2007年04月16日

北尾トロ著『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』

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 この本新聞広告で見て購入した。最初、ほほ~、トロさんの本が文藝春秋からでるのかぁとちょっと感心しちゃった。まぁ、この本の第一弾が文春文庫から出て、今でも売れているというし、しかも最近はトロさんの本に刺激されてか、こうした裁判ウオッチャーによる裁判傍聴録がいくつも本屋さんで並んでいるから、関心が高いのだろう。特に近々裁判員制度が施行されるから余計なのかもしれない。だから第二弾となれば文春から出ても不思議じゃないが・・・。

 それはそれでいいのだけれど、どうも今回は大笑いできなかった。第二弾ともなると、いささか食傷気味だ。むしろ国民の血税を使って、こんな奴たちの裁判を永遠とやっているのかと思うと、いくら人権擁護のためとはいえ、いい加減にしろと言いたくなっちゃう。
 確かにトロさんの傍聴記は笑えるのだけれど、どこか素直に笑えなくなってきて、引きつった感じが残ってしまった。とにかく呆れちゃうのだ。
 たとえばワイドショーでメジャーな事件もここでは傍聴されているが、いくつか書いてみたい。

 東京駅のコンビニ店長刺殺事件をご存じかと思う。この犯人の小松(仮名)が東京拘置所内で、「有名人の小松です」、「サインでもしましょうか」と自己紹介をしたという。そこで一緒になった奴が証人として出廷した。こいつ小松とも文通していたらしく、そこで小松が事件を反省していないから義憤にかられて、その手紙を「週刊現代」に公表したという。
 これに対して弁護側は「週刊現代」からいくら報酬をもらったのかと質問する。10万だと最初はいうのだが、それだけかと聞き返されると、もう10万もらったという。トロさんは「人間として許せないという義憤から告発したにしては、20万はもらいすぎかも」と思った瞬間、弁護側は手紙を公開した大きな理由は、お金が欲しかったからじゃないのと聞かれれば、この証人あっさりと認めてしまう。ここで弁護側に流れが傾き始めたのに、ミスを犯してしまう。それじゃどれほど無反省だったのか証人に聞いて、パチンコの海物語がやりたといっていたという証言を引き出してしまう。パチンコの具体的な機種を言わせちゃったから、犯人の小松がいかに無反省だったか、それを証明してしまった。つまり弁護にならなかった訳だ。

 またスーパーフリー事件というのもあった。その事件の被告が、検察にスーパーフリーから抜けて、再度大学受験をして、また戻ったことを聞かれると、答えた言葉が「また、いい思いをしたいなあと」思ったからと答える。(呆れる)そして「無理打ちとは泥酔状態女をマワすことで、和み打ちはまだ意識があって嫌がっていない状態でマワすことだ」と仲間内で使われる言葉の説明をいけしゃあしゃあと説明する。その上「意識がないと反応がなく、死体みたいで気持ち悪いのでヤリません」と馬鹿丸出しで言うのである。一流大学の学生がである。こんな奴一生刑務所から出しちゃあかん!しかもここには後日談が書かれていて、この被告の親は600万円の示談金を出したそうである。子も子なら、親も親である。

 もう一つ。法の華の福原法源のお言葉である。信者に自分の著作を最低3冊は読めと言ったそうなのだが、検察が自著が100冊近くあるけど、これ全部自分で書いたのかと聞かれれば、すべてゴーストライターが書いたと平気で言っちゃうし、それでもあなたの著作というのだからチェックぐらいするでしょうと質問されれば、1回も目を通したことがない。何故なら本を読むと眠くなるからと言うのだ。これを聞いた信者はどう思ったのだろうか?どちらかといえばそっちの方が気になる。

 ということで、ワイドショーで放送されない「その後」をこの本で知ることが出来るけれど、こんな被告を告発する検察も大変だ。
 また弁護人にしても、たとえば自転車籠に置き忘れられたバッグを盗むのを一部終始警官に見られているにもかかわらず、自分は交番に届けようとしていたのだから無実だと言い張る前科7犯の窃盗常習犯の裁判。犯人はどんどん交番から遠ざかっていたのに、平気で無実を主張する。これを弁護するのも大変だ。結局弁護人が言った言葉は「被告人の行為は怪しいかもしれませんが、大きく迂回しながら交番に向かおうとしていたにすぎず、無罪です」である。トロさんじゃないが「くはは。どんな回り道だよ。いくら代理人の立場でも、しゃべっていて恥ずかしくないのかね」と言いたくなる。
 裁判官も検察も、弁護士も、そして被告も被害者もみんな人間なのである。だから喜劇も悲劇も生まれるのだ。

 どこかのブログでトロさんの裁判傍聴記を不謹慎だと断罪し、かなりの不快感を示していたのがあったけれど、この人にとって裁判は神聖なものでなければならないのだろう。法というルールに沿って、きちんと判決が行われるものだという頭があるように思える。裁判官が判決を法に沿って下しているのだから、それは法治国家である以上絶対だという意識があるように思えてならない。
 でも、時に判決がおかしいんじゃないの?と思えることがある。世間の感情からかなりかけ離れた判決が下されるのは、法重視が生んだものだからである。
 もちろんきちんとした定規は必要である。だけどよく考えてみれば、法を作ったのも人間である。そして裁判官も人間、検察、弁護人も、そして被告、被害者傍聴者も人間なのである。そこには人間であるという幅というか、曖昧さ、言ってみれば感情がどうしても伴うはずである。だからそれに訴えてそれぞれの立場の人間が自己主張するのだ。その上で判断が下される。被告をどう思うかから始まって、それは法に照らし合わせれば、こうした判決になるというのが裁判の過程だろう。だったらトロさんが傍聴で感じたことが、不謹慎だと断罪できない。トロさんは裁判を傍聴して、感じたことを書いているだけのことだから、ある意味裁判に個人的ではあるけれど、参加していることになるのではないだろうか?私に言わせれば第三者が正義面している方が偽善者っぽい。

評価
★★★


書誌
書名:裁判長!これで執行猶予は甘くないすか
著者:北尾トロ
ISBN:9784163675602 (4163675604)
出版社:文藝春秋 2007/04出版
版型:19cm 236p
販売価:1,100円(税込) (本体価:1,048円)

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