2007年10月12日

レイモンド・チャンドラ-著『ロング・グッドバイ』

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 同じ作品を訳者の違いで読み比べてみるということをしたのは今回初めてだ。以前『ライ麦畑で捕まえて』をやはり村上春樹さんの訳で再読したが、この場合以前の訳はだいぶ前に読んでいて、しかもほとんど内容を忘れちゃっていたので、読み比べたという感じはなかった。
 今回は続けて違う訳者で同じ作品を読んだことで、どんな違いがあるのか、その点多少興味があったが、私にはその違いがよくわからなかった。
 ただ話の内容をもう知ってしまっているので、ネタバレされた推理小説を読んでいる感じがしてしまい、なんかだらだらと読むことになってしまった。従ってもうこういうことはやめようと思っている。
 この本の最後に訳者である村上さんの長い解説があるのだが、そこに書いてあるところによると、先に読んだ清水俊二さんの訳は1958年のことであり、刊行後半世紀がたっているという。村上さんは翻訳を家屋にたとえ、25年たったら補修にかかり、50年で改築もしくは新築すべきだという。それは50年もたてば「選ばれた言葉や表現の古さがだんだん目につくようになってくる」からだという。
 また清水さんの訳にはかなり多くの文章の翻訳が意図的に省かれているらしく、今回村上さんは新築と完訳をめざす意図で、この本を訳されたらしい。
 ただ私には清水さんの訳と村上さんの訳とを比べてみてみる技量が欠如しているので、どこが省かれた部分であったかよく分からなかった。また清水さんの訳に「言葉や表現の古さ」をそれほど感じなかったし、むしろ言葉の使い方で以前からある清水さんの訳の方が今風でしっくりくるところもあるように思える。
 たとえばギャングのボスのメネンデスがマーロウが余計なことをさせないように脅かす時、「俺が誰だか知っているか、はんちく?」と言う。清水さんの訳だと「おい、チンピラ、おれがだれだか知っているか」となる。村上さんの訳の「はんちく」という言葉はなんかおかしく感じてしまった。ここは「チンピラ」の方がいい。だいたい「はんちく」なんていう言葉の意味さえ知らなかったし・・・。ちなみにこの「はんちく」を広辞苑で調べてみると「中途はんぱ」とある。半端もんというところだろうが、ギャングの脅し文句としてはちょっとぴんとこない。

 話の展開として、やっぱり不自然だなぁと思うのは、マーロウがたまたま訪れた駐車場で酔いつぶれていたテリー・レノックスと知り合い、その後何度かテリーと飲んだり、マーロウの事務所に訪ねてきたりしているけれど、そんなささやかな機会だけでテリーを自分の親友だと思い続けることである。そのためテリーが自分のふしだらな妻を殺したという容疑がかかり、逃亡に手を貸したり、彼が自殺した後(実際は違うが・・・)も彼をかばい刑務所にぶち込まれたりする。挙げ句の果てにテリーの無実を何とか証明しようとする。普通そこまでするかなぁと思えるのである。
 ただこうした不自然性を村上さんはチャンドラーがこの作品で試みた手法なんだと説明してくれている。それによると次のようになる。
「チャンドラーは自我なるものを、一種のブラックボックスとして設定したのだ。蓋を開けることができない堅固な、そしてあくまで記号的な箱として。自我はたしかにそこにある。そこにあり十全に機能している。しかしあるにはあるけれど、中身は『よくわからないもの』なのだ。そしてその箱は、蓋を開けられることをとくに求めていない。中身を確かめられることを求めているわけでもない。そこにそれがある、ということだけがひとつの共通認識としてあれば、それでいいのだ。であるから、行為が自我の性質や用法に縛られる必要はない。あるいはこうも言い換えられる。行為が自我の性質や用法に縛られていることをいちいち証明する必要がないのだ、と。それがチャンドラーの打ち立てた、物語文体におけるひとつのテーゼだった」
 つまりマーロウがテリー・レノックスとどのような友情関係を結んだかはここでは関係なく、友情関係があったという前提で話を構成するのである。そういう関係を細かく描写すれば(私はそれを求めたのだが)、よくわからないものを書くことになり、話が複雑になる。だからマーロウは事件の真相を細かく語るのである。そして物語の中の彼らの会話が、魅力的であればあるほど、マーロウとテリー・レノックスの間には友情関係があったのだということが読む側に伝わるということになる。

 確かにここに出てくる人物たちの会話の内容は魅力的だ。いくつかあげてみたい。まずはテリーがマーロウとバーに飲みに行った時の会話である。

「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。店の中の空気もまだ涼しくきれいで、すべてが輝いている。バーテンダーは鏡の前に立ち、最後の身繕いをしている。ネクタイが曲がっていないか、髪に乱れがないか。バーの背に並んでいる清潔な酒瓶や、まぶしく光るグラスや、そこにある心づもりのようなものが僕は好きだ。バーテンダーがその日の最初のカクテルを作り、まっさらコースターに載せる。隣に小さく畳んだナプキンを添える。その一杯をゆっくり味わうのが好きだ。しんとしたバーで味わう最初の静かなカクテル-何ものにも代えがたい」

 これなどその日開店したばかりの店に入った時確かに味わえる。

 またテリーの妻の父親である億万長者のハーラン・ポッターがマーロウに言う件も今でも重みがある。
「まとまった額になると、金は一人歩きを始める。自らの良心さえ持つようになる。金の力を制御するのは大変にむずかしくなる。人は昔からいつも金で動かされる動物だった。人口の増加や、巨額の戦費や、日増しに重く厳しくなっていく徴税-そういうもののおかげで人はますます金で左右されるようになっていった。世間の平均的な人間は疲弊し、怯えている。そして疲弊し怯えた人間には、理想を抱く余裕などない。家族のために食糧を手に入れることで手一杯だ。この時代になって、社会のモラルも個人のモラルも恐ろしいばかりに地に落ちてしまった。内容のない生活を送る人間たちに、内容を求めるのは無理な相談だ。大衆向けに生産されるものには高い品質など見あたらない。誰が長持ちするものを欲しがるだろう?人はただスタイルを交換していくだけだ。ものはどんどん流行遅れになっていくと人為的に思いこませ、新しい製品を買わせるインチキ商売が横行している。大量生産の製品についていえば、今年買ったものが古くさく感じられなかったら、来年には商品が売れなくなってしまうのだ。我々は世界中でもっとも美しいキッチンを手にしているし、もっとも輝かしいバスルームを手にしている。しかしそのような見事に光り輝くキッチンで、平均的なアメリカの主婦はまともな料理ひとつ作れやせんのだ。見事に光り輝くバスルームは腋臭止めや、下剤、睡眠薬や、詐欺まがいの連中が作り出す化粧品という名のまがいものの置き場に成り果てている。我々は最高級の容器を作り上げたんだよ、ミスター・マーロウ。しかしその中身はほとんどががらくただ」

 警部のヘルナンデスが輪ゴムを取り上げ、どんどん引っ張っていき最後に輪ゴムがぱちんと音を立てて切れたときいった言葉。
「もうこれ以上伸びないという限界が、誰にもある」「どれほどタフに見えてもな。ご機嫌よう」

 あるいはその警察に向かってマーロウがいった言葉。
「ほら、すぐ黙れとくるんだ。一般市民はどなりつけておけってことか。いい加減にしろよ、バニー。ギャングや犯罪組織ややくざ連中がこうしてのさばっているのは、何も悪徳に染まった政治家がいて、そいつらの手先が市役所や議会に散らばっているからじゃない。犯罪は病気そのものじゃない。ただの症状なんだ。警官というのは脳腫瘍の患者にアスピリンを与える医者のようなものだ。もっとも現場の警官は治療のためにブラックジャックを使いそうだがな。アメリカ人はでかくて、荒っぽくて、金があって、向こう見ずな国民だし、犯罪というのは我々がその見返りとして支払わなくちゃならない代価なんだ。そいつはこれから先もずっと消えてなくなることはあるまい。組織犯罪は強い力を持つアメリカ・ドルの汚い側面なんだよ」

 自殺したと思われたテリー・レノックス偲んでマーロウがいった言葉。
「いや、けっこうだ。市のバスチーユ監獄から私を家まで送り届けてくれたときのことを覚えているか?私にはさよならを言うべき友だちがいたと君は言った。しかしまだ本当のさようならを言ってはいない。その写真複写が紙面に載ったら、それが彼に対するさようならになるだろう。ここにたどり着くまでに時間がかかった。長い、長い時間が」

「彼女に、自分自身を静かにじっくり見つめてもらいたかったのさ。そのあとどのような行動に出るか、それは本人の問題だ。私は一人の男の無実を晴らしたかったし、そのための手段の是非までかまっちゃいられなかった。誰に何と言われようとな。私を懲らしめたいと思うなら好きにすればいい。逃げ隠れはしない。ずっとここにいる」

 最後に、
「さよならを言うのは、少し死ぬことだ」


評価
★★★


書誌
書名:ロング・グッドバイ
著者:チャンドラー,レイモンド・ 村上 春樹訳
ISBN:9784152088000 (4152088001)
出版社:早川書房 (2007-03-10出版)
版型:579p 19cm(B6)
販売価:2,000円(税込) (本体価:1,905円)

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