2006年06月02日
リリー・フランキー著『東京タワー』
この本も気になっていた。まして今年本屋の店員が一番いいといった「本屋大賞」を受賞しただけに、読んでみたかった。
親戚の家に間借りするほど著者と母親は貧しかったが、けれどこの町で暮らしていた人々、子供は、金がない、仕事がないと悩んでいたかもしれないが、自らを「貧しい」と感じたようにはまるで思えなかったという。
著者は言う。「東京の大金持ちのような際立った存在がいなければ、あとは団栗の背比べのよなもので、誰もが食うに困っているでもないなら、必要なものだけあれば貧しくは感じない。
しかし、東京にいると『必要』なものだけしか持っていない者は、貧しい者となる。東京では『必要以上』のものをもって、初めて一般的な庶民であり、『必要過剰』な財を手にして初めて、豊かなる者になる」と。
なるほどそうなのかもしれない。自分たちと比較する対象が際立っていれば、それは貧しくもなり、妬みにもなる。
読み進んでみると、この著者はほぼ私と世代的に同世代だろうと感じた。筑豊の炭坑の街で著者は子供の頃を過ごした。
「蜂の巣を棒で突く。うんこを見つけたら爆竹を仕掛けて、ギリギリまで逃げない。肥溜めに棒を差し込み、その先端に付いたうんこを人んちの洗濯物に付ける。カエルの皮を剥がして肛門に爆竹を。
最低である。子供は愉快犯だ。モラルよりも、楽しさが勝ってしまう。しかし、完全犯罪を成し遂げる知恵はない。結果、くまん蜂や足長蜂に刺されて何度も病院へ運ばれる。うんこまみれになる。洗濯物の主にグーで本気で殴られる。カエルの夢にうなされる。そうやって、悪いことをするのがどんどん怖くなる」
そうなのだ。私たち子供の頃は、こうしたいい加減さ、あるいは残酷さをしてきたから、悪いことをすることが怖くなり、してはならないということが潜在的に意識の中に刷り込まれていった。
言い古されたことかもしれないが、今の子供達はゲームの中で、バーチャルな世界で、そういった悪さや残酷さを行う。そこには痛みなど実際に感じない。負ければリセットしてやり直しのきく世界だけが刷り込まれ、成人になっていく。これではおかしな子供、大人が出てきても不思議じゃない。思うのだけど、こういった残酷さ、悪さ、あるいは危険を子供の頃に、子供なりに実際に体験すべきなのではないかと思うが、どうだろう?
著者が子供の頃駄菓子屋で売っていたものや飲み物が懐かしかった。ベビーコーラに串刺しのカステラ。クッピーラムネにチロルチョコ。ゴム人形にに指でネバネバやると煙の出る魔法の薬、チクロやサッカリン満載の粉末ジュース、当たりの入っていないクジ、ねぶりクジ。それと米屋から配達されるプラッシーなどなど・・・。よく覚えているなぁと感心しちゃった。
こうして著者は成長していくが、この著者はオカンの心知らずというか、母親が苦労して働いているのを分かってはいるのにどうしようもなく、大学は留年するは、やっと大学を出ても大した仕事もせずに、家賃を滞納して追い出されるは、サラ金から金は借りるはで、迷惑のかけっぱなしであった。自分でもこの生活がいいとは思っていないのだが、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると、そういう生活に巻き込まれ、流されていく。
「当たり前になれると思っていたその『当たり前』が、自分には起こらないことがある。誰にでも起きている『当たり前』。いらないと思っている人にも届けられる。『当たり前』が、自分には叶わないことがある。
難しいことじゃなかったはずだ。叶わないことじゃなかったはずだ。
人にとって『当たり前』のことが、自分にとっては『当たり前』ではなくなる。世の中の日常で繰り返される平凡な現象が、自分にとっては『奇蹟』に映る。
歌手や宇宙飛行士になることより、はるかに遠く感じるその奇蹟。
子供の頃の夢に破れ、挫折することなんてたいした問題じゃない。単なる職業に馳せた夢なんてものは、たいして美しい想いじゃない。
でも、大人の想う夢。叶っていいはずの日常の中にある慎ましい夢。子供の時は平凡を毛嫌いしたが、平凡になりうるための大人の夢。かつて当たり前だったことが、当たり前でなくなった時。平凡につまずいた時。
人は手を合わせて、祈るのだろう」
「日進月歩、道具は発明され、延命の術は見つかり、私たちは過去の人類からは想像できないような『素敵な生活』をしている。しかし、数千年前の思想家や哲学家が残した言葉、大昔の人間が感じた『感情』や『幸福』に関する言葉や価値は、今でも笑えるくらいに、なんにも変わってはいない。どんな道具を持ち、いかなる環境に囲まれても、ヒトの感じることはずっと同じだ。
感情の受け皿には、もう可能性はない。だから、人間はこれから先も永遠に潜在する能力を出し切ることができないだろう。
『幸福』という、ひまわり畑にいるおばけを意識した時から、まだ見ぬ己の能力など一銭の価値もなくなる」
こうして厭世的になりつつも、いくつになってもオカンの力を借りて生きていく。
最初はまったく、このぐーたらが何を言ってるんだと思って読んでいたが、そんな人間であっても母親の苦労は身にしみて感じてはいる。自分の父親がちっとも父親らしくなく、ほとんど母と二人で生きてきただけに余計である。それは痛いほど分かっていたことがせめてもの救いである。
「ボクを育ててくれたのは、オカンひとりなのだから。オトンは面倒を見てくれるけど、ジョン(ジョン・レノンのこと)のように育ててはくれなかった。そのための時間を持ってはくれなかった。口とお金では伝わらない大きなものがある。時間と手足でしか伝えられない大切なことがある。
オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それはボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ」
そんなオカンが甲状腺のがんに罹り、一度目は地元で、二度目は東京にいる著者の元に住むようになってから、手術を受ける。二度目手術の後、意識を回復した母親が手鏡を使ってその外の風景であるライトアップされた東京タワーを映して見ている場面がある。
ふと自分の母親が8時間かかった胃がんの手術を終え、集中治療室でその夜むかえたことを思い出した。タバコが吸いたくなり、灰皿のある喫煙室から、窓の外を見た。この病院は駅から少し奥まったところにあり、近所にはラブホテルが林立する。窓からはラブホテルのけばけばしいネオンの点滅と、ホテルの窓からうっすらと明かりがもれてくるのが見えた。そこでは性の営みをはげんでいる人間達がいて、こちらでは生死をさまよう人間いる。その妙なコントラストに何も言えない感情が私にはあったのを思い出した。
オカンは甲状腺のがんは何とか手術でき、声帯も無事だったのだが、今度は胃がんである。しかもスキル性の進行胃がん。
極楽とんぼのオトンも「お母さんのぉ・・・・。今度はだめかもしれんのぉ・・・・。」とつぶやく。
この時になって改めて思い知る。
「ぐるぐるぐるぐるぐる。ゴウゴウゴウゴウ。ぐるぐるぐるぐるぐる。ゴウゴウゴウゴウ。
巨大な竜巻。運命の渦巻。ボクの一番恐れているものが、どんどん勢力を増してこちらに向かってくる」
「母親に手を引かれている子供が、その母親の身長など気にしたことがないように。
『たわむれに母を背負いてそのあまりの軽さに泣きて三歩歩まず』
石川啄木が目を潤ませて立ち止まったように、誰しもかつて大きかったはずの母親の存在を、小さく感じてしまう瞬間がくる。
大きくて、柔らかくて、あたたかだったものが、ちっちゃく、かさついて、ひんやり映る時がくる。
それは、母親が老いたからでも、子供が成長したからでもない。きっとそれは、子供のために愛情を吐き出し続けて、風船がしぼんでしまった女の人の姿なのだ」と。
オカンのがんは進行が早く、手術はできず、抗ガン剤治療しかできなかった。
最初は笑いながら、次に呆れながらこの本を読んでいたが、このあたりから私もやばくなってくる。私の母もスキル性の進行胃がんであった。私の場合、所帯を持って、長女も生まれ、これから母親孝行でもしてやろうと思った矢先に、母は死んだ。状況がよく似ている。当時の悲しい想いがよみがえってきて、やるせなくなった。
評価
★★★★★
- by kmoto
- at 17:55
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