2007年03月29日

司馬遼太郎著『街道をゆく』36巻

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 この巻は「本所深川散歩」と、「神田界隈」である。私はこの巻をこれで三度読んだことになる。考えてみると、今までこのシリーズを読むにあたり、本にある地図や週刊「街道をゆく」を見ながら、文章を追っていたが、この巻だけは、その必要がなく、すぐ情景が頭に浮かぶ。そういう意味で、この巻は身近なものであった。
 本所深川は高校がそこにあったので、ブイブイ言わせて歩いていたし(うそです)、半ば地元なので、ここに出てくる建物や神社、地名などは、あそこだ!とすぐ分かる。
 「神田界隈」は今の仕事場が秋葉原にあるし、また司馬さんがここで詳しく書く神保町界隈も昔の仕事場でもあった。
 昔本屋の店長を唯一やったことがある(以後、長がつく仕事がお断りしている)。大手町の第三合同庁舎、今の国税局が入っているビルの地下一階の10坪ほどの店であった。たかが10坪の店だけど、年度末など月商600万円ほど売上があったから、結構忙しかった。しかし日販は10坪の店などまともに面倒など見てくれないので、新刊、売れ行き良行書など配本してくれなかった。
 しかし客は横柄な公務員だから、自分が欲しい本がないと、何かと文句を言われる。また当時は私もまだ純粋だったから、任された店に新刊がないというのは本屋として恥ずかしいと思っていたので、仕方なしに自分で仕入をやった。朝から自転車に乗って、当時飯田橋にあった日販店売へ行って、その日発売の雑誌や新刊書、注文書を取ってきた。それを自転車の荷台に積んで、今度は神田村で仕入をして帰ってきた。それを春夏秋冬、晴れの日も、雨の日も、雪の日も毎日やった。雪が降った日に、仕入が多すぎて、スリップして神保町の交差点で転んだこともあった。
 また当時古本屋に興味を持ち始めた頃でもあったので、休日神保町にある古本屋を歩きまわった。
 そんな関係で、自転車で仕入をし、歩きまわったものだから、通りから一歩奥に入ったところまでよく知っている。だからこの界隈は私にとってもものすごく身近なところなのである。だから読んでいて楽しかった。とにかくこの巻に書かれていることを書くといくらでも書けそうだ。
 また昔ホームページを作っていた頃、「秋葉原の歴史」をおまけみたいなもので作った。その時もこの本を参考にして書いたので、今回はまったくこの本にこだわらず、書きたい。

閑話休題
 私は近頃本を読むとき、気になる文章があれば、付箋を貼る。以前は紙の付箋を貼っていたのだが、これ再利用出来ないので、いつも新しい付箋を持ち歩かなければならなかった。それで3Mから発売されているフィルム素材のPost-itを使うようになった。これは再利用でき、しかもブックカバーの裏にいくつも貼っておき、必要があればそこからはがして、貼ることが出来るので非常に便利なのだ。オススメです。で、今回もそうして読んでいたのだが、付箋だらけになっちゃって、まとめることが出来なくなっちゃったのだ。

 神田は学校(医学、法律)と本の町だ。本といえば、当然印刷業も栄える。司馬さんも老舗の精興社のことを書かれている。
 私は本のインクの匂いが好きだ。一昔前の本はページを指で触ってみると、文字のでっぱりが感じることができ、いかにも紙の上に文字が乗せられた雰囲気がある。今は多分コンピュータ化され、そんな雰囲気を感じられず、味気ない。
 本屋でアルバイトしていた頃、小さな左派の新聞社の印刷で働いているおじさんところへ本を配達していたことがある。確か岩波の「世界」とあとなんかの全集を配達していたと思う。
 おじさんはいつも原稿を見ながら、黒縁の眼鏡をずり下げて、金属活版の文字をひろっていた。手はいつも真っ黒であった。まわりは輪転機の大きな音が響き渡り、話をするにも大声じゃないと聞こえない。インクの匂いがフロアー中に漂っていた。私はここに配達に来るのが楽しみであった。
 大手町で店長をやっていたことは書いたが、この店は文房具も扱っていたし、名刺の印刷やはがきの印刷も請け負っていた。要は名刺やはがきの印刷注文を取り、それを印刷業者に依頼し、印刷してもらった後、お客に渡すということなのだが(その間の中間マージンはいただく)、店を引き継いだ時、取引していていた印刷業者はかなりいい加減なので、印刷業者を変えた。
 その業者はその人と奥さんの二人でやっておられたが、その人も金属活版の文字をひろって、印刷物の原本?を作って輪転機を回して印刷をしていた。できあがった印刷物を取りに行くと、いつも機械が回っており、傍らには金属活版で組んだ原本があった。ここでもインクの匂いが漂い、この人の手もインクで真っ黒であった。そしてこの人も本が好きみたいで、文庫本が山になって積み重なって隅に置いてあった。「機械が回っている間暇なんで、本を読むんだ。ここは本の問屋街(神田村のこと)なので、知り合いが本を安く売ってくれるからいい」と言っていたのを思い出す。
 あの新聞社のおじさんはまだ元気だろうか?本を受け取るとき、真っ黒な手をタオルで拭いて(といっても、そのタオルもすっかり汚れているので、手はきれいにならなかったけど)受け取ったのも思い出した。
 神田村界隈も再開発のため、あの小さな印刷屋さんは移転した。本の問屋さんもつぶれたり、移転してしまい、問屋の数が激減している。見上げると、オフィスビルだかマンションだか分からないが、高いビルが視界を遮るようになってしまっている。
 このあたりは都心の一等地なのだ。けど、江戸時代「護寺院ヶ原」と呼ばれた大きな野原で、追い剥ぎが頻繁に出る場所だったという。もちろん今はそんな面影はどこにもない。

『街道をゆく』34巻の「本所深川散歩」は週刊「街道をゆく」の29巻、「神田界隈」は7巻に収録されている。


書誌
書名:街道をゆく〈36〉/本所深川散歩;神田界隈
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784022564054 (4022564059)
出版社:朝日新聞社 (1992-04-01出版)
版型:486p 19cm(B6)
販売価:1,995円(税込) (本体価:1,900円)

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