2008年12月20日
井原万見子著『すごい本屋!』
すごい本屋とは井原さんのイハラ・ハートショプのことである。お店のあるところは和歌山県。お店までJR和歌山駅から在来線で六〇分。御坊駅というところで降りて、路線バスで川原河めで五〇分。そこからコミュニティバスに乗り換えて二〇分の平橋で下車とある。つまり和歌山駅から二時間以上かかる山奥である。この本の最初に多分お店のある村の全景の写真だろう。それがあるが、まわりを山に囲まれている。川の流れる水の音、山桜、山藤、ホタル、秋の月、神社のイチョウが黄色くなる。冬には雪。イノシシ、鹿にも出くわすらしい。
とにかく自然が豊かなところとは想像がつくが、いったいどこにあるんだろうと思ってしまう。Google Earthで調べてみて、「えっ~、こんなところで本屋さんなんてやっていけるの?」と思ってしまった。
この本によると、イハラ・ハートショプの前身は井原さんの伯父さんが二十二年前にはじめた本屋さんである。その時はここには図書館もなければ、本屋も車で一時間近くかけていかなければならなかったという。村の人たちは伯父さんが大阪で本屋を開業したことを聞いて、この村にも本屋さんがあればいいなあという要望に応えてできたお店だそうだ。そしてその後を井原さんが継いだ。名前のイハラ・ハートショプとは井原さんの兄弟が自動車修理工場のイハラ・ボディーショップを開いてるので、ボディーがあるから今度はハートということで決まったそうだ。
イハラ・ハートショプは現在集落に残るたった一つの小売店になってしまっているので、村人の要望を聞いて本だけでなくお菓子や日用雑貨、味噌や醤油なども置いている不思議な本屋さんである。アイスクリームもパンも、タバコもお線香も置いている。
本の荷物が届くのは午後一時頃。新刊配本は受けていないという。要は注文品だけということなのだろう。お客さんもその点は心得ていて、きちんと入荷を待ってくれるという。だから「この書籍の入っている箱を開ける瞬間は、とてもわくわくします。茶色いダンボール箱の横に、青い文字で顔をデザインしたトーハンマークがついているだけのシンプルな箱なのですが、私にはリボンのついたプレゼント箱のように見えます。そして開いてみて、お客さんが楽しみに待ってくれている本が入っていると、小躍りしてしまうのです」と井原さんは書く。
店に置いてあるのは絵本各種。「文藝春秋」や「現代農業」などここでの売れ筋の雑誌。文庫、コミックもあるという。久しぶりに「現代農業」という雑誌名を聞いた。もちろん農文協の農業書も置いてあるという。思わず、「へぇ~、農文協の本とはなるほどね」と思った次第だ。農文協という出版社は農業書はもちろん、食に関する本、児童書など、意外とおもしろい本をだしている。昔、どぶろくの作り方の本をよく売ったものだ。
とにかく山奥にある小さな本屋さんである。本の流通も都会の本屋さんみたいなわけにはいかない。流行のものや話題の本などそう簡単に手に入るわけじゃないだろう。しかしだからこそ、はやりすたりの激しい本など追いかけずに、お客さんの要望に応えられる本を置く。この店は競合店の心配もなく、顔見知りのお客さんとゆっくり対応したりして、懐かしい書店だと井原さん自身言われる。人はイハラ・ハートショプは周回遅れの最前線の本屋さんと称したらしいが、周回遅れでも、何事にも乗り遅れまいとして走りまくってきた都会の書店がどんどん潰れていく中、この和歌山の山奥で存在価値がある本屋さんが元気に頑張っておられるというのがうれしくなってしまう。
特に子供の本には井原さんは力を入れておられる。なぜ子どもの本に力を入れるのか、この本では詳しく書かれていないが、井原さんの同級生が子供を残してわずか二年半の闘病生活後亡くなられた。その同級生は自分が子供のそばにいて何も助言できないことで、一冊の絵本に子どもたちの成長を見守って欲しいと願いを託していったことが、絵本に取り組むきっかっけとなられたようだ。
だから村の子供たちにもっともっと本とふれあってほしいという気持になり、児童書の見本を持って、小学校に出かけ、先生ではなく子供たちに本を選ばせる。ここではあくまでも子供が主役だ。子供が自ら絵本を選び、座り込んで夢中で読む姿が描かれるけど、そこには強制された読書では見られない光景がある。ホント強制された読書はつまらない。子供が本嫌いになるのはそうした強制された読書や感想文なんか書かされるからだと井原さんは言っておられるけど、まさしくその通りだと思う。
そうした絵本の魅力を村の子供たちにさらに伝えたくて井原さんは絵本の原画を出版社から借りて展示したり、絵本作家を山奥に招いて朗読会やサイン会などを行い、子供たちと本のふれあいの輪を広げていく。絵本の原画を見る子供たちや作家のサイン会に参加する子供たちの目がきらきら輝いているのが見えそうな気がする。
そうした絵本の原画を借りに行くため、あるいは作家さんにこの山奥に来てもらうために、井原さんは水曜日の定休日を利用して火曜日の夜に夜行バスに乗り、東京にある絵本の出版社に協力を得るため訪ねるのである。井原さんは「田舎で暮らしていますと、あきらめなければならないことが多すぎて・・・・。それでも、本と本屋に関わっていることで、著者に会い、絵本原画を見る機会が作ることができるんだと、知りました」という。あるいは「業界が厳しいと言われるようになった時代じゃなくても、当店は最初から厳しい環境にありました。ただ黙って待っているわけにはいかないなと動いていたら、イベントを開催できました」とも言っている。そうしたイベントを通して井原さんは「子どものころの体験が、大きくなってからの自分の進む道に影響するのだな」と思うのである
ここを訪れた作家さんは「そうか、本はラーメンやパンや醤油と同じ日用品なのだ!」と店の品揃えを見て納得するのを読んで、本は特別なものではなく、そうした日用品の一部であることに案外意味があるのではないかと思えてくる。
都会のようにたくさんの本が氾濫していると、あまりにも情報がありすぎて、その子にとって本当に必要な一冊が見つからないのではないかと思ったりする。本との出会いも一期一会であって、それは都会であってもイハラ・ハートショプのような山奥にある本屋さんでも関係ない。どこで自分が読みたい本に出会えるか。あるいはそれを提供してもらえるかにかかっているのではないかと思う。そういう意味では井原さんは村の子供たちに本の出会いを提供しているわけだから、それだけでもすばらしいことだと思うのだ。
何でもかんでも流行を追いかけることで疲れはて、本当に自分は何を求めていたのかさえ忘れてしまう現代にあって、いいものに出会わせることに力を注いでおられる井原さんに敬意を表してしまう。
井原さんののそうした行為と、子供たちの輝く目が見えるいい本であった。またこの本を読んでいて絵本の持つ魅力もあらためて考えさせられた。
イハラ・ハートショプ
http://www5.ocn.ne.jp/~i-heart/
評価
★★★★
書誌
書名:すごい本屋!
著者:井原 万見子
ISBN:9784022504050
出版社:朝日新聞出版 (2008/12/30 出版)
版型:220p / 19cm / B6判
販売価:1,680円 (税込)
- by kmoto
- at 07:39
comments
ラジオ深夜便で聞きました。実際に行きましたが,すごい山奥ですよ。そんなところで本屋とは,よく頑張ってらっしゃる!