2005年12月07日

小川洋子著『博士が愛した数式』

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 この本は第一回「本屋大賞」の受賞作である。「本屋大賞」というのは「本の雑誌」が主催する。全国の書店員が薦める、書店員が一番売りたい本は何かということで、2004年から始まった。つまり本屋の現場で働く本好きが選んだ本である。だから同好の士が自分の好きなものを語るのと同じで、そこは新聞の書評に比べ、権威主義に走らず、素直にいい本が薦められている。

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 だからという訳じゃないが当時から気になってはいた。しかし書名にある数式というのが「ちょっと難しそう」と敬遠していたところが私にはあって、そのまま読めずにいた。幸い今回新潮文庫で発売されたので、読んでみた。読んでみて、ちょっといい感じになれた。
 内容は、17年前に交通事故にあった老数学者(博士)は、事故の後遺症で記憶が8時間しか持たない。8時間たってしまうとリセットされちゃうのだ。だから博士の背広にたくさんのメモをクリップで留めて、記憶がリセットされても分かるようにしていた。
 その博士のところに家政婦として「私」が働くことになった。博士は数学の美しさを「私」に教えていく。数字が持つ美しさ、その意味がいかに深淵かを例題を出しながらわかりやすく説明していく。読む側もいつのまにかその説明に数字の持つ独特の美しさを感じてしまう。
 また博士は子供が大好きであった。「私」には10歳の息子(博士が息子の頭が平らなので√と名付ける)いるが、博士のルートを見る目が数字を見る目と同じくらい、あるいはそれ以上に愛おしみ深い。ものすごく優しいのである。「私」が子供を置いて博士の世話をしていること知ると、「いかん、いかん。子供を独りぼっちにしておくなんて、いかなる場合にも許されん」といって、翌日からルートは学校が終わったら博士のところに来させる。博士はまるで自分の子供みたいにルートを可愛がる。それ以来、博士と「私」とルートの3人が不思議な関係で話がほのぼのと進んでいく。
 3人の関係をつなげる基本は雇用関係であり、ルートの宿題である算数であり、阪神タイガースであった。ルートと博士は阪神タイガースのファンであった。ただし博士の記憶は17年前で止まっているので、博士の阪神は江夏のいる阪神であった。
 ここにはお互いがそれぞれ慈しみあい、尊敬しあう関係が描き出される。それが読んでいてものすごく優しい気持ちになれる。
 今の世の中、利害関係や損得勘定で、人とのつきあい方が決まってしまうところがあって、なかなか気持ちの上で純粋に人との関係を構築するのが難しい世の中になっているだけに、この3人の関係が心和ませてくれる。

 博士がいつも解いている数学の雑誌の懸賞問題の正解者として発表されたお祝いと、ルートの11歳の誕生日のお祝いを兼ねたパーティーが3人でささやかに開かれる。ルートと「私」は江夏の現役時代のプレミアムカードを何とか探し出して、博士にプレゼントする。それを受け取った博士は数字の前でひざまずくのと変わりがなく、「私」とルートの前で足を折り、頭を垂れ、目をつぶって両手を合わせて感謝の気持ちを表した。一方博士はルートにグローブをプレゼントをする。このささやかなお祝いが、ものすごくあたたかく感じた。
 しかし博士の記憶はもう80分も持たなくなり、施設へ入らなければならなくなってしまう。当然「私」は博士の家政婦として不要の存在となり、解雇されるが、「私」とルートは一ヶ月か二ヶ月に一度博士を訪ね、その関係は博士が死ぬまで続いた。
 ルートは大学で怪我をするまで、中学、高校、大学と二塁手として野球を続け、大学卒業後、中学校の数学の先生となることが決まり、それを聞いた博士はルートを抱きしめようとする。その博士の首には江夏のプレミアムカードがケースに入って提げられていた。

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