2008年10月06日

その他西郷隆盛のこと

 以前たまたま家の物置の整理をしていたら、「読売カラー百科145 歴史の旅 西郷隆盛」という小冊子が出てきた。多分読売新聞の販売所が集金の時にもってきたものだろう。それを亡くなった義父が取って置いたものだと思う。生前義父はNHKの大河ドラマであった「翔ぶが如く」のことを自分の出身地も近い関係で、楽しみに見てたから、これも読んだかもしれない。捨てるのもなんなのでそのまま取っておいたのを思い出し、取り出して読んでみた。


2008_10_06_01.jpg


 この小冊子は歴史小話を盛り込んだ観光ガイドといっていいかもしれない。書かれている歴史小話は大したことはない。いかにも読売新聞販売所が購読者に洗剤と一緒にサービスで配るといったものだ。ただ、逸話として面白いのは、「西郷の妻たち」である。
 これによると西郷は三人の妻を娶っている。最初の奥さんとは離婚し、二人目が奄美に隠れていたとき島の娘、竜愛可那と暮らしていたが、帰藩命令が出て鹿児島に戻った。竜愛可那はそのまま奄美に残った。そして小松帯刀の媒酌で後家老座書役岩山八郎太の次女イトと結婚した。明治三十一年高村光雲作の上野の西郷像の除幕式にイトも出席したそうだが、その時、「主人はあんな見苦しいなりで人前に出る人ではない」といって泣いたという。
 西南戦争に関する写真は興味深い。二枚ほど借りてみる。最初が私学校跡地と西郷終焉の地城山である。


2008_10_06_02.jpg


 次があの田原坂付近の写真。田原坂旧道の写真を見ていると、地形がよくわかる。道に政府軍、小山の上に薩軍がいたのであろうか?


2008_10_06_03.jpg


 もう一冊西郷に関する雑誌がある。小学館の『週刊新説戦乱の日本史』7巻の「新説西南戦争」である。今もシリーズとして刊行されているので先の小冊子とはちがい写真はきれいだ。またどこでどのような戦いがあったのか図版もわかりやすい。『翔ぶが如く』の7巻の時に使用した西郷たちの逃避行の地図はここから借りた。


2008_10_06_09.jpg


 ここでは可愛岳(えのだけ)の写真を借りる。


2008_10_06_10.jpg


 この写真を見ていると司馬さんが描いている西郷たちの可愛岳越えが、いかに鹿児島に戻るためとはいえ、壮絶な逃避行であったか想像できる。
 ところで薩軍は財政的戦略が一切なかった。このことは以前書いた。そのため戦いが長期化すると資金不足となった。そこで「西郷札」という紙幣を日向の佐土原で自ら作り発行した。これで戦略物資を調達しようとしたのである。しかしこれを使われた方はたまったもんじゃない。なぜなら他の紙幣や金銀と交換できない不換紙幣であったため、紙幣に信頼が一切なかったからだ。それを薩軍は力をもって通用させた。この「西郷札」は当時16万円ほど発行され、通用する期間が3年であった。


2008_10_06_06.jpg


 当然西南戦争後、紙屑同然となり、日向の人々に多大な損害を与えた。被害を受けた人々はその補償を政府に申請したが、賊軍の発行した紙幣に補償などできるかということで、政府がその申請をはねつけた。
 松本清張さんの初期の短編に『西郷札』というのがある。昔読んだことが確かあるはずだが、背景がよくわからなかったため、何となく読んだ記憶があるという程度にしか頭に残っていなかった。それで、松本清張全集の35巻を引っ張り出し読んでみた。


2008_10_06_08.jpg


 要は紙屑同然となった「西郷札」を集めて、政府に高値で引き取ってもらおうと企む輩の話である。その前例があったらしい。
 あの三菱の創業者岩崎弥太郎が廃藩置県でやはり紙屑同然となった藩札集め、政府に引き取ってもらい、莫大な資金を調達して、三菱を発展させたことの二番煎じを企んだのである。
 話の結末は歴史の通り、政府が買い取りを拒否したため、「西郷札」を集めた輩は破産する。それを関係者の嫉妬心など若干を加えてエンターテイメント化した作品で、読んでみて面白かった。やっぱり物語の背景がよくわかると、話も面白くなる。
 で、この話が面白かったので、この巻に収録されている他の短編もちょっと読むことになっちゃった。

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(どんなことがあっても、本が好き にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form