2007年08月09日
池田清彦著『正しく生きるとはどういうことか』
続いて池田さんの本を読むが、どうもすっきりと頭なの中に内容が入ってこない。夏ばてで頭がぼけてしまっているところがあるから余計である。
この本は二部構成になっており、第一部が「善く生きるとはどういうことか」で、第二部が「正しく生きるとはどういうことか」になっている。こう書くと何か道徳的な感じがしてしまうが、そうではない。 池田さんによると、善く生きることは、自分で規範を設定し、自分を律しながら、一方で欲望を上手に解放することだという。
特に現代は何でもありという時代だから、社会的な規範は当てにならず、自分で規範を作るしかないやっかいな時代なので、自分固有の規範を作るしかない。
ところでその規範は実は恣意的でフィクションである。だから自分で作れるということにもなるのだが、だからといってとんでもないものを作っていいということにはならない。自分自身が自分自身の規範に従って善く生きることは、あくまでも個人的なものである。そのため他人にそれを押しつける根拠はない。押しつけるなら対称的でなければならない。つまりギブアンドテイクである。自分の規範と他人の規範の調停の上で社会が成り立っている以上当然である。そうでなければ自分の規範に従って何をやってもいいということになってしまうからだ。そんなことになればアーナキー的状態になってしまう。
だから自己の規範をあくまでも相手と対称の上で設定し、そこからの解放による楽しみやエクスタシーを得ることが池田さん流の正しい生き方となる。
その上で今度は現代の日本における社会システムがおそろしいほど、善く生きるために窮屈なシステムであることを主張する。ここからは前回読んだ本の主張と同じになってくる。
とまぁ、こんな感じで池田さん言わんとするところを夏ばて気味の頭で理解した訳だが、細かい例が妙に鬱陶しく感じてしまった。結局この本は生き方よりも、池田さんの社会システム対する批判なのだなと読んでいるうちに分かってきた。
もちろん私も今更生き方に対する指針など求めてこの本を手にしたわけではないので、それはそれでいいのだけれど、池田さんの社会批判はいい加減食傷気味なので、例によって「もういいや」と思ってしまった。
私は池田さんの本に何を求めていたのかというと、最初に読んだ池田さんの本で、池田さんの専門である生物学から人間や社会、あるいは歴史を見る視点がものすごく新鮮に映ったからである。いや、こういう見方もあるんだと感動したのである。少なくても個人的な不満から発した社会批判などどうでもよかった。たとえそれが理にかなっていても、結局それ以上でもそれ以下でもない。極端なことをいえば誰しも現代社会に不満を持っている以上、取り立てて池田さんの意見を聞いても、今更という感じなのである。 その道の専門家は、その道に精通しているから、意見を聞く価値があるが、どうも最近の専門家はそこから逸脱して、余計なことを言い過ぎる傾向があるように思えてならない。それはジャーナリズムが専門家の意見を聞くと称して、ちやほやするからこんな傾向が生まれているのかもしれない。
私が偏屈だからかしれないけれど、そんなことあなたから言われなくても分かりますよと言いたくなっちゃうのである。
評価
★★
書誌
書名:正しく生きるとはどういうことか
著者:池田 清彦
ISBN:9784101035239 (4101035237)
出版社:新潮社 (2007-06-01出版) 新潮文庫
版型:265p 15cm(A6)
販売価:459円(税込) (本体価:438円)
- by kmoto
- at 06:09
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