2007年06月18日

長嶺超輝著『裁判官の爆笑お言葉集』

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 たとえば北尾トロさんの裁判傍聴記のおかしさはどこからくるかといえば、裁判官、検察、弁護人、そして被告の言動がいわゆる我々の常識からかけ離れているところからくる、ギャップからではなかろうかと思う。「どう考えてもおかしい」とか「そんなバカなことがあるか」と彼らの言動から感じるところから発生するものだと思うのだ。
 しかし彼らは大まじめなのだ。被告人は自分が犯した罪を少しでも軽くしたいだろうし、その弁護人はクライアントである被告人に少しでも有利になるように行動する。そして裁判官や検察は、今までの判例が彼らの判断の基準となるから、それから逸脱できない。
 あの福岡市の海の中道で起こった、飲酒運転による追突事故で、車が海に落ちて、幼い子供が3人亡くなった。検察は危険運転致死傷罪を求刑する。我々は当然だと思うし、もっといわせてもらえば、車の事故じゃなければこんなヤツ死刑だとさえ思っている。けれど弁護人は「アルコールの影響で正常な運転が困難な状態ではなかった」と真っ向から否認し、同罪よりも刑が軽い業務上過失致死傷罪(同5年)が相当との考えを主張した。
 この弁護人の主張を聞いていると、飲酒して車を運転しても、正常な運転が出来るなら、酒を飲んで車を運転してもいいことになる。しかしそもそも法律で酒を飲んだら車を運転してはいけないと決められている。弁護側の主張はそれを完全に無視した主張であることは明らかだ。いったいこの弁護士は何を考えているのだろうとさえ思った。
 ところが、このニュースをテレビで報道した番組が弁護士にアンケートを取ったところ、ほとんどの弁護士がこの場合、業務上過失致死を主張するというのだ。つまりそれが彼らの仕事なのだ。この被告人の弁護士は「あんたのおこした事故は検察のいう危険運転致死傷罪だ」とは絶対に言えないのだと知らされた。
 あるいは光市の母子殺人事件にしても、旦那さんである本村洋さんは少年に死刑を求刑し続けたが、裁判所は無期懲役までしか言い渡せなかった。やっと最高裁で「特に酌量すべき事情がない限り死刑の選択をするほかない」と差し戻された。高裁が無期懲役と判断したのはいわゆる「永山基準」からくるものといわれている。つまり過去の判例から判断して罪を言い渡すしかないのである。それが世間の常識からいくらかけ離れていようとも、そうするしかないのである。
 どうしてなのだろうか。この本で面白いことが書かれている。「日本全国の刑事裁判官が、お互いの空気を読み合いながら積み上げてきた暗黙の了解、それを『量刑相場』と呼びます。『この類の事件ではこういう事情があれば、どれくらいの刑罰が適当か、執行猶予は付けるべきか』といった判断の目安となる基準です」と。
 つまりそれは似たような事件を起こした被告人の間で比べたときに、あまりにも判決の内容に開きがあれば、「法の下の平等」に反することになるし、量刑の急激な変化は法的安定性を失わせ、特定の犯罪の厳罰化は刑罰体系のバランスを崩しかねないから、過去の判例を元に判断するというものなのだ。
 しかしよく考えてみると、「似たような事件」というが、たとえ形が似ていたとしても、個々の犯罪はそれぞれ独立しているはずだし、個々に事情が異なるはずで、絶対に同じということはあり得ない。そもそも「法の下の平等」って、どうして被告に適用できるのだろうか?人様の人権を傷つけ、あるいは損なった被告に自分の人権を主張できる権利がどこにあるのだろうか?自分の人権を主張するなら、相手の人権を尊重、あるいは認めた上での話だろう。

 話が横道にそれた。この本は『裁判官の爆笑お言葉集』となっているが、ちっとも爆笑ではない。正直な話、トロさんのような話を期待していたのだけれど、そうじゃない。
 たとえば、例の耐震強度偽装事件で逮捕された姉歯元一級建築士の裁判で、最初は借金返済のために偽装をしたが、借金返済後も偽装を続け、高級外車2台も購入していたことを裁判官に問われると、姉歯元一級建築士は「ローンで買いました、ローンで」と言い放つ。それに対して裁判官は「フタを開ければ、そんな贅沢をしている。やっていることはデタラメ。そんな発言では被害者も関係者もみな怒りますよ。あなたに深刻さがないと、怒りのもっていきようがないんですよ」と30分も怒りを爆発させたという。 また、飲酒運転による赤信号無視で起こった交通事故の裁判で「交通事故裁判での、被害者の命の重みは、駅前で配られるポケットティッシュのように軽い。遺族の悲嘆に比して、加害者はあまりにも過保護である。命の尊さに、法が無慈悲であってはならない」と言い放った裁判官。
 あるいは暴走族から抜けようと思った少年に暴行を加え死に至らしめた少年に「暴走族は、暴力団の少年部だ。犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか」と言う裁判官。著者は「こうやって、裁判官の言葉を集めていると感じるのですが、心情的には重い刑を言い渡したいのに、量刑相場がそれを許さないという『板ばさみ』に遭ったとき、担当裁判官は被告に向けて、一段と痛烈な非難メッセージを浴びさせるような印象を受けます。それによって量刑の軽さとのバランスを取ろうとしているのでしょうか」という。
 もしそうなら多少救われる部分はあるにしても、これらの発言は、結局裁判官が自分自身の中でのジレンマから発した言葉であって、それが被害者にとってどれだけ救いとなるかは疑問である。そんなことを考えさせられた。

評価
★★


書誌
書名:
著者:
ISBN:9784344980303 (4344980301)
出版社:幻冬舎 (2007-03-30出版) 幻冬舎新書
版型:219p 18cm
販売価:756円(税込) (本体価:720円)

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