2009年01月20日

吉村昭著『東京の下町』

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 また吉村さんのエッセイを読む。吉村さんは日暮里で生まれ育った人である。この本は吉村さんが子供頃の日暮里での風景を描写している。
 私が子供頃の日常はまだ吉村さんがいた日常とほぼ似ている。まだ戦後20年はたっていないから、多少は変わっているところもあるけれど、まだ昔懐かしい子供の頃の風景が残っていた。住んでいるところが江戸川区という東京都といっても、田舎だったから、高度成長期が始まる頃とはいえ、取り残されたところがあったのかもしれない。
 この本に記されている、トンボ取り、風鈴売り、金魚売り、豆腐売りのラッパの音、牛乳配達が鳴らす瓶が当たる音、蚊帳のある部屋、近くにあった街の映画館、公園に来る紙芝居やおでんの屋台、縁日のアセチレンガスの火、などなど、みんな私の思いでの中にある。なんせ、小学校の校歌に“シラサギ飛び交う”という歌詞があり、事実田植えが終わった冬の田んぼにはシラサギが何羽もいた。 こういう子供の頃の日常風景を懐かしむこと自体、やばいなと思うところがあるけれど、でもやっぱり懐かしい。なんかいいなぁと思うのだ。
 私の子供の頃の原風景と吉村さんの子供の頃の原風景との唯一の違いは、吉村さんの場合“戦争”をはさんでいることだろう。吉村さんは「少なくとも太平洋戦争がはじまるまでは、町には庶民の生活があった」と書かれているが、この本を読むと、戦後の生活と戦後の生活には一時戦争という断絶はあったにせよ、その復興には庶民の力が強く働き、完全までとは言えないしろ、戦前に似た生活に戻ったところが感じる。
 そしてその戻った庶民の生活は、「考えてみると、日本人の生活は、大ざっぱに言って明治以後、昭和三十年頃まで基本的な変化は余りなかったように思う」と吉村さんが言うように、私の子供の頃までは吉村さんの世代が回顧する子供の頃と共有できる部分が多かったのではないかと思うのだ。だからここに書かれることに妙に懐かしさを覚えるのだろう。
 そしてそれは私たちの世代までである。きっとこの後来る高度成長期に日本は大きく変わり、日本が世界の中の一つに位置し、世界経済が日本を大きく変えていき、今もその嵐にもまれているため、生活も変わらずを得ないのではないかと思うのだ。
 いつも私より年配の方の随筆やエッセイを読んでいると、何で私が“そうそう”と思うのか不思議ではあったが、たぶんそれらの人たちが過ごした生活、たとえば「道路は、少年少女の遊び場であった」頃の風景が私の世代までであっただけのことなのであろうと、改めて思った。
 私は自分の子供の頃と今の子供たちと比べてどうこう言うつもりはないけれど、ただこうしたエッセイを読んで、共感できることはうれしいと思うのだ。


評価
★★★


書誌
書名:東京の下町
著者:吉村 昭 永田 力【絵】
ISBN:9784167169145
出版社:文芸春秋 (1989/01/10 出版)文春文庫
版型:233p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

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