2008年06月24日
北尾トロ著『男の隠れ家を持ってみた』
正直あまり期待はしていなかったのだけれど、読んでみてちょっと考えさせられるところがあった。
今回も「裏モノJapan」の企画もので、「どこかで、アパートを借りて、しばらく通ってみる」というテーマ。最初は企画に行き詰まって、こんな企画しか出てこないから、仕方がないかという感じでいたのが、いつの間にか知らない町で部屋を借りてみるというアイデアが頭から離れなくなる。
トロさんは家庭もあり、西荻に仕事場をもっており、そこには仕事関係者や友人が多くいるのだが、今回そこから離れて、まったく関係ない土地である足立区のアパートの一室を借り、北尾トロではなく、本名でそこで人間関係を築きたいと考えるようになる。
ことのきっかけは、トロさんに娘さんが生まれたことから始まる。友人達が娘さんの誕生を「おめでとう」と祝ってくれるのだが、そのお祝いに言葉にトロさん自身違和感を感じ始める。
仕事も順調、夫婦仲も円満、欲しかった子供もできた。子供のために頑張らねばとモチベーションも上がるが、一方で「父親になってから急速に、この先の人生が見えてきちゃった感じがする」のである。つまり自分が“つまらないオヤジ”になりかけていて、このままズルズルと守備重視型の人生に突入していくことに、ものすごい恐怖感を感じ始めるのだ。しかしそれが普通なのだが、“つまらないオヤジ”、冗談じゃねぇ!と強がるところがあった。それは“北尾トロ”がそう思わせていた。トロさんには“北尾トロ”という虚構の人生がある。ライターとしてのペンネームが都合よかった。それに寄りかかっていれば、見たくない自分を見なくていいからだ。しかし生身のトロさんも“北尾トロ”も同じ人間である。生身のトロさんが感じる現実と、それに抵抗しようとする“北尾トロ”がいるのである。多分トロさんが感じる違和感はそこから生じるものなのだろう。
本名でアパート暮らしをし、近所の人たちと人間関係を築きたいといったって、そう簡単にできるもんじゃない。だって、月に何回かこのアパートで暮らしても、基本ここがトロさんの定住地じゃないからだ。それにこのアパート暮らし自体雑誌の企画なのだから、周りの人間と本名でつきあえるわけがない。つきあいができたって、すぐ破綻する。だから基本何も起こらないで、この企画は終わる。
ただこうした生活を続けた結果、「周囲が北尾トロとしか接しないのではなく、自分がラクをするために、北尾トロとしてふるまうことが日常的になっていたのだと思う。臭いものにフタをするように、私生活の部分まで北尾で埋め尽くせば、現実を先延ばしすることだってカンタンだから。
それだけのことを理屈ではなく、実感としてわかるために十ヵ月かかったのかぁ・・・」と悟るのである。ペンネームを持てば、別人格の人間ができるところはあるかもしれないが、所詮それはペンネームしかすぎない。なまじペンネームで仕事をすると、それが生身の人間と同じようになってしまう誤解があるんだなと知らされる。現実は現実だし、同じ人間なのだから、そこから逃避することはできないのだとも改めて知らされる。もちろん逃げたくなる気持も分かるけれど・・・。むしろそれが“北尾トロ”という名前を持ったことでできたことが、逆にうらやましくも感じてしまう。
評価
★★★
書誌
書名:男の隠れ家を持ってみた
著者:北尾 トロ
ISBN:9784101282534 (4101282536)
出版社:新潮社 (2008-06-01出版) 新潮文庫
版型:171p 15cm(A6)
販売価:380円(税込) (本体価:362円)
- by kmoto
- at 19:08
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