2008年04月29日

宮本映子著『ミラノ 朝のバールで』

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 バールとは日本でいえば喫茶店のようなものなのだろうか?ただ、この本を読んでいると、単に喫茶店というだけのものじゃないことがわかる。イタリアの人たちにとって日常生活には欠かせない存在のようだ。宮本さんも一日の始まりをイタリア人の旦那さんとバールで始める。「イタリア人ならば誰でも、行きつけのバールというものをもっているはずである。そこに彼らは、一日に、二、三回通うこともある。
 行きつけのバールの決め手は、なんといってもエスプレッソがおいしいこと、家や職場から適度な距離にあること、バールマンの感じがいいことなども理由に挙げられる。(略)
 バールには一日何百人もの人が足を運び、その行為を繰り返す。
 一日のスタートをきる、仕事の合間に一息つく、週末の予定を立てる、お目当ての女性を誘う、サッカーの試合結果の予想を練るなど、バールはその要望に応じて姿を変えてくれる。
 もし仮に、イタリア中の町や村からバールを取り除いてしまったら、一体どんなことになるのだろう。彼らはきっと、大袈裟な身振りをして、まるで空気がなくなってしまったかのような表情になるに違いない。バールは彼らにとって空気の如きもの」という。

 宮本さんが十歳のときお姉さんから一冊の写真集が贈られた。その写真集はイタリアの風景、子供たち、猫の写真集で、その色彩が宮本さんを魅了した。以来その写真を撮った写真家と手紙のやりとりが始まる。写真家からの手紙はイタリアからの手紙が多く、そこに語られるイタリアはいつも人が人として生きていられる、実に人間くさい土地として宮本さんには感じられ、ますますイタリアに夢中にさせられていく。
 家庭の事情で大学をやめ、就職をしたが、ある時雑誌に「イタリアにウェイトレス募集」という求人広告見て、心を大きく揺さぶられ、二十四歳ときイタリアに渡る。
 ミラノの日本料理店で働いていたとき、カメリエレ(給仕人)のアントニオ・シネージさんと出会い、結婚する。宮本さんはシネージさんの両親と五人の姉妹と暮らし、一男一女をもうける。
 現在はシネージさんの経営するレストランを手伝いながら、イタリアで暮らしている。このエッセイはそのイタリアでの二十二年間生活をつづったものである。
 ここで描かれるイタリアでの生活は、日本では見られない熱い人間関係が読んでいるうちに懐かしくもあり、うらやましくも感じることができる。もちろん宮本さん自身そうした人との関係にうんざりしてしまうところもあるけれど、いつの間にかそうした人間関係を肯定していくあたりは、根はイタリアを愛しているんだなあと感じさせてくれる。
 宮本さんは確かにイタリアで生活はしているが、自分が日本人であることで、どこか距離を置いてながめてイタリアでの生活を語る。ただしそれは文明批評のようなさめた目で見るのではなく、あくまでもイタリアのいいも、悪いもすべて受け入れなが語りかけてくれる。だからここにつづられる文章はやさしく、あたたかい。読んでいる方も、あきれる一方、どこか“いいな”と思わせてくれる。なんでもそうだと思うのだけれど、最初から疑いの目や否定的な目で物事を見てしまうと、あら探しだけが際だってしまい、とげとげしくなる。
 宮本さんのこの文章を読んでいると、住んでいる国は違うけれど、人の接し方、生き方はどこでも同じだと言っているようである。そういうやさしさのある文章には時にはきらりと光る言葉が出てくる。

「こんな義父にめぐり合えることも、私の人生という書物の中に、以前からすでに書き込まれていたような気さえしてくるのだ」

「人間とは、ほんの些細な事にも腹を立てたり、くよくよしたり、喜んだり、希望に満ちたりしながら、日々を送るおかしな動物だ。それを大空から眺めると、我々の人生における凸凹なんて実は大したものではなく、大らかな曲線であるに違いない」

「しかし、私は絶対的な強さで信じるものがあることの幸福を思う。膨大な時の流れのなかで、ほんのわずかな一生という時の一片を公平に与えられて、コツコツと生涯を送る人間たち。めまぐるしい日々の合間に、それでもふと立ち止まることがある。誰でもそんな時が訪れる。その瞬間、人間は広大な宇宙のなかで限りなくひとりだ。信じるものとは、そんな時のためだけにあるのだと思う」

 それにしてもここで語られる会話の楽しそうなこと。そしてバールでのエスプレッソやパスタをはじめとする家庭料理は本当に美味しそうである。
 それにこの本の装丁もいい。宮本さんの一生を決定づけた写真家の写真が使われている。窓から光が差し込み、猫が二匹語り合っているかのような写真である。いかにもこの本がそうしたやさしいイメージの本であることを予感させてくれる装丁である。


評価
★★★★


書誌
書名:ミラノ 朝のバールで
著者:宮本 映子
ISBN:9784163699400 (4163699406)
出版社:文藝春秋 (2008-02-15出版)
版型:254p 19cm(B6)
販売価:1,450円(税込) (本体価:1,381円)

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