2006年06月29日
浜辺祐一著『救命センターからの手紙、再び』ドクター・ファイルⅢ
私は浜辺さんのこのシリーズを全部読んでいる。どうして浜辺さんの著作を読むようになったのか分からないけど、一つ言えることは、浜辺さんが都立墨東病院の救命センターに勤務されているのを知ったからかもしれない。墨東病院で昔、死んだ母がお世話になったからだ。
今回も我々読者に手紙という形で、救命センターでおこることを書きつづっている。(集英社刊)だいたいが若い医者と部長(浜辺さん)のやりとりで話が展開していく。
どんな立場の人間でも、どんな状況でも、又その後どんな経緯に至ろうが救命という仕事をこなさなければならないのだが、若い医者が世の中の不条理に切れてしまう。
たとえば「春愁」では、ワゴン車を運転していてガードレールに激突した人が右足がかろうじて皮一枚でつながった状態で運ばれてきた。その足を切り落とさなければならない状態であったが、何とかそれをつないだ。
退院後しばらくしたらこの人が歩道橋から飛び降り自殺をして、心肺停止の状態で再度救命センターに運ばれ、まもなく死亡する。もしあの時、右足を切り落としていれば、歩道橋をよじ登ることもできなかっただろうにと当直医は言うのであった。
「疑念」では生後三ヶ月の男の子が心肺停止の状態で再度救命センターに運ばれてきて、やがて死んだ。たぶん乳幼児突然死症候群として診断してもいいのだが、突然死なので警察に連絡すべきかどうか当直医は部長に相談する。当直医は病死として死亡診断書を書こうとするが、それではダメだと部長は言う。当直医は母親が自分の子供を亡くして手のつけられない状態なのに、ここで警察を介入させることはできないと言うのだ。
しかし部長は言う。このままだと父親は母親を責めるだろうし、母親は自分を、あるいは子守をしていた自分の母親を責めることで心のバランスをとろうとする。あるいは救命センターでの蘇生処置が悪かったのではないかと疑うかもしれない。だから赤ん坊が死んだのは誰の責任でもない。誰にも防ぎようがなかった突発的な病気であったと警察を介入させ、監察医の手を借りるのが一番だというのである。救命センターの通り一遍の心肺蘇生術と薄っぺらな死亡診断書だけでは力不足なのだと言うのだ。人の死に折り合いをつけさせるのはなかなか難しいものだ。
「納得」はこの本の真骨頂かもしれない。いわゆるインフォームド・コンセプトの問題である。この救命センターに運ばれてくる患者は生死の境にいるが、仮に命が助かっても後で後遺症が残ったり、あるいは植物人間になってしまう場合もある。
五十八歳の男性が階段から落ち、頭を強く打ってしまった。すぐ手術をしなければ命をもっていかれるが、仮に手術が成功しても植物人間になってしまう可能性が高かった。当直医はそのことを説明した上で、家族に手術をするかどうか決断を迫り、結局家族は手術を望まなかった。そのことを部長に報告するが、部長は異議を唱える。当直医は患者の状態を家族に説明し、家族がその結果手術を望まないということで、インフォームド・コンセプトに基づく同意を得たと考えていた。手術をするかどうか結果を家族に決めてもらう方がフェアだと言う。
しかし部長は、自分だったら家族に手術するかどうか決めさせるより、さっさと手術室へ連れて行って手術をする。それが医者の決断だ言う。
だいたい患者を植物人間にするか、天国に行かせるかわずかな時間で家族に決断させることがフェアなのかと言い切る。
あるいは、「ひょっとすると、家族の中には、納得どころか、父であり夫である人間を自分たちが殺してしまったという、取り返しのつかない思いが頭を擡げてきているかもしれないんだぜ」とも言う。
「むしろ目の前にいる患者の症状と所見だけを斟酌して、手術をするか否かの決定を下す、そうやって下された決定こそが、家族に覚悟を決めさせ、結果の納得をもたらすのだ」。それこそが救命センターの医者だという看板を背負っていることなるのじゃないかと当直医に言うのである。このあたりは救命センターで働く医師の覚悟がうかがえる。
回復不可能な状況、あるいは死、これらを家族が納得するのはかなり難しいだろう。まして予想もしないことだけに余計であろう。
どこかで折り合いをつけるために時には医師を責めたりすることだって最近は多いだろう。この当直医だってそうしたリスクを避けるために、家族にそれを負わせたともいえる。それでもこの部長は救命センターの医師であるなら、まず手術をすることが最優先であり、その結果が植物人間であれば、家族も納得できるはずだというスタンスである。医師は家族に決断を迫るのではなく、最善を尽くすことで、その結果を家族に受け入れさせようとしているように思える。おそらくこの部長はそういうケースをイヤというほど見てきたから、そういうのかもしれない。難しい問題だ。
「逡巡」ではホームレスの対応、「錯誤」では老人をどう救命センターで扱うべきか、問題を提起している。
評価
★★★
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- by kmoto
- at 20:38
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