2007年11月29日

荻原魚雷著『古本暮らし』

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 先日ブックオフの「500円均一セール」で買った数冊の内、第一弾としてこの本を選んだ。正直それほど期待はしていなかった。著者もどんな人か知らない。だいたいこの本を選んだの書名に惹かれたからだ。私は古本と書かれた書名にはどうしても飛びついてしまうところがあるのだ。でも、読了後、「なんかいいかも」なんて思った。

 「歳をとると、新しいものにだんだん反応できなくなってくる。衰えではなく、過去の蓄積が今のものをきびしく査定してしまうのだろう」

 「いろいろな本を読み、それなりに目が肥えてしまうと、自分を満足させる本を見つけることが年々むずかしくなってくる」

 「最近、惰性で本を読むことが多い。自分の中にちっとも響かない読書をしている気がしてしょうがない」

 「自分をかえりみると、新しいものにたいする反射神経は鈍ってきたなとおもったのは三十歳前後だった」

 「体力に個人差があるように、欲望にも個人差がある。でも好奇心や欲望のおもむくままにいかなくなったのは、体力のおとろえとも関係している気もする。
 若いときは疲れを計算しなくてもいい。でもだんだんそういうわけにはいかなくなる。
 毎日、朝まで飲んでいたら、仕事に支障が出るし、からだも壊す。なにをするにせよ、ブレーキをかけながら、ほどほどに楽しもうとしてしまう。おもいっきり、力いっぱい、全力投球みたいなことができなくなって、そうすると、欲望もセーブするようになって、だんだん、気力もわかず、気合もはいらず・・・・というようなことになってくる。
 新しいことをはじめるのが億劫になるのは、脳の老化現象だという説がある。
 歳をとって、からだやあたまがおとろえるのは、自然なことかもしれないが、多少は抵抗したい。でもあまりガツガツしているのは見苦しい。そのへんのさじ加減がむずかしい」

 と著者が年齢を重ねることで起こる、おとろえや、身体や頭の変化をこのように語る。で、いったい著者はいくつなのだろうかと思い、プロフィールを見ると1969年生まれとある。えっ、今年38歳でもうこのように感じているのかと思った。正直、私と同じかそれ以上の年齢だと思っていたのだが・・・。著者は若い頃、学生運動など活発に活動していたようだから、それをやめたら、自分のおとろえを感じるのかもしれない。あるいは古本などに興味を持っていると、ジジクサクなるから、余計にそう思うのかもしれない。私から言わせれば、ちょっと早すぎるんじゃないとは思うけれど、個人差もそれまでの環境もあるだろうから、このように感じるのは仕方がないのかもしれない。
 このように多少違和感がないでもないが、言っていることはどうも最近の私が感じていることと一致しているところが多い。思わず、うん、うんそうだよななんて思いつつ読んでいた。私も今は若い頃のようにはいかないのだからそれなりの生活をしようと思っている。無理をしても結局堪えるのは自分なのだから、と考えている。が、自分のおとろえをそう簡単に認めたくないところもある。年相応というのにはどこか抵抗したいところがある。著者もこの本で自分のおとろえを感じつつも、どこか抵抗したいというところが感じられて、ちょっと好感を持った次第だ。
 ただ、やっかいだなと思うことがある。著者が「体力のおとろえは、精神力や経験でカバーできる。精神力がおとろえたら、どうすればいいのだろう」と言っているのを読んで、確かにそうだと思うのだ。自分も今のところ気力はあるのだが、やっぱり徐々にではあるが、きっと確実にそれが減少していっている部分があるんじゃないかと思うことがある。
「三十歳をすぎて、自分の限界みたいなものが見えてきて、自分は自分にできることをやるしかないとおもえるようになった」とか、「三十歳すぎたころから、人生の残り時間ということをかんがえるようになった。『このままぱっとしないで・・・』というおもいがしょっちゅう頭をかすめるようになった。いかん、いかん。『今さら』とか『もう手おくれ』というかんがえをふりはらいつつ、なんとかもうすこしマシな人生をおくれるように気持の立て直しをはかる」というのは、本当によくわかるのだ。これはかなりやばいと思いつつ、どうにもできない自分も一方にあるものだから、ほとほと困り果てている。
 もちろん今更一花咲かせたいなんて気持はさらさらないのだが、ただ自分の人生の残り時間をふと思うと、いったい何ができるんだろうという不安にかられる。
 本一つとってみても、本棚にある本を自分が死ぬまでに読み切れるだろうかなんて思うと、おちおち寝てもいられなくなる。若い頃は、歳をとって落ち着いたらゆっくりと読めばいいなんて考えていたけれど、それどころじゃない。だいたい昔買った本の文字が小さく苦労している始末なのだから、どうしようもない。
 それと最近やたら愚痴っぽくなってきたというか、屁理屈を並べるようになったと自分でも思うのだ。著者も自分が喫煙家なので、最近の風潮として、おちおちたばこが吸えなくなってきていることを、「愛煙家の自己弁護はたいてい屁理屈である。しかしさらに屁理屈をいわせてもらえば、屁理屈をいっさい許容しない世の中はつらいなあとおもう」と書いているが、ほんと最近の世の中は、許容範囲がやたら狭い。結局それは自分たちでそうしてしまっていて、結果として自分たちの首を絞めてしまっていることがわからないからじゃないかなんて思うのだ。
 最近のニュースなど見るにつけ、読むにつけ、そう思うのだ。そう思って、かみさんにそんな屁理屈や愚痴を言っている自分を発見することが多くなってきた。
 もう一つの私のブログは日々起こったことや感じたことを書いているのだけれど、その下書きを書いていると、最近はそんなのばっかりで、いやになってしまい、そのまま破棄してしまっていることが多い。自分でもいやだなと思うのだ。(そのため更新の回数が減っているのだ)

 なんか本のことを書こうと思っていたのに、こんなことになっちゃった。でもこの本最近の私の気持ちと妙に一致するところがあり、またそれなりに苦悶しつつも、何とか日々を過ごしているところを読むと、なんか元気が出てきて、小市民的な生き方にちょっと感銘を覚えた。
 この本はブックオフに売り戻さずに、棚に収めておこうと思う。


評価
★★★


書誌
書名:古本暮らし
著者:荻原 魚雷
ISBN:9784794967107 (4794967101)
出版社:晶文社 (2007-05-05出版)
版型:219p 19cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2007年11月28日

正岡子規著『病牀六尺』

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 やっとこの本を読み終える。たかだか200ページにも満たない本にずいぶん時間をかけてしまった。それは内容のむずかしさからそうなったわけではなく、ただ単に私の精神的不調によるのと、文字の細かさに悩まされた結果そうなってしまった。
 ここのところ老眼がかなり進んでいるようで、一昔買った本を読むのにかなり苦労するようになった。そろそろ眼鏡を作り直さないといけないかもしれない。

 さて、この本である。まず前置きとして次のように始まる。

「病牀六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病寐が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。苦痛、煩悶、号泣、痲痺剤、わずかに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいいたい事はいいたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさえ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさわる事、たまには何となく嬉しくてために病苦を忘るるような事が無いでもない。年が年中、しかも六年の間世間も知らずに寐て居た病人の感じはまずこんなものですと前置きして」

 子規は明治21年8月、22才の時に喀血した。結核から脊椎カリエス侵される。子規は寝たきりの自分の世界をこのように「病牀六尺」と呼び、その病牀六尺から日常の出来事や感想などを新聞「日本」に連載した。明治35年5月5日に起稿され、死の2日前まで続いた。 この病気聞いたことがあったが、かなりの痛みを伴う。子規はその苦痛に煩悶、号泣する。その苦痛中、次のように書く。

「ここに病人あり。体痛みかつ弱りて身動きほとんど出来ず。頭脳乱れやすく、目くるめきて書籍新聞など読むに由なし。まして筆を採ってものを書く事は到底出来得可くもあらず。しかして傍に看護の人無く談話の客無からんか。いかにして日を暮すべきか。いかにして日を暮すべきか」

「病床に寝て、身動きの出来る間は、あえて病気を辛しとも思わず、平気で寝転んでおったが、この頃のように、身動きが出来なくなっては、精神の煩悶を起して、ほとんど毎日気違のような苦しみをする。この苦しみを受けまいと思うて、色々に工夫して、あるいは動かぬ体を無理に動かしてみる。いよいよ煩悶する。頭がムシャムシャとなる。もはやたまらんので、こらえにこらえた袋の緒は切れて、ついに破裂する。もうこうなると駄目である。絶叫。号泣。ますます絶叫する、ますます号泣する。その苦その痛何とも形容することは出来ない。むしろ真の狂人となってしまえば楽であろうと思うけれどそれも出来ぬ。もし死ぬることが出来ればそれは何よりも望むところである、しかし死ぬることも出来ねば殺してくれるものもない。一日の苦しみは夜に入ってようよう減じわずかに眠気さした時にはその日の苦痛が終ると共にはや翌朝寝起の苦痛が思いやられる。寝起ほど苦しい時はないのである。誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか、誰かこの苦を助けてくれるものはあるまいか」

 子規の苦痛は看病している家人である母親や妹の律に半ば八つ当たりとも言える文章となって表れる。「我々の家では下稗も置かぬ位の事で、まして看護婦などを雇うてはない、そこで家族の者が看病すると言っても、食事から掃除から洗濯から裁縫から、あらゆる家事を勤めた上の看病であるから、なかなか朝から晩まで病人の側に付ききりに付いて居るというわけにもいかぬ。そこで病人はいつも側に付いていてくれという。家族の女共は家事があるからそうは出来ぬという。まず一つの争いが起る。また家族の者が病人の側に坐っていてくれても種々な工夫して病人を慰める事がなければ、病人はやはり無聊に堪えぬ。けれども家族の者にそれだけの工夫がない。そこでどうしたらばよかろうという問題がまた起って来る。我々の家族は生れてから田舎に生活した者であって、もちろん教育などは受けた事がない。いわゆる家庭の教育ということさえ受けなかったというてもよいのである。それでもお三どんの仕事をするような事はむしろ得意であるから、平日はそれでよいとして別に備わるを求めなかったが、一朝一家の大事が起って、すなわち主人が病気になるというような場合になって来た処で、たちまち看護の必要が生じて来ても、その必要に応ずることが出来ないという事がわかった。病人の看護と庭の掃除とどっちが急務であるかという事さえ、無教育の家族にはわからんのである。まして病人の側に坐ってみたところでどうして病苦を慰めるかという工夫などはもとより出来るはずがない。何か話でもすればよいのであるが話すべき材料は何も持たぬからただ手持無沙汰で坐って居る。新聞を読ませようとしても、振り仮名のない新聞は読めぬ。振り仮名をたよりに読ませて見ても、少し読むと全く読み飽いてしまう。ほとんど物の役に立たぬ女共である。ここにおいて始めて感じた、教育は女子に必要である」となってしまうのである。もちろん子規もそれが八つ当たりだと認識しているようで、「苦痛は誰も同じことと見えて黒田如水などという豪傑さえも、やはり死ぬる前にはひどく家来を吃りつけたということがある」として、自分もそうなっちゃったというところだろう。まあ病人は、自分の病気で精一杯で、得てしてわがままで、自分勝手だから、仕方がないのかもしれない。
 しかし先日読んだ立川昭二さんの本には、「これほど痛み苦しんで子規が死んだ直後、長いあいだ看病していた母八重は、子規の遺体に触れたとき、『サア、もう一遍痛いというておみ』とかなり強い調子で言ったという。かたわらにいた河東碧梧桐は『水を浴びたような気がした』と書いているが、息子の痛みをわが身の痛みとして痛んできた母親のこの一言は、まさに鬼気迫るものがある」と書かれていている。
 子規に言わせれば無教育の母や妹だったかもしれないけれど、子規の痛みを自分の痛みとして、家族として共有していたことは、これを読むだけでも充分わかる。子規の闘病生活は家族にとって凄惨なものであっただけに、子規の死をそう簡単に受け入れられない。子規に対する愛情からこうしたすごみのある言葉を発したのではないかと思うのだ。妹律は、子規の死後どこかの女子校の先生になったと確か司馬さんの本に書かれていたと思う。
 それでもいつも苦痛に悩まされている訳でもなく、小康状態のときもあり、そんなときは俳句や絵の批評をしたり、自分で鉢植えの植物など写生したりしている。俳句のことはよくわからないけれど、子規が描いた絵はちょっと見てみたいなと思う。
 また驚いたのは、元気なときの食欲である。
「(朝)牛乳一合、麺麭すこし。午後卯の花鮓。豆腐滓に魚肉をすりまぜたるなりとぞ。また昼寐す。覚めて懐中汁粉を飲む。晩飯、飯三椀、焼物、芋、茄子、富貴豆、三杯酢漬。飯うまく食ふ」とある。これを読んだとき、えっ、ご飯を三杯も食べたの!と思っちゃった。まあ食欲のあることはいいことだろうけれど、それにしてもすごい。私など晩飯でお茶碗一杯が関の山なのに。明治の日本人のたくましさを感じる。


評価
★★


書誌
書名:病牀六尺
著者:正岡 子規
ISBN:
出版社:岩波書店 1984/07出版 岩波文庫
版型:193p 15cm(A6)
販売価:420円(税込) (本体価:400円)

☆この本は現在品切れのようです。

2007年11月25日

「ALWAYS」と『点と線』

 昨日日本橋三越へ行く。本当は映画を見に行く予定であったが、胃の調子が良くないので、やたらげっぷが出てくる。こんな調子だと映画を見ていても迷惑をかけるだけなので、次にする。で、「ALWAYS 続・三丁目の夕日展」を見る。


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 最近はちょとした昭和ブームらしく、昭和30年代がもてはやされているようだ。ここも結構人が入っていて、展示物がよく見えない。しかもここにある展示物の説明書きを皆さん懐かしくなって読んでいるものだから、なかなか先に進まないのだ。私たちはざっと見て、外に出る。
 ところで皆さん、テレビのチャンネルを変えるとき、「チャンネルを回すよ」と言いません?本来なら「チャンネルを変えるよ」と言うべきところを「回す」というのである。これは昔のテレビがダイアル式で、ぐるぐる回してチャンネルを変えていたから、その名残で、そう言ってしまうのだ。それとも「チャンネルを回すよ」というのは私だけであろうか?
 この「ALWAYS 続・三丁目の夕日展」では鈴木オートの家の中が再現されていたが、そこには4本足のついたテレビがあった。まさしく私が子供の頃にあったテレビであった。そしてダイアル式のチャンネルがあって、よく力任せに勢いよく回していると、壊れるからと言って親に怒られたものであった。壊れれば今みたいにすぐ買い換えることもなく、近所の電気屋さんを呼んで、修理してもらう。テレビの中にはほの暗い真空管がいくつもともり、電気屋さんが電圧を測るテスターを使っているところを興味深く見ていたものであった。ハンダゴテから上る煙とにおいが懐かしい。
 帰りに地下の食品売り場で「まい泉」のヒレカツうまそうだったので買う。胃の調子が良くないのにこんなものを食べていいのか問題があるが、キャベツをたっぷり千切りにしてのせてくれればいいかななんて思う。

 さて、テレビで松本清張の『点と線』が二夜連続してやっている。新聞の番組では、昭和30年代を忠実に再現していると書かれていたので、ちょっと見てみた。
 これを読んだのは高校時代であった。あの東京駅に4分間のトリックにも感動したものだ。ビートたけしが鳥飼刑事をやるのはどうかなあと思うのだが、まあ、第一話はおもしろかった。

 本が読めない状態が続いているので、ブログの更新ができない。だから本に関するうんちくをちょっと書こうかな。
 私が高校時代この『点と線』を読んだのはカッパノベルズ版であった。いわゆる新書で読んだ。そしてこの作品が最初に発売されたときの単行本を古本屋さんの100円均一のワゴンで見つけたので、手に入れた。それがこれである。
 だいぶ痛んでいるけれど、これが『点と線』が最初に単行本として発売されたものであろう。初版は昭和33年2月であるが、私が持っているこの本は昭和35年5月の29版である。
 この本の中身をのぞいてみると、あの心中場所の香椎の海岸の写真(もちろんモノクロ)、東海道本線の時刻表が口絵にある。また今は省略されている検印もちゃんとがある。


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 この『点と線』は雑誌「旅」に連載された。この「旅」は今は交通公社から新潮社に身売りされたので、私が知っている「旅」とはだいぶ違うものになっている。
 この「旅」が日本交通公社出版局で出されていた頃、創刊65周年750号記念として復刻版が出された。それがこれである。創刊号など6冊が復刊され、セットになっている。昭和32年2月号も復刊されているが、この号は『点と線』が新連載された号である。
 挿絵はあの13番線ホームである。


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 この後『点と線』の第二話を見ることにしよう。

2007年11月14日

石井忠著『漂着物事典』

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 確か今月17日に閉店してしまう書肆アクセスの売上良好書の一冊にこの本は入っていたと思うが、それを確認してみようとサイト内をあっちこっち探してみたが、閉店が近い関係で、それ一色になっていて、確認できなかった。私はこの本はだいぶ昔に買っていて、読まずにそのまま本棚にしまい込んでいたのをふと見つけ、今回手に取った次第だ。

 世の中には思いもつかないことに興味を持つ人がいて、この著者も浜辺に打ち上げられた漂流物から、おもしろいもの、変わったものを収集している。
 確かに旅行など行って、朝早く起き、海辺を散歩したときにきれいな貝殻など拾っちゃったりすることはある。島崎藤村の「名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実ひとつ」みたいな南国のロマンを感じさせるものもあるようだけれど、浜辺に打ち上げられているもののほとんどはゴミだろうから、その中からお宝を探すのは大変だろう。しかしこうして収集品をまとめて、整理すれば学問的に価値が出てきてしまうところがおもしろい。
 あとがきによると著者は九州の玄海灘沿岸を砂浜を18年歩いて、漂着物を探したという、そしてその収集品をあいうえお順にフィールドノートとしてまとめたのがこの本である。ネットで著者のことを調べてみると、現在も歩き続けていられるらしい。ネットでは少しその収集品が公開されている。

http://www.polepoleto.com/city/area/ishii.html

 日本列島は四面環海である。海岸の縦延長は26,540キロにもおよび、これはソ連、オーストラリアに次ぎ世界第三位だという。しかもいくつもの海流が日本沿岸を流れている。従って漂着物が多く流れて、たどり着く。著者によると「それとのかかわりは列島に人々が住みついて以来からのもので、生活に欠かすことのできない大きな比重を占めていたのである。
 時化た後に浜に打ち上げられる魚介や海草、流木などは最近まで『浜あるき』、『灘ばしり』という漂着物を求めて歩く習慣として残り、それはとりもなおさず古代から脈々と続く沿岸民の姿でもあった。漂着物は沿岸民に恵みを与え、珍奇な物や海に洗われた姿を神として崇めたり、建物にあてられもした」という。
 開高健さんのエッセイに、北海道の浜辺に住んでいる老人が鯨が打ち上げられたというので、大喜びして酒盛りをしたが、後で腐っていて食べられないことがわかり、えらいめにあったと書かれていたのを思い出した。この話はともかくとして、多分古代において河口に住む人々にとってみれば、打ち上げられたものは食糧にもなっただろうし、神として崇められただろうということは想像できる。実際河口付近には縄文人が住んでいた跡が数多く見つかっているところを見れば、きっと暮らし良かったのだろう。
 著者の住む玄界灘は中国大陸に顔を向けた感じのところで、中国や韓国、あるいは南方の漂流物がたどり着いている。おそらく漂流物だけでなく、古代において大陸の人々が行き来した可能性だってある。実際玄界灘にはあの「漢倭奴国王」の金印が見つかった志賀島がある。
 考えてみれば、日本人のルーツをたどれば、大陸系、あるいは南方系にせよ、海から渡ってきたわけだから、たかが漂着物だと馬鹿にもできないような気がする。大陸から、あるいはもっと南方からの漂着物があるということは、人に行き来も古代にはあっただろうと想像できる。そう考えると、漂着物にもロマンを感じられるではないか。
 この本は現代の漂着物をまとめたものであるが、やはり中国、韓国の生活不要品が多く流れ着いているようである。しかしいくら不要になった物であっても、かつては使われた物であるから、そこから生活の一端がうかがえる。日本にも同じものがあっても、色や形が異なった物であることを知らされる。それこそ様々である。
 また海洋生物の死骸なども流れ着く。オームガイの貝殻も流れ着くという。こんなの見つけたらわくわくしちゃうかもしれない。もちろん椰子の実も流れ着く。
 でも最近は時代を反映して、医療廃棄物など恐ろしい物も流れ着くというニュースをテレビで見たこともある。ロマンや歴史を感じるだけじゃ済まなくなっているのだろうか?


評価
★★★


書誌
書名:漂着物事典 海からのメッセ-ジ
著者:石井 忠
ISBN:9784906234103 (4906234100)
出版社:海鳥社(1986/11出版) 海鳥ブックス
版型:261p 19cm(B6)
販売価:1,630円(税込) (本体価:1,553円)

この本は現在品切れで、新版が出ています。

2007年11月09日

立川昭二著『からだの文化誌』

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 昔買った本を取り出し読み始める。なんか一度読んだことがあるような気もしないでもないが、まぁいいやと思いつつ、ページをめくる。昔は立川さんのファンで、結構読んだのだが、今回読んでみて、それほどでもないかなんて思った。
 立川さんのこの手のエッセイは小説など文学作品や絵画などから文化としての病気などを語る手法が多いが、今回はやたら俳句や短歌が多いなと感じていたら、このエッセイは『俳壇』という俳句の総合雑誌に連載されていたものをまとめたものと「あとがき」にあったので、なるほど、そういうことかと納得する。
 この本は「からだの文化論」、「からだの記号論」、「からだの演劇論」の三つに分かれているが、別に分ける必要性も感じなかった。要は俳句を中心に、その他の文学作品、絵画などから、日本人のからだのパーツごとに隠されているメンタリティ(心性)を語っていく。
 もちろん「からだ」を語れば必然的に「病気」も語らざるを得ない。むしろ健康な身体を蝕む病気を語ることで、今まで日本人が持っていた文化を語ることになるし、最近の劇的変化も語ることになる。立川さんは「病むとは、止むことである。働くことも遊ぶこともできなくなり、ときには食べることも動くこともできなくなる」から、「人は病むとき、その人あるいはその家族の本質をもっともはっきりと表す。人は病むとき、死に直面したとき、はじめて自己が見え、まわりの世界もはじめて鮮やかに目に映る。そして、人間社会もまた、疫病におそわれたとき、その社会特有の構造ももっとも鮮やかに露呈するのである」という。
 だからこの本でも、からだのパーツだけでなく、ヒトの病気、社会の病気の根源も探っていく。

 それでは読んでいておもしろいなと思ったところいくつか書き出してみる。
 まずは「頭」の項目である。立川さんは「日本人は、比喩的にいうと、明治以前は胸や腹で考えていたといっていい。日本人が頭で考えるようになったのは、明治以降である」という。だから「私たち日本人は、心で思っていることを『胸の内』あるいは『胸中』という言い方をする。『頭の内』とか『脳中』とは言わない。『胸に聞く』『胸が痛む』あるいは『腹をきめる』『腹が立つ』というのも、すべて心のことである」。
 胸や腹などの身体語の入った慣用句が今でも日本では日常的に生きている。それは「日本人メンタリティ(心性)の基層に脳より胸や腹を大事にする考えが依然と存在している証拠である」という。だからこそ「この辺に日本における脳死論議のむずかしさが隠されているかもしれない」という考えはおもしろい。脳が死んじゃっても、生命維持装置で胸や腹は生きているのだから、それは死とは言えないというところだろう。

 「足」の項では、「手が文化を象徴するなら、足は文明を象徴している。人間の文明は直立二足歩行することによって始まったし、足の長さや強さは文明と密接な相関関係ある」というフレーズは何となくわかるような気がする。
 ここでは日本人が高度成長期以降素足や裸足の感触失ったといい、通りを歩く下駄の音が聞かれなくなったというのは実感する。というのも私は下駄が好きであった。大学時代それこそかまやつひろしさん「我が良き友よ」のフレーズじゃないけれど、下駄を履いて通っていた。あの素足に感じる下駄の感触は何とも言えずいいものだ。それに下駄で歩くときの音もいい。それと比べると、最近の若い女性がヒールをカタカタならして階段を下りる音は、あれは甲高いだけで耳障りだ。

 「眉」の項では、「眉はヒトしかない。それだけに、眉は人間の感情をいちばんよく表す造作でもある」といい、日本人も顔の中でいちばんこだわってきたという。しかし平安時代からあと、成人すると眉を消し去るようになった。なぜか。それは「眉は微妙な感情を表す造作である。、眉を抜いたり剃り落としたりすることは、その機能を否定することを意味する。眉を通してコミュニケーションが不能になる。つまり眉を消去した人は、それぞれの社会で眉によるコミュニケーションを禁じられたことになる」。だから結婚した子供を産んだ女性や身分の高い男性や稚児などはそうしたのだという。なるほどね。ちなみにあの「モナ・リザ」にも眉がないそうである。知ってました?

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 ちょうどこの項目を読んでいたのが、電車の中であった。偶然社内で化粧している女が目に入り、私も一句思いつく。

「社内にて 化粧終えて、大欠伸」

 「眠り」の項では、東北のねぶた祭りの語源が、「眠たい」から来ているというのである。なぜかというと、昔の農民にとって眠気は労働の敵であった。農作業妨げになる。だからその睡魔を供え物と一緒に水に流そうというのがこの祭りだという。へぇ~、そうなんだと感心する。

 最後に「老い」の項。立川さんは「今日のような高齢化社会と高度医療の時代、そうした身体の老化による老いの自覚を自然に受け入れることを許さない。自然の老化現象もみな病気であるとされ、治療の対象にされてしまう。多くの人は『老人』ではなく、『病人』とされ、また多くの人は『老人』より『病人』になりたがる」という。たぶんこれは正しいのだろう。
 自分の老いを老いとしてなかなか認められないところはよくわかるけれど、歳をとると、何でもかんでも病気にされ、治療の対象にされてしまうのは困る。また自分の老化を病気だと勘違いする風潮も問題だ。医療産業の陰謀で病人を増産していることにだまされているのではないか、なんて思ったりする。


評価
★★★
 

書誌
書名:からだの文化誌
著者:立川 昭二
ISBN:9784163512907 (416351290X)
出版社:文芸春秋 (1996-02-25出版)
版型:309p 19cm(B6)
販売価:1,732円(税込) (本体価:1,650円)

☆この本は現在品切れのようです。

2007年11月04日

佐藤優著『国家の罠』

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 以前から読みたいと思っていたこの本が、文庫本になったので、早速手に入れ読んでみた。かなり面白かった。そして一外交官の逮捕が日本という国家が大きく変わろうとしているエポックメイキングだったことを知らされる。
 そもそも著者と鈴木宗男氏は歴代総理の命令に従って、2000年に日露平和条約を締結するという国策のために走っていた。すなわちロシアと平和条約を結び、北方領土返還を目指していた。その目的のためあらゆるところからロシアに関する情報を集め、分析し、いかにして北方領土問題を解決するかに邁進していた。そこにはただ国益のためという純粋な目的だけで、私利私欲は一切なかった。ただ日本の国内法に触れる危ない橋も渡らなければならないこともある。あるいは可罰的違法性の範囲内(このことは後で説明する)で法を犯したかもしれない。それを東京地検特捜部に突っつかれた。著者の罪状は背任と偽計業務妨害である。しかしそれは、ロシアを支援しつつ、北方領土をスムースに返還してもらうためには、必要悪であったし、ロシアもそれを利用していた。著者は「そもそも外交の世界に純粋な人道支援など存在しない。どの国も人道支援の名の下で自国の国益を推進しているのである。ロシアとしても、『日本の人道支援を有り難く受け入れる』との姿勢をとりつつも、日本のカネを使っていかにロシアにとって有利な状況を作るかを考えている」と言い、「日本は北方領土返還の環境を整えるという意図もあって人道支援を行っており、ロシアはそれをわかりながら受け入れているが、日本の意図通りには事を運ばせないという腹ももっている。ここから虚々実々の駆け引きが展開された」と言い、ロシアのこともちゃんと見抜いていた。

 私はこうした駆け引きを記した部分より、著者が逮捕され、特捜部の検事とやりとりする部分がものすごく興味があったし、面白かった。著者が検事の取り調べに応じることは、著者の仕事上知り得た事実や人間関係をしゃべることになる。それをすれば外交秘密、さらに特殊情報に関連する事項が表に出て、その結果、日本外務省の情報収集活動に支障きたすことになる。著者は言う。「情報の世界では『存在しない』という話は当事者が合意しない限り、最後まで『存在しない』のである。そして、『会っていない』という約束になっている場合は、誰が何を言おうとあくまでも『会っていない』のである。このルールについては徹底的な遵守が要求される。そしてそれを破った場合、ルールを破った者に対して属人的に責任が追及される。この世界には時効はない」からである。その上で、著者と特捜部の西村尚芳検事が調書の落としどころを模索する。
 その西村検事が著者を逮捕した三日後「これは国策捜査です」と言うのである。そもそも国策捜査というものが何であるか、私は知らなかった。
それは簡単に言ってしまえば、政府の政治的意図によって恣意的に行われる刑事事件の捜査のことなのだが、それはライブドアや村上ファンドの事件もそういわれている。
 で、もっと詳しくその国策捜査とはなんぞやと感じていると、西村検事が著者との取調中の会話に詳しく出てくる。長くなるが引用する。ここに引用したのはほとんどが西村検事の言葉であるが、当然会話である以上著者の言葉もある。しかし長くなるので省いてしまった。ただしどうしても必要なところは、最後に(著者)と入れた。


「あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」

「評価の基準がかわるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」

「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ。特に政治家に対する国策捜査は近年驚くほどハードルが下がってきているんだ。一昔前ならば、鈴木さんが貰った巣百万円程度なんか誰も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がっていくんだ。今や政治家に対しての適用基準の方が一般国民に対してよりも厳しくなっている。時代の変化としか言えない」

「そうじゃない。実のところ、僕たちは適用基準を決められない。時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない。僕たちは、法律専門家であっても、感覚は一般国民の正義と同じで、その基準で事件に対処しなくてはならない。外務省の人たちと話していて感じるのは、外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ。機密費で競走馬を買ったという事件もそうだし、鈴木さんとあんたの関係についても、一般国民の感覚から大きくズレている。それを断罪するのが僕たちの仕事なんだ」

「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショーと週刊誌の論調で事件ができていくことになるよ」(著者)

「そういうことなんだと思う。それが今の日本の現実なんだよ」

「それじゃ外交はできない。ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできやしない」(著者)

「そういうことはできない国なんだよ。日本は。あんたはやりすぎたんだ。仕事のためにいつのまにか線を越えていた。仕事は与えられた条件の範囲でやればいいんだよ。成果がでなくても。自分や家族の生活をたいせつにすればいいんだよ。それが官僚なんだ。僕もあんたを反面教師としてやりすぎなようにしているんだ」

「鈴木先生だって、納得できないと思うよ。『やまりん』なんて、既に国会質問でクリアーされた事件で逮捕されるんだから」

「賄賂だって、汚いのとそうじゃないのがある。鈴木さんの場合はそうじゃない方だ。潰れかかっているかわいそうな会社を助けたわけで、道義的には恥ずかし話じゃない。しかし、賄賂は賄賂だ。この辺は法適用のハードルが低くなってきたんだから、諦めてもらわなくてはならない」

「それは諦めきれないだろうな。それに可罰的違法性の観点からも問題があるんじゃないか」(著者)

「可罰的違法性については、一般の公務員が十万円現金で賄賂をもらったら、確実にガチャン(手錠をかけられるの意味)なんて、問題ないよ。以前のように、政治にはカネがかかるという常識を国民が認めなくなったから、『やまりん』でも鈴木さんがやられるようになったんだよ」

「国策捜査は冤罪じゃない。これというターゲットを見つけだして、徹底的に揺さぶって、引っかけていくんだ。引っかけていくということは、ないところから作り上げることではない。何か隙があるんだ。そこに僕たちは釣り針をうまく引っかけて、引きずりあげていくんだ」

「そうじゃないよ。冤罪なんか作らない。だいたい国策捜査の対象になる人は、その道の第一人者なんだ。ちょっとした運命の歯車が違ったんで塀の中に落ちただけで、歯車がきちんと噛み合っていれば、社会的成功者として賞賛されていたんだ。そういう人たちは、世間一般の基準からするとどこか無理をしている。だから揺さぶれば必ず何かでてくる。そこに引っかけていくのが僕たちの仕事なんだ。だから捕まえれば、必ず事件を仕上げる自信はある」

「特捜に逮捕されれば、起訴、有罪もパッケージということか」(著者)

「そういうこと。それに万一無罪になっても、こっちは組織の面子を賭けて上にあげる。十年裁判になる。最終的に無罪になっても、被告人が失うものが大きすぎる。国策捜査で捕まる人は頭がいいから、みんなそれを読み取って、呑み込んでしまうんだ」

「アハハハ。そうそう運が悪い。ただね、国策捜査の犠牲になった人に対する礼儀というものがあるんだ」

「罪をできるだけ軽くすることだ。形だけ責任をとってもらうんだ」

「被告が実刑になるような事件ははよい国策捜査じゃないんだよ。うまく執行猶予をつけなくてはならない。国策捜査は、逮捕がいちばんの大きいニュースで、初公判はそこそこの大きさで扱われるが、判決は小さい扱いで、少し経てばみんな国策捜査で摘発された人々のことを忘れてしまうのが、いい形なんだ。国策捜査で捕まる人たちはみんなたいへんな能力があるので、今後もそれを社会で生かしてもらわなければならない。うまい形で再出発できるように配慮するのが特捜検事の腕なんだよ。だからいたずらに実刑判決を追求するのはよくない国策捜査なんだ」


 検事がここまで言っちゃっていいのだろうかと思うけれど、でもこれだけはっきりとものを言う検事は逆にいい検事さんという印象を読む側にも与えるし、取り調べられた著者にしても、西村検事を悪いイメージでとらえていない。むしろこうして自分とのやりとりを本であからさまにしてしまったことで、西村検事の進退に何らかの影響を与えたんじゃないかと心配しているくらいだ。幸い西村検事は今は最高検検事になっている。
 さてここにも「可罰的違法性」という言葉が出てくる。著者はこの本で次のように説明する。

「可罰的違法性の観点とは、厳密に言えば法律違反だが、誰もがやっていることなので、あえて刑事罰を与えるには及ばないという意味だ。要するに『お目こぼし』の範囲内ということだ」と。

 つまり先にも書いたが、法律違反だけれど、それほど目くじらたてるものじゃない。だけどあえてそれをすることでものごとがスムーズに行くならそうせざる得ない。だからちょっとやってしまった。一方取り締まる方も、それじゃ仕方がないよなと納得できる範囲のことだと思う。しかしそれがだんだん許されなくなってきてしまっている。西村検事が言うように「ハードルが低くなってきている」のである。一般国民が許さなくなってきてしまっているのである。世間が許さないという範囲がだんだん狭まってきていて、ぎすぎすしてきているのである。そしてそれを作っているのが著者が言う「ワイドショーと週刊誌の論調」なのである。東京地検だって世論の風潮を完全に無視して捜査はできないのであろう。
 これは今盛んに新聞やテレビを騒がせている「偽装問題」にも通ずる。食の安全ばかりをマスコミが強調しすぎるため、少しの余裕も許されなくなってしまっている。食の安全を本当に考えるなら、BSEなどはもっともっと追求すべきなのに、それをしないで和菓子の表示偽装などに目くじらたてている。BSEは何十年後かには多くの患者が出ちゃうんだよ。そして確実に死んじゃうんだよ。本質を見抜かないで細かいことに目を奪われていたらえらいことになる。私は何においても多少のおこぼれはあってもいいと思っているし、逆にそれが物事をスムーズに動かしていくことになるのではないかと思っている。

 話がずれた。ではどうして著者と鈴木宗男氏に「時代のけじめ」をつけさせる必要あったのだろうか。それは小泉政権成立が大きく関わっている。小泉政権成立後内政、外交が大きく変化したのだ。著者の分析が面白く、さすがと思った。
 小泉政権成立後、内政では、ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交では、地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換したのだという。
 「ケインズ型公平配分路線」とは今まで日本の政治が行ってきた、悪い言葉で言えばばらまき政治なのだろう。しかしそれはそれでみんなが、あるいは地方もある程度富を分配していた。
 ところがら「ハイエク型傾斜配分路線」とは競争原理を強化することによって、日本経済を活性化し、国力を強化することを目指す。従って官から民への権限委譲、規制緩和、個人が何よりも重要で、個人の創意工夫を妨げるものはすべて排除することが理想となり、経済的に強い者が自分たちがもっと強くなることで社会を豊かにするという路線である。
 そして外交に関しても、今までは困ったときはお互い様。仲良くやりつつ、問題を解決しましょうという路線から、日本人の国家意識、民族意識の強化をめざす。小泉さんの強行までとも言える靖国参拝などいい例であろう。著者はこれを「排外主義的ナショナリズム」という。
 この内政・外交路線の変更が鈴木氏をターゲットとしたことによって、二つの大きな政策転換が容易になったと言っても過言ではない。鈴木宗男氏は旧態の政治路線をそのまま行っていたのだ。そして鈴木宗男氏についていた著者も同様に逮捕されたわけだ。著者は次のように言う。

「鈴木宗男氏は、『公平分配モデル』から『傾斜配分モデル』へ、『国際協調的愛国主義』から『排外主義的ナショナリズム』へという現在日本で進行している国家路線転換を促進するための格好の標的になった」

「鈴木氏が国策捜査の対象となった大きな要因は、この二つだという見立てでまず間違いない。そして鈴木氏のパーソナリティー、さらに田中眞紀子女史との対決が、国民の目線から悪役鈴木宗男を形成する上で大きな役割を果たした」


 この小泉路線の歪みが、地方の疲弊、格差社会の形成をすすめた。それが先の参議院選挙で自民との大敗北となったのは周知の事実である。劇場型政治踊らされていた国民は、気がついたらとんでもないことになっていたことに気がついたのである。言ってみれば馬鹿踊りされていた国民が鈴木宗男氏を時代が断罪したのかもしれない。
 そしてさらに言わせてもらえば、西村検事がいう「ハードルを低くした」のは国民で、自分たちに余裕がなくなったことで、他者を許せなくなってしまっているところが、そうさせたのではないかなんて思う。そしてそれはいつか自分たちの首を絞めかねないことになるかもしれないのに、そう動いていることをわかっているのであろうか?

 この本は一外交官の逮捕だけじゃなくて、つい今まで進んできた日本の政治に警鐘を鳴らしているように思えてならなかった。


評価
★★★★★


書誌
書名:国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて
著者:佐藤 優
ISBN:9784101331713 (4101331715)
出版社:新潮社 (2007-11-01出版) 新潮文庫
版型:550p 15cm(A6)
販売価:740円(税込) (本体価:705円)

2007年11月01日

阿刀田高著『小説家の休日』

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 初めて阿刀田さんのエッセイを読む。私は阿刀田さんの熱心な読者ではないのだけれど、最近なんか面白そうな作家なのかもしれないと興味を持っている。いずれ作品を読んでみたいと思っているのだ。
 さて、私はエッセイというのが好きである。自分にとって新しい作家の本を読むとき、まず一番最初に手にするのがエッセイである。エッセイを読めば、何となく作家の好みや考え方などがおおよそ見当がつく。そしてそれらが私の好みであれば、次に小説を手にすることになる。
 仮にちょとなぁ~と感じたとしても、すべてが否定的にならなくてすむのがエッセイのいいところのような気がする。まず全面、否定や拒否反応を起こすことはない。どこかおっ!と思わせてくれるところが必ずある。あるいはうん、そうだよねと感心したりもできるところがどこかある。小説だとこうはいかない。一つのテーマで書かれたものであると、一度拒否反応が起こるといつまでも尾を引いてしまい、最悪の場合、読まなきゃよかったなんてこともよくある。だからまずはエッセイからというのが私の本を読む場合の不文律というところだ。
 で、この本で私が感心したところを抜き出してみる。まずは松本清張さんに関する記述である。阿刀田さんが「清張さんは、知っていることはなんでも役に立ててしまうんだなあ」という感想を持つ。たとえば『砂の器』で「出雲方言の中になぜか東北地方の方言とまったく同じズーズー弁がある」という言語学的謎をみごとに利用した。阿刀田さんは「『砂の器』の発想の第一歩はあそこにあったのではないか」と考えるのである。それを読んだとき、私が以前から同じことを感じていたので、阿刀田さんもそう思いますかと、うれしくなった。
 私が『砂の器』を読んだのは高校時代である。このズーズー弁の謎も驚いたけれど、和賀の女が列車から紙吹雪をまいている記述があるが、あれが紙吹雪でないと、刑事が考えたとき、そしてそれを探すために線路をはいつくばって探すシーンを読んだとき、私はもうこの本の虜となっていたことを思い出す。

 次に、中島敦の『文字禍』のことが書かれている。この作品開高健さんがよく引用していたのを思い出す。開高さんも中島敦を高く評価していた。それを読んだとき、中島敦の作品を読みたいと思い、筑摩文庫版の作品集を買ったのだが、未だ読んでいない。今読んでみたなあと思った次第だ。
 阿刀田さんはこの『文字禍』と『狐憑』という作品からかなりの影響を受けたようである。これらを「従来の小説とは少しちがう小説だな」とか「大人の寓話みたいなおもしろさ、これはなかなか得難いものだな」と感じたという。そこから阿刀田さんは中島敦のこの二つの小説から技法を盗み取って、いろいろな形で利用してきたというのである。
 これを読んだときへぇ~そうなんだ。阿刀田さんの作品に私が以前関心を持っていた中島敦の作品(といってもまだ読んでいないのだけれど)が影響していたんだと知ったとき、なんだか阿刀田さんが身近に感じられたのである。だから中島敦の作品も今度こそ読んでみようと思うし、阿刀田さんの他の作品も読んでみたいと思うようになった。

 このエッセイには阿刀田さんの本に関する考えが至るところにちりばめられている。それは作風から、本そのものについても言及されている。様々な本を読まれて、その感想も書かれている。その中の「構造としてのミステリー」では、いわゆる謎解きはミステリーや推理小説のためにだけあるものじゃなくて、小説全般がそうだという。それを次のようにいう。

「一つの謎が呈示される。その謎が深まり解決のヒントが示され、やがて謎が解け、大団円となる。ミステリー構造と呼ぶべきものであり、これは狭義の推理小説だけではなく、広く小説全般に用いられ、ストーリーのおもしろさを醸し出す有力な方法となっている。夏目漱石の<こころ>や安部公房の<砂の女>も例外ではない。およそ小説と名のつくもので、主人公がどうなるのか、この事件はどう運ぶのか、謎の呈示とその解決に無縁なものは、むしろ少数ではあるまいか」

 なるほど確かにそういわれればそうだと思う。謎解きに特化したものがミステリーや推理小説なのだろうが、それらに限らず、小説のおもしろさはすべからくそこにつきるかもしれないななんて私なりに思った。
 あるいは「本は安いぞ」では、本が高いといわれるけれど、「本というものは、ほかの商品とちがって、それを利用する人によって価値がまるで異なる。天と地ほどちがう」というのも、よくわかる。たとえば文庫本を読み終わったとき、いい本を読んだと感じたら、これで○○○円とはかなりお得だと思う。でもまったく興味のない人にそれを言ったところで、そうか?と言われるのがおちである。本というのはそういうものなのだ。阿刀田さんは「私の思うところ、読書ほど安くて、おもしろくて、ためになるものは、ほかにそう多くはない。そのうえ、いつでも、どこでも、だれに迷惑をかけることもなく、独りで楽しむことができる。対象となる分野も、限りなく網羅的で、たいていのものがそろっている。入門から初級、中級、上級、奥義まで備わっている。読書の趣味を持っているかどうかで、一生の楽しみの総量は相当異なってくるのではあるまいか」というのは、もっともだと思う。
 だけど私は「だから本を読みなさい」なんて言いたくない。そんな偉そうな言い方をするほど本を読んじゃいないし、そもそも自分の楽しみで読んでいるだけのことなのだから、そんな教条的なことは言えない。阿刀田さんが言うように「ただおもしろいだけ、それだけで読書は価値がある」と思っているだけだ。
 そんな中、阿刀田さんは「一般論として言うのだが、小説は二十ページを読んでおもしろくなければ、読み続けることはあるまい。波長がちがっているのだ。好みに合うものを選んで読むのが第一義だ、と私は信じている」というのには、うん、確かにそうかもしれないなんて思った。
 けれど、じゃあ、そこでやめられるかというと、やめられない。もしかしたらこの後おもしろくなるかもしれないと考えたり、これがおもしろくないのは私の知識不足からくるものだろうから、読み終えた後、その知識が私に残るかもしれないと淡い期待を持ちながら我慢して読む。でも、たいがいは裏切られるか、まったく理解できなかったりする。それにお金を出して買った以上、読むなら最後まで読まないともったいないという貧乏性もそうさせる。そう簡単におもしろい本など出会えないものだ。でもまったくない訳じゃない。1冊でもそれがあるから楽しいのである。そんなもんだと思っている。

 最後に宮部みゆきさんの『模倣犯』の阿刀田さん感想が書かれているが、それが笑っちゃった。「とにかく長い。三千五百枚。長すぎるように感じた。(略)登場人物や出来事のディテールにこだわることは大切だが、そのディテール自体が読んでいておもしろい、ということも小説を読む楽しさの一つだが、そこにはおのずと濃淡があるはずだ。ディテールの表出に当たって厳しい取捨選択があるはずだ。<模倣犯>は克明すぎて、際立たせるものが際立っていない」という。私もそう感じた。多分それが宮部さんの作風なんだろうが、ある意味弱点なのかななんて偉そうなことを思う。


評価
★★★★


書誌
書名:小説家の休日
著者:阿刀田 高
ISBN:9784087474312 (4087474313)
出版社:集英社 (2002-04-23出版) 集英社文庫
版型:344p 15cm(A6)
販売価:630円(税込) (本体価:600円)