2007年03月13日
司馬遼太郎著『街道をゆく』32巻
今回は、「阿波紀行」と「紀ノ川流域」である。
まずはこの紀行で不満なところを書きたい。地図が不親切なのである。特に今回は地図そのものが細かく非常に見づらい。だいたい今までも司馬さん一行が今どこのあたり通っているのか、ページを戻りつつ、見てみるのだが、よく分からないことが多かった。特に今回は余計に分からない。で、仕方がないので週刊「街道をゆく」を広げて、絶えず記述と場所を照らし合わせている次第だ。この『街道をゆく』は新装版も出ているのだが、新装版はどうなっているのだろうか?
もともとどちらかといえば、失われた日本を訪ね、人里離れた地域を歩いているので、地図がしっかりしていないと分からない。しかも私の場合、日本地図に詳しくないので、余計である。
さて、まずは「阿波紀行」である。司馬さんたちは徳島へ行くのに、大阪府の南端深日港から、フェリーで淡路島の洲本に渡り、淡路島からは大鳴門橋を渡って徳島に入っている。
阿波徳島が日本で名をとどろかせるのは、阿波踊りと藍の栽培だ。ジャパンブルーといわれる藍染めの紺は、ここ徳島に豊臣時代に入ってきた蜂須賀氏は奨励し栽培と製造したらしい。もちろん現在は化学染料が入ってきて、藍染めは廃れる一方で、ここでもかつて盛時の頃の藍染め屋を訪ねている。その後高校野球で有名な池田高校がある四国奥地まで足を向けている。
「紀ノ川流域」では、そのほとんどが根来寺の記述である。根来寺は盛時の室町時代に、院98、僧坊2700、寺領70万石、僧兵数万となり、紀伊・和泉・河内に一大勢力を誇ったのだが、秀吉の根来寺焼き討ち以後、廃れる。司馬さんが訪れたときも、経済的に厳しかったらしく、「官長さんの関尚道師も懸命の護持者のひとりで、自坊葉東京都江戸川の平井聖天ながら、はるかにこの総本山に来ておられる」と書かれていた。ん、平井聖天?どこかで聞いたことがあるぞと思い、自分の記憶をたどっていくと、分かった。私の子供たちが通っていた幼稚園が確か、平井聖天が経営していた?幼稚園だった。思わず、へぇ~、そうだったのか!そういえば園長先生の名前が関なんとかといっていたはずだ。妙なところで関係を見出した。
しかし紀州の根来寺と関係あるのだろうか。真言宗には宗祖の空海の教えをそのまま引き継ぐ、高野山などの正統派として、「古義真言宗」と根来寺の開祖覚鑁がとなえる「新義真言宗」があるらしい。
覚鑁は空海のはるか後の僧で、空海の『菩提心論』の中で「菩提心とはとりもなおさず密教浄土のことだ」と説いた。覚鑁はそれを発展させ「密厳浄土」ということを盛んにとなえた。この本によると、真言密教の本尊は宇宙そのもので、その宇宙の名を真言密教では大日如来と呼ぶ。修行者はそれに合一すれば即身成仏を遂げることが出来るというのが宗義であった。ところがこうして即身成仏を遂げるには厳しい修行をしなければならないので、誰でも成仏出来るというものではない。ところが平安中期頃から西方浄土信仰(そこにいる阿弥陀如来が一切の人間を救ってくれるという教え)が盛んになった。司馬さんによれば、この他力救済思想は釈迦にとってみれば、「飛び上がるほど非釈迦的思想」(つまりとんでもないということで)なのだが、その思想がどんどん広まっていく。覚鑁はこうした思想的状況下で、真言密教の主尊である大日如来が、不動の光明ではなく、救済するときは阿弥陀如来にかわり、厳格な修行をしなくてもそのまま密教浄土に生まれるという考えをとった。その覚鑁の教えを引き継ぐのが「新義真言宗」であった。
しかし覚鑁は高野山の座主になっても、当然正統派から猛反発にあい、追われるように山を下り、根来に入り、教学復興の拠点として現在の位置に根来寺を開いた。
以後根来寺は、繁栄し、僧兵を持ち、寺自体も一大城郭となった。貿易も行い、種子島から鉄砲生産の技術を得て、新兵器鉄砲をいち早く取り入れた。
ここで徳川家康の存在がクローズアップされる。家康は秀吉との戦(小牧・長久手の戦い)で戦力的に非力な家康は、秀吉勢力圏を後方から脅かす反秀吉勢力と同盟を組む。その同盟者の一つが紀州雑賀党と呼ばれる紀ノ川下流の地侍連合と根来衆であった。ところが家康は秀吉と手打ちをしてしまい、秀吉傘下に入ってしまった。当然秀吉にとってみれば、根来はけしからんということになってしまい、秀吉に攻められ、多くのお堂や経文、宝物を焼かれてしまった。この時の火縄銃の弾痕が今でもはっきり残っているらしい。
家康にとってみれば、根来衆に負い目が残った。家康の時代になって、その負い目から大いに保護をする。江戸やその付近に「新義真言宗」の寺が多いのもこうした理由による。その寺が平井聖天、成田不動尊、川崎大師などである。
本を読んでいて、こうした身近なことが書かれていると、ついつい詳しく書きたくなるが、根来寺と平井聖天の関係はこうして生まれたわけだ。
『街道をゆく』32巻の「阿波紀行」は週刊「街道をゆく」の41巻、「紀ノ川流域」は4巻に収録されている。
書誌
書名:街道をゆく〈32〉/阿波紀行・紀ノ川流域
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784022555526 (4022555521)
出版社:朝日新聞社 (1989-06-20出版)
版型:305p 19cm(B6)
販売価:1,890円(税込) (本体価:1,800円)
- by kmoto
- at 20:15
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