2006年11月29日

大崎梢著『晩夏に捧ぐ』

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 続けて同じ著者の本(これも東京創元社刊)を読む。副題の「成風堂書店事件メモ(出張編)」とあるように、今回は成風堂書店から離れる。
 杏子の元同僚有田美保が勤める老舗のまるう書店に幽霊が出るという手紙から杏子と多絵が「本屋の謎は本屋が解かなきゃ」と意気込んで夏休みを使ってそこに赴き、事件を解決する。
 今回は長編で、前回みたいな成風堂書店という限定された舞台じゃないので、その分ちょっとした本格もののミステリーにはなっている。従って前作よりは面白かった。
 大崎さんの2作を読んで、いくら著者が元書店員だからといって、書店員を探偵役にするのはやっぱり設定に無理があるのではないかとふと思った。確かに前作より面白かったけど、あくまでも前作と比べてという条件の下でそういっているだけであって、ミステリーとしてはどうしても前作同様物足りなさがある。

 これで買ってきた書店員を主人公にした本を4冊全部読んだ。で、読み終えて思うことは、「本屋もの」はつまらないということと、「本の雑誌」が選ぶエンターテイメント・ベスト10はあまりあてにならないといういうことが分かった。(『配達あかずきん』は「本の雑誌」が選ぶエンターテイメント・ベスト10の2位、『東京バンドワゴン』は4位なのだ)
 だいたい「本の雑誌」というのは出版関係者や書店員が支持している雑誌なので、そこですすめる本に自分たちの職場を舞台にした本を選ぶのは、どう考えても手前味噌的なところがある。あるいは自分たちの職場を知って欲しいという願望が本の内容よりも重点が置かれて、支持してしまっているんじゃないか疑いたくなる。
 それにもっと言わせてもらえれば、こんな本しか勧められないというのは、書店員の質がそれだけ低下している証拠とも受け取れる。馬鹿な書店員が集まって、ワイワイ言いながら選んだのではないかという光景が浮かんでくる。少なくとも今回読んだ本は50になった男がワクワクして読む本じゃなかった。息抜きにもならなかった。もうこの手の書評は基本的に信用しないことにしたい。


評価
★★

2006年11月28日

大崎梢著『配達あかずきん』

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 書店員が主人公になった本を4冊買って、最後の2冊となった。しかしこの本(東京創元社刊)は連作短編5点が収録されているのだが、はっきり言ってつまらなかった。
 駅ビルの6階にある成風堂書店の店員杏子と多絵のコンビが書店業務の中の日常にひそむささやかな盲点を解き明かすミステリーである。
 でもこの本、はたして業界の人間以外興味がわく本なのだろうかと思ってしまった。私みたいな本屋フリークなら読んでみたいと思うのだろうが(事実そうなのだが)、本屋という限定されたところが舞台になっていて、しかも書店業務が共有できる人間なら多少興味が持てるけど、一般の人はどうなのだろうか?しかもミステリーといっても、先ほど言ったように、本屋の業務にひそむ盲点がミステリーとなっているので、はっきり言ってインパクトがない。私みたいなすれっからしがこの本を読むとどうしても物足りなさがつきまとうのだ。
 それにこの本の最後に本屋で働いている人達の対談が載っているのだが、それを読んでいても、この本に描かれる本屋さんの日常が、「そうそう、そういうのってあるよね」というのが何回も出てくるのが鬱陶しかった。まるで自分たちだけの世界を自分たちだけで共有して、楽しんでいるような、不快感がわき上がる。


評価

2006年11月23日

光原百合著『十八の夏』

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「ああ、明日香ちゃんち?便所みたいなにおいがしとったな」
 父親である水島高志は再婚したいと思っていたさくら書店の佐倉明日香のうちはどうだったかとたずねたとき、一人息子の太郎はそう答えた。
 自分が明日香と再婚したくとも、息子の太郎が嫌がればどうしようもないと思っていた。高志はこの太郎の言葉を汚い言葉、悪意を感じさせる言葉と受け取り、明日香にまつわるすべてへの反感だと受け取った。
 しかしある日、大家さんが金木犀を持ってきたときに言った言葉で、自分が愚かな思い違いをしていたことを知る。大家さんは最近の子供はこの金木犀の香りをトイレのにおいと感じるらしいと言うのであった。トイレの芳香剤はどこでもあるものだから、そのにおいが本物の花の香りより、より多くトイレで嗅ぐことが多いからである。
 太郎は明日香の家の庭にある金木犀の香りをトイレの芳香剤と同じだと感じたため、「便所みたいなにおいがしとったな」と言っただけことであった。決して悪意から発した言葉ではなかった。大家さんがそう言ってくれなければ、高志は太郎の言葉を誤解したままであった。まさしく「ささやかな奇跡」であった。

 この「ささやかな奇跡」が読みたくてこの文庫本(双葉文庫)を買った。水島高志は全国にチェーン展開する書店の主任で、亡くした妻の大阪の実家の近所にあるアパートに引っ越してきた。高志が買い物帰りに町を歩いていたときにさくら書店を見つけ、そこに佐倉明日香がいた。
 高志は妻を亡くしたし、明日香は結婚式の日取りまで決まった相手がいたが、交通事故で亡くし、その後夫となるはずであった男の子供がお腹の中いることに気がついたが、死産であった。この短編はそうした訳ありの男女の、しかも大人の書店員の恋愛小説である。こんな小説を読むのは初めてであったが、でも、ちょっとよかったかもしれない。

 この文庫には他に、「十八の夏」、「兄貴の純情」、「イノセント・デイズ」が収録されている。「十八の夏」は第55回日本推理作家協会賞(短編部門)の受賞作であったが、私はいまひとつといった感じであった。この作品より「イノセント・デイズ」のほうが推理小説としては面白いと思う。「兄貴の純情」も悪くない。
 著者の「あとがきに替えて、感謝の言葉」が収録されているが、そこの最後に、「できればほんの少しでも”人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません」と書かれていたが、確かに最後に”満更悪くない”と思えた短編集であった。


評価
★★★

2006年11月22日

小路幸也著『東京バンドワゴン』

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 気になって買った本の第一弾である。書店員が主人公になった本ということで買ってきた1冊である。しかしこの本(集英社刊)の舞台はとある下町の築70年以上にもなる日本家屋の「東京バンドワゴン」という名の古本屋である。そこで繰り広げられる人情物のドタバタ劇である。読んでいてこれは昔テレビでやっていたホームドラマと同じだなと思った。舞台を古本屋にしただけのことであった。ミステリー仕立てにはなっているが、殺人事件があるわけではなく、ほんわかとしたものとなっている。でもこういうのもありかななんて思った。
 私は古本や古本屋を舞台にしたミステリーが好きなのだが、こういうのはだいたいがマニアックな部分が、事件を生むストーリーとなる。しかしこの本では、古本が事件を生むのではなく、人が背負ってきたものが、ちょっとした出来事になり、たまたま「東京バンドワゴン」という古本屋自体がスパイスになって、この古本屋の非日常的出来事を解決してくれるといった感じだ。
 人物的には古本屋の親父である堀田勘一とその息子である伝説のロッカー我南人(がなと)がいい味を出している。

 この本の最後に「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ」と書かれているところを見ると、そういう意図で書かれたものと推察する。そういえば最近あの頃ような大家族で繰り広げられるドラマというのが少なくなった。(もっともテレビのドラマなんて最近見ないけど・・・)核家族化が進んで、親子三代一緒に暮らすなんて今時流行らないのだろう。だからもしかしたら下町にはそういう雰囲気が残っている可能性が大きいから、そこに舞台を設定したのかもしれない。そしてこういう雰囲気が懐かしく感じられ、それが共感を呼ぶのだろう。不思議なもので、本屋関係者はこういうのが好きで、だから「本の雑誌」の2006年上半期第4位なんてランクインするのだろう。まぁそれもいいけど・・・。個人的にいって悪くない小説ではあったが・・・。

評価
★★

2006年11月21日

司馬遼太郎著『街道をゆく』25巻

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 実を言うと、この本を読んでいる途中で読みたい本が出てきて、そっちの方が気になって仕方がなかった。ほとんどこの本を読み終えていたので、これを読んでから、気になっている本を読もうとした。そうしたのだが、どうもそっちの方を早く読みたいと思い、気もそぞろにこの本を読んでしまった。
 しかも正直いってあまり興味もないところの紀行文なので余計であった。今回は「中国・びん(ATOKにはもんがまえに虫と書く漢字がないのだ)のみち」である。今の中国東南部福建省あたりである。この地方は中華文明からすれば辺境に当たるため、民俗学、文化人類学という学問から見ると、宝庫の地である。
 一方もう少し南に行けば、泉州があり、マルコ・ポーロが世界最大級の海港だと『東方見聞録』に記述する港町である。シルクロードの時代が終わり、海上の道で栄えた港であった。ここから南宋時代、中国の舟が日本の堺まで来ていたのである。
 ただだからといって、司馬さんの興味が私に伝わるかどうかは別問題で、たとえこの地域に残っている文化が日本がかつて持っていただろうと思われる文化の源流もしくは類似点あると言われても、あるいはそこの舟が日本まで来て、何らかの影響を日本に与えたとしても、私個人が興味がないので「へぇ~、そうなの?」としか思えない部分が今回多かった。要はピントこないのである。つまり今回は自分の琴線に触れるところが少なかったということである。今回の紀行はどこか学術調査的要素が強かったために、そう感じたのかもしれない。また、うわのそらで読んでしまったところがあるので、これ以上コメント出来ない。(なんだか不謹慎な本の読み方をしてしまった感じもしないではないが、シリーズものを読んでいると、まぁこういうこともありますよね)


 『街道をゆく』25巻の「中国・びんのみち」は週刊「街道をゆく」の39巻に収録されている。

2006年11月15日

司馬遼太郎著『街道をゆく』24巻

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 今回は「近江散歩」と「奈良散歩」である。何故散歩なのかよく分からないが、近江はこのシリーズの一番最初に旅されている。で、今回は近江(琵琶湖)の東側を歩かれている。

 近江は「近江門徒」の土壌で「近江商人」発祥の地でもある。面白いと思ったのは、日本語に「させて頂きます」という言い回しがある。たとえば「帰らせて頂きます」とか、「あすとりに来させて頂きます」、「お陰様で元気に暮らさせて頂いております」とかいった言い回しである。この語法は浄土真宗の教義から出たものらしく、浄土真宗においては、すべては阿弥陀如来(他力)によって生かして頂いているという考え方から生まれている。つまりこの言い方は阿弥陀如来という絶対他力を想定しないと成立しないのである。だからそれによって「お陰様」でという概念が生まれるし、「させて頂く」となるのである。この語法が近江商人が京や江戸に進出したことによって残ったのだという。

 この地域は織田信長が生まれた美濃に近い関係で信長の記述と、関ヶ原があるので徳川家康の記述多い。昔読んだ司馬さんの『国盗り物語』、『新史太閤記』、『関ヶ原』、あるいは山岡荘八さんの『徳川家康』などを思い出し、懐かしくもあった。
 それにしても、信長以前の浅井長政や朝倉義景は既存の地位にあぐらをかいて信長を馬鹿にすること甚だしく、新興勢力を甘くみていた部分や時代が変わりつつあることが認識できていなかったことがよく分かる。長政の家臣は信長が恐ろしい勢力になることを見抜いていた者もいたが、その家臣の意見を聞かなかった。
 長政の妻はご存じの通り、信長の妹お市の方であるが、お市の方は3人の娘を生んだ。まず茶々が淀殿になり、豊臣秀頼を生み、於初が京極高次の妻になり、於江は徳川秀忠の妻となり、三代将軍家光を生む。司馬さんは「そのことを思うと、北近江の山城閨室を共にした若い長政とお市という夫婦は、血液をもって日本史に参加したことになる」という。まさしくその通りである。
 それはそうと、恥ずかしながら私は安土城が琵琶湖のほとりにあったことを初めて知った。それまで私は安土城は信長の生まれた土地の美濃にあるものとずっと思っていたのだ。でも、よく考えてみれば、美濃より近江の方が立地条件がいいのは当然だ。

 「奈良散歩」に話を移そう。たとえば京都と奈良のどちらかに行けるとなったら、やっぱり京都の方に魅力を感じるのではないだろうか?司馬さんは言う。「(奈良は)おそらく首都が山城の平安京にひっこして以来の南都のさびしさというものが、沈殿して伝承しているとしか思えない。東大寺や興福寺は中世のヨーロッパでいえば大学であったが、しかし京においては層のあつい知的集団が形成されたのに対して、奈良は時とともに田舎になった。(略)
 首都が東京に移った明治後は、京都がさびれた以上に奈良はさびれた。東大寺や興福寺は寺領をうしない、その門前町としての奈良は江戸期以上に零落した」と。たぶんこれが奈良に対する我々の感情ではないかと思える。
 東大寺は華厳思想に心酔する聖武天皇によって建立された寺であるが、それが今でも、そんな状態であっても、すぐれた建造物を千数百年にわたって守り抜いてきたこの町の精神はものすごいものではないかと思える。
 司馬さんはここで「奈良が大いなるまちであるには、草木から建造物にいたるまで、それらが保たれているということである。世界じゅうの国々で、千年、五百年単位の古さの木造建築が、奈良ほど密集して保存されているところはない。奇跡といえるのではないか」とさえいうのである。
 奈良の都市設計は中国の長安の強い影響を受けている。ところが今の中国では当時の長安の面影はほとんど残っていない。奈良がこの後さびれていき、そのままの状態で残らざるを得なくなったことが、かえって当時のままで現在まで残ったことになった。だから司馬さんは「奈良はある意味では、長安の都が冷凍保存された存在ともいえる」という。
 しかしただ置き捨てられたことが、当時のままの奈良を残したとは言い切れない。たとえば、東大寺の修二会(お水取り)が連綿と千数百年も繰り返し行われてきたのは、伝統いうしんがあったからで、それが「文化」なのだというのである。
 「文明」と「文化」を司馬さんは次のように言う。「人間のくらしには『文明』と『文化』がかさなりあっている。『文明』は普遍的で便利でかつ合理的なものだが、つねにそれに裏打ちされている『文化』は、どの国あるいは集団でも不合理なものであり、逆にいえば不合理でなければ『文化』でありえないのではないか。それに堪えて、不断にくりかえすというところに、他とちがった光が出てくるともいえる」と。だから「この場合、文化の定義は、仮に『その集団を特色づける歴史的神聖慣習』としておきたい」と言い直して、奈良における「伝統というしん」に敬意を表するのである。
 ここまでいわれるとちょっと奈良という地域を見直したくなってしまう。


 『街道をゆく』24巻の「近江散歩」は週刊「街道をゆく」の2巻に、「奈良散歩」は週刊「街道をゆく」の16巻に収録されている。

2006年11月12日

海堂尊著『チーム・バチスタの栄光』

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 患者に対してやってあげられることは、話を聞くだけ。うなずき返すだけという東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来、通称愚痴外来の責任者田口公平が病院長から桐生恭一率いるチーム・バチスタ調査を依頼される。バチスタチームが引き続いて3件の術中死亡事故を起こしたのだ。この事故が医療事故なのか、又は手術に伴うリスクなのか、あるいは・・・。とにかく病院にあるリスクマネジメント委員会にかける事故なのか予備調査を依頼されたわけである。
 チーム・バチスタはバチスタ手術を行うスタッフの名称である。そしてバチスタ手術とは拡張型心筋症の手術であって、その方法は「肥大した心臓を切り取り、小さく作り直すという、単純な発想による大胆な手術。余分なものなら取っちまえというラテンのノリ」的手術らしい。手術のリスクは高く成功率は平均6割だという。そんな中でもチーム・バチスタは好成績を残していたのだが・・・。
 田口はチーム・バチスタの調査を受けざるを得なくなり、スタッフ全員から聞き取り調査を始め、手術にも立ち会う。田口が2回目の手術に立ち会ったとき、又術中死亡事故が起こる。
 田口にはそれがどうして起こったのか、その原因すら分からなかった。ただこれはただならぬ事態であることは予感し、直ちにリスクマネジメント委員会にこの事故を上げるべきだと院長に提案する。
 そんな中、厚労省大臣官房秘書課付技官白鳥圭輔が院長の依頼でこの事故の調査に乗り出してきた。白鳥は田口が答えを見いだせない部分を引き継いでいく。調査は白鳥、田口の二人で続けられた。

 白鳥圭輔のキャラは面白いが、私にはこの本(宝島社刊)の主人公の田口公平の内面を描く著者の手法の延長上にあるだけのことだろうと思った。もともと文章は荒削りだ。
 また大学病院の手術室という極めて閉鎖的空間で起こった事故なので、一般的じゃない。トリックの解明も(もうこれで事故が殺人事件だと分かっちゃうけど、ネタバレじゃないよね)非日常的で、専門的にならざるを得ないところが、ある意味推理小説としてはフェアーじゃない。多分こいつだろなぁと予想はつくが、具体的に推理しづらい。
 この本は第四回(つまり昨年の作品)「このミステリーがすごい!」大賞作品である。


評価
★★

2006年11月08日

NHK「東海村臨界事故」取材班著『朽ちていった命』

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 1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工施設でウラン溶液を沈殿槽にバケツで流し込む作業(違法な作業なのだが)をしていた大内久さんは、7杯目にバシッという音ともに「チェレンコフの光」といわれる青い光を見た。その瞬間、放射線の中でももっとも大きい中性子線が大内さんたちの体を突き抜けた。被爆したのである。
 この本(新潮文庫)はこの瞬間から、83日間にわたる大内さんの治療の記録である。
 私は放射能が人体にどのような悪影響を与えるのか詳しいことは分からないが、大内さんの体を突き抜けた中性子線が、細胞を再生するための設計図である染色体を完全に破壊し、新しい細胞が作られなくなってしまった。このことは、どんな状況を生みだすのかというと、血液、体を包む皮膚、内臓の細胞が再生されず、体の内部から体を徐々に溶かしていくことになる。だから被爆直後は大内さんは看護師さんと会話ができるほど元気なのだが、次第に体に異変が起こり、皮膚ははがれ落ち、体液は最後には2リットル近く流れ出てしまう。もちろん臓器も機能しなくなる。無菌室に入れられ、強心剤や痛み止めをばんばん打たれ、様々なチューブにつながれた状態なのだろう。
 私はこれは治療なのだろうかと読んでいて思った。もちろんそのまま放っておくことなど出来ないことは分かっているし、医療スタッフもなんとかしたいと努力していることも伝わるが、もともとこの被爆治療は「海図のない航海」と同じで、確固たる治療方法がある訳じゃない。もう試行錯誤で治療をやるしかないし、起こった症状に対応するしかないのである。
 そもそも大内さんの治療の責任者であった東京大学医学部の前川和彦教授が大内さんを診ると言ったとき、まわりからは「負け戦ですよ」と言われていたのである。それほど大内さんが浴びた放射線の量は多く、専門家であれば現在の医学では救うことは出来ないと分かっていたのである。
 実際大内さんが悪化していくにあたり、私はこれはもう治療なんかじゃないと個人的に思い始めた。ただ心臓を動かし続けているだけでじゃないかと思ったのである。それでもそれをし続けなければならないのは何故なんだろう?現代医療で治せない以上、どこかで手を打たなければ本当はいけなかったのではないか?現場で働く看護師さんたちも今やっていることが大内さんのためになるのだろうかという疑問が頭の中で持ち上がってくる。
 やるせなかったのは、ほとんど意識がなくなった大内さんをスタッフが、ただ心臓が動いているというだけで、大内さんが「生きたい」といっていると、先の見えない治療や看護に自分たちのやる気を起こすように勝手に思いこんでいるところであった。そう思わなければやってられないのはよく分かるが、どこか違っているような気がする。現代医療が万能じゃないし、限界があることを、もっと早く家族や大内さんに分からせるべきじゃなかったのかと思ったのである。最善を尽くすというのはこの場合偽善じゃないのかと、不謹慎かもしれないが思った次第だ。
 意識のある大内さんが「おれはモルモットじゃない」と言った言葉が妙に引っかかった。瀕死の状態の患者が自分の人生を自分の意志で終わらせることが出来ないのは当然なのだが、だったら生きている間にそうなったとき、自分はどうしてもらいたいか家族にでも言っておくべきなのかもしれない。
 多分この本の正しい読み方は、放射能汚染や被爆が人体にどれほど悪影響与え、死に至らしめるか知ること、そして治療に当たったスタッフの努力に敬意を払いながら読むべきなのかもしれない。その中で人間の尊厳を感じるべきなのだろうと思う。
 しかし私は人間の尊厳を感じるからこそ、死に方にもそうあるべきだ、と変な読み方をする読者なのかもしれない。


評価
★★★

2006年11月07日

朽木ゆり子著『フェルメール全点踏破の旅』

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 フェルメールの絵には興味があった。その徹底した写実的な手法や、全体のイメージはそれほど明るいものではないのだが、光が左上から光が注いでいるいる関係で、その光が絵の人物にさりげなくあたり、何となく絵の中の人物たちが神秘的、あるいは崇高に見えるのが気に入っている。光はレンブラントが描く直線的な光はなく、光に柔らかさがあっていい。それはカメラ オブスクーラを使って描かれたからこのような感じが生まれたという。

注)カメラ オブスクーラ(ラテン語で「暗箱の意」)とはドイツの僧侶ヨハン・ツアーンの設計によって木製で携帯型のカメラのことで、これは暗箱の前後の壁に小さな穴を開けることによって景色がその暗箱を通して上下逆に映し出されるという、光学原理を利用したものである。スリガラスのピント面に写った画像の上にトレシングペーパーのような半透明な紙を重ねて、鉛筆で精密にトレスすることによって、像の輪郭をぼかすソフトフォーカスという技法が可能になった。

 フェルメールの作品が少ない。この本(集英社新書)によると、フェルメールの作品は全世界で37枚しかない。フェルメールは寡作な画家であった。この37枚のうち34枚は大筋で本人の作とされているが、「フルートを持つ女」と「聖女プラクセデス」に関してはフェルメールの作品には無理があるといわれているらしい。また「赤い帽子の女」についてもその真作性に疑問を持つ学者が多いという。
 著者によると日本人はフェルメールが大好きらしく、その理由がなるほど思える部分がある。
 つまり西欧の美術にはどうしても日本人にはキリスト教に対する理解力不足という高いハードルがつきまとう。そこに描かれている絵画の中には様々な比喩や逸話がちりばめられているので、絵画に登場する人物を理解するにあたり、神々や聖人、あるいは聖書の物語を理解していないとその絵画自体いったい何をいいたいのか分からない。
 ところがフェルメールの作品にはそうしたややこしさがない。何故ならフェルメールの作品のほとんどが宗教画ではなく、風俗画だから、日本人には受け入れやすいという。そうかもしれないと思う。日常の一風景を描かれていれば、われわれ日本人でも理解しやすい。
 では何故フェルメールはほとんど宗教画を描かず、風俗画を描いたのか。それは彼がオランダで生まれ、そこで一生活動したことによる。当時オランダはスペインのハプスブルグ家から独立し、貴族がほとんどおらず、市民による国家であった。しかもオランダはプロテスタントの国でもあった。プロテスタントはそれまでのカトリック教会の批判から生まれたものであったから、教会内部を聖像や宗教画で飾ることを原則として禁止していた。(だからといってオランダはカトリックを禁止していたわけではなく、認めてはいた)それまでの画家のパトロンはほとんどが教会もしくは貴族であったが、貴族もいないし、教会も画家に宗教画の注文をしない状況であった。そのためフェルメールはいやがうえでも画家として生活する上で宗教画ではなく風俗画を描かざるを得なかったのである。これが彼の作品のほとんどが風俗画である理由であった。
 しかしだからといってフェルメールが完全にキリスト教的要素から解放されていたのだろうかという疑問は残る。ヨーロッパでキリスト教の影響を完全に排除出来るわけがないと思う。私はいくらフェルメールがそうした環境にいても、キリスト教から自由な絵を描いていたとは思えなかった。だから著者の論理にはどこか無理があるのではないかと思っていたが、著者もこの点に関しては、フェルメールの全作品を鑑賞してから、これは違うのではないかと思い始める。著者は最後に次のように言う。
「そんな絵がなぜ心を癒す力を持っているのだろうか。というよりも、なぜフェルメールの描く単身女性の立ち姿が崇高さと力強さに満ちている、と感じるのだろうか。もしかしたらそれは、フェルメールの持っていた美しさへの希求心が、宗教的なものを基盤としていたからかもしれない。(略)
 この旅を終えて、三十三枚のフェルメールとその他多くの絵を見終わった結論としていえるのは、信仰の種類が何であろうと、何が自分よりずっとレベルの高い存在を認め、それに対して技術を尽くして捧げるように作った芸術品には存在としての強さがあるということだ。そしてその強さと深さは、時代を超え、宗教を超えて、見る人の心を揺さぶる」と。
 多分これが正しい答えのように私にも思える。

 さて、著者はフェルメールの絵を全点見るために、ベルリン、ドレスデン、ブラウンシュバイク、ウィーン、デルフト、アムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ロンドン、パリ、エジンバラ、ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨークの美術館を訪ねる。もうそれだけでもうらやましいと思ってしまうが、ちょっとした美術館ガイドにもなりそうだ。
 個人的には「窓辺で手紙を読む女」と、「真珠の首飾り」、「青衣の女」が好きだ。


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      「窓辺で手紙を読む女」

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          「真珠の首飾り」

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           「青衣の女」

 これら三作はすべて女性がすくっと立って光が左側から当たって人物を照らしている。特に「窓辺で手紙を読む女」の絵の説明は興味深かった。X線でこの絵を調べてみると、画面中央にキューピッドが描かれていたらしい。多分キューピッドを描くことで、この手紙がラブレターだと分からせようとしたのだろうが、フェルメールはそれを消してしまった。そんな余計なことをしないでも、彼女が読む手紙がラブレターであると、見る側に訴えてくる。
 それは素人が見ても、キューピッドを消すことで奥行きがでて、絵がシンプルになり、かえって手紙を読む女性を際立たせることになる。絵を見るものは彼女の表情、仕草から、この手紙がどんな種類の手紙なのか必然的探ってしまう。その結果、手紙は恋人から手紙だろうと想像するのである。
 「真珠の首飾り」にしても「青衣の女」にしても、本当にシンプルだ。余計な飾りを捨て去ることで、かえって絵から様々な表情を読み取り、登場人物の内面を探ろうとしてしまう。フェルメールは引き算をすることで、絵をシンプルにし、見る側に内面を様々な形で訴えていくのだ。やっぱりごてごてした絵よりこうした絵を見る方が心が癒される。

 この新書はヴィジュアル版として全編カラーで、フェルメールの絵を紹介している。が、如何せん新書という制約があるため、いくら絵がカラーで収録されていても、やはり絵が小さすぎる。絵の説明を読んで、収録されている絵を眺めても、よく分からない部分が出てきてしまう。これではらちがあかないので、画集でも引っ張り出そうと思ってみてみたら、私はフェルメールの画集を持っていなかった。(てっきり持っていると思ったのだが・・・)
 で、仕方がないので2000年5月号の芸術新潮に「フェルメールあるオランダ画家の真実」という特集があったので、それを取りだしてこの新書のかたわらに置いて絵を見ていた。


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 確かこの特集号は読んだはずなのだが、ほとんど忘れちゃっていて、再度読むことにした。


評価
★★★

2006年11月04日

カルロス・ルイス・サフォン著『風の影』(下)

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 結局この本は、「ジャンルを超えた」といってもミステリーなんだろうと読み終えて思った。が、でもあまりにもいろいろなジャンルをスパイスとして使っているために、注意して読んでいないと話がわからなくなってしまう部分がある。こうした著者の野心が話をわざわざ複雑にしてしまっている。訳者のあとがきによれば、登場人物は100人を超えるというから、複雑さがわかるというものだ。
 10歳になったダニエル少年は父親に連れられて、「忘れられた本の墓場」でフリアン・カラックスの『風の影』という1冊の本を手にすることから物語は始まる。この本を読んでから、フリアン・カラックスという作家に興味を持ち、そこからカラックスのことに興味を持ったダニエルは、カラックスの本がこの世で自分が持っている1冊しかないことを知る。他のカラックスの本は誰かに燃やされていたのだ。
 ダニエルはカラックスのことを調べ始める。カラックスのことを知っている人達を訪ねるが、カラックスのことを調べれば調べるほど、カラックスとの関係者がカラックスの本同様に不可解な死を迎えていることを知る。それはカラックスが学生時代あまりにも濃い友人関係と恋愛関係がそうさせたことが読んでいるうちに分かってくる。
 一方ダニエルも友人であるトマスの妹ベアトリアスと恋に落ちるが、それがあってはならない関係であったことに、家族は、あるいは友人は、彼らを引き離してしまう。まるでカラックスとペレロペと関係のように、二人の人生がオーバーラップし、時には平行して物語が進んでいく。
 上巻はだらだら続いた感じがしたのだが、下巻にクライマックスを持ってくるのに登場人物たちのディテールを詳しく書いためそうなったなのだろう。確かにクライマックスは意外な展開をし、真相が明らかになっていくうちに、「ああ、そうなのか」と事実が一つひとつつながっていく快感は味わえたが、最後のつめが甘かったような気がする。ハッピーエンドで終わらなかった方がいいのではないかと思った。

評価
★★

2006年11月01日

カルロス・ルイス・サフォン著『風の影』(上)

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 偶然なのだが、ここのところスペインに関係ある本を続けて読んでいる。司馬さんの『街道をゆく』もスペイン紀行だったし、ピレンヌの著作もスペインに多少関係がある。そしてこの本(集英社文庫)もスペインのバルセロナを舞台にした小説である。
 この本を手にしたのは新聞の広告で「忘れられた本の墓場」という文句があったからだ。いったいどんな本なのだろうと思いつつ、購入した。
 またこの文庫の帯には、「歴史、恋愛、冒険、ミステリー、ジャンルを超えた興奮!!」ともある。確かにいろいろなジャンルを含んではいるが、少なくともこの上巻は非常に退屈な展開で、お陰で何度も眠くなってしまった。それでもやっと上巻の終わりになって、思わぬ展開になってきたので、きっとこれから面白くなっていくのだろう。
 この後物語はどのように展開していくのか、正直先が予測できないのだが、期待したい。詳しくは下巻を読んだら書くことにする。