2007年08月28日
大澤武男著『コンスタンティヌス』
この本を読んでいて、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をちょっと思い出し、なんか懐かしい気分になった。もちろんこの本はギボンの小難しい論理がない分、読みやすかった。コンスタンティヌスが生きた時代の歴史的背景や、作者によるコンスタンティヌスの心理的描写はわかりやすかった。
さて歴史はディオクレティアヌス帝が始めたテトラルキア(四分割統治)から始まる。西の副帝となったコンスタンティヌスの父コンスタンティウスはディオクレティアヌス帝に忠誠を誓うために自分の息子コンスタンティヌスを人質としてディオクレティアヌス帝の元に置かされる。
ディオクレティアヌス帝の元でコンスタンティヌスは学力、軍事力を身につけ、青年軍人として成長する。
ディオクレティアヌス帝は帝位二十年で退位を考えていた。確かギボンはディオクレティアヌス帝が退位して畑を耕したいという希望を持っていたと書いていたはずだ。
ディオクレティアヌス帝の退位に伴って、東の正帝マクシミアヌスも退位しなければならなくなったが、マクシミアヌスは自分の退位に納得していなかった。要するにディオクレティアヌス帝はさっさと皇帝を退位して自分の好きなように畑でも耕せばいいけれど、何で自分が一緒に西の皇帝を退位しなければならないのかと思っていた。
ディオクレティアヌス帝退位後、西の正帝はコンスタンティヌスの父コンスタンティウスが就き、副帝にセヴィルスが就いた。しかしマクシミアヌスの息子であるマクセンティウスはイタリアの全支配権を握り、セヴィルスを退位させてしまう。マクセンティウスは父マクシミアヌスと共同統治を考えていたが、帝位はマクセンティウスが握っていた。父マクシミアヌスはそれでは満足せず、今度は父から帝位を譲り受けたコンスタンティヌスの元へ自分の娘ファウスタを連れて近づく。そしてファウスタをコンスタンティヌスと結婚させるが、やがてマクシミアヌスの野望は消滅し、残るマクセンティウスはコンスタンティヌスと対決せざるを得なくなっていく。しかしマクセンティウス軍は強大で、コンスタンティヌスの側近たちもマクセンティウスとの戦いには勝ち目はないとふんでいた。
その上ローマでは古来軍事行動の前に占いをするのが慣例で、その占いも凶と出た。コンスタンティヌスのとっては自分の運命を切り開いてくれる神がいれば、何でもいい。そんな神が必要であった。そんな神がいれば彼にとって真の神となりえた。そんな中、秋空にくっきり輝く太陽の前方に、はっきりと十字の印、十字架を見つけた。その十字の印の上方には「汝、この印に勝て In hoc signo vince」という文字がくっきりと描かれたいた。それは彼にとって勝利の印であった。その夜、彼は夢に中でキリストから軍旗にギリシア文字でキリストを表示する最初の二文字「ク」(Ch=X)と「リ」(R=P)を組み合わせた印を掲げるように諭された。(ところでWindowsXPのXPとはこれと関係あるのだろうか?)
そして奇跡は起こり、コンスタンティヌスはマクセンティウス軍を破る。彼は西の正帝として、しばらくは東の正帝リキニウスと共同統治を行ったが、しかしコンスタンティヌスはこの混乱した世界をまとめるにはディオクレティアヌスが始めたテトラルキアではダメで、単独で神の加護を受けた絶対的な権力を持った者が統治しなければならないと思っていた。そこで今度はリキニウスとのと戦いかが始まり、リキニウスに勝ち、コンスタンティヌスはローマの単独統治者となる。
私がコンスタンティヌスに興味があるのは次の二点である。一つはなぜコンスタンティヌスはキリスト教を信じ、保護者(コンスタンティヌスは死ぬ直前に洗礼を受けたのでこの時点ではキリスト教徒ではない)となったのか。そしてコンスタンティヌスはなぜローマに都を構えずビザンティウムにしたのかである。
この本の作者はコンスタンティヌスがキリスト教を信じる背景をうまく説明してくれている。まずは先に書いたマクセンティウス軍との戦いで、キリスト教のみがコンスタンティヌスに神の加護を与えたと思わせたことによる。つまりすべての古代ローマの神々はコンスタンティヌスを見捨てたのに、キリストの神々がコンスタンティヌスに手をさしのべた。この時点でコンスタンティヌスにとってキリストの神々が彼の神となった。
もう一つは、幽閉時代にミネルヴィーナと間に生まれた息子クリスプスと自分の妻ファウスタ不倫に激怒し、自分に忠誠の限りを尽くしてくれた息子にあらぬ疑いをかけて毒殺し、自分を常に敬い、五人子供を送ってくれた妻を、いくらクリスプスと関係があったとはいえ、蒸風呂に閉じ込めて茹で殺してしまった。
こうした残酷なやり方は、許されることのない大罪で、古来どんな神々もそうした恐ろしい罪を許してくれるとはコンスタンティヌスには思えなかったのである。しかしキリストの神はどんなに恐ろしい罪でも、本当に心から悔い改めるなら赦してくれる。そのことが心の安らぎとなっていった。(なんという身勝手な考えだろう!)
まぁこうしたことがコンスタンティヌスの生涯にキリストの神の導きが不可欠となっていったことで、彼はキリストの神々を信じていった。そして「ミラノの勅令」でキリスト教を公認するようになっていく。
それまではご存じの通り、キリスト教徒は迫害されてきた。特にディオクレティアヌス帝は「内外からの危機に見舞われている帝国を統治、維持してゆくためには、単なる軍事力や権力では不十分であり、支配を支える統一的、カリスマ的、神的権威が必須である、との考えに起因していた。そのため帝国の共同祭儀である神々への犠牲と神の子とされる皇帝の礼拝は欠かせないものであるが、キリスト教徒はそれをかたくなに拒否し続け、帝国の統一、支配の上できわめて反体制的であり、非協力的であったのである。
丁度ユピテル神やヘラクレス神の息子であることを宣言していたディオクレティアヌスにとって、皇帝礼拝のあらゆる儀式を拒絶するキリスト教徒は、皇帝のカリスマ的、絶対権威を無視し、こけ下ろすけしからん輩であり、そうした信奉者団体は根こそぎにしないと、帝国の統制がとれなくなってしまうという考えであった」
ところがコンスタンティヌスは「帝国の単独支配、統治は、唯一至高の神(キリスト)に召された皇帝の責務であり、使命である。その神の特別な加護があるがゆえに、コンスタンティヌスは初代皇帝アウグストゥス以来、どの皇帝も達成できなかった長年にわたる治世を全うしたのである」
著者は言う。「はからずも摂理というか、アウグストゥス帝の時、この世に降誕したキリストは、その後三百年後にコンスタンティヌスという皇帝を召命することにより、初めてローマ帝国にキリスト教世界への道を開いたのである」と。
そして「コンスタンテイヌスが断行したキリスト教の公認と保護、奨励策は、信徒の急速な増大とともに、全帝国に及ぶ教会組織を発展させ、傾斜しつつある帝国は、その支配と統一を、教会の普遍的な組織と唯一の神の権威に依存するようになっていった。教会の力を必要とするようになったコンスタンテイヌスの後継者達は、統一された教会の結集力を得ようと、次第に教会の内部、教義論争に干渉するようになり、統一された教会勢力を帝国の統治下におこうとしたのであった。
古来の神々への祭儀では、もはや帝国の護持は達成できないことを誰でも知っていたのである。唯一絶対なる神の権威が必要とされたのである。
明らかに新しい精神世界、イデオロギーを基盤とする秩序が生まれつつあった」
もう一つの疑問である、コンスタンティヌスはなぜローマに都を構えずビザンティウムにしたのか。著者はコンスタンティヌスに次のように思わせる。
「あのアウレリアヌスの城壁がある限り、ローマは誰にも蹂躙されまい。そして帝国が存続する限り、都の不滅な地位と威厳は永遠に変わることはなかろう。ユピテル、ユノー、ミネルヴァをはじめとする神々の祭祀と伝統の中に生きる異教の地ローマは、果たしていつの日か、キリストの神がそれにとって代わることを許すのであろうか。帝国キリスト教会の首位に立ちつつあるローマ教会は、都の片隅で信徒を獲得しつつあるが、まだ新興宗教にすぎない。
神々に祝され、守られてきた永遠の都がそうたやすくキリストの神に身を委ねることはまずあるまい。キリストの名を奉ずる皇帝といえども、この真実は動かしがたいのだ」と。
だから「キリスト教信徒が多く、彼を快く受け入れ、歓迎していた帝国東方への関心を移していった。それは彼の政治的、政策的必要性にも合致していたのである」
「ギリシア世界の主神ゼウスの娘で、角のある女ケロエッサと海の神ポセイドンの息子、ビュザスが建てた町という伝承のあるビザンティオンは、紀元前七世紀半ばにギリシア人植民地として建設された町であった」。しかもビザンティウムほど交通、軍事的にこれ以上重要な都市はなかった。この時点で「首都ローマの威厳は永遠であり、不変であったが、それはすでにローマ人のノスタルジーとなっていたのである」。それに歴代皇帝も長いことローマを不在にしていた。ローマに残る必要性がなくなっていたのである。
これがローマからビザンティウムに都が移った理由であった。そしてローマは殉教した初代教会の二大人物、使徒ペテロとパウロの墓所がある土地として、世界帝国の首都とその文化の中心に、キリスト教会の首長が在るということは、キリスト教徒を特別にローマへと誘うこととなっていく。著者は次のようにうまいことを言って締めくくる。
「今滅びゆくローマは地上の衣を脱ぎ捨て、キリストの神の名のもとに永久に生きてゆくのである。
永遠の都はキリストの神の代理者の都となったのである。世界帝国を支配した皇帝の権威は、今や地上における神の代理者、ローマ教皇の権威がそれにとって代わろうとしているのだ」と。
評価
★★★★
書誌
書名:コンスタンティヌス―ユーロの夜明け
著者:大澤 武男
ISBN:9784062136501 (4062136503)
出版社:講談社 (2006-11-25出版)
版型:289p 19cm(B6)
販売価:1,680円(税込) (本体価:1,600円)
- Permalink
- by kmoto
- at 17:41
- Comments (0)
- Trackbacks (0)