2006年10月17日
司馬遼太郎著『街道をゆく』23巻
今回も「南蛮のみち」で、前回の続きの旅となる。主にスペイン、ポルトガルを旅されている。前回同様「日本における大航海時代の影響を源流の地で感じたい」というのがこの旅の目的であった。
今回この巻を読んでいて、イベリア半島におけるイスラムの支配がいかにその後のヨーロッパ世界に多大な影響を与えたか改めて知ったような気がする。
私がこの時代のイスラム支配がヨーロッパにどのような意味をもつのかはいわゆるピレンヌ・テーゼしか思いつかない。
ちなみにこのピレンヌ・テーゼとはどういうものかというと、ピレンヌは西ローマ帝国滅亡後もまだ地中海世界の商業は続いていて、そこで経済活動が引き続き行われていたのだとする。つまりローマが滅んで、すぐ閉鎖的な中世世界が生まれた訳じゃないとしたのだ。それを内陸社会のヨーロッパ中世に導いたのが、アフリカからイベリア半島に進出したイスラムであったとしたのだ。イスラムがここに進出し、地中海世界がイスラムによって閉鎖されことによって、ヨーロッパは内陸に向かわざるを得なくなったというのである。そしてこの時点でヨーロッパ中世世界が始まるとしたのである。
しかしイスラムのイベリア半島の進出はこれだけで収まらず、その後もヨーロッパに大なり小なり影響をその歴史に残していく。
もともとスペイン、ポルトガルは、紀元前十二世紀に、地中海貿易の主人公であるフェニキア人(セム語族)の影響をうけ、紀元前八世紀にはギリシア人の影響もうけたし、ローマ帝国時代にはルシタニアとよばれる属州であった。その後、半島一円がゲルマン系の西ゴート人の支配下には入り、八世紀初頭、西ゴート王国が滅ぶと、半島ぐるみイスラムの支配を受けた。
イスラムによる八百年の支配のあと、キリスト教勢力による巻きかえし(国土再征服-レコンキスタ)がおこなわれ、イスラム勢力が一掃される。
しかしこのような多民族の支配が繰り返されたことで、このイベリア半島は他のヨーロッパ地域とは性格を異にすることとなった。
特に大航海時代のスペインやポルトガルが主役になるのは、遠洋航海技術としてイスラムの遺産があったからであった。天文学、地理学、造船、航海術など、大航海に必須科目は、この時期、イベリア半島から追い払われたイスラムのものだったのである。イスラムがここいなかったら、スペインやポルトガルによる大航海時代は訪れなかったかもしれない。
こうして大航海時代の主役となったスペインの国家経済ほどあらっぽいものはなかった。「国家そのものが、新植民地に対する一大強盗団になったといっていい」。そのためスペインは金銀その他高価な物品をとめどもなく持ち帰り、王も貴族も、教会も舶載されてくる富のため血ぶくれするほど豊になった。
このため自国の産業、特に農業は廃れていく。小麦など得た金銀で買えばいいということになり、それよりも強盗のために資本投下がされ、艦船や大砲をがんがん作られるのである。
この結果「スペイン人が、地球の他の一角から剥ぎとってきた金銀は、ときにはスペインを素通りでフランスにゆき、その農村、造船業者、鋳造業者を賑わした。フランスの底力はこのとき定まったのではないかと思えるほどである」と司馬さんは皮肉る。
国の産業を保護し、興さなかったスペインは、1588年無敵艦隊(アルマダ)の敗北後、スペインは歴史の主役を降りることになり、それ以後スペインという国は坂を下りっぱなしの状態になる。
結局「スペイン人が強奪してきた金銀は、他にまわってヨーロッパ諸国の経済が近代に入るための基礎がためになり、スペインにのこされたものは、国民性としては中世的な激情、現代美術にあらわれる一騎駆けの冒険精神、国土の面からは森林の消滅と荒蕪、あるいは中世的な農業だけであったかと思ったりする」と司馬さんは言うのである。
しかし逆に言えば、その分中世の世界がそのまま停滞した形で残っているのかもしれないと思うと、ちょっと行ってみたくもなる。
ではポルトガルはどうであろうか?戦国期、日本に最初に接触し、かつ濃密に関係にあったヨーロッパ人はポルトガル人であったし、フランシスコ・ザヴィエルを東方に送ったのもポルトガルであった。つまり日本に影響を与えた南蛮文化というのは、主としてポルトガル文化だったのである。
植民地に布教者を送るのはローマ法王に対する王たちの義務でもあったし、植民地の維持のためにはキリスト教の布教は欠かせなかった。ポルトガルのジョアン三世はイエスズ会というきちがいじみた情熱をもつ小集団の存在を知り、彼らを召し抱え、東方へ送るのである。イエスズ会が東洋に来る背景はこういう事情による。
しかしポルトガルもスペイン同様、行動の源泉が冒険と欲望だけであったので、ビジネス感覚を持ったイギリスやオランダに舞台を譲らざるを得なかったのである。
過去に華々しい歴史を持ったスペインやポルトガルであったが、今は昔日の感がどうしても漂ってくる。ポルトガルの最先端のサグレス岬で「十六世紀以来、私どもの文化を刺激しつづけてくれたヨーロッパは、それが尽きるサグレス岬まできてみると、もう地面がこれっぽちしかないというかぼそい思いがしてくる」という司馬さんの記述はそのまま今のスペインやポルトガルを言い表しているような気がしてしまった。
『街道をゆく』23巻の「南蛮のみちⅡ」は週刊「街道をゆく」の59巻収録されている。
- by kmoto
- at 20:30
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