2006年09月24日
司馬遼太郎著『街道をゆく』20巻
またこの本に戻ってきた。今回も前回同様中国江南部の旅である。この中国の旅は今まで日本を旅してきたスタイルと違い、司馬さんが旅をされた1981年だから、ある程度お膳立てされた旅程を司馬さんたちは歩かされている感じがするが、たぶんそうなのだろう。今回は四川省の成都と雲南省の昆明の2つの都市を訪れている。
司馬さんが中国江北部でなく、何故江南部にこだわるのだろうか?そこには司馬さん特有の「敗者の美学」がそうさせているような気がする。つまり江南部は中国の歴史では一時は華々しい時もあったが、結局滅びていく歴史が存在する。その過去の歴史の華を求めたのではないかという気がする。そしてもう一つ少数民族に対する昔からのあこがれ、更に日本の歴史に多大な影響を与えたのは、この江南部であっただろうとする歴史認識が、ここ中国江南部の旅をさせた気がする。
今回四川省の成都は三国志の劉備、関羽、張飛、そして諸葛孔明が活躍した蜀漢の地である。司馬さんは言う。「劉備は関羽や張飛といったいい手下をもっているとはいえ、自前の土地を寸土ももたないという点では、掛け金なしで競馬場にやってきている競馬きちがいとかわらない。ただ劉備はその人望で兵をあつめ、孔明はそれをたねに三分の計をたてて蜀に入ることによって一帝国ができた。この帝国は魏や呉にくらべて存在感が薄く、劉備の死後わずか四十年、孔明の死後二十九年で滅びるのである。
帝国は劉備の徳、孔明の政治と軍略、関羽や張飛、趙飛らの武勇、それに蜀の天嶮といったものだけで保っていたといってよく、他の現実性に欠けていた」と。
それでも日本でもの劉備、関羽、張飛、諸葛孔明が愛されている。それはたとえ講談的要素が強いにしても、あるいは司馬さんの言う通り現実性が希薄であっても、その彼らの人間性に魅力が大いにあった。司馬さんはそういう人物たちを愛されるところがある。(司馬さんの歴史小説の主人公は損得勘定だけでで行動する人物は絶対に書かれない。)今回もそんな人物たちの地を訪ねたいという意識がここ四川省の成都を訪れた理由ではないかと読んでいるうちに思ったのである。その記述も結構熱い。読んでいて、私も三国志を読んでみたいと思っちゃった。(私は横山光輝さんのコミック『三国志』は全巻読んだのだが・・・)
雲南省の昆明では、司馬さんは現在そこにいる少数民族に思いをはせる。司馬さんは言う。「私は、漢民族は固有に存在せず、歴史的に徐々にできあがって行ったものだと考えている。漢民族というものの素型をつくった有力な要素として古代羌(チャン)族があったのではないか」と。今回その思いがあってその羌族やイ族の少数民族がいる雲南省を訪れたのだろう。司馬さんは更に「中国における少数民族は、五十六種というが、それぞれの祖先たちは、ながい歴史のなかで低地に降り、その血液と文化を中国文明というるつぼのなかに溶けこませた。逆にいえば少数民族の固有文化こそ文明の普遍性に昇華する以前の細片群だと思うのだが、漢民族はながくそのことを考えず、自分たちこそ華(文明)で僻地にのこって固有文化をもちつづける集団をは夷だと思い、華・夷は対立概念であるとしてきた。
雲南省だけで、二十二種の少数民族がすんでいる。まさに民族文化の生ける博物館といっていいのだが、このうち、古代以来、山谷に集落をつくって稲作をしている民族たちを、私どもは自在に選んで日本稲作文化の祖にしていい。民族がおどろくほど似ているのである」という。ここにこれら少数民族と日本文化の関係が語られていく。
日本の稲作がどのように生まれたのか、いや稲作そのものが日本にどんな形で伝わって来たのか、司馬さんは鉄とともに深い興味を持たれていることを、このシリーズを読み続けているうちに分かってくるが、前巻にそのことはふれた。
この巻でも、雲南省の少数民族は漢民族だけでなく日本にも同様に大きな影響を与えたことを稲作を通じて語っている。曰く、「稲作は、夏の日照と多湿をよろこぶ。その適地は長江(揚子江)流域であることはいうまでもない。雲南省は長江の上流にあたる。稲作のひとびと(主として古代タイ語をつかっていた)が、舟をうかべて長江をくだり、中流で展開したのが、春秋戦国の楚であったろう。その下流の江南まで勢力をつくったのが、呉と越であったと考えていい。さらにいうと、地理的には呉より越の人が海に出やすい。古代の越人が、稲と稲作技術と稲作儀礼を持って、季節風に吹かれつづけて日本にきた、と考えるのが、いまとなれば実証が困難であるにせよ、自然であるといっていい」と雲南省の少数民族と日本との関わり合いをこのように語っていく。
稲にしろ鉄にしろ、日本独自に生み出したものでないだけに、その関係が中国や朝鮮に求めるのはごく自然のことであるし、日本という国の文化が近隣諸国との関係なしには成立し得ないこと、改めて知らされる。一国の首相の頑固さで、今までの関係をおかしくしてしまったことを思うと、歴史はそうだったかもしれないが、今後はそんな関係はあり得ないと否定できまい。近いだけにどうしても影響しあうことはやむを得ないし、影響しあっていいのである。稲作や鉄を通しての関係を見ても、そう思うのである。
『街道をゆく』20巻にある「中国・蜀と雲南のみち」は、週刊「街道をゆく」の35号に収録されている。
- by kmoto
- at 17:26
comments
現在の日本の貿易額は対米より対中国の方が多い事が示しているように、いくらマスコミが煽っても、日中の関係は悪化はしていないんですよね。ただ、お互いに相手が好きか?という次元では、一部では悪化はしているのかもしれませんが。
私は、近隣のビジネスパートナー国家としての関係が健全なら、別に好きになってもらわなくても、かまわないと思いますよ。
≫≫司馬さんの歴史小説の主人公は損得勘定だけでで行動する人物は絶対に書かれない。
こういう人物じゃないと、小説には向かないでしょうし、みんな、好きで憧れますよね。日本人も、こういうのって大好きですね。
でも、現実には、その中国人でさえ、相手が好きじゃなくても、損得勘定でビジネスの相手に日本を選べるんですよね。
そういう点では、逆に日本人の方が苦手なんじゃないかなって思います。
日本人は、気に入らない客には店を追い出し『塩、撒いとけ』って。(笑)
逆に中華街なんかに行くと、凄いパワーを感じますよね。日本人の事、嫌いなはずなのにニコニコしながら話し掛け、強引に肉まんを買わせます。(つい、買っちゃうんですよね、アレ)世界的にも中国人は商売上手ですしね。
実際に日本と中国のビジネスシーンでは、中国人は日本人に対して“反日感情”は出してないんじゃないでしょうか?しかも本心で“反日”ではないと思いますよ。中国のエリートビジネスマン達は。日本人って、そういうのって敏感ですからね。(周りや相手にどう思われているか?ってのに敏感ですよね、日本人って。)感情を殺してのビジネスが中国人よりは苦手な日本人が、中国相手に巧くやっていけるんですから、反日ではないと。。。
≫≫一国の首相の頑固さで、今までの関係をおかしくしてしまったことを思うと
ですので、今回の、ここへの持っていき方が、強引で無理があり、ちょっと、本園さんらしくないなぁって感じてしまいました。(今回のは、ここへ持っていかない方が自然だったように感じました。好き勝手な感想ですみません。)
この間の8月15日の首相参拝でも、中国の動きはおとなしかったですし、中国人民達が、反日にメリットを感じなくなってきているのかもしれませんね。アニメの世界でも“反日”教育をはじめるっていうんだから。小泉さんの8月15日の参拝で、ネットでも過激な動きが見られなかったことに、中国共産党は、焦ったのかもしれません。
多分、この反日アニメによっても、対中国貿易に影響が出るとは考えられませんが、もしかして、影響がでるようだったら、アニメの影響力ってのを、もう一度考え直さなきゃならないかもしれませんね。(笑)
うむ~。鋭いところついてきますね。確かに自分でも小泉さんの件をここに持ってきたのは失敗でした。
実は私は自分のブログでできるだけ政治的なことは書かないようにしておりますが、基本的に小泉さんの中国に対する姿勢はおかしいと感じておりましたので、ついついぽろっと出てしまいました。
私は中国という国にはかなり昔から関心を持っております。国というより、中国史に昔から興味が大いにありました。中国やその辺境、あるいはシルクロードなど、中国が与えた歴史的影響にどうしてこんなにあるんだろうとさえ思っていたのです。その交流など思いをはせるとぞくぞくしてしまいます。中国という国は、司馬さんの言う通り、「巨大なるつぼ」あるいは「溶鉱炉」として様々な文化を融合して、中国文明を作り上げてきました。だからこそそこには普遍性があるのです。個々民族の文化をその溶鉱炉で溶かし、それを文明まで昇華したところがあります。だからその影響力は尋常のものではないし、近隣諸国は進んで中国の文化を取り入れてきた。それはご存じの通りヨーロッパまで伝わっております。そういう中国史の魅力に現在でもとりつかれている部分があります。
ですから、そのあこがれている中国を蹂躙した昭和の日本陸軍は事実としても許せざる行為なのですが、気分としても許せないところがあります。そしてそれをある意味小泉さんは蒸し返しているところがあって、気持ちの上で複雑な気分になるところが自分にはあります。たまたま司馬さんの『街道をゆく』を読んでいて、日本と中国の関係がこのように書かれると、なるほどと思うのと同時に、ついつい今の日本と中国の関係がこじれていることに不快感がこみ上げてくるのです。
一方で経済の面ではその関係がお互い抜き差しならないほどの関係になっているのに、どうして損得勘定だけのつきあいでしかつきあえないのかと思ってしまうのです。確かに言われるように、経済は損得勘定だけで成り立つところがありますから、それはそれでいいのでしょうが、できればそれ以上の関係で中国とつきあえればいいのにと思うのです。これは感情論かもしれません。でもそれでいいと思っています。
1冊の古い本を引っ張り出しました。E・H・カーの『歴史とは何か』(岩波新書)です。そこには次のように書かれております。
「現在の眼を通してでなければ、私たちは過去を眺めることも出来ず、過去の理解に成功することも出来ない、ということであります。歴史家は彼自身の時代の人間であって、人間存在というものの条件によってその時代に縛りつけられているのです。歴史家が用いる言葉それ自体-民主主義、帝国、戦争、革命というような言葉-がその時代の含みを持っているもので、歴史家はこれらの言葉をこうした含みから切り離すことは出来ないものです」
つまり歴史を語る者は、彼が生きている時代に、置かれている状況に縛られている訳で、そこから歴史を見るものなのです。時代や歴史家が置かれている状況を超越した眼で歴史を見ることは絶対に出来ません。その上で「歴史というのは現在の問題に照らして過去を見るところに成り立つものであり、歴史家主たる仕事は記録することではなく、評価することである」とカーの言うとおりだと考えています。
私が中国という国の歴史に感情的興味で、自分の歴史観を語るのは(もちろん大したことではないのですか・・・)それはそれで仕方がないことだと自分で思っています。それはいいとか、悪いとかいう二元論で語るものでもありません。 それと歴史を語るときの不幸は、どうしても政治、経済に言及しなければならなくなってしまうところが、話を複雑にしてしまうのです。
私がここで小泉さんことをぽろっと出してしまったのは失敗でしたが、その背景はこんな事情があることをお察し下さい。
あと司馬さんの文学作品に関しても、私の言い方がまずかったために、妙なとらえ方をされたんじゃないかという気がしますので、補足しておきます。
私は司馬さんの小説の主人公が損得勘定で動こうとする人は描かないといったために、大野さんは「こういう人物じゃないと、小説には向かないでしょうし、みんな、好きで憧れますよね。日本人も、こういうのって大好きですね」と言われました。
確かにそういう人物には憧れてしまうところがありますが、司馬さんが描く人物は、ただ憧れだけを感じさせるだけの人物ではなく、壮大な志を持った人達であり、それは次の時代が必ず要求するものを持った人物たちだと思います。つまり先見の明はあるのですが、なかなか既成事実とうまく折り合えず、志半ばで倒れていくパターンが多い。あるいはそうした既成事実の中で結局自分を埋もさせざるを得なくなってしまう。
その上彼らは次のレールは確かに引いているのです。司馬さんはそういう人物を愛されていると思います。そしてその引かれたレールに乗っかった次の人物、それを引き継ぐ人物をあまり評価されないところがある。どうしてなのかなぁと思ったことがありますが、そこは産みの苦しみの方を司馬さんはとられ、維持していく方にどこか胡散臭さを感じているのかもしれません。あるいは彼らは往々にして保身に走りやすく、損得勘定動くことが多いからかもしれません。
私が損得勘定でだけで行動する人物は絶対に書かれないと言った意味はこのような意味なのです。
結局中国にしても、司馬さんの文学にしても、思い入れがあり簡単に済ませない部分があるから妙にこだわってしまうのです。もっとさらっと流せればいいのにと思いますが、なかなかそれが出来ない。結構やっかいな性格だと自分でも思っちゃいます。実際このような文章になりましたが、ホント、もう何度も書き直しました。(そのため返事が遅れました)これでどこまで分かって頂けるか分かりませんが、今のところこれでアップ、アップです。
丁寧なレス、恐縮です。本園さんは、ロマンチストですね。(いや、簡単に言ってしまって、これも申し訳ありません。)
私も、心の底から、そのように考えられる事に憧れますし、歴史に触れた時には、そのように考えようと勤めているのですが、生物学の知識が邪魔して、超リアリストになってしまいます。読んだ事無いのでわからないのですが、司馬氏もロマンチストなのでしょう。そして、司馬氏に生物学(分子生物学)の知識が無かった事は、日本人にとって大変なラッキーであり幸福だと思います。生物学の知識は、彼の文章の邪魔にしかならなかったでしょうから。
言葉が不足すると、抽象的に成ってしまいますので、具体的に、自分のリアリストさを説明します。その対比として、ロマンチストの意味を汲んで下さい。
簡単な説明では、人間は天気すら意のままに操る事が出来ない、です。
難しい説明(というか、私の思考の原点です)では、メタゲノムです。地球のありとあらゆる生命には、人間の知らない部分が、予想通り、まだまだ沢山あるということが確認され始めています。メタゲノムはコレ⇒ http://www.marinn.org/lecture/btj/btjjn0609.pdf を見ていただけると助かります。2004年のサイエンス誌に発表されたSargasso 海のデータは驚愕です。海水200リットルのゲノムを調べたら約1800種類の微生物(うち新規148種類)と約120万個の新規遺伝子が発見されたのです。これを人の口腔や腸内、皮膚で調べ、全ての生物でも行い、人間が住んでいる環境、都市、河川、山、森林、などなどで調査したら・・・・人間の知らない遺伝子、生物、は想像を絶します。これらは、全ての生物間で有機的に絡み合い、生命の頂点に位置する人間に影響を与えています。未知のウイルス(単なる DNAやRNAの場合もある)の感染で、脳の神経細胞の自家発電(インパルス)や刺激伝達効率は変化するでしょう。そうすると、人間の(自らは自分で考えいてると認識している)“思考”をも変化させます。
日本が少子化に向かっているのも、メガな影響でしょう。生殖本能をちょっとだけ弱くしてやればいいのです。そうすると、人間はその現象に“理由が必要”になります。その結果、現在の日本ではいろんな理由を考え、いろんな対策を立ててます。少しは効果はあるでしょうけど、基本的には、今の日本の人口密度では無駄な努力です。(こんなこと、政府は、わかっていても口が裂けてもいえませんけど・・)
まさに、歴史に意味をもたせる作業と同じです。
本当は、歴史に意味なんか無いんです。
歴史を振り返ると、一人の人が何かを成し遂げたみたいに思いがちですが、実は、大きな流れに乗って、動いているだけだという事で、一人の偉大な人間が、何かを成し遂げる事はありえない。一人の人が、レールを引いたように“見える”けど、それは、その時代が、そのような時期に来ていただけであるということです。
カエサルが動いたから、ローマは変ったんではなく、ローマが変る次期にカエサルがたまたまいて、目立ったというのが、地球上のありとあらゆる生物の相互作用の“結果”であるという事です。
そして、コレが大事ですが、地球上のありとあらゆる生物の相互作用に“目的”はありません。“目的”は人間の後付です。行き当たりばったりなのです。
>>つまり先見の明はあるのですが、なかなか既成事実とうまく折り合えず、志半ばで倒れていくパターンが多い。あるいはそうした既成事実の中で結局自分を埋もさせざるを得なくなってしまう。
だから、これは、当然なのです。身も蓋も無くてゴメンナサイ。でも、コレが真実です。
ローマ人の物語を“物語”としては興奮して読んでいるのですが、最後の最後で、私には『まぁ、でも、結局、単なる時間の経過であって、記録されている事はその“結果”でしかないんだよなぁ』と、自分でも、がっかりするのですが、コレが悲しいけど事実なんだよなぁと。
つとめて、小説や歴史物に触れるときは、『歴史は人間が原動力だ』って思って読んでいるのですが、現実に戻ると、やっぱり、リアリストに戻ってしまいます。
地球環境の中では、一人の人間の存在なんて、本当にちっぽけなんだという事です。国家というレベルは、一人の人間とは違って、もっと大きなように見えますが、やっぱり同じです。国家対国家のような話し合いの場を持つ事は、その後の“結果”には、多少の影響はあるでしょうが、現在の人間の英知を結集しても、人間に認識できない“何か”に影響されて動くものです。
その“何か”がわからないから、現在、わかっている範囲内で“理由”を考えて、納得するんです。
戦争が起きる時もそんなもんです。
起きてもおかしくない状況で起きない事もあるし、こんな些細な原因で起きるのか?って言うほどの事でも起きます。アメリカ大統領がキチガイになって、核ミサイルのボタンを押しても、大統領が一人で押しただけじゃミサイルが発射されないようにしてある事から、この考え方は、ある意味、国家の安全弁として取り入れられてもいます。(人間が民主主義を考え出したのも、独裁を“本能的”に嫌うのも、同じ事です。一人よりは多数に、環境が作っている流れを“感知”しやすいと、“無意識”に感じているのでしょう。そして、これに逆らう事は、大きな流れに逆らう事になってしまうからです。)
最高で最良の判断なんて、一人じゃ下せない。映画などでは、キューバ危機などはドラマチックに描かれていますが、現実は、もっと、白けていたでしょう。
医学に身を置いていると、このような現実を嫌というほど突きつけられ、人間の科学の粋を結集した総合応用科学であるにもかかわらず、人間の病気、人間の生き死にに、ほんんど影響を与えられません。これは、今、解明されている事だけで、目の前の現象を説明する事が原因です。まだまだ、“生きている事”“考えること”の現象を100%説明できる知見が無いからです。
少し、視点を大きくして、環境衛生と病気に目を移すと、歴史では“抗生物質ペニシリンは1900年に発明された。1900年から、感染症が激減し始めた。これは、抗生物質が発明されたからだ”と解釈され評価されます。
ほぼ、コンセンサスが得られていますが、異説もあります。
1900年以降、ペニシリンが行き届かない国や地域でも、同様に感染症が激減しているという事実です。
一部の国では、本当にペニシリンのおかげで感染症が激減した事でしょう。でも、ペニシリンの購入できない貧しい国、あるいは、感染症の起きたときに、迅速に届けられない地域にすんでいる人たちが、以前なら死んでしまった感染症から回復するのは、どう説明すればいいのでしょう。(未知の人間に悪さしない微生物がその次期に爆発的に増え、それによって人間に病気を引き起こしていた病原微生物のビルレンス=毒性を弱めたのかもしれません。或いは人間が耐性が付いた。或いは自然免疫が強化された・・・。事実はわかりません。今現在、確認されている微生物でも人間に悪さするのは数パーセントです。悪さをしてくれないと、存在に気付けないのです。)
実は、歴史上に記される政治的な事件でも、因果のハッキリしないことは、山ほどあります。同じような貧困な農民がいる別々の地域で、一律に一揆が起きないなどもその例です。人間は、この時、どのような解釈をするかというと、ある場所にはコレコレこのような政策を施した人物がいたからと言う理由をひねり出します。
でも、実は、ある村では、同じような政策を打っても、同じ結果が得られない事も、多々あります。結局、人間は“何か”に突き動かされているのです。
多分、このような経験の積み重ねが、有史以前の人間に“神”の存在を感じさせたのだと思います。
というように、私は、物事全てをこのような目で見てしまう、超リアリストなんですよ。冷静に考えれば考えるほど、このように考えてしまう。
感情的に反応するときは、この限りではありませんけど(笑)。
というわけで、歴史家が歴史を記録し評価する事には、なんら、異を唱える訳じゃないですし、説として考察する事に意義があり、知的な作業として“右脳”の欲求を満足させてくれます。が、歴史は未来を予測する為の“証拠”にはなり得ないのです。
ただ、いくらリアリストでも、未来は自分達で作りたい願望はあるし、そういう思考に影響を与えるであろう、メタゲノムも秒進分歩のスピードで解明されています。最終地点がわからないので、あとどれ位の時間かはわかりませんが、今、現在、最良と思われる判断(政治的なものも含め)はしていく事に意義があると思っています。ただ、返す返す言うと、この判断に歴史は参考にしても良いけど、判断の根拠にしてはならないという事です。
歴史の因果関係は証明不可能だし、歴史の評価には、バイアスを避ける事が出来ないからです。
バイアスというのは、本当にペニシリンのおかげで感染症の激減を経験した地域に住んていた人の、ペニシリンの評価であり、中国が好きな本園さんの中国と日本の間の歴史的な事実の評価の事です。いけないことではなく、不可抗力な事なのです。(だから医学の臨床試験や理系の実験は極力バイアスを避けるプロトコルを組みます。特殊相対性理論にはバイアスが入ってます。よりバイアスを排除した一般相対性理論の確立が遅れたのは、それが難しいからです。)
だから、政治的な判断は歴史にとらわれる事があってはならないわけですし、歴史家が政治の判断をしていけない(古今東西、歴史家が、ともすると政治に首を突っ込みやすい事が指摘されています。この弊害は証明されています。)訳です。
一般人にもわかりやすいという一点において、間違った方法に向かい始めると、なし崩しになりやすいからです。(わかりやすいというのは、理由が欲しいという人間の本能で、この本能は、恐怖から逃れる本能です。人間は未来の自分の状態を知らないと不安になる、唯一の生物です。)
政治は、特に外交は、冷静に白けて感情的にならずに出来たら最高だと思います。でも、人間には不可能ですから、どこで折り合いつけるかでょうね。
と、ちょっと、長くなっちゃいましたが、こんな考え方の私が“リアリスト”と表現したものです。なんか、説明足りないんですが、ディテールはわかってもらえたでしょうか?この対比で“ロマンチスト”です。ロマンチストは“熱い”です。リアリストは、冷めてます。そこが自分でも嫌なんですけどね。
最後に、、、本園さんが、自分の好きな領域を冒涜されたことで、熱くなって“小泉叩き”をすることには、なんら違和感を感じてませんし、そのような条件では“共感”できます。
実は、私も昔の中国の歴史には大変興味あります。高校の世界史の教師のおかげです。
でも、今の中国共産党は、昔、あの場所で歴史を刻んだ人々の末裔とは到底思えませんし、事実だとしたら、中国人は、自分たちで、素晴らしい自分たちの先祖たちの顔に泥を塗っているような態度だと言えるでしょう。同朋を6000万人も殺す共産主義思想には、いくら、その祖先が偉大で素晴らしかったとしても、共感出来ないので、私の中国叩きは、終わりを迎える事は無いです。(笑)自分たちで6000万人も殺しておいて、それは国民にはひた隠し、日本軍に南京で殺された30万(これもでっち上げ、この事件を日本に最初に伝えた朝日新聞の記者がオフレコで、無抵抗で殺されたのが2万人、抵抗した武装兵数万人と言っている)をプロパガンダに利用している。これだけで怒りを覚えるからです。
これ、リアリストらしからぬ感情ですね。(笑)
リアリストに戻れば、6000万人も30万人も、証明は出来ない。こんなに近々の過去の事なのに、真実がわからない。数字を真実だと言い張る人にはバイアスがかかっています。歴史の現実です。現在の政治の裏舞台で起こっている事も、未来に“歴史”としては残せません。
だからこそ、歴史は面白いとも言えます。知的好奇心を掻き立てられ、脳フル回転で、断片的にしか見えない“間”を想像します。
人間が、“丸見え”より、見えそうで見えないものに“注意”が向く、すなわち、脳の活動が高まるように“進化”してきたからです。歴史に惹かれるのも、生物として“本能的”なのです。(木上で生活するようになったサルが、木の葉の間にチラチラ見える“黄色い色”を想像力豊に、それを自分を食べにきた豹だと認識させる事が、生き延びる事に繋がったので、この“チラチラ見える”状態に、脳活動が活発になることが淘汰圧で選択されたと説明されています。)
これ、リアリストの考察です。私って、直ぐ、こうなっちゃうんですよ。。中国共産党に対して、折角、怒りがこみあげ熱くなったのに、直後に、一歩引いて考えちゃう。ハハハ。