2006年10月07日

須田剋太

 『街道をゆく』を読んでいて、残念だと思うことが二つある。一つは司馬さんが訪れた地域の地図が掲載されているのだけど、非常に見づらいのだ。わかりにくい。あまりにも部分的なので、極端な話そこがどこにあるのかさえわからない時がある。最初読んでいた頃はいったいどうしていたのだろうと思い出そうとしたが、よく覚えていない。たぶん百科事典の地図帳を開いて調べたのかもしれない。今は週刊「街道をゆく」に詳しい地図が載っているので、それを見て、あぁ、ここなのか!とわかるようになった。
 こういう紀行文はわかりやすい地図があった方がいい。私の読んでいる『街道をゆく』は旧版なのだけど、新装版もたぶん焼き直しだろうから、同じなのではないかと思う。せっかく新装版でだすなら、せめて地図だけはしっかりしたものをつけてほしいものだけど、どうなのだろう?
 もう一つは、須田剋太さんの挿絵がモノクロであることが非常に残念なのだ。司馬さんより先、須田さんは1990年に亡くなられているので、この『街道をゆく』の挿絵はそこまで掲載されている。その後安野光雅に替わられている。安野さん絵は何度も見たことがある。あのグリーンを主調とした、色盲の検査の時使うような絵である。(私はルノワールもそうなのだけど、このての甘ったるい感じの絵が苦手なのだ)
 しかし私はこの『街道をゆく』を読むまで須田剋太という画家は知らなかったので、色調がよくわからない。晩年は抽象画を主に描かれていたというが、各地の風景をかなりダイナミックに油絵で描かれているのはモノクロの挿絵でもわかる。わかるだけにカラーで見てみたいとかねがね思っていた。又司馬さんと一緒に旅をされて、何度も須田さんの人柄が描写されているが、これがいい味をだしていて、このシリーズに花を添えている。
 で、なんとか須田さんの絵を見てみたいと思い、ネットで検索すると、あるんですね。『大阪府現代美術コレクション須田剋太司馬遼太郎と歩き描いた日本の原風景【街道を行く】挿絵原画全作品集』というものである。早速注文してみた。全4巻で1万円は痛かったが、届いた画集を見て、買ってよかったと思った。


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 この画集、社団法人近畿建設協会というわけのわからないところから出版されている。どうしてこんなところから須田さんの画集が出ているのか、この社団法人近畿建設協会の理事長の「ごあいさつ」でその経緯がわかる。

「社団法人近畿建設協会は、建設事業普及推進のための広報活動をはじめとする各種公益事業や河川・道路等の建設行政の補完的な役割を通じて、微力ではありますが社会に貢献して参りました。このたび須田剋太画伯の挿絵を集大成する任に当たりましたのも、須田画伯の画業を後世に伝えるとともに司馬遼太郎氏が歩いた「みち」の挿絵を通して道の重要性を啓発し、道路事業の円滑な推進に寄与するために他なりません」とある。

 なるほどそういうことでこの社団法人近畿建設協会で須田さんの画集が組まれたわけなのだと納得するが、この理事長の「ごあいさつ」を読んで、もしかしたら司馬さんは苦笑されているのではないかと思ったりした。
 というのも日本各地を司馬さんが歩かれて、何度もその風景が壊されていくのを嘆いておられる。その破壊者の親分みたいな建設協会から『司馬遼太郎と歩き描いた日本の原風景・・・・』なんて書かれたんじゃ、まるでこうして画集で残したから、どんどん開発をしちゃいますよ。あるいは日本の自然を壊しちゃったけど、ごめんね。元はこんな感じだったよ、といわんばかりのような気がしてしまう。
 でも趣旨はともかく、画集としてのこれらの本は、今後『街道をゆく』を読み進める上で、又楽しみが増えた感じだ。
 ちょうど今読んでいる、「南蛮のみちⅠ」の挿絵はカラーで見るとこんな感じである。


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