2006年06月11日
司馬遼太郎著『街道をゆく』8巻
この巻は、「熊野・古座街道」、「豊後・日田街道」、「大和丹生川(西吉野)街道」、「種子島のみち」で構成されている。
多分この時期、司馬さんは『翔ぶが如く』を執筆されていたのだろう。西南戦争が西郷隆盛の起こした私学校が暴走した結果起こったもので、その私学校の起源が若衆組ではないかと考えられている。その若衆組とはいったいどんなものであったのかその原型を多少なりともこの紀行で見たいと思い、今回の紀行が始まる。
司馬さんは言う。「日本の古代以来の文化は氏族制で代表される北方的要素と、若衆組で代表される南方的要素が重層しており、その濃淡は地域によってさまざまだったように思える」と。
氏族制の社会とはいわゆる血縁関係を主とした上下の関係、縦社会をいうが、若衆組はそれとは別に、誰でも一定の年齢の達すると地主の子も、自作農の子も、小作人の子も入会し、ここではすべて「平等」であった。この若衆組を南方系要素とするのは、この習俗が朝鮮や中国には存在しないことによる。
若衆組は、普通数えて15歳で加入し、妻帯とともに退会する。彼らは若衆宿で寝起きし、共同生活をする。この時点で彼らは両親の管理から離れ、若衆頭の支配を受けることになる。若衆組は、共同体の祭礼を行うことと、若者おのおの自分の婚姻へ導いてくれる重要な機関であった。そのため相手探しのため「夜這い」が習慣化しており、世間もそれを認めていた。「娘をもつ家でもし戸締まりなどしようものなら、若衆組から総好かんをくらってしまい、共同体として微妙な秩序生活に齟齬を生ずる。若衆組にきらわれると、もし山火事(熊野の名物だったといていい)でもあった場合、若衆組たちはいやがらせをして、火がその家の持ち山にゆくように導いてしまったりする」。いわば若いエネルギーを世間が持て悩ましている部分があって、勝手放題にせせるよりは、一つにまとめておいて、若衆頭に管理させようというところかもしれない。若衆頭がある程度しっかりしておれば、多少のいたずらも大目に見る感覚があったようである。また祭りなどの行事や災害などには若衆組の力が必要であったから、若衆組の行動を若い奴はしょうがないといった感じで、半ば疎ましくも思いつつも、必要悪として認めていたのではないかと思われる。もちろん若衆組はその地域で共同生活をする以上、連帯感を深めるという意味で、いいところもあったとは思うけれど・・・。
司馬さんはその若衆頭が西郷隆盛であったし、西南戦争の私学校がそのものが若衆組であったのではないかと推察される。その薩摩の私学校のエネルギーを押さえられなくなったとき、西郷は自分の命を若衆頭として預けたのであるという。
更に面白いと思ったのは、二・二六事件の前夜日本陸軍の青年将校が憂国感情の共有因子として軍の若いエネルギーが若衆組化したのではないかというのだ。 つまり日本の文化の中にこの若衆組的要素が日本人に刷り込まれていて、ことあるごとにそれが表面化するのではないかというのである。そうかもしれなぁと思う。それほど大げさなことでなくても、現在も日本人は一人では何もできないくせに、郎党を組んで、「みんなでやれば怖くない」的でやりたい放題してしまう部分があるところを見ると、悪しき習慣として、この若衆組の要素が日本人の中に残っているのではないかと思ってしまう。あるいは現代のいじめなんかもこのあたりから起源を求めても面白いかもしれない。
いずれにせよ、共同体の維持のためには、若衆組という関係は必要であっただろうし、いいところではそれが機能したとしても、きわどい部分が現代の日本人の中に残っているのかもしれない。いい意味でも、悪い意味でも、この若衆組の残像をこの「熊野・古座街道」、「豊後・日田街道」、「大和丹生川(西吉野)街道」で司馬さんは探し求めている。
種子島といえば「鉄砲」とすぐ思いつくが、「種子島のみち」では面白いことが書かれていた。種子島に「鉄砲」を持ったポルトガル人が漂流して来たわけだが、その種子島でよく砂鉄が取れた。しかもこのとき種子島では鉄についての産業が高水準に達していた。このことがポルトガル人がもたらした鉄砲を見本として自分達でも鉄砲を作り得る水準であった。鉄砲は未開の孤島にやってきたわけではなかったのである。歴史の偶然とはいえ面白い話だ。
その後わずかの間に日本に鉄砲が広まっていく。鉄砲を数多く持ったものが支配する戦国時代を迎える。最初に鉄砲を作った種子島もその鉄砲を数多く持った島津氏に支配されることになるのも面白い話だ。
この『街道をゆく』8巻に収録されている街道は、週刊「街道をゆく」の以下に収録されている。
「熊野・古座街道」は週刊「街道をゆく」の第42号
「豊後・日田街道」は週刊「街道をゆく」の第4号
「大和丹生川(西吉野)街道」は週刊「街道をゆく」の第40号
「種子島のみち」は週刊「街道をゆく」の第27号
- by kmoto
- at 20:33
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