2008年06月30日
レスリー・アドキンズ/ロイ・アドキンズ著『ロゼッタストーン解読』
中島敦に『文字禍』という短篇小説がある。古代アッシリアのアシュル・バニ・アパル大王の頃、図書館の闇の中で、ひそひそと怪しい話し声がするという妙な噂がニネヴェの宮廷で飛び交う。大王はナブ・アヘ・エリバ老博士に調査をさせる。彼は図書館にある書物から文字の霊について説を見いだそうとするが、文字を見つめているうちに、妙なことが起こり始める。「一つの文字を長く見詰めている中で、何時しか其の文字が解体して、意味の無い一つ一つの線の交錯としてしか見えなくなって来る。単なる線の集りが、何故、そういう音とそういう意味とを有つことが出来るのか、どうしても解らなくなって来る」のであった。「単なるバラバラの線に、一定の音と一定の意味を有たせるのは、何か?ここ迄思い到った時、老博士は躊躇なく、文字の霊の存在を認めた」のである。つまり単なる線の交錯が文字として、音と意味を持たせるのは文字の霊だと思い至るのである。以来老博士は文字の霊に取り憑かれる。
ある若い歴史家が、「歴史とは何ぞや?」と老博士に尋ねる。老博士は「歴史とは、昔在った事柄で、且つ粘土板(当時文字は粘土板に書かれた)に誌されたものである」と答える。更に若い歴史家はそこに書かれなかったものはどうなのだと聞く。老博士は「書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ」と答える。
中島敦の短篇をいきなり引っ張り出したのは、この本を読んで思い出したからである。この本の原書名は『THE KEYS OF EGYPT』という。まさしくヒエログリフ解読がエジプト古代史の“鍵”で、ジャン・フラソワ・シャンポリオンがヒエログリフを解読したことによって、古代エジプト学が明らかになった。この本はシャンポリオンがどのようにヒエログリフを解読していったか、その経過をつづったものである。
ヒエログリフの解読に役立ったものが「ロゼッタストーン」である。これはナポレオンのエジプト遠征時、ロゼッタの北西数キロのところで、ドプールという兵士が片面に碑文のある暗緑色の石版を発見した。この石版を調べると、三つの異なった文字が記されている碑文であることがわかった。一つがヒエログリフで、後はデモティク文字、ギリシア文字であった。
私が高校時代の世界史で習ったことは、この「ロゼッタストーン」の発見で、簡単にヒエログリフが解読できたように習った。多分ギリシア文字を追っていけば、ヒエログリフがどれに該当するかわかるからだろうと思うのだが、この本を読むとそう簡単な話ではないようである。シャンポリオンをはじめ、イギリスの学者が競って、ヒエログリフの解読に挑んだが、なかなか読めずにいた。
しかもシャンポリオンが生きた時代はフランス革命の動乱の後、ナポレオンが帝位につき、その後失脚し、ルイ王朝が復活しためまぐるしく歴史が変わる時代であって、シャンポリオンもその政治体制に翻弄される様子が描かれる。つまりヒエログリフの解読に精を出していればいいものを、何故かシャンポリオンは政治に関わっていく。またヒエログリフ解読はシャンポリオンだけでなく、さまざまな学者(特にイギリスのトーマス・ヤング)が挑み、我こそが正しいと主張するだけでなく、相手を非難中傷する世界でもあった。このあたりは何時の時代でも醜い争いがあるようで、シャンポリオンの時代も例外ではないようだ。
さてシャンポリオンはどのようにヒエログリフを解読したのだろうか?このあたりは私の頭ではよく理解できなかったが、まずは表音の確定から始まったようである。
シャンポリオンは「ロゼッタストーン」から、カルトゥーシュ(楕円形の枠)から「プトレマイオス」という固有名詞を得る。
さらにウィリアム・ジョン・バンクスという古物研究者が女神イシスを祀ったフィラエ島にあった倒れたオリベスクを持ち帰り、そこにヒエログリフの碑文があり、そのテキストをシャンポリオンは入手する。そこには「クレオパトラ」の名が書かれただろうヒエログリフを見いだす。
そして、この二つのヒエログリフを比較することで、「P」、「O」、「L」、「I」に該当するヒエログリフを発見するのである。
以後それをきっかけとして、シャンポリオンはヒエログリフには表意文字と、表音文字の二種類があることを突き止める。やっかいだったのは、ヒエログリフが音の持たない意味だけの文字(「決定詞」という)の存在であった。これは他のグループのヒエログリフの意味を明確化する機能だけを持ったヒエログリフらしい。
ということで(これ以上は私には説明できないので、先に進む)シャンポリオンはヒエログリフの原理を見いだす。それを見いだしたとき、シャンポリオンは兄ジャック・ジョセフのところへ息絶え絶えに興奮しながら行って、「わかったよ!」と叫んだが、何がわかったのか説明する前に、死んだように床に倒れた。伝説によると卒倒したシャンポリオンはまる五日間、一種の昏睡状態でベッドに横たわっていたという。
ヒエログリフがわからない人にとっては単なる線(この場合絵かな?)の集まりでしかなかった。しかし文字の霊(それが意味をなす原理原則)がわかることによって、意味をなす。その霊を解読したのがシャンポリオンだったのではないだろうか?
その意味がわかると、歴史がひもとかれる。そしてひもとかれた古代エジプトでは、文字がいかに大切なものであったかがわかった。
この本によると、古代エジプトでは書記をもっとも重要な人間(ファラオが書記であった)と見なし、書記は同時代の人々だけでなく、後世の人々のためにも書かれてていたのだ。解読された『死せる著者への賛辞』には、「人間は滅び、死骸は塵となり、人びとは土地からさるが、一人の語る者の口に彼をよみがえらせるのは一冊の本である。建てられた家よりも、西方の礼拝堂よりも遙かに偉大なるものは[パピルス]巻物である」と書かれていたという。そうして残された巻物は、今、古代エジプトをよみがえらせたのだと思うと文字はすごいなと思う。
評価
★★★
書誌
書名:ロゼッタストーン解読
著者:レスリー・アドキンズ/ロイ・アドキンズ/木原 武一訳
ISBN:9784102168318 (4102168311)
出版社:新潮社 (2008-06-01出版) 新潮文庫
版型:471p 15cm(A6)
販売価:780円(税込) (本体価:743円)
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- by kmoto
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