2009年01月09日

吉村昭著『街のはなし』

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 昨年は吉村さんのエッセイで締めくくったが、年始はその吉村さんのエッセイから始める。要は昨年の続きということだ。今回もやはり“うまいな”と感心して読んだ。たぶん、どうって言うことはないことなのかもしれないけれど、ちょっと考えてみると、こうも言えるし、ああも考えられるということをうまく、しかもそれとなくおかしく語られる。それでいて、もっともだと思えるのである。 ちょうどお正月なのでその話題にちなんだエッセイ、「松かざり」から。

 「正月に一家そろって海外旅行に出るのを常としている家族がいる。テレビに、成田空港へ帰ってきたそれらの家族が映し出される。
 私は、自然に親に連れられた子供の姿に視線がゆく。これらの子供たちは、日本の正月の行事には無縁で、もしも正月の絵を描くとすれば、ビーチパラソルが点々とある外国の海浜や、波の寄せる青い海で外国人にまじって泳ぐ肉親の姿になるのだろう」

 と吉村さんは危惧する。もともとこのエッセイはこの頃正月のお飾りをしない家が多くなっていることから始まるのだが、安価でもいいからそうしたお飾りをすべきだというのが吉村さんの主張である。
 どうしてかといえば日本は春夏秋冬が鮮やかなほどくっきりしている。そうした恵まれた四季に我々祖先はその季節にふさわしい行事をもうけてきた。それは季節のの移り変わりを確かめる人間の豊かな智恵によってもうけられたものだ。それらの行事は子供たちにとって新鮮な驚きとなるだろうし、あらためて季節を見つめる良い機会ともなり、それによって豊かな心がはぐくまれるからだという。それを我々は次の世代に伝えるべきなのに、正月に家族揃って海外旅行に出かけるとは何事かとというのである。
 確かに日本の季節感が失われつつあるし、みんなで行事に参加するという気分が薄れつつある。しかも長期の休みを取るとなれば盆か正月しかない現状があるから、そこに家族揃って海外旅行へ出かけるのはある意味やむを得ないだろう。だから諸手を挙げて吉村さんの意見に賛成できない。が、一方でもっともっと日本の正月気分を味わってもいいような気もする。だって子供たちが描く正月風景がたこあげではなく、外国の青い海っていうのはちょっとどうなんだろうと思うからだ。
 時たま思うのだけれど、最近は日本もグローバル化してきているから、いろいろなところで今までとは違う過ごし方が生まれつつある。しかしそれが完全にスタンダードになりきれないものだから、妙に中途半端な状態になっているのではないだろうか?なぜそれがスタンダードになりきれないかといえば、そこには日本固有の文化なり伝統があるからである。今きっとそれら固有のものと、新しい過ごし方がうまく融合していないか、あるいは一方が他方を排除していないから、正月は海外でエンジョイする人たちがいれば、おいおい正月は正月らしい過ごし方をしろよというやつもいることになるのだ。
 これから先これらの考え方なり、過ごし方がどう変わっていくのかわからないけれど、今まで日本が日本で有り得たものを完全に捨て去ってしまうと、没個性的になる。そしてそうした没個性は没落を招くことになると歴史は教えているのだけれど・・・。私は右的思想に傾いているとは思わないけれど、ただ日本人である以上、日本文化や伝統などを大切にすべきじゃないかと思ってはいる。

 さて、笑ってしまったエッセイがある。吉村さんの奥様、作家の津村節子さんが、友人との電話でぼやいている。内容は津村さんの友人の旦那がずっと家にいることに対して、「まだあなたの所はいいわよ。御亭主がお勤めだから、朝夕二回お食事をつくればいいのですもの。私の所なんて、毎日、家にいるから三食食べさせなければならないのよ」とい言われる。これを聞いちゃったら、ちょっとやりきれないなと思ったが、吉村さんも苦々しく感じておられる。そこで吉村さんははたと思いつく。

 「結婚して年を追うにつれ、夫が妻の前で弱々しい眼をするようになり、その原因が、家庭での食事にあることに、私は気がついた。妻がととのえた食物を夫が食べる。それが繰り返されているうちに、夫の眼は次第に弱々しいものに変化する。
 犬は、常に餌をあたえてくれる飼主に媚びるような眼をする。人間も動物であるかぎり、それが繰り返されているうちに、自然に飼主にむける犬のような眼になるのである。
 平均寿命が短いことから夫が先に死ぬのが普通だが、時には妻の方が先に死ぬこともある。妻に先立たれた夫は、哀れである。しょぼんとして、生気が失われ、体も痩せ衰えて、いくばくもなく死ぬ例が多い。それは、飼主を失った犬と同じであるからだ」

 む~んん。よくよく考えてみれば、確かに人間も犬と同様に動物ではあるけれど、しかし人間は犬ではない。だから犬の生態がそのまま人間に当てはまるのかともいえる。その点吉村さんの論理は破綻してしまうけれどそれを言ってしまったら身も蓋もない。
 妻が食事を作り、夫がそれを食べる。その繰り返しでいつの間にか妻は飼い主となり強くなる。夫は餌をもらう犬と化してしまうほど、弱々しくなってしまう。それが犬に似ているということなのだ。それがおかしくもあり、悲しくもあるところに、この話は面白味が出てくる。妙にうなずいてしまったりして、嫌になってくる。


評価
★★★


書誌
書名:街のはなし
著者:吉村 昭
ISBN:9784167169343
出版社:文芸春秋 (1999/09/10 出版)文春文庫
版型:271p / 15cm / A6判
販売価:490円 (税込)

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