は自分達の妻が浮気や他の男に取られるんじゃないのかと気になった。そこで「貞操帯」が考え出されたとその先生は言ったのだ。今にして思うと、この先生は一体何を我々に教えていたんだろうと頭をひねりたくなっちゃっうけど、確かにそういったのを思い出したのだ。
 実際インターネットで調べてみると、これが結構ヒットするんですね。しかもマニアが多くいるようだ。いささかうんざりしながら十字軍のときの「貞操帯」に関した文章を調べてみると、確かに十字軍時代に普及?したらしい。しかも現在でも美術館に十字軍時代につかわれた武具などの展示品の中にこの「貞操帯」が陳列されているらしい。更にそのコピーが観光客用に売られているらしい。(本当かよ?)
 まぁそれがどんなものか知りたい人は検索して下さいな・・・。
 もうこれ以上追求するのは止めるけど、でも世の中猜疑心の強い男はいつの時代にもいるだろうし、亭主がいないことを幸いに、間男を呼び寄せる女もいるだろう。また逆にオオカミ化した男が襲いかかる心配もあるから、当時として必需品?だったのかもしれない。(どうでもいいけど)

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