2005年11月07日

綿矢りさ著『インストール』

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 この日もう1冊読んじゃった。綿矢りささんの『インストール』(河出文庫)の方がまだ面白かったかなあ。でもやっぱりものたりなかった。

 子供の頃の夢とか希望って、現実味がなくても、大きければ大きいほど、何だか立派にみてくれるところがある。まさしく「BOYS, BE AMBITIOUS!」である。ところがそれを実現するために第一歩を踏み出したとたん、とんでもないことに気がつき始める。そう、自分の夢や希望が現実のギャップから、実現性の希薄さに気がつき始めるのだ。
 朝子は「まだお酒も飲めない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。歌手になりたい訳じゃない作家になりたい訳じゃない、でも中学生の頃には確実に両手に握りしめることができていた私のあらゆる可能性の芽が、気がついたらごそっと減っていて、このまま小さくまとまった人生を送るのかもしれないと思うとどうにも苦しい」と思うようになる。
 こうして登校拒否の高校生になった朝子は、何もかも嫌になる一方でこのまま何もしないでいることで廃人になってしまうんじゃないのかという不安から、自分の部屋を徹底的に掃除することで何かやっているというに充実感を得ようとする。しかしその掃除は、ある意味現在の朝子が何もかも拒否しているのと同様に、部屋にあるものすべて拒否してしまう感覚にとらわれる。つまり部屋にあるものすべてを彼女は捨ててしまうのだ。
 そのゴミと出された古いパソコンを同じマンションに住む小学生のかずよしがもらい受け、押入でインストールされ直され、再生する。
 このませガキはメル友で風俗で働く雅さんの代行チャットのアルバイトをやらないかと朝子を誘う。要は忙しい雅さんに代わって、そっちの方面の話をバカな男とチャットやるわけだ。もちろん朝子は現在あるものすべてを拒否する一方、新しいものは受け入れることで何とか自分の存在感を保とうとするのでこの話に乗る。この小説は、まぁこんな話で展開する。

 面白いフレーズがあったのでそれを書いておく。「高倉健のようなプラスの不器用さではなく、相手の人間を思わずのけぞらせてしまう程の異様な一途さをぶっつけてくるマイナスの不器用さを持った人は、実際迷惑だ。怖い。」
 高倉健の売りである「不器用ですけど、よろしく」というのをプラスの不器用さと言い表すのは言い得て妙だと思った。一方プラスがあればマイナスがあっていいわけだけど、マイナスの不器用さを「相手の人間を思わずのけぞらせてしまう程の異様な一途さをぶっつけてくる」ものと定義するのは面白い。実際こういう人がいるもんなぁ。著者は朝子に「本当の不器用は、愛嬌がなく、みじめに泥臭く、見ている方の人間をぎゅっと真面目にさせる」と思わせる。確かにそうだと思う。案外この著者若いのに人間観察がするどい!

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