2008年06月05日

開高健著『一言半句の戦場』

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 本当に久しぶりに開高健さんの文章にふれる。開高さんの死後、追悼の意味も込めて、さまざまな本が出版され、どこから探してきたにかと思えるくらい、開高さんが書かれた文章を引っ張り出し、あるいは以前書かれたものを再度収録し直して、本が出版された。だからもう未収録の開高さんの文章などないだろうと思っていたら、まだこんだけあったのかと驚いた次第だ。そしてこの未収録の文章を集めたNPO法人の開高健「単行本未収録作品集成」編集委員会なるものがあること自体驚きであった。
 A5版の3段組で590ページもある本に少々たじろきながら読み始める。確かに分厚いけれど、各ページにイラスト、カットがちりばめてあるし、写真も数多く載っているので、ページの割には内容はそれほどでもない。こんなにイラストや写真はいらないんじゃないかと思えるし、トリス時代のコピーを二ページにわたり大きく掲載しているけれど、まぁ遊び心として許してもいいかと思うことにした。しかしあの「『人間』らしくやりたいナ トリスを飲んで『人間』らしくやりたいナ 『人間』なんだからナ」と名コピーを大きく掲載されると、なんか相田みつをみたいな感じがしないでもない。
 さて、今まで出版された本に未収録のものばかり集めたものだから、全体として統一感がないのは致し方ない。また対談などには同じフレーズが何度も出てくるけれど、それもご愛敬ということで読み進める。しかし大学時代よく開高さんの本を読んでいたので、やっぱり懐かしい。当時は何でも開高さんの書かれた文章や言葉を受け入れていたところがあったが、さすがこの歳になってくると、警句や膨大な語彙から選び抜かれた形容詞や比喩は多少鬱陶しく感じないでもない。けれど選びに選び抜かれた形容詞や比喩は今もさび付いていない。開高さんが「小説は形容詞から朽ちる、生物の死体が眼やはらわたから、もっとも美味なところからまっさきに腐りはじめるように」と言ったけれど、開高さんが選んだ形容詞は、この本では、今でも朽ちていない。

 この本は開高さんの追悼集にもなっており、後半開高さんと生前交友が深かった人の文章も載せている。その中で谷沢永一さんの文章は大変興味深かった。「開高健の強運」と称す文章なのだが、開高さんが成功したのは、その作家としての才能の他に、開高さんの強運にあったのではないかというものなのである。
 たとえば開高さんが世に出るきっかけとなった作品『パニック』は平野謙という当代きっての評論家が絶賛したことに始まる。平野謙は「そんじょそこらの利いた風な口をきく甘ちょろい評論家とは格が違う」。その平野が絶賛したのである。しかも『パニック』が「新日本文学」という雑誌に掲載されていたが、「新日本文学」は、予算的な都合で常に発行が遅れた。平野はその発行が遅れた「新日本文学」が届くまで待って、開高さんの作品を見出し、絶賛したのである。
 文芸記事は毎日と朝日が争っていた時代であったらしく、当時朝日の執筆者であった臼井吉見の面目は丸潰れになり、そこから感情がもつれ、開高さんの次の作品を酷評したらしい。
 芥川賞選考においても、開高さんは強運を発揮したという。当時開高さんは大江健三郎さんと芥川賞を争っていた。評価が拮抗していた。どちらか決められない状態であった。そこで病気欠席していた宇野浩二に電話で意見を聞いた。編集者はなかなか結果が決まらず焦っていた。宇野浩二の口から「開高」という名前が出た時点で、すぐ電話を切った。芥川賞は開高さんと決まった。
 ところが谷沢さんが宇野浩二の性格からして、先に結論を言うタイプじゃないはずだと推論する。宇野浩二は「ううん、開高も良えけど、そやなあ、やはり大江やろうか」と言おうとしていたんじゃないか。それを編集者が焦っていたために、最初に開高さんの名前が出た時点で電話を切ってしまった。これで開高さんが芥川賞を受賞することになったのではないかというのである。これを読んだとき、へえ~そうなんだと思った。
 芥川賞受賞後次の作品を主催者である文藝春秋の文芸誌に発表するのが慣例となっていたが、開高さんは強度のスランプに陥り、一作も作品が描けない状態であった。開高さんはその前に講談社の文芸誌に発表する予定であった作品を横流し、発表した。当然講談社側は激怒する。以後、開高さんはきついお仕置きを科す。「開高は講談社から完全に干され続ける」と谷沢さんは書く。
 開高さんと講談社が仲が悪いというのは有名な話で、その原因がこれにあることは知っていた。私の知っている限り、講談社から開高さんの作品は『饒舌の思想』というエッセイ集しか出ていない。少なくとも私の蔵書で講談社から出ている開高さんの本はこれしかない。
 しかし他社は開高さんを見放さなかった。新潮社が「現代文学全集」の編集をするに当たり、開高さんの作品はそこにはなかった。ところが山崎豊子さんの盗作冤罪事件が起こり、急遽開高さん作品集とすり替えられたという。週刊朝日でもルポの依頼が来る。また当時潮出版にいた背戸逸夫さんに惚れられ、多くの“背戸本”と呼ばれるエッセイ集や対談集が出版される。私は何で開高さんの本が創価学会系の出版社から多く出版されるのか不思議であったが、こうした事情があったのかと知らされる。
 この後集英社の「週刊プレイボーイ」に身の上相談のコーナーを担当したり、そこから集英社のあの『オーパ!』シリーズが生まれる。
 要するに谷沢さんが言うように「彼が何らかの難局に当面するたびごとに、決定的な打開の道を与えられ、終生の理解者および庇護者が現れた」強運に恵まれていた。

 開高さんは小説家としては寡作な方だと思うが、一方で評論、ルポ、エッセイ、あるいは釣りの紀行文はよく書かれた。だから私もそっちんほうの結構付き合ってきた。もちろん小説も読んできたが・・・。
 開高さんのこれらの文章を読むといつも思うのだが、そこに書かれた文章には奥深さがあり、それを書かれた裏付けが途方もなく膨大な書物によるものだと知らされる。そしてそれを読んでみたいという気持になり、私の読書に幅が広がっていった。私のエッセイ好きも多分ここから始まっているのではないかと思っている。名エッセイは読んでいて楽しいのだ。そこに紹介された本は結構読んでいる。またそれも楽しかった。今度はどんな本を紹介してくれるだろうかと、ワクワクしながら開高さんの本を読んできた。
 いつの間にか私は開高さんの書かれるものから離れなくなった。たまたま本屋でアルバイトをしていたものだから、次から次へと開高さんの本を注文していった。ところが注文しても品切れ、あるいは絶版というゴム印の押された注文書が多く帰ってくるようになり、いつしか私は古本屋通いをはじめ、手に入らなかった開高さんの本を集め始めた。以来コレクターとして開高さんの著作が手元に数多く残ることとなった。苦労して手に入れた本だけに、私の宝物といっていい。もちろん読む楽しみも充分味わってきた。
 それが開高さんが亡くなってからはなくなってしまった。当然新刊もないから、楽しみを奪われた子供のように、つまらなくなり、開高さんから遠ざかってしまった。
 これが本当に最後の開高健の本なら、これで私のコレクターは終わることになる。後は手元にある本をじっくり読むことになるだけだ。古本で集めた本を再び読むか、それともゆっくり味わいたいと思って買い揃えた全集をひもとくか、とにかくもう一度腰を据えて読んでみたくなった。


評価
★★★★


書誌
書名:一言半句の戦場―もっと、書いた!もっと、しゃべった!
著者:開高 健・開高健「単行本未収録作品集成」編集委員会編
ISBN:9784087812770 (4087812774)
出版社:集英社 (2008-05-06出版)
版型:590p 21cm(A5)
販売価:3,360円(税込) (本体価:3,200円)

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