2005年11月23日
日本経済新聞社編 『ドキュメントダイエー落城』
私の自宅の近くにあるダイエーが不採算店舗に上げられ、今月末で閉店になる。その前にちょっと行ってみようと夫婦二人で出かけてみる。この店は開店から23年たっていることを知ったが、それはそれはひどい状況になっていた。もう商品はほとんどなく、テナントで入っていた店はみんな撤退済みで、空きになっている場所を何故か紅白の垂れ幕で隠していた。売り尽くしセールだから、紅白の垂れ幕なのだろうとこじつけて考えられないことはないが、どうも場違いのような気がする。実際問題、閉店間際になると、見てくれなどかまっていられないのが実情だろう。天下のダイエーがこうなるとは、落ちぶれると惨めなものである。
バブルの後遺症というのは本当にすさまじいものだと身近で感じた。一時は三越の売り上げを超え、小売店業界の頂点に立った大きなスーパーがなくなってしまうのだから恐ろしいものである。
この『ドキュメントダイエー落城』(日本経済新聞社刊)は今年のはじめに読んだのだが、たまたま近所のダイエーが閉店になるに当たり、思い出したので収録してみた。
ダイエーの経営方針は土地を中心とする資産の取得、それから出てくる含み益、担保力からの資産の調達であって、「土地本意経営」と評されていた。決して本業からの収益で日本最大の小売業として成長したわけではない。
このことは、バブル経済がなしえたことであって、そのバブル経済が崩壊したときに、ダイエーの崩壊も始まる。バブル期に異常に値上がりした土地が、急激に資産価値を落とせば、含み益どころか逆ざやになり、担保価値も必然的に値下がりするには当たり前だ。その上元々本業に力を注いでいない状態あったのだから、そこからの収益はバブル崩壊ともに激減する。いつの間にかダイエーは「不良債権」の代名詞となり、銀行のお荷物となっていく。
そこに今度は銀行事情が絡んでくる。そしてそれが更にダイエーの崩壊に拍車をかけていく。
景気のいいときはおそらく銀行はダイエーが持っている資産を担保にどんどんお金を貸していったのだろう。ところがそれの価値がどんどん下がれば、今度は回収に急いで回る。態度を豹変するのだ。銀行に公的資金が投入され、2002年10月に竹中平蔵金融相が打ち出した「金融再生プログラム」によると、2005年3月末まで大手銀行の不良債権を半減させる目標があり、当時大手銀行の不良債権比率は8%強あったものを、4%まで引き下げなければならない。
ダイエーの取引のある主力行、特にUFJ銀行は金融庁の検査妨害までして、不良債権の山を誤魔化してきたが、それが出来ないとなると、必死にその処理を進める。
主力行はダイエーに産業再生機構の活用を強く求め始める。それは産業再生機構を活用すれば、非主力行からの債権買い取りが終わって再建計画が確定した段階で、貸出債権を正常債権に格上げすることが認められ、ダイエーの不良債権を「要管理債権」から「正常債権」格上げでき、大きく不良債権残高を減らすことが出来るからだ。そのため銀行は本当にえげつないほどの行動を取っている。いわばなりふり構わずだ。
ここで銀行の勝手な都合によりダイエーは崩壊したのだ。
- by kmoto
- at 06:00
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