2006年11月23日

光原百合著『十八の夏』

2006_11_23_01.jpg


「ああ、明日香ちゃんち?便所みたいなにおいがしとったな」
 父親である水島高志は再婚したいと思っていたさくら書店の佐倉明日香のうちはどうだったかとたずねたとき、一人息子の太郎はそう答えた。
 自分が明日香と再婚したくとも、息子の太郎が嫌がればどうしようもないと思っていた。高志はこの太郎の言葉を汚い言葉、悪意を感じさせる言葉と受け取り、明日香にまつわるすべてへの反感だと受け取った。
 しかしある日、大家さんが金木犀を持ってきたときに言った言葉で、自分が愚かな思い違いをしていたことを知る。大家さんは最近の子供はこの金木犀の香りをトイレのにおいと感じるらしいと言うのであった。トイレの芳香剤はどこでもあるものだから、そのにおいが本物の花の香りより、より多くトイレで嗅ぐことが多いからである。
 太郎は明日香の家の庭にある金木犀の香りをトイレの芳香剤と同じだと感じたため、「便所みたいなにおいがしとったな」と言っただけことであった。決して悪意から発した言葉ではなかった。大家さんがそう言ってくれなければ、高志は太郎の言葉を誤解したままであった。まさしく「ささやかな奇跡」であった。

 この「ささやかな奇跡」が読みたくてこの文庫本(双葉文庫)を買った。水島高志は全国にチェーン展開する書店の主任で、亡くした妻の大阪の実家の近所にあるアパートに引っ越してきた。高志が買い物帰りに町を歩いていたときにさくら書店を見つけ、そこに佐倉明日香がいた。
 高志は妻を亡くしたし、明日香は結婚式の日取りまで決まった相手がいたが、交通事故で亡くし、その後夫となるはずであった男の子供がお腹の中いることに気がついたが、死産であった。この短編はそうした訳ありの男女の、しかも大人の書店員の恋愛小説である。こんな小説を読むのは初めてであったが、でも、ちょっとよかったかもしれない。

 この文庫には他に、「十八の夏」、「兄貴の純情」、「イノセント・デイズ」が収録されている。「十八の夏」は第55回日本推理作家協会賞(短編部門)の受賞作であったが、私はいまひとつといった感じであった。この作品より「イノセント・デイズ」のほうが推理小説としては面白いと思う。「兄貴の純情」も悪くない。
 著者の「あとがきに替えて、感謝の言葉」が収録されているが、そこの最後に、「できればほんの少しでも”人生も満更悪くない”と思っていただけたとしたら、これ以上の幸せはありません」と書かれていたが、確かに最後に”満更悪くない”と思えた短編集であった。


評価
★★★

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(どんなことがあっても、本が好き にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form