2005年12月31日
三浦展著『下流社会』
先日NHKで秋葉原と共に生きる若者1日を追った特集をやっていた。
部屋中に美少女アニメポスターを貼り、フィギアなどのコレクションにお金をつぎ込む奴。そんな美少女を主役にした訳の分からないゲームを作っているプログラマー、パソコンで円周率を出来るだけ早く、長く計算させるためCPUを液体窒素で冷却しながらオーバークロックに挑戦する奴。メイド喫茶で働く女の子など、私はそれを見ているうちにだんだん気持ち悪くなってきたのである。しかしここに出てくる若者はきっとそれが「自分らしさ」なのだろう。
この「自分らしく」生きるというのが、自分が「下流」だと感じるという人がよく言う言葉だと、この『下流社会』(光文社新書)には書かれている。
私はつい最近この「下流」という言葉が今「中流」にかわって主流になっていることを知った。それでこの本を読んでみようと思ったのだ。
1955年に自由党と民主党が保守合同して自由民主党となり、自民党の一党体制を「55年体制」という。この55年体制は政治的には東西冷戦構造時代で、経済的には高度経済成長期にあたる。つまりこの時は稼いだ富を一部資本家階級、支配階級だけが独占するのではなく、幅広く国民に均等に分配して、中流社会を作っていく時代にあたる。
財産は特に持たなくても、所得が毎年右肩上がりで増えていき、生活水準が向上していった。特にサラリーマンが「新中間層」として生まれ、特に「下」から「中」に上昇する人たちが増えたのであった。つまり「下」が「中流化」したのである。
だが現在この「中」が減って、「上」と「下」の二極化しているという。しかも「中」から「上」に上昇するのではなく、「中」が「下」に下流化しているのだ。55年体制で作られた「中流」が没落し、「下」に落ちぶれたということだ。
そう感じるようになった最大の原因と思われるのが、所得の激減だろう。中流意識を持っていた人の所得が減ると以下のようになる。たとえば100万人市場があり、「上流」といわれる人たちが10万円スーツを買い、「中流」といわれる人たちが7万円のスーツを買い、「下流」といわれる人たちがが3万円のスーツを主に買っていたとする。これを1973年と今後、201X年として比較してみる。
1973年、階級意識を調査した結果、「上」8%、「中」64%、「下」29%になる。(100%にはならない。)これでスーツ総売上を計算すると
10万円×8万人=80億円
7万円×64万人=448億円
3万円×29万人=87億円
合計615億円となる。
201X年では「上」15%、「中」45%、「下」40%で計算すると
10万円×15万人=150億円
7万円×45万人=315億円
3万円×40万人=120億円
合計585億円となり、1973年と比べると30億円減となる。
これは市場が中流社会から下流社会に変化しているのに相変わらず中流社会型のビジネスモデルにしか対応していないからこういう結果になる。73年の売上に追いつくには、「上」に10万円スーツではなく、20万円のスーツを買わせれば何とかなる。(収入が減っている「中」には7万円以上のスーツを買わせるわけにはいかないだろう)
20万円×15万人=300億円
7万円×45万人=315億円
3万円×40万人=120億円
合計645億円となる。
ということは今は明らかに「中」に向けて商品を売るのは得策ではないことになる。「上」に向けて売るのが得策である。これがトヨタがレクサスを投入する理由である。あるいはセブンイレブンのセブンアンドアイが西武やそごうを買収する理由であろう。いつまでも「中」や「下」だけを相手にしていては、売上は期待できないからだ。
しかし「下流」意識が増加するということはこれだけでなく様々な変化をもたらすようになる。下流は単に所得が低いというだけじゃない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり人生への意欲が総じて低くなり、その結果更に所得が上がらず、未婚のままの確率が高くなり、ただだらだらと生きているだけになると著者はいう。
それでいてこういう奴ほど自意識が高く、やたら「自分らしさ」、「自己実現」を求めるのだ。生きる意欲がないくせに、あるいはやる気がないくせに、何かさせれば、これは自分らしくない。これは自分がやることじゃないと言うのだ。いってみればこれはわがままである。
こういうタイプの人間は当然うまく社会に順応できないから、高収入を得ることは難しい。生活水準は低下し、親に寄生しながら生きていくパラサイトである。
著者が面白いことを言っていた。
「村上龍の『13歳のハローワーク』を読んだ人達は、本当に自分の好きなこと見つけて、それを仕事にしようと真に受けて、自分探し始めた若者は結果として、いつまでもフリーターを続け、30歳になっても、低所得に甘んじ、低階層に固定化される危険性が高いのだ」と。もっともだと思う。
この本はデータをマーケティングリサーチとして、どう読むべきか、その例として読むと面白い本であった。
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- by kmoto
- at 09:17
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