2008年02月28日

阿刀田高著『犬も歩けば』

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 続いて阿刀田さんエッセイを読む。相変わらずいいテンポで話をしてくれている。このエッセイでは阿刀田さんがどうしてギリシアに関心を持たれたのか、その経緯が書かれている。
 阿刀田さんは大学時代フランス文学を専攻していた関係で、ギリシア神話と縁が深かった。しかしそれ以前に父親の本棚の奥に『世界裸体美術全集』があって、阿刀田さんが中学生の頃、密かにページを開いて見ていたという。裸体画は主にギリシア・ローマ神話にちなんだものだった。その後全国屈指の高校に入学される。社会科の先生がギリシアの民主主義を中心に一年間古代史ばかりの授業をする変わり者の先生がいた。阿刀田さん自身は古代ギリシアのことは詳しくなかったが、周りはみんなよく知っているようで、あわててホメロスの『イリアス』を読んだという。高校生には難解の本であったが、『世界裸体美術全集』を断片的に読んでいたから、「なるほど。これはあの絵のことだな」と見当がつき、『イリアス』を読み終えることが出来たという。
 つまり阿刀田さんのギリシアの関心は、子供の頃隠れて見ていた『世界裸体美術全集』に由来するらしい。思わず、「へぇ~、そうなんだ」とちょっと面白かった。でも案外ことのきっかけなんて、こんなもんじゃないかなんて思ったりする。阿刀田さんも「思いがけないものが、役に立ってくれる、それが人生というものなのだろう」と感慨深げに言っている。
 この後しばらくギリシア神話やギリシアの旅のことが触れられており、あの大作『新トロイア物語』生まれた経緯が語られていて、これは絶対に読まないといけないなと思った次第だ。

 この本の書名の一部になっている「犬もあるけば棒に当たる」というエッセイが気にかかった。ところでこのことわざの意味はどういう意味かご存じですか?
 阿刀田さんは若い人にこのことわざの意味を尋ね、その人は「外に出て行くと、棒に当たるから、家にいよう、って、そいうことじゃないんですか」と答える。私もほぼそういう意味だと思っていた。つまり警戒心の強い犬(中にはバカ犬もいるけど)だってぼーっとしていれば、棒に当たる災難にあうということだと思っていた。
 ところが阿刀田さんが理解していたのはそうではなく、「たとえ才能がなくても何かやっているうちに、思いがけない幸運にあう」ということらしい。この場合、“棒”はよいものを暗示している。だから阿刀田さんはその若い人がとんちんかんな答えを出したとを、「若い人が故事来歴にうといのは、今に始まったことではないし、私もまた一つ前の世代の人に同じようなことをさんざん言われて育った記憶があるから、深く拘泥しないけれど」とちょっと鼻白んでいる。まぁ普通に読めばそう解釈できないこともないかと思っていたらしい。
 ところが不安になって辞書を調べてみると、この若い人が言ったことがこのことわざの意味として書かれており、愕然とするのである。私からすれば阿刀田さんが知っていた意味の方が、へぇ~そういう意味もあるのかと、ちょっと驚きであった。
 実際調べてみると、広辞苑では「物事を行う者は、時に禍いにあう。また、やってみると思わぬ幸いにあうことのたとえ」とある。岩波ことわざ辞典では「(1)何かをやっていれば意外な幸運に出会うこと。(2)何か行動すると災難に遭遇すること」とあるのである。
 確かに阿刀田さんが言うように、「犬が歩いて棒に当たる、たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに解釈がちがうのだろうか」思ってしまう。国語上、解釈は限られているだろうけれど、場合によってはこのように、聞く人の心構えによって、聞こえてくるものがまるでちがうこともあり得る一例なのだろう。でもこれは面白かった。今の若い人を鼻白んで、“おいおい”と思いつつも、ちょっと待てよと一端立ち止まって、“おや?”と驚きを披露するあたり、やっぱりプロは違う。


評価
★★★

  
書誌
書名:犬も歩けば
著者:阿刀田 高
ISBN:9784877288549 (4877288546)
出版社:幻冬舎 (2000-04-25出版) 幻冬舎文庫
版型:229p 15cm(A6)
販売価:どうやら新刊書店では入手不可のようです。

2008年02月27日

中小書店はダムだ!

 昨日の朝日新聞の文化欄に「草思社支援に書店の輪 業界の悪循環は今もなお」とあった。そう草思社もつぶれちゃったのだ。結構面白い本を出していて、私も何冊か草思社の本を持っている。
 ここのところ書店組合から倒産した出版社があると、緊急のFAXが届くことが多い。通常このFAXを見た組合員の書店は「やばいぞ!早く返品しなきゃ」とあわてる。その姿が目に浮かぶ。
 正直なところ「おいおい頼むよ!」とまずは自分のところの在庫が不良在庫にならないようにすることが精一杯なのだが、今回草思社の場合、たとえばジュンク堂書店の池袋本店では、約500点を並べた「草思社再建支援フェア」のコーナーを設けている。ティーエス流通協同組合(東京都千代田区)も、草思社の書籍30点をセットにし、都内の加盟店約150店から注文を募った。更に東北や関東、近畿の中小18店の共同仕入れを手がける「志夢ネット」(同文京区)も加盟店がフェアを開催中だという。つまりみんな草思社の再建に一役買って出ているのだ。それは大手書店中心の配本が進むなか、「中小にも商品を供給してくれた草思社の恩義に報いたい」ということらしいのだが、まぁ草思社が出版最大手じゃないけれども、しっかりした本を出版してきた経緯がそうさせてるんじゃないかななんて思う
 ところで私が興味があるのは、何で草思社がつぶれちゃったのかということである。この記事はその点が興味深かった。出版業界に詳しい(この○○業界に詳しいというフレーズほど胡散臭いものはないと思うのだが・・・)フリーライターの永江朗さんの話が「なるほど!」と思ったのである。
 「出版年鑑2007」によると06年は出版点数は77,417点。90年に比べて倍増したが、販売額は2割増の1兆4,904億円にとどまっている。出版社は新刊を出すと取次から前払い金が入るが、返本が(2007年の返品率は金額レベル39.4%)多いと最終的に過払いが発生し、それを埋めるためにもまた新刊を出す。 つまり問屋からお金が入るんじゃなくて、逆にお金を取られる可能性もあるから、そうならないように更に新刊を出してとりあえずプラスにするわけだ。要するに自転車操業だね。草思社の新刊も90年代前半は50点前後だったが、昨年度は過去最多の108点にまで急増したという。
 どうしてこうも返品率が高いかというと、もともとこの業界の返品率の高さは異常だったのだが、書店がこうもせっせと返品に励むのは早めに返本して、仕入れの資金を回収する動きに拍車がかかっているからである。生き残るためにやむを得ないのだ。実際90年代半ばに約2万3000店あった書店が現在は約1万7000店に激減している。
 そしてこの記事には書いてないけれど、この書店の激減が、お店に本がばらまけなくなってしまい、結局既存店に配本を依存せざるを得ない状況になり、既存店は既存店で資金繰りのため返品に励むから、どうにもならない。書店の激減はおそらく刷り部数の減少にも影響しているんじゃないかなんて思うのだ。
 90年代半ばに約2万3000店の書店があったときは、少なくとも新刊が今よりも書店にとどまっている時間があったことになるわけだし、とどまっている時間が長ければ長いほどお客の目にとまり、売れる可能性だってかなりあったはずだ。つまり永江朗さんがいうように「書店はその間、本を蓄えるダムのような役割を持っていた。だが今は、その余裕がなくなってきている」 のはそういうことなのだ。
 その上今は余計な在庫を持つなど大名商売なんかしていられない時代である。適正仕入という名のもとで、きつきつの仕入をする。そのためにコンピューター管理を徹底する。余分な分は即返品だ。売れなきゃ即返品なのだ。それでなくても出版点数ばかり増えるのだから、そうせざる得ない。
 草思社の前につぶれちゃったエックスメディアというパソコンのマニュアル本を出していた出版社なんか、自分のところの経営状態が悪化したものだから、在庫を書店に置いてもらおうとして、営業が書店回りして、「いつでも返品を取りますから、置いて下さい」と自社の本を書店に押しつけてつぶれちゃった。そのため返品できなくなって書店のおやじが怒ったくらいなのだ。
 どの業界でも寡占化するのはこういう経済状況下ではやむを得ないのだろうが、あまり中小書店をいじめていると、出版社や問屋、あるいは大書店だって自分のところの首を絞めることになることを自覚すべきなのではないかと思うのだ。

2008年02月26日

阿刀田高著『夜の風見鶏』

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 ブックオフで一冊105円の文庫を三冊買った。すべて阿刀田高さんのエッセイ集である。
 私は新たに読もうとする作家がある場合、その人のエッセイ集を一番最初に読むことが多い。そして何冊か読んでその作家のイメージを自分なりに作り上げてから、本体の小説に取りかかる。そのためその人のエッセイが気に入ると、小説の方も好きになれる。
 最近阿刀田さんのエッセイが気に入っている。だから阿刀田さん小説もこれから読んでいきたいと思っているが、きっと気に入るんじゃないかななんて思っている。

 このエッセイは朝日新聞の日曜日の紙面(平成七年の六月から十ヶ月間)に掲載されたいたそうで、それを一冊にまとめたのがこの『夜の風見鶏』である。新聞に掲載されたエッセイだから、時事にまったく触れないことは出来ないようで、多少なりとも本文で触れている。しかしそれは大声で主張するのではなく、さりげなく触れられている。それこそちょっと“流している”といった感じで、読んでいて心地よい。ただ多少物足りなさも感じないわけでもない。
 そんな中、二編のエッセイが気になった。
 まずは「死刑廃止論の行方」である。このエッセイが収録された頃は、オウム事件の裁判の真っ最中だったので、先進国では死刑廃止が常識的と言われていても、日本では逆にその声を聞かなくなったというのだ。阿刀田さんは日本の大衆の意識は死刑廃止から遠ざかっているに違いないという。それは松本智津夫被告の侵した犯罪は極刑でなければ許せないというコンセンサスが国民的世論となっているからである。
 そして全く関係のない人々が訳もわからないまま殺されていく事件が頻発している現在も、そのとき以上に凶悪犯罪には死刑で臨むべきだという世論になっているのではないかと思う。それは人を殺したら自らの命で償うべきであって、そうすることで犯罪抑止力にもなるからと考えるからだ。
 そういう風潮の時、死刑廃止論を言いにくい。そんなとき死刑廃止論を持ち出せば、馬鹿じゃないのと言われるのがおちだ。しかしそれでいいのだろうかと阿刀田さんは言うのだ。ただ世論がそういう風潮だからそうであるべきという考え方は、ある意味日本国民が全員で間違いに進んでいるかもしれない。だから死刑廃止論者は人間的論理に反すると大上段にその論を展開するのではなく、なぜ松本智津夫被告を死刑に処してはいけないのか、その疑問に答えるべきだと阿刀田さんは言うのだ。それを多くの人に説いて欲しいという。少なくとも一般論で死刑廃止論を展開しても、個々の犯罪に対して強い憎しみがある以上、今の日本では死刑廃止論は進まないだろう。
 その上いつも裁判で思うことは、被告が人を殺めたことが動かしがたい事実なのに、それをないことにしてしまうこと。あるいはやむを得ないと殺人を肯定せざる得ない状況であったことを主張することで死刑を回避する論理の展開がどうしても納得できない。
 本来なら罪を認め、死刑が相当だとした上で、だけれども・・・という弁護士の話を聞きたいと私も思う。少なくと聞く耳は持っておきたいとは思う。ただしそれは裁判で小賢しい弁護を聞くことじゃない。それは当然人々の胸に響くものでなければならない。
 ただこれも私が事件の当事者でないからそう言えるのであって、関係者ならそんなことは多分言えないだろう。それを充分認識した上で、なぜ松本智津夫被告が死刑ではまずいのか。あるいは光市の母子殺人事件の少年が死刑じゃまずいのか。事実に反するといってつまらぬ証拠を次から次へと並び立てて死刑を回避しようとすよりも、死刑廃止論者を自認するなら、松本智津夫被告や少年が死刑じゃまずいのだと納得できる説明をして欲しいと思う。それを聞きたいと私も思った。

若干本筋からそれた。

 もう一つが「読書は楽しいぞ」というエッセイだ。これは今まで読んだ阿刀田さんの読書に関する意見と基本的には変わらないが、補足の意味で、確かにそうだと思ったので書くことにした。阿刀田さんと知り合いの文芸評論家が成人の何十パーセントが一ヶ月に一冊も本を読まないことに亡国の兆しだと嘆く。それに対して阿刀田さんはそれが直ちに亡国の兆しにつながるか疑問を呈す。本を読まなくても元気のいい国はあるし、大衆文化の様相も昔と今では大きく変わっているから、そんなことは一概に言えないという姿勢である。ただ本を読まない傾向は強まっているというだけである。
 あるいは読書は知識を広め、人格高揚に役立つ、というのは嘘ではないけれど、結果としてそうなると考えておいた方がいいというスタンスである。逆にそういうことをあまり口うるさくいうものだから、読書は勉強になってしまい、つまらないものになってしまうのだという。「知識なんかどうでもいい。人格なんか気にしない。とにかく『楽しんだぶんだけ得、得』と、これがよい」という。
 私は阿刀田さんの本に対するこういう考え方が好きである。どうも読書家といわれる人間は偉そうにぶりたくなところがあって、たかが本を読むことに、何でも大きくものを考えてしまうところがあるように思えてならない。私は本を読むことがそんなに偉いことなのかといつも思うので、阿刀田さんの意見に大賛成である。たかが読書じゃないかといつも思っている。
 阿刀田さんは、読書は習慣であって、本を読む習慣をつけたいと思うならば、身に合った本を読めばいいといい、自分が五十点の人間なのに八十点の本を読んでも長続きしない。むしろすぐ投げ出してしまい、読書そのものが嫌いになる。時にはポルノでもいい。人が何と言おうと好きなものを読めば、そのうち読書習慣なんて身についちゃうと言うのだ。まさしくその通り!(でも時には、こんな本ばかり読んでていいのかななんて思うこともある。そんなときはだいたい無理してむずかしい本を次に読んでいるが、だいたい後悔している)
 でも本は面白い。その美味を知ってしまうと、やっぱりそれを知らない人をあざ笑っちゃうのかもしれない。


評価
★★★


書誌
書名:夜の風見鶏
著者:阿刀田 高
ISBN:9784022641847 (4022641843)
出版社:朝日新聞社 (1999-03-01出版) 朝日文庫
版型:205p 15cm(A6)
販売価:どうやら新刊書店では入手不可のようです。

2008年02月23日

佐野眞一著『この国の品質』

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 いつもこの人の本を読んだ後、もうこの人の本を読むのはやめようとと思うのだが、どういう訳か新作が気になり読んでしまう。そして前と同じで、だめだなこりゃと思うのだ。今回も同様で、読んだ後何でこの人の本が気にかかるのか。そして何がおかしいのか考えてみた。

 この本では、最近の日本の品質が著しく低下していることを憂う。特にメディアの退廃のひどさを前書きで次のように言う。
「メディアの退廃は、これに輪をかけている。テレビで構造改革を叫ぶ者が、実は権力の我利我利亡者にすぎないことを、われわれはとっくの昔に知ってしまった。
 それを知らずに有頂天になっているのは、メディアのなかで相かわらず俗情におもねった浅薄な構造改革論を言い立てる本人だけである。その恥知らずな言動には、底なしの卑しさが漂う。廉恥心の美徳を忘れれば、人間は際限なく厚顔になれる。
 権力の暴走を監視するはずのジャーナリズムは、怒って見せるだけの権力の補完物になり下がり、マスメディアから日々垂れ流される情報は、読む者、聞く者、見る者の共感を呼ばないどころか、われわれの胸に響いて、つき動かすということがない」と。まさにその通りと思い、今回はちょっと期待できるかなとページを進んだが、結局この著者の情報もつまるところゴシップ的であるように思えてきた。
 著者が尊敬する民俗学者の宮本常一が自ら「あるく みる きく かく」をして、独自の学問を完成してきたことを自らの戒めとして、ルポライターとしての自分を確立していこうとするところはわかるが、結果著者が地にはうようにして得た情報はゴシップ的要素にとどまってしまっている。それがある意味衝撃的なだけに、へぇ~そうなんだとそれだけが頭に残ってしう。しかも時にはそれを何度も使って、話に色をつけている。
 著者が宮本常一の「あるく みる きく かく」を戒めとして、地をはうように様々な情報を得ることは、それこそ大変なことだし、すばらしいことだと思うけれど、だからといって、そうして苦労しないで得た情報は意味がない、あるいは浅薄だと断罪する姿勢はいかがなものかと思うのだ。
 たとえば司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を自らの足で歩かず、車に乗って、何人もお伴を引き連れた「大名旅行」だったいい、このことをもってして司馬さんのイメージが壊れたというのだが、私からすればえっなんで今頃そんなことをいうのだろうと思ってしまったのだ。しかも司馬さんの『街道をゆく』がこうして車を使った「大名旅行」だったことはあまり知られていないと平気でいうのである。
 これを読んだとき、私はこの人、司馬さんの『街道ゆく』全部読んでいないなと思ったのだ。いや全部読まなくてもいい。ある程度読んでいれば、司馬さんが車に乗って旅されたことは至る所に書かれている。つまり司馬さんの読者は知っていることなのだ。それをたいして読んでもいなくせに読んだかのように「知られていない」と平気で言うのはどういう神経をしているのだろうか。しかも宮本常一のように自らの足で歩かない紀行文を否定する言いぐさはない。
 同様の発想がインターネットに関する著者の意見にも見られる。つまりインターネットの情報が安物で、中身の薄いものと決めつけてしまい、またそこから情報得る人の安易さに危機を感じている。
 けれど、果たしてネット上の情報がすべて安物で中身のないものと断定できるのだろうか。少なくとネット上に真摯に読んで、調べて、書いている人もたくさんいる。その中には貴重な情報もたくさんある。もちろんどうしようもないものもたくさんあるので玉石混合状態なのだが、だからこそその中から貴重な情報があれば有り難いのだ。
 自分のことを偉そうに言うつもりはないけれど、こうして本を読んで、書くだけでもかなり頭を使い、書いている。それが地に足がついていないと言われるんじゃたまらない。だったらあんたのように本に書かれていれば地道なもので、貴重なものなのかと反論したくなる。
 ネットで簡単に情報が得られることにも危惧しているけれど、それは手段であり、方法なのだから、それでいい。むしろ情報の共有が簡単にできることの意味の大きさを考えるべきであって、問題はネット上で得た情報をいかに有効に使ったかその一点にかかってくるんじゃないかと思う。それこそ著者が力説する「読む力」が問われるだけのことじゃないかと思うのだ。
 私は一昔前のやり方がいちばん良くて、大変な労力要するやり方が一番だと主張する輩は大嫌いだ。


評価
★★


書誌
書名:この国の品質
著者:佐野 眞一
ISBN:9784828413914 (482841391X)
出版社:ビジネス社 (2007-11-05出版)
版型:334p 19cm(B6)
販売価:1,785円(税込) (本体価:1,700円)

2008年02月21日

喜国雅彦著『本棚探偵の回想』

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 『本棚探偵の冒険』の続編。続いて読む。出だしで笑った。「本屋で不器用な店員に、買った本の帯を破られるんじゃないかとヒヤヒヤしたことは誰にもあるよね」という書き出しである。たかが本の帯と言ってしまえばそれまでなのだが、コレクターとしては本の帯も貴重なのである。本の一部なのだ。古本などこの帯があるなしで価格が大きく違ってしまうこともあるのだ。
 だからレジに本を差し出す時には店員の本の扱いに神経質になるのはよくわかる。レジ接客していると、私の手元をしっかり見ているお客がいるときがある。多分そのお客は、「おい、その本をぞんざいに扱うなよ!」といった感じで私の手元を見ているのだろう。
 しかし、店員は一連の作業をしなければならない。スリップを本から抜いて、カバーをかけたり、袋に入れて会計をする。そのスリップを抜くとき、あるいはカバーや袋詰めをするときに、帯が破れてしまうこともある。時にはとんでもない造本の本があるからやっかいである。函入り本で、その函がきつきつで本が出てこない。しかも本そのものにパラフィン紙がかかっていると、何とか取り出したものの、今度函に納めようとすると必ずパラフィン紙が破れてしまうのだ。

「本体に挟まっているスリップを取るために、函から本体を抜こうとする。抜けない。揺する。出ない、ブンブン振る。泣きたくなる。ゴトン。おい、すみませんの一言は!?スリップを探す。そっちは底だ。背を見て天か地かも判らないのかよ。お前は普段洋書専門かよ。だいたいな、その本はな、五年前からそこの棚に並んでいた本で、とっくに絶版になっていて、今からスリップを戻したって在庫ねぇよ。必要ねぇんだよ。まぁいい、それはそれ、問題は本を函に戻すときだ。パラ(パラフィン紙のこと)をクシャってすんなよ。なるんだよなこれが。絶対になるんだよ。他の店でもこの本はあったんだ。だけど、そこのはすでにクシャクシャだったんだ。客もよ、立ち読みするんじゃねぇよ、高い本を。買いもしないのに中身見るんじゃねぇよ。高い本見るときはな、保証金預けろ。免許証提示だ。あっおばちゃん、そんなに力入れたらダメだよ。ほらずれてるって。何?いいよ、他の客は。『バトル・ロアイアル』どこですかだと?目の前に積んであるだろ。ポップ立ってるだろ。赤い字で『ビートたけし主演・大ヒット公開中』って書いてあんじゃん。探すなよ、ババア。手元に注意しろよ。もういいよ、貸せよ。ほら一万円だ。釣り銭用意しろ。俺がやるよ。函には俺が入れるよ」

 書店員も結構大変なことが判るでしょう!こういう本を扱うときはかなり神経を使うのだ。でも自分が客だとそうは言っていられない。やっぱり喜国さんのように言いたくなるのである。

閑話休題

 レジで思い出した。昔大手町で公務員を相手にしていたことがある。最初勝手に配本されたエロ文庫を仕方がないので店頭に並べていたのだけれど、これが売れる。だからエロ文庫の新刊を平積みにしていた。公務員はスケベなのだ。で、それをレジに持ってくるのだが、面白いのは必ず他の文庫、たとえばミステリーなどを表にしている。絶対にエロ文庫を表にしない。本当はエロ文庫が読みたくて仕方がないのだけれど、それじゃあまりにもみっともないから、読みもしない本より、読めそうな西村京太郎の文庫本を選び、一緒に持ってくる。魂胆が見え見えなのだ。
 私は基本的に公務員が嫌いなので(銀行員も嫌いだ。これは書いたけれど・・・)、文庫二冊を受け取り、下に隠してあるエロ文庫をわざと表にしてレジを打つ。そしてそのエロ文庫からカバーをかける。本当はゆっくりカバーがけしたいところなのだが、そうも言っていられないから普段通りにやる。しかし腹の中ではあんたも好きなのねと思っていた。

 さて、喜国さんの本に戻る。この本や先の本を読んでいると、古本に限定せずとも本という<物体>は読むことに限らず他に楽しむというか遊べることが出来ることを知る。
 たとえば喜国さんは前回、早川書房のポケットミステリを一日どれほど集められるかということをしている。ただこれは購入するのではなく、今まで出版されているポケミスを古本屋だけでなく新刊書店でチェックして、全巻集めてみる。
 又は自分で欠けている本の函をオリジナルで作ってみたり、豆本を作ってみたりする。あるいは自分で集めた本から出版社を問わないアンソロジーを作ってみたり、オリジナルカバーまで自分で作り統一感を出してみたりする。
 さらにミステリーグッズとしてミステリー本の表紙をトレカにしてみたり、探偵小説のTシャツを作ってみたり、結構まめなのである。さすがここまでして本と遊びたいとは私は思わないけれど、面白いとは思う。
 その上ゲーム感覚で、神保町から水道橋の古本屋、新刊書店を一軒一軒巡ってみたり、新刊書店が危機に瀕しているから、五万円投資して、本を買いに出かけたり、いろいろとやってくれている。
 そんな中、喜国さんがブックオフにあまりいい感情を持っていないことがそれとなくわかってくる。ブックオフが、持ち込まれた本をきれいか汚いかだけで判断し、同じ値付けがされ、汚い本は捨てられ、残った本は磨かれ店頭に並べられることが気に入らないらしい。確かにそうである。ブックオフにいる店員に古本の本当の付加価値などわかるわけがないから、それは仕方がないだろう。
 それと「本が好きだから、本を邪険に出来ないから、捨てることが出来ないから」、あるいは「捨ててゴミになるなら誰かの元に言ってほしい」という気持ちから新古書店に売りに行く。そこに環境問題も絡んでくる。この本好きの微妙な感情を利用してブックオフは成り立っているというのが気に入らないらしい。
 まぁそれほど込み入った感情でブックオフに本を売りに行く訳じゃなかろうが、捨てられないし、捨てるなら、多少でも現金か出来るなら、近所にあるブックオフに持っていこうというところじゃないかなと思う。
 ブックオフに関しては賛否両論あるが、私はかなり利用しているので、その存在価値にとやかく言うことは出来ない。だからここでやめておく。


評価
★★★


書誌
書名:本棚探偵の回想
著者:喜国 雅彦
ISBN:9784575713381 (4575713384)
出版社:双葉社 (2007-10-20出版) 双葉文庫
版型:493p 15cm(A6)
販売価:859円(税込) (本体価:819円)

2008年02月15日

喜国雅彦著『本棚探偵の冒険』

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 この本は東京堂の本店はす向かいにあるふくろう店で見かけた。そのときはこの著者のことも全く知らないので、書名は気になっていたが、とりあえず買うのを控えた。でも古本や本棚に関するエッセイは個人的にどうしても気にかかる。で、後日他の本屋さんで探し求めたが、この後読む続編はあるのだが、この本は棚に並んでいなかった。何件か書店を回ったがやはり同じであった。仕方がないのでここのところお世話になっているアマゾンでこの本と続編を注文する。(ほんとこのままでいると、書店では本を買わなくなりそうだ)
 それでこの本を読んで喜国さんがギャグ漫画家であり、奥様も同じ漫画家の国樹由香さんとのことを知る。喜国さんは「横溝正史の絶版文庫を集めるために古書店通いをしているうちに、いつしか古書が人生最大の趣味になった」人で、なにせカーナビに数多く古本屋さんの所在地を登録している人なのだ。主に古い探偵小説や怪奇小説などを集めているという。
 そして変わっているなと思うところは、それを納める本棚にこだわりを持っていることである。つまり本が入ればいいというのではなく、きれいにそれら古本が収まっていないと気が済まないのだ。ネットで「潜入!本棚探偵の凄い本棚」というサイトがあるのだが、それを見てみると、なるほど確かに美しい。


http://media.excite.co.jp/book/interview/200412/
index.html


http://www.kunikikuni.com/index.f.html


 さすが友人の本棚の整理を買って出るだけあって、本棚にはこだわりを持っている。新たに購入した古本を本棚納めるために、それまできれいに美しく並んだ本を棚ごと移動させるというこだわりなのだ。さらに市販の本棚は読書家が作ったものじゃないから、棚一杯にきれいに収まらず、上部に大きなスペース出来てしまう。だから美しい自分で本棚を作るという始末。函がなくなってしまって価値の下がった古本を自分でオリジナルの函を作って棚に収めてしまうところまでやるのだ。几帳面というより多少病的な部分も感じないわけでもないが、まぁ古本が好きな人は案外こうした病的な部分を持ち合わせているような気がする。
 じゃあ自分はどうなんだと振り返っちゃうと、私は古本も集めはするが、そこまで本棚に収納することにこだわっていない。実際今は、本棚の整理をしないものだから、本棚から取り出し読んだ本を元の場所に収めず、棚に積み上げているし、そこの新たに購入した本も同様に積んだままになっている。要は“ずぼら”なのだ。
 喜国さんの本棚の整理方法で参考になったことがある。私の本棚も大工さんに任せて作ったものだから、ぴったりと本が収まらず、上部にかなりの隙間が出来る。しかも棚がダボで上下出来るのだが、そのダボ穴の間隔が結構広く取ってあるものだから、細かい調整が出来ない。奥行きもそれなりにあるため、文庫などは二列に並べている。これだと奥にある本は全く見えない。しかも上部は本を横にして収納してある。
 喜国さんの本の整理の仕方は、まず奥の本を見えるように、上部に横積みするのではなく下に横にして、高くしてその上に文庫を並べれば奥にある文庫も見えるというのだ。む~ん、確かにそうだ。その下敷きになる本はしょうもない本や読んで絶対に再読しない本を犠牲にする。これはいいかもと思った次第で、今度やってみようかなと思っている。

 さて、私は本は読むものだけのものじゃないと思っている。もちろん読むことが最優先だけど、読まなくてもその本を持っているということだけで満足できるものもあると思う。その本を眺めているだけで楽しい。読むとはなしに古本を手にとって、眺め、ページをぱらぱらめくるだけでも、至福の時を感じてしまうことがある。
 古本自体、時代の荒波にもまれ、生き残ってきただけに、それだけで希少価値がある。古びてても、多少かび臭くても、それが古本の価値を高めるものじゃないかなんて思うのだ。
 今はネットでかなり楽に古本を手に入れることが出来るが、ちょっと前までは、自分で神保町や早稲田界隈の古本屋さんを歩いて捜し回った。それだけ労力と時間をかけて探して見つけ出した本だけに余計に愛着を感じてしまう。
 この本ではよく“タイムマシーンがあれば”という文句が出てくる。つまり現在ある古本が発売当時の何十倍、いやそれ以上の値段がついていること、あるいは探している本がなかなか見つからないから、当時にさかのぼって買いに出かけたいという気持なのだが、はたしてそれがいいかというとそうでもないんじゃないかと思うのだ。
 古本は時間をかけて探し回ることに価値がある。つまりたとえば好きな作家の本を古本屋で集め始めると、最初は結構集まる。しかしすべてが集まるかといえばそうでもない。なかなか手に入らない本は、やっぱりそう簡単に見つからない。それこそ何年越しで集めるものなのだ。そして探している本があったときの感動は言葉で言い表せない。私も古本集めをしていた頃そんな感動を味わったことがある。本当にうれしいものなのだ。そしてやっと見つけた本はだいたいが値段が高い。なぜならその本は古本市場で入手しにくいものだから値が張るのだ。全集などの入手しにくい巻をキキメという。そこでこの本が欲しいのだが、値段を見て驚き、買うかどうか悩み、意を決して購入する。もうそれは宝物なのだ。(やっぱり私も危ない世界にちょっと顔を突っ込んでいるかもしれない)
 それがわかるから、喜国さんが自分が欲しい本を必死になって探す気持がよくわかる。うんうんそうだよねなんて思っちゃうわけだ。そういういきさつが古本に関するエッセイには書かれているものだから、私は好きなのだ。
 そして欲しい本が集まってくると、古本探しもだんだんなくなってくる。好きな作家の本を探し求めているときは楽しいのだが、それ以外の作家に興味が移らないのだ。私もそうであった。だから古本屋街を歩くことをやめたのだ。しかし喜国さんは「選別貴族本」といって専門店で値の高い本に移っていく。そしてこの世に一つしかない「生原稿」に手を出した。
 ところがこれがちょっと怪しい代物で、本物か偽物かいろいろと情報を得て自ら調べていくのだが、どうも偽物っぽいのだ。そのときの衝撃を次のように言う。「美女が化粧を落としたら別人だったどころじゃない。パンツを脱がしたらチンコが生えていたぐらいの衝撃だ」と。大笑いしてしまった。さすがギャグ漫画を生業としているだけのことがある。


評価
★★★


書誌
書名:本棚探偵の冒険
著者:喜国 雅彦
ISBN:9784575712902 (4575712906)
出版社:双葉社 2005/01出版 双葉文庫
版型:453p 15cm(A6)
販売価:800円(税込) (本体価:762円)

2008年02月13日

松谷健二著『カルタゴ興亡史』と長谷川博隆著『ハンニバル』

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 “カルタゴ”に興味を持った。
 古代地中海世界に通商国家として栄えたにもかかわらず、自分たちで自分たちのことを一切残さず、あの古代ローマ帝国を一時は恐怖におとしめたにもかかわらず、かえってそのことがローマに完全に抹殺される理由になった国、ローマを一生恨み続けた男、ハンニバル・・・。ちょっと面白くありませんか?で、入門書みたいなものを探していたら、この二冊がいいかなということで、アマゾンで注文し、読んでみたわけである。
 『カルタゴ興亡史』はいわゆるカルタゴの通史であり、もう一冊の『ハンニバル』はカルタゴといえばハンニバルというわけで、ハンニバルにスポット当てて、彼が歩んだ歴史をつづっている。
 今回はこの二冊をまとめて書いてみたい。
 といっても、カルタゴっ何って言われそうな感じがするし、何で今頃カルタゴなのと言われそうな気がする。事の発端は、先に読んだ阿刀田高志さん『海の挽歌』の影響による。あの本を読んで、もう少しカルタゴのことを知りたいと思ったのだ。それでこの二冊を読んでいて愕然としたのは、私の中でいわゆるヘレニズム文化が抜け落ちていることであった。たとえば地中海の地図である。私の中でローマのあるイタリア半島からいきなり小アジアになってしまい、そこから北アフリカと続く世界になっていたのである。つまり、ギリシア、マケドニア地域がなかったのである。今回この本にある地図を眺めていて、またカルタゴという国の歴史を知るにあたり、改めて、認識をした次第である。

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 さてそのカルタゴの歴史である。カルタゴは今のチュニジアに位置し、いわゆるフェニキア人の植民地であった。チュニス市街から北東約二十キロあたりがフェニキア語で“新しい町”を意味する旧カルタゴで、今はカルタゴ本来の遺跡はない。すべてローマによって破壊され、自然の地形である商港と軍港の跡がわかるだけであるという。『カルタゴ興亡史』の著者はかつてカルタゴがあった土地に立って、「その遺跡がないという事実にはなにか鬼気せまるものがある」という。
 フェニキア人は元々は今のレバノンあたりに住んでいた民族であり、場所柄、エジプトと小アジア、メソポタミアから地中海に至る終点に当たるため、交易が盛んな地域であった。特にレバノン杉はエジプトに持って行けば高く売れた。そしてカルタゴの富を作ったのは、前四世紀半ばから東方への穀物その他食糧の輸出が増えた結果だろうとされる。中心都市はチェロスである。
 カルタゴの建国伝説が面白い。チェロスの王ピュグマリオンの妹エリッサは大司祭で大富豪で、叔父であるアケルバスを夫としていた。しかしピュグマリオンはアケルバスの勢いと、財宝に目がくらみ彼を殺してしまった。怒ったエリッサは船を仕立て、財宝を積んで亡命する。長い後悔の末たどり着いたのがアフリカに一角で、伝説では原住民に一枚の牛の皮を示し、これが覆うだけの土地を譲って欲しいと頼む。原住民はそれくらいならおやすい御用と承知するが、エリッサは皮を細く切り刻み帯として広大な土地を手に入れたという。
 エリッサは土地の首長に言い寄られ悩み、自殺遂げたというが、ローマの詩人ウェルギリウスはトロヤの王子でローマの建国の祖とされているアエネアスが彼女を愛人としたという。アエネアスは神の命ずるがまま、ローマに赴くが、それに絶望したエリッサは火に身を投じた。(ここではエリッサはディドーという名になっている)
 まあとにかくカルタゴは海洋国家であり、商業をメインとして成り立っていた国家であった。そのためギリシア人やローマ人に比べてカルタゴ人は非政治的であった。さらに彼らには、特別な場合を除き軍事義務がなかった(軍隊はほとんどが傭兵であった)ことが、市民としての連帯感や相互扶助意識の欠如を生んだようである。
 カルタゴで最も崇められた神様はバール・ハモンと女神のタニトという神で、ちなみにハンニバルは「バールのお気に入り」という意味だそうだ。子供などいけにえ捧げる野蛮なところも持ち合わせていた。 地中海の地図を眺めていると、カルタゴは故郷小アジアとスペインの中間地点にあたり、ここは重要な地点であっただろうなということがわかる。そしてそのすぐ先にあるシシリー島もヨーロッパと北アフリカの中間地にあるので、ギリシアもローマもカルタゴと覇権争いせざるを得ないことがわかる。カルタゴといえばローマと戦争(ポエニ戦争)していたことばかり記憶にあるのだが、それ以前にギリシアとも長いことこのシチリアを巡り戦争をしていた。だからこの『カルタゴ興亡史』の前半はギリシアとの争いにだいぶ記述がさかれている。
 そしてカルタゴといえばハンニバルとなる。しかしこの二冊の本を読んでいて、いったいハンニバルは何を考えていたんだろうと思ってしまった。確かに第一次ポエニ戦争の敗北で、海軍の使用で失敗したこと。そして大海軍と大陸軍をともに養うのは財政的に不可能なことから、思い切って伝統の海軍を捨てて、歩兵と騎兵に重点を置きイタリアへ攻め込むには陸路を取るしかない。ローマに勝つためにはその本拠地イタリアで潰すしかないという認識に基づく計画で、わざわざアルプスを越えてローマに入り込んだのはわからない訳じゃないが、どう考えても無謀としかいいようのない作戦であったと思うのだ。確かに局部戦ではいわゆる奇襲作戦が成功しているし、ハンニバルの作戦が功を奏した部分もあるけれど、短期決戦ならともかく、戦いが長期化すればするほど、ローマ領内で戦いをすれば不利になることは明らかである。しかも相手はローマである。しっかりしたバックボーンを持っている。たとえ一時ハンニバルに敗れてもすぐ体制を立て直せる力は充分持ち合わせているのである。そしてそのようになっていく。
 『ハンニバル』の著者はハンニバルは、ローマをぶちのめすことなど考えておらず、イタリアの占領すら考えていなかった。これまでの作戦は、交渉のため有利な条件を獲得するためのものであったという。ならば少しでもカルタゴのために有利になったとき、ローマと交渉にはいればよかったはずである。たとえばカンナエの戦いで快勝したときでもよかったはずである。しかしハンニバルは全くそうした交渉をローマとしていない。もっともローマもカルタゴとそう簡単に交渉に臨むとは思えないが、ただそうしたチャンスはあったはずである。それをイタリアでローマに征服された原住民たちの反旗を待っているだけじゃ、やっぱり話にならない。結局じり貧になって、カルタゴ本国がローマの攻撃にあうようになり、本国から呼び戻され、帰って行く。
 第二次ポエニ戦争もカルタゴはローマに負けた。以後ハンニバルは政治家としてカルタゴで手腕を振るう。ローマへの賠償金を支払いため、財政改革を断行していく。そんなハンニバルはローマにとって脅威であり、ローマはハンニバルを引き渡せと要求することになり、ハンニバルはカルタゴから亡命することとなる。しかしこの二冊の本を読んでいる限り、ハンニバルはローマへの復讐を忘れていない。チャンスがあればマケドニア、あるいはシリアの国々と手を組み、ローマへの復讐を企んでいく。だから私はハンニバルはカルタゴのために戦争をしたのではなく、あくまでも自分の意地でローマと戦ったんじゃないかなんて思えてしまう。
 最後は毒杯をあおり、自殺する。そのときハンニバルは「老人の死を待っていても、なかなか叶えそうもないようだな。このあたりでローマを永遠の不安から解放してやるか」といったともいう。
 ローマは第三次ポエニ戦争で、スキピオ・アエミリアヌスはカルタゴ本土に火を放した。カルタゴは粘土壁にタールをしみこませていたため可燃性が高かく、火はそのあと10日以上も消えなかったという。金銀祭具をすべて押収し、住民を奴隷として売り払う。廃墟を鋤でならし、畦に塩まき、人も住めないようにした上に、作物も出来ないようにした。


評価
★★★


書誌
書名:カルタゴ興亡史
著者:松谷 健二
ISBN:9784122040472 (4122040477)
出版社:中央公論新社 (2002-06-25出版) 中公文庫BIBLIO
版型:253p 15cm(A6)
販売価:899円(税込) (本体価:857円)


書誌
書名:ハンニバル―地中海世界の覇権をかけて
著者:長谷川 博隆
ISBN:9784061597204 (4061597205)
出版社:講談社 (2005-08-10出版) 講談社学術文庫
版型:253p 15cm(A6)
販売価:924円(税込) (本体価:880円)

2008年02月03日

岡田晴恵著『感染症は世界史を動かす』

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 この本は四つの感染症が世界史をどう変えていったのかを書いた本である。そして最後に新型インフルエンザの流行が始まったなら、さらに歴史を動かすほど大きな影響を与えるだろうと警告する。
 この本を読んでいると、いわゆる歴史に大きな爪痕を残した感染症の流行は、言ってみれば人災でもあるように思えてくる。これら感染症はその時代時代の社会の歪みが、感染を押し広げていったように思えてならない。この著者は次のように言う。「疫病の流行は、人間の生活環境、社会環境が背景となって形づくられ、規定されてその姿を現わす。自然災害や戦乱などが起これば病気が発生しやすくなり、疫病はよりひどい流行を起こす」と。それと人の移動が病気を運び、それが人々の住む場所に行き着くとき、劣悪な生活環境が疫病を流行らせることを知る。

 この本で紹介している四つの感染症とは、ハンセン病、ペスト、梅毒、結核である。個人的に興味のあるのは、ペスト、梅毒である。従ってまずはこの二つの感染症について書きたい。まずはペストである。
 私はペストがネズミから広まったと覚えていたが、ペスト菌はノミの腸管を格好の棲み家とするらしい。特にケオピスネズミノミはペスト菌を媒介しやすく、それが人の家にの中をかけずり回る野ねずみ、クマネズミへ棲みつくらしい。
 ヨーロッパには最初クマネズミはいなかったそうで、それが進入してきたのは十字軍の遠征以降とも、あるいはモンゴル軍がヨーロッパに侵入してきたことにより、彼らがクマネズミを連れてきたとも言われているという。
 さらに面白いと思ったのは、1333年中国元王朝最後の皇帝順帝の治世に大雨が降り、黄河が氾濫する。そこに大規模な蝗害が発生し、大飢饉となった。蝗害で食べ物がなくなったのは人間だけでなく、クマネズミも同様であった。そのためたくさんのクマネズミが移動してきたとも言われているらしい。このあたりはアジアとヨーロッパが陸続きであることをしかと思い知らせてくれるエピソードである。
 いずれにせよ、ペストロードはいわゆるシルクロードと同一にするようだ。1338年“飢餓のステップ地帯”と異名を持つ中央アジアのカジキスタンで疫病が流行した。これがペストだと言われている。これがシルクロードと河川交易路を通じてヨーロッパに伝わったとみられる。ヨーロッパの史上最初のペスト厄災は「ユスティニアヌスの疫病」といわれるもので、540年頃エジプトからビザンチウムに広がった。死者は一日に5,000~1万人に達する日もあったという。以来1348年から53年までの6年間ヨーロッパでペストは大流行し、黒死病と呼ばれた。
 黒死病の初期段階では“線ペスト”と呼ばれる症状であったが、それが人間の肺で増殖し“肺ペスト”を引き起こし、空気感染し、流行に拍車をかけた。
 しかしペストが流行するにはそれだけの社会環境の悪化が素地としてなくてはならない。それでは実際の生活環境および社会環境はどうであったのであろうか?
 農村では10世紀以降、三圃制にも限界がきており、それまで飛躍的に伸びていた生産力が行き詰まりをみせる。それでなくとも住居もひどく粗末で劣悪な生活環境であったが、この時期ヨーロッパでは寒冷期に移行していたこともあって、今まではかろうじて稚拙な農業技術で食いつないでいたものが、天候不順で不作が続き、栄養状態は悪化する一方であった。当然病気を起こしやすい環境を作ってしまっていたのである。
 都市においては、もともと上下水道の設備はなかったので、生ゴミ、排泄物を街路や運河に垂れ流していた。城壁の中ではブタなど糞尿をまき散らしながら歩いていたし、そのかたわらで、動物は解体され、流れ出た血はそこかしこに血だまりを作っている始末であった。しかも人々は19世紀まで入浴の習慣がなかった。これでは病気が蔓延しても当たり前であった。
 ヨーロッパ中世のペストの大流行は、さまざまな面で暗い影を落としていく。たとえばペストの流行はいかなる宗教儀式でも止められないのは当然である。そのことは神の教えがペスト患者を救えない状況を嫌が上でも思い知らせることとなり、当時絶大な権力を有していた教会の権力が失墜していくこととなる。
 また、ペストの流行は神が人間の強欲、虚栄、高慢に対して懲罰を下していることだからそれに対して悔い改め、赦しを乞うしかないといって、自らの身体を鞭打って苦行を行う必要があるとなって、それらが行進し、過熱していく。その上こうした限界状況下になると、パニックが起こり、ユダヤ人をスケープゴートに仕立て、暴徒化する。
 精神面でも、死は確実に自らに迫りくるものとして、深い絶望感をもたらす。それが集団発作になり、“死の舞踏”となって練り歩く集団が出てくる。日本でも江戸末期“ええじゃないか”という舞踏集団が現れたのと同じであろう。イメージとしてホルバインの「死の舞踏」として表現された。
 ペストの流行が一段落すると社会にさまざまな影響を及ぼしていく。死者は全世界で7、000万人、ヨーロッパでも3,500万人の命を奪った。フランスでは元の人口に戻るのに二世紀を要したという。
 人口が激減したため、社会機能や経済生産活動を担う人々がいなくなった。荘園でも当然労働不足が生じ、領主は農民の役割を認めざるを得なくなり、事実上農奴制は崩壊し、強いては荘園制度、封建制が崩壊していくこととなる。
 ここで面白いのは、中世では人が死ぬとき遺言残し、遺産の分配や教会への寄進をそこに書き残す。教会への寄進は死後の救いでもあったから、ペストの大流行は、教会に莫大な寄付を受けることとなり、ペストの流行が一段落すると、ペスト退散を祈念して、多くの教会施設が建てられたという。いわばこれはペストで倒れた使者の遺産でもあった。

 次に梅毒はどうであろう?ご存じの通り、梅毒はコロンブスが新大陸から持ち込んだというのが定説である。ただはっきりと証拠立てることは出来ないらしい。しかし梅毒のヨーロッパで感染が拡大と、コロンブスの新大陸発見との時期が一致すること。15世紀以前にインディオの骨に梅毒とみられる病変あること。一方ヨーロッパではそれが認められないことから、コロンブスが持ち込んだと間接的な証拠となるらしい。
 梅毒は性感染症であるため、性風俗という社会的因子と深く関連する。ルネッサンス期に梅毒が猖獗を極めたのは、当時性的行動に寛容であった社会的規範と、売買春行為の公認、戦乱があげられる。街では必ず娼家があり、そこから上がる利益は君主や教皇らにとってみれば大きな収入源であった。
 港を持つ街では、船乗りたちの欲望処理のため娼家は必要とされたし、ヨーロッパの職人社会もそれらを必要とした。なぜなら、職人が親方になるまで結婚は許されなかったから、当然その処理のため娼家を職人たちは訪れた。
 カトリック教会は聖職者の妻帯を禁止していたが、それは結婚のため、教会の財産が分配され、教会の資産が目減りするのを防ぐために、聖職者の妻帯を禁止していた面もあるという。いずれにせよ、禁欲は逆にそのはけ口を娼家に求めた。聖職者は教会に娼婦税を払うことで情婦を持つことも出来た。
 こうした娼家を認める社会環境が梅毒を広める結果となったわけだ。特に1494年当時スペイン王の支配下にあったナポリを手中にするためフランスの王シャルル8世が起こしたイタリア戦争は、梅毒をヨーロッパ全土に拡大させる結果となってしまった。というのもすでにナポリにはスペインの娼婦が多く入っており、難なくナポリを手中に収めたシャルルの軍隊は彼女たちと交わることとなった。しかもシャルルの軍隊はフランス、スイス、オランダから雇い入れた傭兵たちであったため、戦後、彼らが戻れば当然ヨーロッパ全土に拡大していくのである。
 面白いのは梅毒はお互い敵国の名前で呼び合われ、フランスでは“ナポリ病”、ナポリの人々は“フランス病”、イギリスでは“フレンチ瘡”、オランダでは“スペイン瘡”、ポーランドでは“ドイツ病”と呼ばれたらしい。そして梅毒が性感染することがわかり始めると、“ヴィーナスの病”と呼ばれたという。
 ピューリタンが厳しく性行動を規制したのは、ヨーロッパで梅毒が蔓延したためとも言われているらしく、となれば梅毒の拡大がなければ清教徒革命もアメリカ植民のもなかったかもしれない。
 梅毒は1498年ヴァスコ・ダ・ガマ一行がインドにもたらし、1505年中国の広東、1512年日本の京都では“広東瘡”、“南蛮病”と呼ばれたという。梅毒はわずか25年で世界一周をした。
 シューベルト、モーパッサン、ハイネ、ニーチェも梅毒であったし、ゲーテやシェークスピアにも梅毒の記述が見られるらしく、ベートーベンの聴覚障害は先天性梅毒のためだという説もあるらしい。

 さてだいぶ長くなってしまった。最後に「新型インフルエンザ」のことを書きたかったのだが、やめておく。インフルエンザがどういうものであって、特に最近「新型インフルエンザ」の発生がやかましく騒がれている理由など、最後に詳しく教えてくれているので、私には結構ためになった。


評価
★★★


書誌
書名:感染症は世界史を動かす
著者:岡田 晴恵
ISBN:9784480062864 (4480062866)
出版社:筑摩書房 (2006-02-10出版) ちくま新書
版型:286p 18cm
販売価:861円(税込) (本体価:820円)