2007年02月03日
北尾トロ著『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』
これでトロさんの最後の本。しかしこれは最高に面白かった。回を重ねるたびに面白くなってきて、今回は本当にのびのびと書いているから、大笑いできた。この本のコンセプトは次の通り。
日常生活のなかに「やってみたいけど、ちょっと勇気がいる」、「ついためらってしまう」些細で微妙な、ほとんどどうでもいいことで、やってやれないことはないが、少々度胸がいり、恥ずかしさに打ち勝たなければならないことを、今回やってみようということなのである。だから普通やらない。けれどどこかでやってみたいという願望がある。そういったことを今回トロさん自身がやってみようというわけである。
具体的には、知らないオヤジに話しかけ飲みに誘う。ゴールデンウィークのお台場で孤独な男たちと人生を語り合いたい。公園で子供たちと遊びたい。電車でマナーの悪い乗客をしかりとばす。激マズそば屋でまずいと言う。馬券売り場のベンチを陣取るオヤジに着席権を主張する。ちょい知り他人に「鼻毛が出てますよ」と言う。皐月賞に30万円1点買いをして、JRAの封印付きの札束を手にする。人前で自作の詩を朗読する。就職活動をする。高校時代好きだった女の子に今になって好きだという。母親の恋愛時代の話を聞く。高校時代イジメた担任教師に謝るなどである。
最初の2つは、確かに急に見も知らぬヤツが近寄って話しかけたら、そりゃあ警戒するわなと思うから、トロさんに話しかけられた側の態度は、怪訝な顔をして当然無視する。これは私もそうだろう。腹の中では「なんだこのオヤジ?」と思うはずだ。まず知らない人間が話しかけてくるなんてシチュエーションは想定していないからだ。
大人が子供と遊びたいというのも難しい。確かに子供と遊ぶのって楽しい。昔息子が小学校の頃、一緒にバトミントンをやっていて、そこに息子の友達が来て、一緒に遊んだときことを思い出すと結構楽しかった。トロさんの気持ちはよく分かるが、今の時代変なヤツが多いから、子供の方も親や学校で嫌というほど注意されているはずだ。そんなオヤジが来たら充分警戒するだろう。そうそうつきあってくれるわけがない。まずは自分が変なおじさんでないことを相手に分かってもらう努力をしないといけない。それがなかなか難しい。何度か失敗し、やっとの思いで三角ベースの野球に参加させてもらっている。
電車の中でのマナーの悪さは深刻だ。トロさんが遭遇したのはロン毛のあんちゃんたちで、携帯電話で大声で話すは、足を組んでそのかかとが当たるは、最悪である。トロさんもそうだし、その他の乗客も苦々しく感じている。注意したいけどつるんでいる奴らから逆ギレされるんじゃないかとか、いろいろ考えてしまう。怒りたい。怒らねばならぬとものすごい葛藤である。そして我慢ができなくなって「いいかげんにしろ!」と怒る。怒られた側は最初きょとんし、文句を言いつつ、静かになり、携帯をやめる。
嫌だったのはこの後である。トロさんが電車を降りようとしたとき、このロン毛たちがトロさんを腹いせに押したのである。当然トロさんは前に手をついて倒れる。電車はそのまま駅を出る。そのとき電車の中の乗客たちがトロさんを見て、笑っているのである。さも余計なことをしたからそうなったんだといった感じで。マナーの悪い乗客より、こちらの方がたちが悪い。たぶんこれが現実なんだろう。
近所のそば屋は夜遅くまでやっていて便利なのだけど、激マズの店である。そこでここは一発言ってやらねばと思い、悩むのだが、なかなか言えない。そりゃぁそうだ。まずいと思ったら、次から行かなければいいのだ。で、やっとの思いでトロさんが言った言葉は「味が濃すぎませんか」、「もう少しなんというか、食べやすい味にしてもらえば、ありがたいというか」である。まぁそんなもんだろう。お金を払っているのは客であるトロさんなんだからもっと言えるはずだけど、やっぱりここまでだろう。むしろよく言った方である。
相手のことを考えたりすると言っていいはずのことが、言えないのである。電車の中で「ブラのひもが見えていますよ」も言えない。言えばトロさんが言うように「このエロオヤジ」とあらぬ誤解をされかねないからである。笑ったのは次である。
「でも、まだブラはいい。夏になると、もっと絶望的な状況にブチあたるのだ。
腋毛の剃り残しである。何日か手入れを怠っているうちにプチプチ伸びてきた腋毛。ノースリーブを着た相手はまったく気づかずに髪をかきあげたりしている。その一瞬を見逃さず、剃り残しを発見してしまったオレの目のバカバカ。
言えん。絶対、無理だ。そして、その結果、彼女はヘタすりゃオフィスや通勤電車内で、男どもの好色な視線を浴び続けることになるのである」
同姓の友達同士なら、それは指摘しあうのだろう。友達なら言える範囲がぐ~んと広くなってくるからだ。でも男同士でも、前にいる男の鼻毛が出ていること気になっても、やっぱり「鼻毛が出てますよ」なんて言えない。それを指摘された人はものすごいショックだろうと思うからだ。まぁ気になってもやり過ごすのが無難と言うことになっちゃうわけだ。
とにかくどうしてこんなことを思うのかあきれちゃうのだけど、それが面白い。人前で自作の詩を読むというもの。
「これはたまりませんよ。自分がそれをやると考えただけで赤面っス。
だってさあ、詩だよ。詩人の方々には申し訳ない、悪意などないんだけど、個人的には、これほど人に言いづらい職業は珍しいと思う。たとえば女のコに尋ねられたらどうするんだ。
『何をやっている人ですか?』
『詩人です』
『は?』
『詩人なんです』
『は、はぁ・・・・詩人さんですか』
変わり者だと思われても女のコを責めるのは酷な気がする。だいたい職業を聞かれてためらいもなく『詩人』と答えるだけで、いまの日本では相当の開き直り、ガッツというものを要するのではないか」
これは言えてる。もし私が相手の職業を何らかの理由で尋ねることがあって、尋ねたら「詩人」ですと答えられたら、次の言葉が出てこないと思う。
でトロさんは自作の詩を披露するのである。これがまたよくわからない詩なのだが、それでも、詩を作り、披露することに一時はやみつきになってしまうあたりが面白い。
長くなっちゃったけど、最後にもう一つ。トロさんが高校時代好きだった女の子(もう主婦で子供もいる)を何とか探し当て、高校時代好きだったことを告白するというもの。 再会して話しているうちに、もうかなり昔のことだから、割とさらりと言える。ところがその人からも「私も好きだった」と言われてしまう。そこから様々な妄想が始まる。もしあの夏好きだと言っていたら、自分の人生はどうなっただろうかといった感じで。問題は次の文章である。
「ぼくたちは、それからも精力的に話をした。外はとっぷり暮れてきて、あとわずかで夜に突入する。食事に誘うのが礼儀だろうか。いやいや。やめておこう。いまのテンションで食事なんかしたら、頭の中が17歳になったぼくは何をしでかすかわかりゃしない。クラス会などで再会した分別ある男女が、盛り上がって思わず不倫してしまうのは、きっとこんな状態のときだと思う。夢を見ている感覚なのだ。
ぼくは吉野さんと不倫したいのか自問してみたけど、答えはノーだった。きれい事を言うわけじゃないけど、ぼくは彼女が幸せそうで満足なのだ」
クラス会の後の不倫の過程は笑っちゃうが、後半は文章的にトロさんらしくない。でもこれはきっと本音なんだろうと思う。常識人なのだきっと。トロさんは・・・。
評価
★★★★
書誌
書名:キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか
著者:北尾 トロ
ISBN:9784344407992 (4344407997)
出版社:幻冬舎 (2006-06-10出版) 幻冬舎文庫
版型:307p 15cm(A6)
販売価:630円(税込) (本体価:600円)
- by kmoto
- at 08:58