2006年05月17日

司馬遼太郎著『街道をゆく』6巻

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 1972年に沖縄は日本に復帰し、その2年後司馬さんは沖縄本島、先島を訪れた。その紀行文が今回の『街道をゆく』6巻に収められている。
 先島とは、沖縄本島のはるか南西に位置する宮古諸島、八重山諸島のことで、日本本土より台湾の方が近い。
 確か沢木耕太郎さんのノンフィクションのも、ここに住んでいた人が台湾に出稼ぎに行っていたという記述があったように思う。

 さて、ここで司馬さんは石器や木器の時代が15,16世紀まで続いていたことを思い、日本人原風景を見ようとしている。
 「われわれが人間の歴史を考えるとき、歴史教科書的な把握からまぬがれることは、どう用心しても困難である。つまり、歴史は均等に発達するものだという迷信を理性のなかに組みこんで物事を論じてしまうことである。
 教科書的にいえば、人類が鉄器時代入るのは気が遠くなるほどの古代で、紀元前1200年このかただという。しかしそれはごくかぎられた地域の現象に過ぎない。歴史は導体のようにたちまち物事や技術が伝播する場合もあるが、逆にそうではなく、歴史は新技術に対して不導体のように受けつけることのない『地域』というものを抱きこんで存在しているものだという見方もなりたつ」と司馬さんは言う。

 人類が鉄器を発見し、それを使い込むことで、歴史は大きく変わった。鉄はそれを所有することができる民族に歴史の主導権を与えたのである。
 鉄は武器にしても、農具や漁具にしても、それまでの石器や木器、あるいは青銅などと比べて、強度においても耐久力においても抜群の強さがある。このことは武器にしても石器や木器しか持たない先島の原住民を征服するのは簡単だっただろうし、農具にしたって、畑を深く耕すことができるわけだから、当然生産力が上がってくる。すなわち余剰生産物が生まれてくる。こうなってくると農業に従事しない人間を養うことが可能になる。余剰生産物を商品として扱う商業が生まれてくる。更に支配、被支配という関係を明確に作り上げていく。
 それまでの自給自足の経済で成り立っていた社会が大きく変わらざるを得なくなっていく。社会が変われば、それまでの生活、価値観、文化すべてが変化していく。こうして我々日本人は、古来持っていた生活、価値観、文化を失っていく。「新技術に対して不導体」のこの地域は、「たとえば古備前とか古丹波あるいは古九谷という言い方があるように、言語、生活感覚、物腰、骨格などからいって古日本人というべきもの」が残っているはずである。司馬さんが先島を訪れて、こうしたものを失ったを探したのである。
 先島は本土から距離的に離れていたこと、鉄を生産しなかったことで、古日本人を残していった。それを見ることで、果たして我々が何の疑いもなく受け入れている今の文化、生活感覚、あるいは価値観に、ささやかだけど疑問を呈している。その圧倒的な自然の豊かさが、生き物としての人間の姿が本来どういうものであるべきなのか考えさせられる。また人間の傲慢さが逆に人間を苦しめていることがあるのだと知らされる。


 この『街道をゆく』6巻に収録されている街道は、週刊「街道をゆく」の以下に収録されている。

「沖縄・先島への道」は週刊「街道をゆく」の第8号

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