2008年02月28日
阿刀田高著『犬も歩けば』
続いて阿刀田さんエッセイを読む。相変わらずいいテンポで話をしてくれている。このエッセイでは阿刀田さんがどうしてギリシアに関心を持たれたのか、その経緯が書かれている。
阿刀田さんは大学時代フランス文学を専攻していた関係で、ギリシア神話と縁が深かった。しかしそれ以前に父親の本棚の奥に『世界裸体美術全集』があって、阿刀田さんが中学生の頃、密かにページを開いて見ていたという。裸体画は主にギリシア・ローマ神話にちなんだものだった。その後全国屈指の高校に入学される。社会科の先生がギリシアの民主主義を中心に一年間古代史ばかりの授業をする変わり者の先生がいた。阿刀田さん自身は古代ギリシアのことは詳しくなかったが、周りはみんなよく知っているようで、あわててホメロスの『イリアス』を読んだという。高校生には難解の本であったが、『世界裸体美術全集』を断片的に読んでいたから、「なるほど。これはあの絵のことだな」と見当がつき、『イリアス』を読み終えることが出来たという。
つまり阿刀田さんのギリシアの関心は、子供の頃隠れて見ていた『世界裸体美術全集』に由来するらしい。思わず、「へぇ~、そうなんだ」とちょっと面白かった。でも案外ことのきっかけなんて、こんなもんじゃないかなんて思ったりする。阿刀田さんも「思いがけないものが、役に立ってくれる、それが人生というものなのだろう」と感慨深げに言っている。
この後しばらくギリシア神話やギリシアの旅のことが触れられており、あの大作『新トロイア物語』生まれた経緯が語られていて、これは絶対に読まないといけないなと思った次第だ。
この本の書名の一部になっている「犬もあるけば棒に当たる」というエッセイが気にかかった。ところでこのことわざの意味はどういう意味かご存じですか?
阿刀田さんは若い人にこのことわざの意味を尋ね、その人は「外に出て行くと、棒に当たるから、家にいよう、って、そいうことじゃないんですか」と答える。私もほぼそういう意味だと思っていた。つまり警戒心の強い犬(中にはバカ犬もいるけど)だってぼーっとしていれば、棒に当たる災難にあうということだと思っていた。
ところが阿刀田さんが理解していたのはそうではなく、「たとえ才能がなくても何かやっているうちに、思いがけない幸運にあう」ということらしい。この場合、“棒”はよいものを暗示している。だから阿刀田さんはその若い人がとんちんかんな答えを出したとを、「若い人が故事来歴にうといのは、今に始まったことではないし、私もまた一つ前の世代の人に同じようなことをさんざん言われて育った記憶があるから、深く拘泥しないけれど」とちょっと鼻白んでいる。まぁ普通に読めばそう解釈できないこともないかと思っていたらしい。
ところが不安になって辞書を調べてみると、この若い人が言ったことがこのことわざの意味として書かれており、愕然とするのである。私からすれば阿刀田さんが知っていた意味の方が、へぇ~そういう意味もあるのかと、ちょっと驚きであった。
実際調べてみると、広辞苑では「物事を行う者は、時に禍いにあう。また、やってみると思わぬ幸いにあうことのたとえ」とある。岩波ことわざ辞典では「(1)何かをやっていれば意外な幸運に出会うこと。(2)何か行動すると災難に遭遇すること」とあるのである。
確かに阿刀田さんが言うように、「犬が歩いて棒に当たる、たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに解釈がちがうのだろうか」思ってしまう。国語上、解釈は限られているだろうけれど、場合によってはこのように、聞く人の心構えによって、聞こえてくるものがまるでちがうこともあり得る一例なのだろう。でもこれは面白かった。今の若い人を鼻白んで、“おいおい”と思いつつも、ちょっと待てよと一端立ち止まって、“おや?”と驚きを披露するあたり、やっぱりプロは違う。
評価
★★★
書誌
書名:犬も歩けば
著者:阿刀田 高
ISBN:9784877288549 (4877288546)
出版社:幻冬舎 (2000-04-25出版) 幻冬舎文庫
版型:229p 15cm(A6)
販売価:どうやら新刊書店では入手不可のようです。
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- by kmoto
- at 15:24
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