2006年04月28日

梅田望夫著『ウェブ進化論』

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 続けて新書を読む。とにかく最近新書が面白い。今回の梅田望夫さんの『ウェブ進化論』(筑摩新書)も面白かった。

 IT産業はインテルの創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱した「ムーアの法則」に今も支配されているという。
この「ムーアの法則」とは、もともとは「半導体性能は一年半で二倍になる」というものだったが、現在は「あらゆるIT関連製品のコストは、年率30%から40%で下落していく」という意味に転じ、それが現在まで続いている。
 この「ムーアの法則」に支配された現代はオープンソース・ソフトウェア登場により、リナックスに代表されるソフトウェアの無料化、ブロードバンドの普及による回線コストの大幅下落、検索エンジンの無料サービスと、ITに関する「必要十分」な機能のすべてを、コストを意識しないで誰でも手に入れることができつつある。著者はこのことを「チープ革命」の恩恵を蒙るようになったという。
 この「チープ革命」の恩恵は、みんなが持っているパソコンや周辺機器やインターネットの基本機能に組み入れられ、文章を書く、写真を撮る、語り・対話・議論を録音する、音楽を作る、ホームビデオで録画する、映像を作る、これらすべてが誰でも、廉価で、もしくは無料ででき、それをインターネット上に置くようになってきた。つまり表現者がものすごい数となって、インターネット上に玉石混淆の状態で置かれている。
 一方こうして様々なことが自由に表現できることは、今までのような既存のプロフェッショナルな権威が揺らいでくることにもなる。レベルの高い参加者がネット上で語り合った結果が、権威サイドが用意する専門家(大学教授、新聞記者、評論家など)によって届けられる情報より質が高いこともあり得るようになってくる。そうなってくると、プロフェッショナルな権威であることにあぐらをかいているだけでは、見捨てられていくことにもなり、絶えず切磋琢磨していかないとプロフェッショナルでいられない状況が出来上がってくる。

 ここに面白話を著者は載せている。マイクロソフトのビル・ゲイツの十代の頃パーソナルコンピュータの可能性に感動し、Googleの創始者である、ラリー・ページとセルゲイ・ブリンはインターネットに、つまりパソコンの向こうにある人々や情報という「無限の世界」に感動した。これは世代間の差ではあるが、ビル・ゲイツは未だにインターネットの「こちら側」へのこだわりを捨てきれずにソフト開発続けていく。
 ところがGoogleは違う。ネットの「あちら側」に土俵を置き、戦略を立ていくから、ネットスケープのように、マイクロソフトにたたきつぶされることはないし、既存の思考回路にとらわれることもない。
 ここで問題になってくるのは、ネットの「あちら側」にどれだけの価値があるかである。あるいは価値を置くかである。
 たとえばIBMがパソコン事業を中国のレノボ・グループ(漢字で書くと変換が難しいのでカタカナで書いた)に売却したのは、「誰でもいいから中国で作って世界に安く供給してくれればいい」というアメリカIT産業の姿勢を示している。そんなことよりも、今は、あるいはこれからは、ネットの「あちら側」の付加価値を視野に入れているわけだ。
 余談ながら、日本は相変わらず基本は「電子立国日本」であり、未だにハードウェアに命をかけている日本があることを知らされた。著者は言う。「モノづくりの強みの発揮に専心し、そこにしか生き場所がないと自己規定するあまりに『こちら側』に没頭しているのが、現在の日本のIT産業の姿とも言える」と。

 それではネットの「あちら側」の付加価値は一体何なのだろうか?その前にネットの世界では、現在「三大法則」のルールで発展しているという。その「三大法則」とは何か?
第一法則:神の視点からの世界理解
第二法則:ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏
第三法則:(≒無限大)×(≒ゼロ)=Something あるいは消えて失われていったはずの価値の集積

 このルールに基づき、今ネット世界は発展しつつあるのだ。これを説明する。まず第一法則の「神の視点からの世界理解」とは、「全体を俯瞰する視点」のことをいい、ネット事業者がその利用者が今、どんなサービスをネット上で利用しているか、その情報が、利用された時点でリアルタイムで情報として集積されることをいう。あるいはGoogleで検索された情報が、今何が旬なのか、検索された時点ではっきりしてしまい、それが情報として生かされていくことをいう。言ってみればネット事業者やGoogleがジョージ・オーエルの「ビック・ブラザー」の役目をしているということなのである。それは情報が旬なだけ、ビジネスチャンス即つながるほど価値がある。
 第二法則の「ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏」とは、ネット上に自分の分身=ウェブサイトを作れば、自動的に稼いでくれるシステムのことである。最近毎日お昼の弁当を買う、弁当屋さんが楽天のデリバリーサービスに登録して、メールでお弁当の配達、予約が結構入ってきて、忙しくなったと聞いた。しかもそれは広範囲に注文が入ってきて、今まで以上のお客さんの範囲を拡大しているという。これなどはまさしくいい例じゃないだろうか。
 第三法則の「(≒無限大)×(≒ゼロ)=Something あるいは消えて失われていったはずの価値の集積」とは、おそらくネット上で一番大きな意味を持つものとして考えられる。
 たとえば、一億人から1円くれれば、1億円になるが、確かに1円ぐらいならもらえる可能性は大きいかもしれないが、一人ひとりに「1円くれませんか」とお願いするコストを考えると、1円もらうために1円以上のコストがかかってしまう。だからリアル世界ではこのことは非現実的なのである。ところがその「1円くれませんか」というコストが1円よりずっと安ければどうだろう?
 あるいは1万人の企業が企業価値を生みだすために費やされる時間は1日、8万時間(1万人×8時間)になるが、1000万人なら、28.8秒、1億人なら3秒弱で1万人の従業員をかかえる企業と同じ時間で、企業価値が生みだされることになる。3秒なんかすぐたってしまう。このことは「放っておけば消えて失われていってしまうはずの価値が、つまりわずかな金やわずかな時間の断片でといった無に近いものを、無限大に限りなく近い対象から、ゼロに限りなく近いコストで集積したら」リアル世界で要した金や時間を簡単に生みだすし、それ以上のものを生みだすのである。これがネットの可能性であり、付加価値なのだ。
 著者が一つの例を出している。日本の書籍のベストセラーを、横軸には1冊あたり5ミリ、縦軸に1000部あたり5ミリというグラフを書いた場合、まず縦軸は200万部で10メートル超すことになる。ところが、横軸はどんどん売れた部数が少ない本が永遠と並ぶことになる。しかもかなりの距離で。(つまりその年の書籍発行部数が多くなればなるほど、その長さは長くなる)まるで長いしっぽを持った恐竜のようになる。これを「ロングテール現象」という。

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 しかしアマゾン・コムの売上の半分以上が、売上部数13万位以降の本からあげていると聞いたとき、このロングテールが馬鹿にできないことなるだろう。  今までは大きな数字のものを押さえておけば、そこから出てくる利益の大半を稼いでいると考えられたけれど、そうではなく、もし低コストで細かい数字を集めることができれば、それはビックビジネスになるのである。
 これははっきり言ってリアル世界では不可能なことであり、ネットだからできることなのである。
 もしかしたらこのことは既存の考え方さえも変えてしまうかもしれない。大局的に物事をつかんでいれば、モノの本質が分かったような今の風潮が、実は違ってしまう場合さえあるのである。ネット世界の可能性は我々が現在持っている考え方を大きく変えてしまうようだ。

評価
★★★★

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