2006年05月12日

司馬遼太郎著『草原の記』

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 また寄り道である。が、完全な寄り道ではなく、前回の『街道をゆく』の5巻の続きというか、その後の本がこの『草原の記』(新潮社刊)である。
 1973年に司馬さんはモンゴルを訪ねたとき、通訳をしてくれたのが貿易省の役人であったツェベクマさんであった。
 それから19年たって、司馬さんはツェベクマさんの半生をこの本で語ることになった。それはツェベクマさんの半生を語ることは、モンゴルの近現代史を語っていくことになるからだ。それだけツェベクマさんは激動のモンゴルの近現代史を生きたといってよく、時代に翻弄され人生を送られた。
 前回の『街道をゆく』の5巻で、モンゴルが中国、ロシア(ソ連)の二大大国に挟まれていることを地図帳で確認したけど、そこに日本も加わり、様相は複雑を呈していく。
 ツェベクマさんはバイカル湖の近くのブリヤード・モンゴルの村に生まれた。幼時にロシア革命の余波を受け、両親に連れられ満州のホロンバイル草原に逃れたが、満州事変の砲声を遠くで聞きながら満州国の西辺に住むようになった。
 日本の満州支配が崩壊した後、次にやってきたのが中国共産党であった。ここでブルンサインさんと出会い、一人娘のイミナさんをもうける。
 この時点でツェベクマさんは生まれたときはロシア国籍であり、ついで満州国籍となり、更に中国国籍となった。
 しかし中国には文化大革命の嵐が吹き荒れ、夫のブルンサインさんは中国共産党に拉致され、逮捕されてしまう。その最大の原因が、日本で教育を受けて、日本語が達者だったことが災いしてしまう。
 ツェベクマさんはイミナさんを連れて、モンゴルに逃れようとするが、当時のソ連も、中国も相談相手にならなかった。彼女にしてみれば、「モンゴル人がモンゴル人の国に行って、なにがわるいのでしょう」という道理を言ってみても、「あなたは偉大な中国の一員です」と言われてしまう。ツェベクマさんにとってみれば自らの意志で中国国籍を取得したわけではなく、自然と政治的動乱に巻き込まれてそうなっただけのことなので、といってパスポート返還してしまう。以後無国籍となった。
 ツェベクマさんはモンゴル人民共和国の夫の友人の家に泊まっていたが、やがてモンゴル外務省からウランバートル・ホテルのフロントの仕事をしろということで、そのまま20余年つとめた。母と娘は10年間は無国籍でいたが、その国に10年住めば国籍がとれるという国際法のお陰で10年後モンゴルの国籍をとった。
 その間夫のブルンサインの消息はわからなかった。ツェベクマさんは「陰膳」を供えて無事を祈りつづけた。1984年頃にブルンサインさんが生きているという消息を得る。しかしブルンサインさんは監獄生活で身体が不自由となり、再婚し、新しい妻に面倒をみてもらっていた。
 ツェベクマさんはこの二人をモンゴルに招待しようと決める。ただし招待するのは自分ではなく娘のイミナさんにさせるのである。ツェベクマさんはブルンサインさんの奥さんではなくなっても、イミナさんはブルンサインさんの子供だから、あなたが、娘として招待しなさいとイミナさんにいうのである。
 このあたりは本当に時代の流れの酷さを感じてしまう。陰膳を供えて、夫の無事を祈りつづけて、その無事が確認できても、妻として夫をむかいいれることができないのだ。
 しかしモンゴルにきたブルンサインさんはそれどころではなく、獄中生活で身体がぼろぼろになってしまっており、寝床をすぐ用意しなければならない状態であった。夫の後ろから入ってきた女性も信じがたいほどの老婆であったこともあって、運命の残酷さを感じるだけであった。ブルンサインさんは数ヶ月後ブルンサインさんの腕の中で息を引き取った。
 ツェベクマさんは夫が自分のもとで死ぬためにここまできたと気が付いたのである。それはまるでチンギス・ハンやその子孫たちがその昔中国や中央アジアに進出した後、すぐモンゴルに戻ったように、モンゴルの地に「北帰」したのと似ていると司馬さんは締めくくる。

 この本はツェベクマさんの半生をつづった本ではあるが、それは後半のクライマックスにあって、それまではモンゴルの歴史解説書的な要素が強い。もっともツェベクマさんが生きた激動の時代を説明するためには、それくらいページを割かないと説明しきれないというところかもしれない。なかなかいい本であった。


評価
★★★★

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