2008年03月26日

司馬遼太郎著『アメリカ素描』

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 この本は読んだと思っていて、本棚を探したのだが見あたらない。そして自分の記憶を探ってみても、なんだか読んでいないように思えてきた。多分読んでいなかったのだろう。ということで、文庫本をさっそく買い込み、読み始める。
 司馬さんがアメリカをどのようにとらえるのか興味のあるところであった。つまり“司馬史観”はアメリカをどう見るんだろうというところが、今回の主題である。
 しかしこの旅はかなり疲れたことだろうと思う。通常の旅なら、たとえば観光地の景色や建物、あるいは食べ物(ただし司馬さんの紀行文には食べ物に関しては自身が言われているように興味がないらしく、ほとんどこだわっていないのが特徴だ)を楽しむのだけれど、今回はいわゆる思索の旅に終始している。
 司馬さんには「文明は大陸の多民族国家でおこるもの」だという考えがあり、その点多民族国家のアメリカという国はそれを考えるにはもってこいの国なのである。だからこの本は司馬さんが見たアメリカから、一貫して文明と文化について考察されている。

 この本はカリフォルニアとアメリカ東部諸州を四十日ほど旅した記録であり、そのため二部構成になっているが、アメリカがどういう形で国作りをしてきたかをまず考える。
 知っての通り、アメリカはヨーロッパからの移民から始まり、それ以後たくさんの移民を受け入れてできあがった国である。だから本来その土地にある固有の「文化」というものが抜けている。つまり現在のアメリカ以外の国は「古代以来の文化が累積し、近代に入ってやっとその上に法が載るようになった。法によって日本や韓国やデンマークなどができたのではなく、もともとそこに人間の組織があって、近代に入ったがために近代の法で再秩序づけされたにすぎない」。
 ところが「アメリカだけが逆だった。広大な空間を法という網でおおい、つぎつぎに入ってくる移民に宣誓させ、その法に従わせるということで、国家ができた」。司馬さんはアメリカを「巨大な体育館のような国である」とたとえるのである。
 ところで「文化」とは何であろうか?あるいは「文明」とは何であろうか?司馬さんは「文化とは基本的には、人と共にくらすための行儀や規範のことで、母親の子宮内では養われず、出生後の家庭教育や村内での教育による」といい、その地域で生きるための“第二の子宮”だと定義する。
 一方文明は他民族に共有されてこそ文明なのであるとする。ただそのためには「文明が興る大地が、それら多様な諸民族を収容して食わせうるだけの農業的ゆたかさをもっていなければならない」。アメリカにはその条件がある意味そろっていた。その上で「多民族国家であることのつよみは、諸民族の多様な感覚群(つまり文化)がアメリカ国内において幾層もの濾過装置を経てゆくことである。そこで認められた価値(文明)が、そのまま多民族の地球上に普及することができる」というのである。だから「習慣が文化であるとすれば、体育館の屋根(法)は万人のために雨露をふせぐという点で普遍性そのものである。その意味で法は文明の典型的なあらわれ方であろう」というのだ。
 アメリカ人は自分の国を「ザ・ステイツ(the States)と呼ぶ」。それは「アタシの人工的な国家は」と響くと司馬さんはいう。従って「韓国やアイルランドや日本のように文化の累積でできあがった国は、Statesではない」。
 アメリカ内で濾過された文明はどの地域でも通用する普遍性を持っているはずだから、だからアメリカは自分の国のようになれと、「たのまれることなく、世界の世話を焼かなければならぬと思っている」のではないか。それを司馬さんは「アメリカ的善意」といい、「国家を越えた世話好きも理解できる」というのである。
 しかし、と考えてしまう。その地域独自の文化が抜け落ちてしまった制度は人を生きやすくするのであろうか?保障はしてくれても人を育てたり、精神の安らぎを与えてはくれないんじゃないだろうかと思うのだ。今の日本の現状を考えるとき、アメリカナイズされた制度や思想がはびこりすぎたために、たがいに孤独で、自分勝手になってしまっているような気がする。だからアメリカの社会のように危険な状態に陥り、平気で人を殺したりするようになったんじゃないかなんて思うのだ。

 話はちょっとずれるけれど、私は小泉内閣が残した負の遺産が今の日本の社会をおかしくしていると思っている。小泉内閣は民でできるものは民でというのがその政治思想であった。そして競争社会を是としたのである。そのモデルはアメリカに求めたのだろう。しかしそれを急激にやってしまったものだから、国民はついて行けなかった。どうしていいかわからなかったのではないかと思うのだ。 司馬さんは面白いことを言っている。「文明は大陸の多民族国家でおこるものだから、孤島に住む日本人は、それをみずから興すことを半ばあきらめている。むしろ、受益者になろうとしてきた。ただし、みずからを失うまでに受容したことは一度もなかった」と。 ところが今は自ら自分を失うほど、アメリカのやり方を受け入れてしまったのだ。だから「金儲けは悪いことですか」と平気で口にする輩が出てきたり、「金で買えないものはない」と言う人間が出てきたりする。
 もちろん金儲けが悪いはずはない。また金があれば何でも買えることは事実だけれど、それをあからさまに言うことと、やることは日本の慣習や文化が受け入れるはずがない。
 日本が受け入れた金儲けの仕方は、アメリカ流の金儲けの仕方を形だけをまねただけで、ただの成り上がりでしかなく、一個人の懐に貯まることである。社会に還元しないところが問題なのだ。
 欧米ではお金を持っている人たちが、社会のためにということで寄付をしたり、慈善事業を興したりして、そのお金を人が生きるために意味あるものに変えている。だからそうした人たちは尊敬をされる。ただ日本にもちょっと前までそうした気風があった。
 小村寿太郎という外務大臣がいた。彼は日露戦争における戦時外交を担当し、1905年ポーツマス会議日本全権としてロシア側の全権ウィッテと交渉し、ポーツマス条約を調印した。そのとき会場を提供した州にお世話になったということだけで、当時のお金で一万ドルを寄付した。これにあわてたロシアのウィッテも同額のお金を寄付し、「露日基金」というものができた。基金は日露両国の国債に投資し、その利息で病院や老人ホームなどを作った。
 ロシア革命後ロシアの国債が債務不履行となり、以後ロシアから利息は来なくなったが日本は利息を送り続けた。さすがに日米開戦後九年間は日本も利息の支払いは停止したが、敗戦後その九年間の債務不履行を補うために倍額の利息を払ったという。現在この基金はソ連から利息の支払いがないので、「日本慈善基金」と改称されたという。
 また競争社会を是とすることは資本主義社会である以上当然であるけれど、そこからドロップアウトした人をそのままにすれば、社会は荒むだけである。
 形だけアメリカ流の文明を受け入れても、結果として日本にうまく根付かなければ意味がない。改革は痛みを伴うものであるとしても、その痛みに見合うものがなけりゃ、いつまでも我慢ができるわけがない。せめて未来のビジョンを見せてくれれば、納得できる可能性はあるかもしれないのに、それさえも見せてくれない。
 日本がそれまで持っていた文化というのは一見不合理で窮屈であるけれど、うまく機能していた部分がたくさんあった。すべてを非効率的だと否定したところに、今の日本社会、経済が、あるいは地域社会がおかしくなった原因じゃないかと思っている。
 司馬さんが見たアメリカは「人間は文明だけでは生きられない」と感じ始め、「文明」に疲れた神経を癒やそうとして、「文化」個々に探し求めているといっているのは、そういうことの現れじゃないかと思うのだ。


評価
★★★


書誌
書名:アメリカ素描
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784101152363 (4101152365)
出版社:新潮社 (1989-04-25出版) 新潮文庫
版型:405p 15cm(A6)
販売価:660円(税込) (本体価:629円)

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