2007年08月10日

森鴎外著『雁』

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 この小説で気になるのは、ここに登場してくる人物たちがいる土地柄である。
 まだ大学(東京大学)が下谷にある頃、藤堂屋敷の門長屋が寄宿舎になっていた。そこは上野動物園の檻のような格子がはまっていた。寄宿舎には小間使いがいて、学生たちは彼らに買い物を言いつける。その小間使いに末造がいた。末造が学生たちに金を貸したりしているうちに高利貸しと成功する。
 練塀町にお玉という娘がいた。母を亡くして父親と二人で暮らしていた。父親は秋葉の原で飴細工の屋台を出していた。末造はまだ高利貸しとして成功する前にお玉と出会ったことを思い出した。
 しかしお玉に婿入りがあった。巡査であった。ところがこの巡査国元には妻子がいた。それを知ったお玉は井戸に身を投げるといって大騒ぎをし、この練塀町にいられなくなる。ある時末造が練塀町のこの家に行くと「貸屋差配松永町西のはずれにあり」という張り紙がしてあり、お玉親子はそこにはいなかった。西鳥越に引っ越していたのである。
 末造はお玉を妾として欲しいと掛け合い、お玉は末造の妾となる。ただ末造が高利貸しだということはそのときは知らされなかった。末造は無縁坂にお玉を囲う家を借りる。
 私は以前松永町にあった本屋で仕事をしていたこともある。練塀町はその隣であった。そして今いる和泉町は、藤堂和泉守高猷の屋敷があった。そして松永町の本屋で働いていた頃、配達も手伝っていて、無縁坂付近まで自転車でせっせと本郷の坂を登っていた。そうした関係から何か妙に親近感があった。

 さて話は、「古い話である。僕はそれが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している」とまずは僕の回顧から始まる。僕と同じ下宿「上条」にいる岡田という男がいる。岡田は美男で几帳面な性格であった。岡田はその性格柄か、散歩も決まった道を歩く。その散歩道である無縁坂の一軒屋でひっそりとしたた一軒屋の窓から、いつも通りをながめている末造の妾となったお玉がいた。
 お玉は最初末造が高利貸しで財を成した人物と知らされなかったが、近所の噂で末造の素性を知ってしまう。よく分からないがこの頃は高利貸しというのは嫌われた職業のようだ。そのことからだんだんお玉は末造から心が離れ、うわべだけは末造に従っている振りをしつつ、自己に目覚めていく。そんなときお玉は散歩で歩いてくる岡田のことが気になり始め、散歩中の岡田を心待ちするようになっていき、岡田もお玉のことを意識し始める。
 末造が買ってきた紅雀のつがいを蛇がねらっているのをたまたま散歩でここに来た岡田が退治したことから、二人は言葉を交わすが、いっこうに事態は進展しない。お玉は末造の留守の間に岡田ともっと近づこうとし、岡田を待っていたが、岡田は翌日ドイツへ行ってしまう。お玉と岡田のはかない恋ははこれで終わるのである。
 ところでなぜ鴎外は鳥かごに入った紅雀を持ち出したのだろうか?そして不忍池で岡田が投げた石が当たって雁が死んでしまうことを書いたのだろうか?深読みしすぎかもしれないが、鳥かごに入った紅雀は末造に囲われているお玉自身を投影しているように思えるし、石が当たって死んでしまう雁は、お玉が岡田に近づこうとして、末造から自由に飛び立とうとしたが、結果成就しないことを意味しているように思えるのだが、どうであろうか?
 こういう意味深な小説って、今の小説にはないような気がする。どうしても現代小説はストレート過ぎる。でもこういうのって好きだなぁ。一見関係ない描写に見えて、実は本筋を浮きだたせる手法は、奥ゆかしい。さすが明治の文豪である。


評価
★★★


書誌
書名:雁
著者:森鴎外
ISBN:9784101020013(4101020019)
出版社:新潮社(1948-12-07)  新潮文庫
版型:144p 15cm(A6)
販売価:300円(税込) (本体価:286円)

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