2008年03月29日
長谷川博隆著『シーザー』
先日買ってきたこの本を読む。買うときは何か面白そうというのと、100円という安さ、それに昔懐かしい箱入りの旺文社文庫ということで買ったわけだが、読んでみたら意外と面白かった。
私は古代ローマ史はある意味門外漢なので、シーザーという人物がどういう人物だったのか詳しく知らなかった。でもこの本を読んで、英雄も案外泥臭く、そして当然というか、結構したたかであったんだなと知らされた。「サイは投げられた」とか、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」とかいう歴史的名文句を残している。ほかにもシーザーの名文句はあるようだが、著者が言うように「シーザーはたしかに軍人であり、政治家であった。しかしそれだけではなかったのだ。シーザーは第一級の文章家だったのである」
でも、シーザーが生きた時代がどんな時代で、またシーザーがその中でどう生きてきたかを考える場合、やはりなぜ、シーザーは殺されなきゃならなかったのか。それを考えるとよくわかりそうである。まずは「ブルータス、お前もか」と、シーザーの暗殺の立役者であったブルータスがどういう人間であったかみればその一端が見えてくる。
ブルータスは、カトーの甥であり、カトーを模範として生きていこうとしていた。ここに出てくるカトーとはあのハンニバルの時に出てきたカトーの曾孫にあたる。ひいおじいちゃんのカトーと区別するため小カトーと歴史上呼ばれる。ひいおじいちゃんのカトーもポエニ戦争の時カルタゴを滅ぼさなきゃならないと、結構過激な発言をし、元老院で大きな顔をしていたが、曾孫のカトーも保守的で元老院でなんだかんだといってシーザーのやることなすこと横やりを入れていた。まぁローマの共和制のドンといったところかもしれない。ドンだけあって、結構過激で、最後まで反シーザーの立場を貫き、シーザーの残党狩り開始の報を受けて割腹し、後に自らの内臓を掴み取っての自殺という壮烈な方法で自決した。 新渡戸稲造が欧米人に日本の切腹を説明する時、カトーを例にしたという。
まぁカトーのことはどうでもいい。ブルータスである。なぜシーザーはブルータスに目をかけていたかである。一説にはブルータスの母親セルウィリアとシーザーが恋仲で、ブルータスはシーザーとセルウィリアの子だという噂もあったらしいが(これがでたらめな話だそうだ)、保守的で、共和制支持者のブルータスを自分の腹心に加えることが、シーザー自身の共和制ローマの伝統を尊重するというイメージアップにつながるからであった。
シーザーは、もうローマは共和制ではやっていけないことがわかっていたが、過激にそれを否定できない時代でもあった。いわば過渡期であった。だからシーザー自身がやろうとしている「一人支配」をいきなりできないため、保守派のブルータスを自分達のなかに組み入れ、宥和政策をとらざるを得なかったのである。いってみればシーザーの生きた時代はまだシーザーのやりたいことがそのまま受け入れられない時代でもあった。だからいつでもシーザーは保守派に気を使い、駆け引きをし、物的約束をし、人心掌握に努めざるを得なかった。そのためには借金までして金をばらまくのである。
シーザーが生きた時代は、ローマにとってその支配方法の転換期だった。都市国家だったローマがローマ帝国として拡大していく中で、その政治方法である元老院を中心とした共和政にほころびが見え始めていた。つまり都市国家が領土国家に変換するにあたり、共和制では国家の運営が難しくなってくる。領土が拡大すればするほど、一人の絶対的権力を持った支配者が統治していかなければやっていけない。シーザーはそれを知っていた。しかしそれはいきなりやってしまえば、当然反感を買う。だからまずはシーザーとポンペイウス、クラッススと組んで三頭政治を始める。しかしクラッススが戦死し、この三頭政治は崩壊し、ポンペイウスとシーザーの戦いに突入し、シーザーが勝利する。しかしまだシーザーの一人支配はローマでは受け入れられなかった。それがブルータスらのシーザー暗殺とつながっていった。
時代の流れは、共和制ではもうローマを運営できないことは事実で、シーザーはこれからのローマの政治体制がどうあるべきか、そのレールを引いたことになる。その後カエサル暗殺後の動乱の中、二回三頭政治がオクタビアヌスとアントニウスとレピドゥスによって行われた。そしてシーザーの姉ユリアの孫、シーザーの養子で相続人であるオクタビアヌスが初代ローマ皇帝となり、ローマは帝政に移行する。
と、ここまでの記述はシーザーが偉大な政治家で英雄であるという前提で書いている。ただ一方でこの本を読んでいると、案外私利私欲で動いていたんじゃないかと思えるところもある。つまりやり方結構きわどい。まぁ、いつの時代においても政治はきれいなもんじゃないから、そんなもんだといってしまえばそれまでなのだが、ルビコン川を渡ったのも保身のためとも言えなくもない。もっともやらなきゃやられるという時代だったことも事実ではあるが・・・。
ただ、著者が興味深いことを書いている。「少なくとも、シーザーの偉大さは、内政的・党派的なさまざまの葛藤の中にとじこもらない視野の広さにあったことはだれも否定しないであろう。シーザーの政治活動の対象となってきたのは、ただ単なる『都市ローマ』ではなく、もっと広い世界であった」と。つまりシーザーは「世界帝国の理想」を持っていたのではないかということである。なぜそうした理想を持つようになったかといえば、それはガリアなど長いことローマ以外の土地で暮らしたことによって、それまでのローマ支配者とは違った考えを持つようになっていったからだ。その理想の実現のために、金のばらまき、寛恕政策、宥和政策していったのだろうと著者はいう。たぶんそうなのだろう。いい意味でも、悪い意味でも歴史上の人物の二面性がうまく表されていて、この本は面白かった。
評価
★★★
書誌
書名:シーザー-古代ローマの英雄-
著者:長谷川 博隆
ISBN:
出版社:旺文社 (1967-01-20出版) 旺文社文庫
版型:264p 15cm(A6)
販売価:入手不可。ただし講談社学術文庫で同じものがあり
- by kmoto
- at 08:03
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