2007年10月18日

リチャード・ローズ著『死の病原体プリオン』

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 最近は狂牛病のことをあまりうるさく言わなくなっているけれど、そもそも狂牛病って何なのだろうか。そしてそれがプリオンによって起こされるという。ではプリオンって何なんだ。
 ということで、この本を読んでみた。この本はいわゆる異常プリオンがどのように発見され、この本が発刊されるまでどのように解明されていったのかをつづったドキュメントである。まずはプリオン病といわれる病気を記してみる。

 ニューギニア東部高地フォアというところでクールーという病気に罹っていた患者がいた。歩行障害と病的笑いをする意識障害を起こしていた。この本の主人公であるD・カールトン・ガイデュシュックがこのクールーの解明のため1957年にニューギニア東部高地フォアへ乗り出すところからこの本は始まる。クールーの症状は欧米で見られるパーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症などの脳の退化に類似していた。このクールーはこの地域の女性や子供を中心に見られた。そしてここには食人慣習が残っていた。人を食べていたのが女性と子供でった。つまりクールーで死亡した遺体を調理して食べていたのである。ガイデュシュックはクールーで死亡した患者の脳を調べてみると、小脳およびその下部にある神経細胞が破壊されていることがわかった。

 1913年ブレスラウ修道院で下働きをしていたベルタ・エルシュカーが突然倒れた。神経学者のアロイス・アルツハイマーの助手のハンス・ゲルハルト・クロイツフェルトがベルタの病歴を記録した。ベルタは明らかに脳に障害があると判断された。死後、解剖し脳を調べてみると数百万という脳細胞が破壊されていた。クロイツフェルトは戦後学会にこれを報告した。その論文をヤコブ博士も見ていた。ヤコブ博士も同様な患者を診ていた。これは未知の病気で、クロイツフェルト=ヤコブ(CJD)と名付けられた。この病気の特徴は脳にスポンジ状たくさんの孔が見られることであった。

 スクレイピーという羊の病気がある。イギリスでの記録は1730年にさかのぼることができるらしい。この病気の症状は体がかゆくなるため体を壁や木にこすりつける。そのため毛が抜ける。さらに進行すると歩行が不安定になり、痙攣し、失明し、死んでいく。その脳を調べてみると、神経細胞は萎縮するか、消滅していた。スポンジ状態は小脳だけでなく大脳皮質まで及んでいるという。

 スクレイピーを調べた獣医学者のウィリアム・J・ハドローはミンクがたくさん死んでいるという報告を受ける。調べてみると、汚れたミンクが後ろ足を引きずり、檻の中をぐるぐる回っている。脳を解剖してみると、脳がスポンジ状になり、神経細胞が消失していた。この病気は感染性ミンク脳症(TME)と名付けられた。TMEは野生のミンクには見られない。

 1985年、イギリスの農家の一人が獣医のコリン・ホイッタカー電話をかけてくる。飼っている牛がおかしいと。普段おとなしい牛が攻撃的になり、全身の動きがばらばらで、よろめき、倒れ、もがいていた。他にも同じ症状の牛が見つかる。脳を調べてみると、スポンジ状の病変と星状グリア細胞が変性した茶色の斑点が確認できた。この病気は牛スポンジ状脳症(BSE)と名付けられた。ただマスコミがおもしろがって、この病気に罹った牛が攻撃的で、神経過敏になることから、「狂牛病」と呼びはじめた。

 1993年少女ヴィクトリア・リンマー学校から帰宅したところで倒れた。彼女は普段羊の肉を食べていたが、たまにはコーンビーフやハンバーガーを食べることもあった。生検の結果、大脳皮質にスポンジ状の病変があり、斑点も多数観察された。生検組織はプリオン・タンパク(PrP)の抗体には反応したが、アルツハイマー病の指標となるアミロイド抗体には反応しなかった。少女は1995年死亡した。解剖の結果、彼女の脳にはスポンジ状の病変と星状グリア細胞が大量に観察された。1996年初頭になると、彼女の他2名の青年、さらに7人もの若い人たちがBSEで死亡もしくは重傷に陥っていった。

 以上がこの本に書かれている異常プリオンに関する病気の経過である。そしてこれが恐ろしいのは、種の壁を越えて感染するということである。たとえばクールーに感染した人の脳をマウスやチンパンジーに投与すれば、脳がスポンジ状態になってしまうし、BSEが人間に感染することは今では周知の事実である。しかも動物(ヒトも含む)の身体を食べることによって引き起こされる。
 この病気を起こすのは、最初、遅発性ウイルス(スローウイルス)感染症だと考えられていた。しかし調べていくうちに、このこのウイルスには自分が増殖していくため遺伝子情報を持つ核酸がない。DNAあるいはRNAしかないのであった。そのためこれはウイルスではないとわかってきた。核酸がないため、ホルマリン,熱,紫外線に対して強い抵抗性をもっている。だから処理するのがかなり手間がかかる。
 現在ではこれらの病気はプリオンによって引き起こされるものだと考えられている。プリオンは感染性のあるタンパク粒子で,ウイルスとは別物である。命名したのは、スタンリー・ブルシナーという学者で、「プリオン」とは感染性タンパク粒子のことであって、タンパク質(Protein)と感染性(infaction)を組み合わせた造語だという。
 詳しいことはわからないが、このプリオン・タンパク(PrP)は通常神経細胞の膜の中で生産されているものらしい。この本ではこのPrPが何に使われているのかわからないとあったが、今は神経細胞の形を整えたり、神経の情報伝達に関わったりしているものと考えられているという(大野さんから聞いた)そしてこれは古くなると細胞内で分解され排除されていくらしい。
 ところがここに異常なPrPが入ってくると、自分のPrPが変質し、分解されず、蓄積していく。そして重要な細胞機能を阻害し、破壊していく。最終的には脳の細胞は死滅し、スポンジ状の孔ができることになる。これが先に挙げた病気の生成過程らしい。しかもやっかいなことに、変質したのは自分のPrPなので免疫反応が起こらないということなのだ。

 ここまでの記述は「というふうに考えられる」というもので、私が理解できたこの論理?はガイデュシュックの考えによる。面白いと思ったのは、ガイデュシュックがこのプリオン病が起こる過程のヒントを得たのが、カート・ヴォネガットというSF作家が書いた『猫のゆりかご』だったということだ。この本に登場するブリート博士が次のように言う。

「われわれがスケートをしたり、ハイボールを作ったりする氷は、たくさんある氷の形態の一つにすぎないんだ。これをアイス・ワンとでもしよう。地球上ではいつもアイス・ワンしかできない。その他の形態であるアイス・ツー、アイス・スリー、アイス・フォー・・・をどうやって作るかという種がないからなんだ。そこで考えてみてくれ。ここにわれわれがアイス・ナインと称する形態があるとする。この机ぐらい固い結晶で、融点は、そう、五五度cだ。もし雨が凍って、小さなアイス・ナインの粒になって降ってきたら、多分この世は終わりだよ」

 つまり異常プリオンとなる成核剤がアイス・ナインなのである。今まで知られていない変化が起こったことで、プリオン病が起こったとしたのだ。
 私が面白いなぁと思ったことは、その専門分野で超一流といわれる学者がSFを読んでいて、それをヒントに自分の考えを構成していったということなのだ。おそらくそれしかわからない専門馬鹿じゃこういう考え方はできなかったんじゃないかと思ったりする。
 最後にこの本にふれられていることで怖いと思ったことを書く。「ハイテクの中の新しい食人現象」に書かれていた。この表題を読めば何のことを言っているかおおよその見当がつくかもしれない。
 ニューギニアで食人慣習が行われていたことで、クールーという病気が発生した。人を食べることによって、異常のあるプリオンを体内に入れてしまったことから起こった病気であった。ここは未開文明の地域だからそうした野蛮な行為(といっても彼らにとっては貴重なタンパク源なのだ)が行われていたからだと簡単に言い切っちゃうことはできない。
 今医療行為としてたとえば死亡した人の角膜を移植したり、他人に使った検査器具の消毒が不完全だったことで、その人がCJDだったら、角膜を移植された人や消毒が不完全な器具を使われた患者は、後にCJDで亡くなってしまう医原病が起こっている。また医療分野で次の技術革新として期待されているのが、異種臓器移植技術だと言われている。つまりブタなど臓器を人間に移植するというものだ。ここには得られる利益の方が危険性よりも大きいからという理由で進められているが、こうしてプリオン病に関する記述を読んでいると、本当に危険はないのかと思ってしまう。人はやってはならないことに手を出し始めた結果、罰が当たり始めているんじゃないかと思ったりする。
 ガイデュシュックは「ヒトの体組織そのものが感染病の原因のひとつであることを忘れてはならない。ある人から別の人に組織を移植することは、同時に感染症を移す危険が伴うのである」と警告している。
 もちろん食の危険性も充分考えないとならない。BSEは「CJDの潜伏期間を平均二五~三〇年とすると、ヒトの間での流行のピークは二〇一五年あたりになるだろう。新型CJD患者が平均年率五〇パーセントで増加していくものと仮定する。それほどありえない仮定ではない。そうすると二〇一五年に年間約二〇万人が罹病する」という最悪のシナリオも描かれているらしい。後8年後には本当にこうなるのだろうか?


評価
★★★★


書誌
書名:死の病原体プリオン
著者:リチャード・ローズ /桃井 健司・網屋 慎哉訳
ISBN:9784794208323 (4794208324)
出版社:草思社 (1998-07-06出版)
版型:286p 19cm(B6)
販売価:1,995円(税込) (本体価:1,900円)

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comments

おおっ!プリオン蛋白の機能として、私からの情報とあったので、このエントリーを読まれた方に補足解説という事で、コメントさせていただきます。

まずは、http://niah.naro.affrc.go.jp/project/prion/ ←ここなどを参考に!

 以下に記すように正常プリオンに関する研究は、“見方”によって色々な結果が得られてしまうのです。それこそ、細菌のレベルから保存されているたんぱく質ですが、その生物によってプリオン蛋白をどのように利用するか?どの細胞によってプリオン蛋白をどのように利用するかという事になってしまい、統一された“機能”として『見えてこない』ということなのでしょう。

 そして、正常型プリオンタンパク質の機能については、機能の全てが解明された訳ではありません。これは、現在、解明され尽くされたと思われている生理活性物質にもいえることですが、、、徐々に解りつつある事を紹介します。

 体のどの部分に正常型プリオンタンパク質がたくさんあるのか?タンパク質を作るときの鋳型であるmRNAの量で見ると脳が最も多く、次いで、精巣、胎盤、心臓、肺などに多く存在していることがわかっています。そして実際には体内のほとんどの臓器で正常型プリオンのmRNAは存在しています。

 そこでどのような機能を担っているのか?
ある報告では細胞内のラジカルを補足する Super Oxide Dismutase (SOD)の活性をコントロールしており、なおかつ、プリオンタンパク質自身も抗酸化活性を持っていて神経の保護に関わっているとされます。しかし、一方ではプリオンタンパク質を欠損させたマウスにおいてもSODの活性は通常のマウスと変化がないことも報告されています。

 さらにマウスを使った実験でプリオンタンパク質の遺伝子を破壊してもマウスの誕生や成長には何ら影響を及ぼさないこともわかっています。ただ、このことは、だから正常プリオンタンパク質は何の役目も持っていないというのではなく、正常プリオンタンパク質の持つ機能が重要であるが故に、バックアップ機能が充実していて何らかの補償機能が働いて異常がないように見えるのであろうと思われています。

 また、アポトーシスとの関連についても、正常型プリオンタンパク質がアポトーシスを阻害して神経細胞を守っているという報告が出る一方で、試験管内では正常プリオンタンパク質が過剰になるとアポトーシスが進行するという報告もあります。また、メカニズムは報告されていないもののリンパ球の機能を制御しているという説もあります。

 また、正常プリオンタンパク質の構造から、別の説が出ています。正常プリオンタンパク質は片方の端からGPIアンカーと呼ばれる碇のような構造が伸びています。GPIアンカーの先端は細胞膜の脂分でもあるリン脂質になっていて、正常プリオンタンパク質はこのGPIアンカーのリン脂質部分を細胞膜の中に突っ込んで本体は細胞の外側にぶら下がっています。この構造を持つことによって正常プリオンタンパク質は細胞膜表面を滑るようになめらかに移動することができるはずで、この構造はホルモンや神経などの情報伝達に大きく役立つと考えられており、実際、すでに機能のわかっているGPIアンカーを持つ普通のタンパク質は情報伝達や細胞膜の構造の制御を行っています。ただし、正常プリオンタンパク質がその他大勢のGPIアンカー型タンパク質のように情報伝達を行っているという証拠は得られていません。

  • おおの
  • 2007年10月18日 20:44

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