2008年09月10日

司馬遼太郎著『翔ぶが如く』 4

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 この本を読んでいると、本来革命というものは、旧政権に対する下からの突き上げによって起こりうるものであろうと思うが、明治維新というのはその点多少異なることに気がつく。
 西欧列強が幕府に開国を迫り、幕府は列強のいわれるがまま開国をする。その恐怖から攘夷運動が起こり、尊皇と結び付き、倒幕運動とつながっていく。尊皇と結びつくのは、彼らには幕府を否定する思想的根拠がそれしかなかったからだ。司馬さんはそれを「その思想的根拠として、国学的教養の者も宋学(朱子学・陽明学)的教養の者も、みな天皇にもとめた。天皇という、多分に非現実的な超幕藩的存在を絶対視することによって、当面の敵である幕府の存在をを卑小化し、論理として非合法化し、やがては潰したのである」と説明する。
 倒幕を成し遂げたのは、薩摩や長州の志士たちであり、彼らの下にいる庶民を政治に参加させるという思想はない。彼らには、その次どうするかという構想がないに等しかった。だから倒幕を果たしたものの、しばらくは幕藩体制を維持することになる。ということは、支配する側の顔が変わったことだけであった。司馬さんも似たようなことをいっている。
 
 「旧幕府は、列強におどされ通商条約というかたちで屈辱的開国をした。それを責めて全国の攘夷家が立ちあがり、通商条約破棄をせまり、やがて薩長という二大雄藩がその時代の気分の代表をなした。その薩長がそれぞれ外国と武力戦(薩摩の薩英戦争と長州の下関海峡戦争)をおこない、外国の武力の抗しがたいことを知り、ひそかに体質を変えた。藩として大いに外国の技術を導入し、洋式軍隊の強化と併行して産業国家をめざそうとしたが、その二大雄藩が太政官を作った以上、ペリーに屈した旧幕府と似たふうにならざるを得ない」

 明治維新は倒幕運動で終わりではない。新政府(太政官)による国家を作らなければならない。しかし欧米風の近代国家を日本に植え付けるには、国民の意識がある程度成熟していなければならないのだが、それがなっていない。依然旧幕時代のまま意識であった。だから新国家は制度として国家と近代国家とはどうあるべきかということを国民に教えていかなければならなかった。だから大久保利通が考えたように、国民の意識がそこまで成熟するまで、新政府がイニシアティブをとって導いて行こうとする。そのためには中央集権による専制国家をまずは作り上げ、国民の意識はその後にというような、ある意味自分たちに都合のいい考えで、国家を動かしていく。
 まずは藩という存在がじゃまであった。だからそれを潰す。そしてそれに対して反抗しないように自分たちの軍を持つ。それは徴兵制度で百姓たちを軍人にすることでまかなった。そうなれば、いわゆる武士は不要になる。彼らは廃業するしかなかったのである。
 百姓も江戸時代では年貢だけを納めていればよかったものが、今度はそれ以外に徴兵制度に強制参加させられる。しかも近代国家というのはお金がかかるものだから、税金も高くなる。新国家は士族から百姓まで不満だらけになっていた。だから政府のいうことを聞かない所もでで来るし、なめてかかられた。
 例えば鹿児島県令の大山綱良がいい例である。大山綱良は島津久光の代理者的存在で、大久保利通を「一蔵め」と呼ぶ。大山にすれば、大久保は倒幕に恩ある藩士族を裏切り、その特権を奪い、四民平等といううそのような世間を作った詐欺師であり、東京政権を守るために百姓に軍服を着せ軍隊を作った悪党であった。
 鹿児島県は私学校幹部を県費でまるまる抱え、人員過剰で目に余るものがあった。大久保は大山に他県並みにせよと言うが、大山は「一蔵、汝(わい)は何をいうのか。それほど県官を淘汰したければ、汝自身がやれ。内務卿を辞職して鹿児島県令になり、その上で県官を淘汰せよ」「もし内務卿の後任がないというなら、わしがその職についてやる。交替せよ。交替してから、淘汰なり何なり、好きなことをやれ」とかみつかれるのである。大久保は黙るしかなかったという。
 一方で幕末、尊皇攘夷といって、薩長の志士たちが倒幕運動を始めたのが、いつの間にか攘夷というのが抜け落ちてくる。現状の日本では攘夷など出来るわけがないということで、そうならざるを得なかった訳だが、振り上げた拳をどうしていいのかわからない状態でもあった。そのエネルギーが士族階級の没落もあって、征韓論となっていく。
 そんな西郷や征韓論派の諸参議の下野後、太政官はその機構のなかに批判勢力を持たなくなり、一面では孤立、一面では独走の権力になった。そこに新政府への不満がからみ合って、エネルギーが変質し、自由民権運動がわき上がってくる。
 面白いのは政府への不満は新聞で行われ、その記者たちは旧幕臣や維新に乗り遅れた藩の出身者が多かったという。本来、革命をおこしたはずの新政府がもつべきであった自由民権という欧米の理念は、維新より遅れてこの国に入ってきたため主として新聞に拠る記者たちの理念になったのである。伊藤博文も日本中に充満する東京政府への不満を、民権体制をとることによって吸収してしまわねばならないと考え、やっと重い腰を上げようとするところへ、小規模な反乱が起こってくる。
 この本はこれじゃダメだといった感じで新政府への反乱、すなわち前原一誠らによる萩の乱や廃刀令に反発して旧熊本藩の士族たちが起こす神風連の乱の前夜で終わる。しかしこの小規模な反乱はその首謀者ができが悪いため、失敗に終わるだろうなという予感をさせる。
 前原一誠や神風連の乱の首謀者である太田黒伴雄は自分たちが立ち上がるに当たって、西郷もその後立ち上がってくれるだろうという淡い期待で暴走する。決起が西郷たのみなのである。江藤新平と同じであった。
 西郷隆盛(この巻では殆ど出てこない)は鹿児島の田舎に引っ込み、機会をうかがっているといった感じである。西郷は下にいる人間の怒気が満ちて挙兵をせまり、それを将たる者は抑えに抑え、ついに抑えきれなくなったときに抑えの手を放つといった感じで、その機会を待っている。やっぱり西郷は格が違う。


書誌
書名:翔ぶが如く 4
著者:司馬 遼太郎
ISBN:9784163617404
出版社:文藝春秋 (1985/08 出版)
版型:311p 19cm(B6)
販売価:入手不可

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