2007年03月16日
J.M.シング著『アラン島』
司馬さんの本を読んで、この本のことを知り、読んでみたいと思った。
ヨーロッパ大陸の西の果てである3つの島からなるアラン諸島、その過酷な自然、荒海に浮かぶ諸島のこの小島は、ほとんど耕地がない、剥き出しの岩盤であり、海岸線の多くの部分が 垂直の断崖となっている。主産業は農業と漁業である。
そんな島をシングが訪ね、島の人々の生活ぶりや老人たちからいたずらな妖精たちの話を書きつづる紀行文である。ここでは学術的考察や歴史的背景など詳しくは書かれない。それ以上に自然の荒々しさ、そこで暮らす人間の尊厳が上回るのである。ここの人々は岩にしがみついて暮らしている。岩だらけの土地になんとか土を作り、農作物を育てる。司馬さんの本にも書かれていたことが、ここにも記述される。
「つい先日、この家の男たちが新しい畑をこしらえた。裏庭の石垣の下にわずかに盛り土があって、キャベツを植えている畑の隅にもうひとつの盛り土があった。おやじさんと長男が金鉱を掘るひとのような細心の注意をはらってこれらの盛り土を掘り返し、マイケルがその土を背負いかごに集めて、家の地所のなかでも風当たりの少なそうな岩畳のところまで運んだ。この島には車輪のついた運搬道具はないので、背負って運んだ土に砂と海藻を混ぜて合わせ、平たい岩畳の上に一様な厚さ敷き詰めて、畑としたのである」
漁業にしたって、まわりは荒海である。いつも死と隣り合わせである。島の人々は「あたりまえさ。この島の人間はみんないつなんどき、とんでもなく危ない目にあって悲しいことになっちまうかわからないのさ」と言う。シングも「僕は、死の裁きが確定している男たちと語り合っているのだという思いがこみあげてきてしかたがなかった。この男たちはみな、何年かしたら、海で溺れて真っ裸の死体となって岩場に打ち上げられるか、さもなくば、ちっぽけな家で息をひきとった後、いま見たばかりのものすごい光景と同じ場面を墓地でくりかえしつつ、埋葬される運命を背負っている。そのことを僕は知っているのだ」と言わざるを得ない。それが現実なのである。
そんな現実を半ば諦観しながら生きてはいるものの、それでもシングは「この叫びには、風や海を武器にして人間に戦いを挑んでくる宇宙と向かい合って孤独感を感じている人間存在のすがたも、あらわにされているようだ。島人たちはふだん物静かだが、死に直面すると、うわべによそおっている無関心や辛抱強さをすっかり忘れ、誰ひとりとして免れぬことのない運命の恐ろしさに向かって、あわれな絶望の叫びをあげるのである」と、人間として、声を上げて嘆く悲しみを書きつづる。思わず涙が出てきそうである。それでも生きていかなければならない。
そんな自然の中で自分を見つめると、神経が針のように研ぎ澄まされるのかもしれない。シングが自分自身の存在感を次のように言う。
「孤独感ははかりしれないくらい大きかった。僕は自分の肉体を見ることもはっきり意識することもできなかった。僕というものは、波を、鳥たちの鳴き声を、そして、海藻の匂いを知覚することにおいてのみ、存在しているように思われた」と。
ここでは歴史的背景はほとんど書かれていないと書いたが、よく読んでみるとイギリスに搾取される姿も描かれている。ここでは自然だけでなく人間社会がもたらす過酷さも同時に存在する。
州徴税官が警官を連れて列をなして島を訪れる。税を徴収する。取れなければ家財道具を引っぺがしていく。この寒冷の地で最も必要な暖炉でさえも。そんな人間の残酷さをシングは淡々と書くけれど、それがいかに残酷なことなのかもきちんと書き加える。
「暖炉が蹂躙されることはこの世の破滅に等しい意味をもつ。年間を通して激しい雨と霧の降らない週が一週間もない、灰色のこの世界では、子どもたちや若い娘たちが寄りつどう炉端は、各家庭のひとびとの意識に深く根を下ろしている。炉端がもつ意味は、より文明化された場所に住む人間には想像すら及ばないかもしれない」と。
人が生きていく悲しみ、苦しみが凝縮されているこの島で、それでもしたたかに生きようとする島の人々。そんな島の人々は客人には優しい。「陸へ上がるやいなや、男たちが歓迎の意を表するために僕のまわりに集まってきた。そして、かわるがわる握手をもとめながら、冬には遠くまで旅をなさいましたかな、とか、たくさんの不思議をご覧なりましたかな、とか尋ねた後で、いつものように、いま世界では戦争はおこっておりますか、と尋ねたのだった」。
評価
★★★
書誌
書名:アラン島
著者:シング,J.M.栩木 伸明【訳】
ISBN:9784622080633 (462208063X)
出版社:みすず書房 (2005-11-10出版) 大人の本棚
版型:275p 19cm(B6)
販売価:2,625円(税込) (本体価:2,500円)
- by kmoto
- at 04:53
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