2008年12月12日

吉村昭著『光る壁画』

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 この本は多分昔読んだはずだ。でも、もう一度読みたくなって文庫本を購入する。今は私も毎年一回はお世話になっている胃カメラの開発物語である。初めて読んだときは、まだ胃カメラのお世話になっていなかったから、それほど身近なものとして感じられなかったが、今は「どれどれどのようにして胃カメラ誕生したのか?」、と興味があった。
 開発は戦後まもなくオリオンカメラ(モデルはオリンパスカメラ)の曽根菊男(モデルとなった人は深海正治)のところに東大医学部附属病院分院の副手宇野達郎という外科医が胃カメラの製作を依頼するところから始まる。
 それまで胃の中を見るには、レントゲン写真を撮る方法と、胃鏡という方法、それと胃内撮影(これは実用化されていないし、失敗していた)の三つの方法があった。
 恐ろしいのはこの胃鏡という方法である。なんと口から金属の管を胃の中まで差し込んで、上から見る方法なのである。しかし金属管を飲み込むことが出来る人たちがいるのである。大道芸人の呑刀師という人たちである、よくあるでしょう、剣を口に入れて奥まで呑み込む芸をする人たちである。その人に直径十三ミリの金属管を呑み込んでもらい、管の中に光を送って胃の中を覗いたのが最初であったという。その後この胃鏡は多少改良されて、一般の患者に使われたが、食道を破ってしまう事故などが起こり、結局使用が避けられていた。
 依頼された曽根は、まずは胃の中まで入る管を、金属管ではなく、患者の苦痛の少ない素材で作り、次に胃に入った管にカメラを付けて、胃の内部を撮影する方法を、試行錯誤しながら開発していくのである。
 今みたいにファイバースコープなどない時代である。管の先に直接カメラ、六ミリフィルムを入れるマガジン、光源となる豆電球を付けるのである。人間の咽頭の広さは平均十四ミリだそうで、管はそれ以下でなくてはならない。当然管にも厚みがあるし、しかもその中に光源である豆電球と、カメラを装置しなければならないのである。
 まずは管の素材を探し、次に管の中に入るカメラ。当然レンズも極小のもとなる。電球ももちろん小さい物でなければならない。電球は小さくなればその光量も少なくなる。それを明るくすれば、今度は中のフィラメントがすぐ焼き入れてしまい、耐久性がなくなる。
 驚くのは戦後間もないこの時期に、胃カメラに付ける小さなレンズを磨いて作る人や、極小の豆電球、しかも光量があって耐久性のあるものを作れる職人がいたことである。
 おもしろいのはこの胃カメラに使う素材を当時巷にあった素材から探し、あるいは応用して、試作器を作り上げていくことである。たとえば、マガジンに入った六ミリのフィルムを一コマずつ引っ張り出す糸(シャッターの役目をするもの)に三味線の弦を応用する。またレンズが固定焦点なものだから、カメラと胃壁に一定の距離が必要となる。しかしこの胃カメラは一端胃の中に入れてしまうと、管の先端がどこにあるのかわからなかった。そのため透明なコンドームをカメラのついた先端に付けて、ふくらまし、そのことでカメラと胃壁の距離を一定にするのである。物資の少ない時代だから余計にそうしたさまざまなものを応用していく。まさしく“手作り”の胃カメラであった。
 しかし根本的な問題があった。先に言ったように、胃カメラが胃のどの部分あって、どこを撮しているのかわからないということなのである。今みたいにモニターがあって、それを見ながら操作出来ないのである。試作器を使って犬の胃を撮影しているとき、実験室の電球が切れた。その時、犬の腹がうっすらと光るのである。そうなのだ。胃カメラの豆電球が内部で光っているのである。まさしく“光る壁画”であった。偶然が胃カメラの操作方法を教えてくれたのであった。
 こうして試作器の胃カメラを犬を使って実験し、ある程度成果が出た時点で、今度は人に使うようになる。しかし何せすべてが初めてのことである。胃カメラを入れても奥まで入っていなかったりして、うまく胃の内部が写らない。それでも病院内の外科医が自ら実験台となって、胃カメラを呑むのである。こうして日本で世界最初の胃カメラが誕生したのである。
 この小説のおもしろさは胃カメラ製作に当たっての試行錯誤していく過程が描かれていることと、彼らがいた時代風景がうまく描かれているところである。その時代背景がよくわかり、いかにも戦後だなと思った

 主人公の曽根は箱根の旅館の息子でもあった。奥さんに旅館経営を任せて、自らは実験の合間に帰る単身赴任であった。この本を読んで知ったのだけれど、戦後の箱根の旅館に宿泊する人たちは、宿泊の条件として一食一合のお米を持参して、それを旅館の女中さんが計って受け取っていたという。戦後の食糧難がよくわかる。また曽根たちが東大病院に実験に行くときは、胃カメラをリュックサックに入れて背負って行くところなど、よく戦後日本を映した映画などに見られる風景である。
 またこの本では堅苦しい実験の模様だけでなく、曽根と妻の京子との人間関係も、感情も生々しく描かれていて好感をもった。いい小説であった。
 いずれにしても、この人たちのお陰で、私の胃の健康も維持されているとことがあるわけだから、感謝しなければならない。でも来年春にはまた胃の検査があることを思うと、やっぱり憂鬱だなぁ~。


評価
★★★★


書誌
書名:光る壁画
著者:吉村 昭
ISBN:9784101117171
出版社:新潮社 (1984/11 出版) 新潮文庫
版型:313p / 15cm / 文庫判
販売価:499 円(税込)

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