2008年10月02日
ヘレ-ン・ハンフ著『チャリング・クロス街84番地』
昔開高健さんの古い本を探すために、神田や早稲田の古本屋さんを回ったが、それでも手に入るものは限られていた。「日本古書通信」に全国の古本屋さんが自分のところ在庫を広告として載せていているので、その中から開高さん未入手の本を探し、はがきで注文した。確か2冊ほどこの方法で手に入れたと思う。中には抽選というやつもあって、外れたのだろう。その本は入手できなかった。
今ではネットで簡単に日本全国の古本屋さんにアクセスできるので、こんな面倒なことなどすることもなく、在庫の確認も注文も数度のクリックで簡単にできてしまう。後は数日待てば、本と請求書が送られてきて、後は郵便振替で送金すればいいし、アマゾンならそのままカード決済だから、本を受け取るだけでいい。ここには古本を売る人とそれを買う人の顔が一切見えない。
たとえば昔やったはがきでの注文でも、注文する本の書名などを書くのは当たり前だし、最後には「よろしくお願いします」の一言ぐらいは書き添えるだろう。それだけでも何か見えてくるものがあると思いたいが、ネットの場合それが一切ない。確かにつまらんしがらみがないから、その方が楽といえば楽であるが、どこか寂しさがつきまとう。特に古本という手垢のついた本にかかわるものだから、ちょっとは人との関係が欲しいといえば欲しい気もするのである。
なんでこんなことを書いたかといえば、この本を読んだからである。私の持っているこの本は昭和59年発売の初版本である。当時からもう24年経ってしまっている。本もほどよく日焼けして、赤茶けている。多分買ってすぐ読んだと思うけど、内容は覚えていない。先日読んだ池谷伊佐夫さんの本にこの本のことがちょこっと書かれていて、気になったものだから読み返すことにしたのだ。
この本は、ヘレ-ン・ハンフが『サンデー・レビュー』で絶版本を専門に扱っているイギリスのチャリング・クロス街84番地にあるマークス社の広告を見て、手紙に添え欲しい本のリストと一緒に送ったことから始まる。時は1949年10月5日である。ハンフの担当となったのはマークス社のフランク・ドエルであった。ドエルはハンフの注文した本を探し出し、アメリカにいるハンフの元へ本を送る。
ヘレ-ン・ハンフは自ら貧乏作家で、古本好きと称しているが、生計はテレビの台本を書くことで立てている。古本好きもこの本を読んでいる限り、主にイギリスの古典作家に興味があって、それらの作家たちの本をドエルに注文している。
しかし注文した本がすぐハンフの元に届くとは限らない。結構やっかいな作家たちの本を注文しているので、ドエルはそれらの本を探し出すのに苦労している。そのためなかなかハンフの元に本が届かない。ハンフは注文した本はどうなっているの?とキャンキャン吠えるし、本を探さないで、店でぼーっとしてるんじゃないのと毒づく。
しかしそれは悪意があるわけじゃない。私もハンフの気持はよくわかる。古本好きのとって自分が探している本がなかなか見つからないというのは、結構イライラするものなのだ。まぁその分目当ての本が見つかり、手元でその本をさわり、ページをめくり、読んでみると、うれしさはひとしおなのだが・・・。ハンフも届いた本を見て驚き、感激し、ページにペーパーナイフを入れて読み、また感動するのである。
この本を読んでいると、当時イギリスでは食料の販売統制がおこなわれていたようである。多分戦争終了後だからだろう。ハンフはドエルに肉やハム、卵(乾燥卵というのもあるらしいが、どんなやつなのだろうか?)や缶詰などをクリスマスや復活祭などのプレゼントして送っている。それはマークス社のドエルたちが苦労してハンフが注文した本を探していることのお礼であった。
送られてきたプレゼントはマークス社の従業員やドエルの家族に渡り、そのためハンフとの手紙のやりとりが、マークス社の従業員、ドエルの奥さんや子供たちと広がっていく。あるいはプレゼントのお返しとして、ドエルがハンフに送ったテーブルクロスは近所の老婆の手編みで、それをハンフはえらく気に入り、その老婆との手紙のやりとりもある。もちろんハンフから送られた食料品はその老婆にもお裾分けされている。
ここではハンフとドエル関係が店とお客という商売関係で終わるのではなく、古本を介して人としての関係に変わっていくのが、心地いい。それはドエルがハンフを一番最初に“マダム”と呼び、次に“ハンフ様”に変わり、さらに敬称を省いて“ヘーレン”になっていくのでもわかる。それだけ手紙や本、そしてプレゼントやりとりがお互いを親密化していったのである。いつの日か、ハンフがイギリスに行って、チャリング・クロスにあるマークス社を訪れたいという気持にもなり、ドエルや彼の家族もそしてマークス社の社員もハンフがイギリスに来てくれることを望むようになる。
しかしハンフのイギリス訪問はなかなか実現せず、1969年1月8日付けのマークス社の秘書からの手紙で、ドエルが死亡したことを知らされる。読む側としては、それまでハンフとドエルの手紙のやりとりが書かれていたのに、いきなり秘書からの手紙でドエルの死亡を知ることになったので、正直驚いてしまった。
訳者である江藤淳さんは解説で次のように書かれている。
「二十年の歳月にわたってつづけられたこのほのぼのとした交友に終止符を打つのは、フランク・ドエルの突然の死である。私たちが、フランクの死を告げる手紙を見て愕然とし、もう二十年も経ってしまったのか、と思い、人はやはり死んでしまうのだな、と思わざるを得ない。この切断は鮮烈であり、ひとことのコメントも添えられていないためにかえって粛然と襟を正させられる。つまり死が、この往復書簡集に作品の輪郭をあたえたのだということができる」
たしかにハンフとドエルの往復書簡は読む側にとって、怒ったり、謝ったり、喜んでみたり、感謝してみたりして、素直な人間性とやさしさをそこに感じさせてくれた。だからそれがドエルの死によって終わってしまう残念さを余計に感じるのである。
ハンフは最後にイギリスに行く友人宛に「イギリスのことは長い年月夢に見てきました。ただ、かの地の町のたたずまいを見るためだけに、よくイギリス映画を見にいきました。何年か前、私の知り合いのある男性が、イギリス旅行をする人は、見ようという目的のものが必ず見られる、って言ったのを覚えています。で、私ならイギリス文学のイギリスが見たいわって言ったら、彼、うなずいて、あるともって言っていたわ。
あるかもしれないし、ないかもわからない。今私がすわっている敷物のまわりをながめると、一つだけ確実なことが言えます。イギリス文学はここにあるのです。
ここにある私の古書を全部お世話してくださったありがたいお方は、数カ月前に亡くなってしまいました。その古書店の店主だったマークスさんももうこの世にはいらっしゃいません。でもマークス社は依然として残っています。もしチャリング・クロス街84番地の前をお通りになるようなことがあったら、私からよろしくって言ってくださいね。そうしてくだされば、大いに感謝いたします」と書いている。
ここでハンフが注文したは、古さもあるけどきっとすばらしい装丁の本なのだろうなと思ってしまった。ウォルトンの『釣魚大全』や『ピープス氏の日記』(私のは岩波新書なのだけれど)などは、私も持っている本とは違い、まるで他の本のような感じがしてしまった。だってハンフがあれほど待ち望んだ本なのだから。
いい本であった。
評価
★★★★★
書誌
書名:チャリング・クロス街84番地 ― 書物を愛する人のための本
著者:ヘレ-ン・ハンフ 江藤淳訳
ISBN:9784122011632
出版社:中央公論新社 (1984/10 出版) 中公文庫
版型:233p / 16cm / 文庫判
販売価:680円(税込)
- by kmoto
- at 14:00
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