2008年11月18日

吉村昭著『羆嵐』

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 この本は、1915年(大正4年)12月に北海道留萌苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した日本最大最悪の熊害(ゆうがい)事件を扱った作品である。
“穴持たず”という冬ごもりの穴を見つけ損なった羆が当時の開拓民7名を殺し、3名の重傷者を出した。詳しくはWikipediaにある。


三毛別羆事件


 六線沢に入植した人たちはそれよりも北方三十キロの山間部に東北地方から入植した人たちであった。彼らは国から与えられたわずかな奨励金で草囲い小屋を建て、不毛の地に鍬を入れ、種を蒔いた。しかし蝗の襲来でわずかな農作物は全滅し、六線沢に移ってきた。
 新しい土地は以前の土地よりましではあったが、やはり自然環境は過酷であった。ここに巨大な羆が現れた。羆の存在は「草がこいの小舎に住むかれらは、穴居生活をしていた時代の人間たちと大差ない生活をしている。それは、地上に棲息する動物の一種属として、自然の変化に容赦なくさらされた生活であった。穴居していた人間たちは、強大な力をもつ肉食獣の食欲みたす存在にすぎなかった」ことを思い知らせるのである。

 12月9日、島川の妻と息子が羆に襲われた。息子の遺体はそこにあったが、島川の妻の遺体がない。羆が持ち去ったのである。「島川のおっかあをとりもどさなくちゃ」と村の男たちは遺体を山林の中でさがす。遺体を見つけた男が「おっかあが、少なくなっている」と目を血走らせて言った。島川の妻の遺体は頭蓋骨と一握りほどの頭髪、それと黒足袋と脚絆をつけた片足の膝下の部分のみしかなかった。
 それでも彼らは羆におさわれた島川の妻と息子の遺体を懇ろに回向し、埋葬しなければならない義務が生じた。なぜなら遺体を土に帰すことは、入植者であるかれらが土に根を張ることを意味しているからだ。

 「かれらの生活は、その土地の土壌に仮の根をのばしはじめていたにすぎなかった。植物は、冬の訪れとともに地表から姿を消すが、種子は土の割れ目に入って春の訪れとともに多くの芽をふき出す。それは土壌との毎年約束された合意によるものだが、かれらはそこまで土の信頼を得るに至っていなかった」
 だから、自然と彼らの信頼は彼らの身内の死体を埋葬されることの深まることができる。「土との融合は、植物の種子が地表に落ちるように死体を土に帰すことによって深められる」のである。彼らはここに入植して四年目なのでまだ一人も死者を埋葬することがなかったのだ。

 翌日男たちは、羆が明景の家を襲っているところに出くわす。

「今、中でクマが食っている」

 「音がした。それは、なにか固い物を強い力でへし折るようなひどく乾いた音であった。それにつづいて、物をこまかく砕く音がきこえてきた。
 区長たちの顔が、ゆがんだ。音はつづいている。それは、あきらかに羆が骨をかみくだいている音であった」

 男たちは銃を撃った。その後家の中へ入る。その凄惨な光景を見て、男たちの中からすすり泣きが起こる。殺されたのが誰だかわからなかったが、村落の者が無惨な肉片と骨に化していることに耐え難い悲しみを感じたのであった。

 「人々は、未開の地に村落を形成した。かれらは、荒地をひらいたが、土地は、逞しく張った木の根や石塊でかれらの鍬をこばもうとし、冬の寒気と積雪でその生活をおびやかした。それを当然のこととしてかれらは苦痛に堪え、自然にさからうこともなく生きてきた。
 しかし自然はかれらに大きな代償を強いた。先住者である羆を擁護する立場に立ち、村落の者たちを容赦なく死におとし入れた。それは、村落の者に対して加えられた制裁のように思えた。
 男たちは、自分たちのつつましい努力が自然の前に無力であることを感じた。土地を開墾し草囲いの家の中で寒気をしのいできた日々が、結局は無為なものであることを知らされたのだ」

 奇跡的に助かった明景の家の十歳の長男は、明景の家にいた臨月である斎田の妻が、羆に「腹、破らんでくれ」という羆に懇願する声を聞いた。
 わずか二日間で六名(胎児をいれれば七名)の者が殺害され、三名が重傷を負わされた。村民は村を放棄すべく、そこから非難し始める。遺体は羆が他に移動しないように、餌として村に放置された。
 
 救援に来た警察や銃を持ったたくさんの男たちは、最初自分たちの力を過信していたが、村の被害を目の当たりにする従い、恐怖におののきはじめる。屋根の雪が落ちただけで、羆の襲来だと勘違いし、怯える始末であった。区長は救援の警察や男たちがまったく役に立たないことを知り、熊撃ち銀四郎に応援を依頼する。銀四郎と区長は熊狩りに加わるが途中、彼らと別行動をする。羆がいる風上に彼らがいると、羆は彼らの存在をにおいで感じ取るからだ。銀四郎たちは風下に回り、羆を仕留める。銀四郎は二発で羆の急所を打ち抜いたのだ。
 仕留められた羆は頭の先から足先まで九尺(二.七メートル)体重百二貫(三八三キロ)の巨体であった。仕留められた羆を運ぶとき、吹雪が吹き荒れる。「クマ嵐だ。クマを仕とめた後には強い風が吹き荒れるという」一人の男が言う。

 とにかく読んでいて恐ろしさがひしひしと感じる本であった。北海道の開拓民たちが過酷な自然の中で生活している描写だけで、自然の恐ろしさを感じるのに、さらに体重383キロの羆が、人を襲い、骨を折り、肉を食いちぎる光景を想像すると、ぞっとしてしまう。話が事実に基づいているだけに、下手な恐怖小説より恐ろしかった。風や音が恐怖をさらに広げていく感じだった。


評価
★★★★


書誌
書名:羆嵐
著者:吉村 昭
ISBN:9784103242130
出版社:新潮社 (1977/05 出版)
版型:204p / 20cm / B6判
販売価:入手不可

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