2009年02月25日

勝間和代著『読書進化論』

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 読んでいて何か違うんだよなと思った。何が違うかと言えば、読書の仕方である。この本は私みたいに本を楽しむ読書をしている人のための本ではない。本を読むことで、自分の人生や仕事、あるいは生活に何らか役立てようとする人のための読書の方法を指南している。
 本を読む行為はとにかく時間と手間がかかる。けれども、いやだからこそ読書は「ウェブよりも、濃度が高く、時間の費用対効果がいいものだ」と著者は言う。ただ目的意識なしに読んでいてはダメだ。「読んだ本の成果は仕事や生活で活用しなければいけない」と言い切る。そういう目的意識を持っているかいないかで、読書の時間効率が違ってくると言うのだ。
 そのような読書をしていれば、本から戦略的なことをひと通り、すべて学ぶことができると言い、そういう「読書は決して受け身的なものではなく、人生の目標と指針を与え、私たちの日々を進化させてくれるすばらしい方法なのです。ネット全盛期の今こそ、ぜひ、本の役割をもう一度見直し、私たちの大事な時間をもう少し多く、読書に投資してください。そうすることで、読者の方々にとって、よりよい人生が待っているのだと私は確信しています」結論づけている。
 なるほど、時間や手間、お金がかかる読書という行為に「費用対効果」を求めるのかと思った次第だ。これはスタンスの違いだからとやかく言うつもりはないけれど、できればこんな本の読み方はしたくはないなと私は思う。私の本の読み方はこの著者からすればなんて無駄な本の読み方をしているんだと言われそうである。
 けれど基本読む本が違うのだから仕方がない。一方は生活に、ビジネスに役立つ本を書く人であり、そんな本を読む人を対象としている。私は本の内容を楽しむことに読書という喜びを見出している。その点が違うのである。だから著者が「本は全部を隅々まで、読む必要はないのです。ウェブを頭から全部読む人がいないのと同じように、本の全体像から、好きなところだけ拾い読みしていけばいいのです。ただし、大事なことは、その内容が私たちの考え方や行動にどれだけしっかりといい影響を与えられるかということだと思います」というのは、絶対にできない。とにかく読むことに重点を置いているから余計である。

 そんな著者は本の売り方にも提言している。現在の本の売り方にはプロモーションやプレイス、そして著者のマーケティングが欠けているという。特に本の著者がそうした行為をしないのはおかしいと言う。自分の名前をとにかく売ること。これが何より大切だという。なぜなら本は「読まないと品質がわからない」という問題点があるから、読者に自分の書いた本を買ってもらうにはとにかく名前を覚えてもらしかない。覚えてもらえば、「あの著者の本ね」といった感じで、おおよその本の内容が想像できるだろうし、その著者を知っているということは、必然的に内容を保証しているものだという。だから「著者の名前を、見せてナンボ、名前を連呼してナンボなのです」と言う。
 これは言えている。以前読んだ本の著者である程度気に入って読んだ経験があれば、新しい作品も、たとえそれがひどいものであっても、少なくても読んでみようかなという気持ちが起こる。だからこの点については本の販売には開拓の余地があると言う。著者はこうしたことを専門としているのだから、今本が売れないのは、こんな点にも問題があると言うのだろう。まぁ、自ら積極的にマーケティングをしてくれるなら、それはそれでいいことじゃないかと思う。

 あとおもしろかったのはアマゾンジャパンの人の言葉だ。アマゾンでは雨の日に比較的売り上げが伸びる傾向があるといい、時間帯としてはリアル書店が閉店する八時頃から売れ行きがバーッと上がるらしい。曜日については土日より比較的平日のほうが利用されているというのは、何となくわかるような気がする。雨の日に本屋さんに行くのは厳しいものがあるし、休日は本屋さんより、他におもしろいところに行くだろう。時間についても、家に帰って一段落してからネットをやるのがやはり午後八時過ぎだろう。雨の日の平日、八時過ぎがアマゾンのかき入れ時ということだ。


評価
★★


書誌
書名:読書進化論―人はウェブで変わるのか。本はウェブに負けたのか
著者:勝間 和代
ISBN:9784098250011
出版社:小学館 (2008/10/06 出版)小学館101新書
版型:254p / 18cm
販売価:777 円(税込)

2009年02月24日

大崎梢著『サイン会はいかが?』

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 大崎さんの本はこれで三冊目となる。前作二冊を読んで、“こんなもんか”と思っていたので、もう新作が出ても読むまいと思っていたのだが、ついつい新作が目に入ってしまうと、買ってしまった。やっぱり本屋さんを舞台にしたミステリーというのにどうしても惹かれてしまうのだ。本屋さんに関する本にはどうしても読んでみたくなるのだ。言ってみればそれは宿痾みたいなものかもしれない。それに今度こそおもしろいかもしれないという期待もある。
 で、どうだったか?ダメでした。結果やめておけばよかったと思った。どうしてなのだろうかと考えた。あくまでも個人的な感想なのだが、全体的にインパクトが弱い。なんか仲間内で推理して、問題を解決したというイメージがいつもつきまとう。確かに探偵役の多恵ちゃんが言うように「本屋限定」のミステリー解明だから、限られた舞台の話であるけれど、それにしてもいつも仲間内でわいわいがやがややっている感じがしてしまうのだ。
 だからこの本の著者の読者はほとんどが書店業務に携わっているか、あるいは携わったことがある人ではないかと思ってしまう。なぜならそこにある舞台描写に「うんうんそうだよね」という共感できるし、さらにミステリーとなっていれば、その業界の人にとってはおもしろいのではないだろうか?でも結局それだけなのだ。部外者が読んだらきっとちっともおもしろくないと言われるのがオチではないだろうか。そんな気がする。もう少し重みが欲しい。
 結局本屋さんを舞台にしてしまうと、こんなものしか書けないのかなと思ってしまう。でも本にまつわるミステリーにはおもしろいものもたくさんある。本にはどこかしら個人的な思い入れがあるから、どろどろした部分がある。だからおもしろいミステリーが生まれる。その本を扱う本屋さんなのだから、もう少しまともなもミステリーがあってもいいような気がする。でもこの著者が成風堂書店という舞台や本屋さんの日常にこだわっていると、こんなものしかできないのではないかと思ったりする。


評価
★★


書誌
書名:サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ
著者:大崎 梢
ISBN:9784488017392
出版社:東京創元社 (2007/04/25 出版)ミステリ・フロンティア
版型:263p / 19cm / B6判
販売価:1,575円 (税込)

2009年02月23日

阿刀田高著『日本語を書く作法・読む作法』

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 昨年は阿刀田さんの作品に魅せられ、いくつか続けてその作品を読んできた。またさらに読んでみたいと思い、阿刀田さんの本を集め始めたら、いつの間にか単行本が棚一段占めるようになった。今年もそれら集めた作品を読んでみたいと思っている。
 で、その棚を眺めていて手に取ったのがこの本である。この本は書名からして、いわゆる日本語を書いたり、読んだするに当たり、阿刀田さん流に“こうすればいい”といったハウツー本かなと思っていた。実はそれを期待していた。阿刀田工房でどのように文章が綴られ、読まれているのか、そっちの方が興味があった。
 しかし読んでみるとただのエッセイ集であった。それも今まで新聞や雑誌に書かれたものが一冊の本になるボリュームになったから、それを集めて本にしたものであった。
 そのためか、これといって心に残るものはなかった。ただ阿刀田さんは文章を書くのはあまり好きじゃないというのは意外であった。昔からそうだったという。しかしだからこそ文章を短く書くという。それがよかったというのだ。
 どういうことかと言えば、人に読んでもらう文章はわかりやすくするために、センテンスが短い方がいいからだ。だらだらと思いに任せて書いていくと、やたら接続詞が多くなっていき、文章が長くなる。そうなるといったい何が言いたいのかわからなくなる。それはよくわかる。なぜなら私が書く文章がそうだからだ。自分でもよくわかっている。
 私はこうしてブログなどやっているからおわかりになるかもしれないが、文章を書くことが多分好きな部類に入るだろう。自分で思いのまま書いているものだから、誤字脱字は多いし、接続詞、形容詞がやたら多い。気持の方が先に立っているものだから、文章に書くとそうなってしまう。自分でもまずいなとは思っているが、まず書いてしまうことが先だと思っているから、どうしてもそうなってしまう。だから出来上がった文章を推敲する時は、まず接続詞を省くことから始めて文章を細切れにすることから始める。特に最近はそれを注意しているつもりなので、一時よりはマシになっているんじゃないかと思っているのだが・・・。
 阿刀田さんは自分が自分が怠惰なせいで文章が短くなっていると言っているが、それがわかりやすくテンポのある文章になっているのだろう。下手な横好きは結構だけれど、やはりその点は気をつけないといけないなと自戒する。
 阿刀田さんの言うようにあるいは書くことが嫌いな人の方がすばらしいく、わかりやすい文章が書けるのかなと思ったりすると、ちょっと悔しい気持もする。文章を書くことが好きでも、読みやすい文章が書けないものかなと考えてしまう。まぁ、できるだけ気をつけて書くしかないかとも思っている。


評価
★★


書誌
書名:日本語を書く作法・読む作法
著者:阿刀田 高
ISBN:9784788707733
出版社:時事通信出版局 時事通信社〔発売〕 (2008/01/05 出版)
版型:221p / 19cm / B6判
販売価:1,680 円(税込)

2009年02月20日

沢木耕太郎著『ミッドナイト・エクスプレス』

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 沢木さんの『深夜特急』第一便から三便までは単行本が発売されたとき、それぞれ読んでいる。今回それを再読してみようと思ったのは、ここのところ紀行文にはまってしまっている関係で取り出してみたのだ。
 この本は単行本三冊を一冊にまとめてあるので、結構なボリュームだ。なんだかちっともページが進まない感じがしてしまったが、気がついたら4日で読み切っていた。
 私は勘違いをしていて、沢木さんがユーラシア大陸を最初からバスを使ってロンドンまで旅をしたものだと思っていた。ところが沢木さんのこの旅の最初の趣旨はインドのデリーからロンドンまで乗り合いバスを使って旅をすることであって、デリーまで直接飛行機を使って行くこともできたが、途中降りることもできることを知って、まずは香港、マカオ、マレー半島、シンガポールに寄って、そしてデリーに向かい、そこからロンドンまで乗り合いバスを使って旅をした。
 ただ香港、マカオの記述が、特にカジノでのやりとりがおもしろかったので、そっちにばかりに記憶に残っていて、本当はここは“おまけ”みたいものだったのだと改めて知った次第である。

 私は観光旅行しかしたことがないので、こうした“放浪”の旅にはあこがれてしまうところがある。しかしこうした長い旅には、いわゆる人の一生みたいなところがあるんだなと感じた。
 どういうことかと言えば、旅の最初のころには、沢木さんが出会うものすべてにワクワクしいた。時には自分の子供の頃を思い出したり、相違点を見出したりして、新鮮であったのがよくわかる。

 「カルカッタの子供たちのボロから突き出したしなやかな手足を見るたびに、ただ体を動かしていればよかった時代の幸せさを思い出さないわけにはいかなかった。(略)
 路上で遊んでいる子供たちを見ていると、少年時代の自分を思い出す。しかし彼らがかつての私たちと違っていたのは、なにかしら仕事を持っていたことだ。彼らは、働く合い間に、時間をかすめとるようにして遊んでいた」

 旅をする前の自分の生活環境とまったく違うものと接すると、それがいかにも自分を縛っていたものではないかと思うようになり、訪れた土地の人の生活方法に従ううちに「またひとつ自由になれた」と感じるのである。一方で自分の旅の仕方も反省する。

 「もちろん、『金がない』と言うだけなら、私は自分が卑しいとは感じなかっただろう。私がその台詞を使う時、どこかでその相手の親切を期待するところがあったような気がするのだ。ほんの少しであっても、金のない旅人が土地の人の親切を受けるのは当然だという思いを抱いていなかったかどうか。私には『いや』と言い切れる自信がなかった。『金がない』という台詞を使わない時にも、相手の親切を期待する気持が態度に滲み出ていたのではないだろうか。(略)もしそうだったとすれば、それは手を出さないというだけの物乞いにすぎないのではないか・・・・」

 しかし旅を続けるうちに、自分の旅の姿がある意味無責任なものではないかと思うようになってくる。そう感じたとき沢木さんの胸には虚無感が生まれてくる。それを同じような旅をするヒッピーの体から発する臭いから次のように言う。

 「ヒッピーたちが放っている饐えた臭いとは、長く旅をしていることからくる無責任さから生じます。彼はただ通過するだけの人です。今日この国いても明日にはもう隣の国に入ってしまうのです。どの国にも、人々にも、まったく責任を負わないで日を送ることができてしまいます。しかし、もちろんそれは旅の恥は掻き捨てといった類の無責任さとは違います。その無責任さの裏側には深い虚無の穴が空いているのです。深い虚無、それは場合によっては自分自身も無関心にさせてしまうほどの虚無です」

 そのうち、訪ねた土地の人の親切が煩わしくなっていく。

 「私たちのような金を持たない旅人にとって、親切がわずらわしくなるというのは、かなり危険な兆候だった。なぜなら、私たちは行く先々で人の親切を『食って』生きているといってもよいくらいだったからだ。『食う』という意味は二重である。ひとつは、文字通り人から親切によって与えられる食物や情報が、旅をしていくために、だから異国で生きていくための必須だということ。もうひとつは、人々の親切が旅の目的そのものになっているということ。つまり私たちのようなその日ぐらしの旅人には、いつの間にか名所旧跡などどうでもよくなっている。体力や気力や金力はそこまで廻らなくなっていることもあるが、重要なことは一食にありつくこと、一晩過ごせるところを見つけること、でしかなくなってしまうのだ。しかし、そうであっても、いやそうだからこそ、人が大事だと思うようになる。旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ、と。そしてまさにその人と人の関わりの最も甘美な表出の仕方が親切という行為にはずなのだ。
 ヒッピーとは、人から親切を貰って生きていく物乞いなのかもしれない。少なくとも、人の親切そのものが旅の全目的にまでなってしまう。それが、人から示される親切が面倒に感じてしまうとすれば、かなりの重症といえるかもしれなかった」

 いつの間にか沢木さんは自分の旅に新鮮さを感じられなくなっていくのがわかる。このころから沢木さんの旅は幼年期、少年期が終わっていたのだ。
 この本には「深夜特急ノート」が付録みたいな形で収録されている。そこに「しだいに好奇心が摩耗し、全身が蝕まれていくような気がする」という書き込みがある。長旅はいつの間にか初期の新鮮さや好奇心を失わせていくようだ。それを沢木さんは次のように言い表している。

 「旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。人の一生に幼年期があり、少年期があり、壮年期があり、老年期があるように、長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。私の旅はたぶん青年期を終えつつあるのだ。何を経験しても新鮮で、どんな些細なことにでも心震わせていた時期はすでに終わっていたのだ。そのかわりに、辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になってくる。歳をとってくるとしきりに昔のことが思い出されるという。私もまたギリシャを旅しながらしきりに過ぎてきた土地のことが思い出されてならなかった。ことあるごとに甦ってくる。それはまた、どのような経験をしても、これは以前にどこかで経験したことがあると感じてしまうということでもあった」

 この旅での成果は「ほんとうにわかっているのは、わからないということだけかもしれない」というタイで暮らす日本人男性の言葉じゃないかと思った。そして長旅は、非日常が日常化してしまう部分があり、旅が終わった後、旅をする以前の日常に戻れないのではないかという不安を残す。

 「私にはひとつの恐れがあった。旅を続けていくにしたがって、それはしだいに大きくなっていった。その恐れとは、言葉にすれば、自分はいま旅をという長いトンネルに入ってしまっているのではないか、そしてそのトンネルをいつまでも抜け切ることができないのではないか、というものだった。数カ月のつもりの旅の予定が、半年になり、一年にもなろうとしていた。あるいは二年になるか、三年になるか、この先どれほどかかるか自分自身でもわからなくなっていた。やがて終わったとしても、旅という名のトンネルの向こうにあるものと、果たしてうまく折り合うことができるのかどうか、自信がなかった。旅の日々の、ペルシャの秋の空のように透明で空虚な生活に比べれば、その向こうにあるものがはるかに真っ当なものであることはよくわかっていた。だが、もう、それらのものと折り合うことが不可能になっているのではないだろうか」
 
 これはかなり怖いところではないだろうか?


 ところで最近私はイスタンブールにあこがれていることは書いたが、沢木さんも当然ここを訪れている。ここにたどり着いたとき次のように書かれる。

 「いま私はアジアからヨーロッパへ向かっている。春の初めにアジアの端の島国から出発した私は、秋の終わりにヨーロッパのとば口に差しかかろうとしている。この船でこのボスポラス海峡を渡り切れば、東ローマ帝国の都であったかつてのコンスタンチノープルに到着するのだ。
 しかし、その重層的な歴史が塗り込められているはずの街は、夜の深い闇に覆われて何も見えない。対岸は、丘にでもなっているのだろうか、ところどころに点々と灯が見えるだけだ。その灯はいかにも心細げで、かえって丘の暗さを浮き出させるばかりのように思えた。
 <あれがヨーロッパなのか・・・・>」

 「ヨーロッパからアジアに向かう者も、アジアからヨーロッパに向かう者も、陸路をとる限り必ずこのイスタンブールを通過することになる。つまりイスタンブールはユーラシアを旅する者にとっての交差点になるというわけなのだ」

 またトルコの人々の親切さをこれまで何度も読んできたが、沢木さんも「だが、居心地のよいもっと大きな理由は、イスタンブールの人々の、というより、トルコの人々の親切が挙げられるだろう」と言われている。

 最後に沢木さんがミケランジェロの「ピエタ」を見られたときの感想が印象的であったので、それを書きたい。


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 「私は、これがミケランジェロ二十五歳の時の作品であるということに衝撃を受けた。自分とほとんど同じ年頃の若者がこのようなものを作り上げたということは信じがたかった。この世で一番美しい女性を造形したのが、今の私とほとんど同じ年頃の十五世紀人だったというのだ。
<こんなものがこの世に存在していいのだろうか・・・・>
 私は胸の裡で呟いた。この世の中に天才などというものがいるとは信じたくないが、この『ピエタ』を作った人物にだけはその呼称許さざるをえない、と思った。『ピエタ』は、天才が自分の才能を開花させていく過程での一作品という以上の意味を持っている。恐らくは、それが天才の出発点であり、到達点であり、同時にすべてでもあるという作品なのだ。しかし、二十代の半ばにこのような作品を作ってしまったミケランジェロは、それ以降の長い人生の中で、果たしてこれ以上のものを生み出すことができたのだろうか」

 沢木さんはこの「ピエタ」を見てしまってからはミケランジェロの他の作品、たとえばバチカン宮殿にあるシスティーナ礼拝堂の天井画やダビデ像はつまらないものに見えたという。
 ただそのダビデ像の前にはミケランジェロの未完の作品である大理石の塊があった。その大理石の塊には男のレリーフのようなものが浮き出ており、男の体にはミケランジェロがふるったノミのあとがくっきりと残っていた。それを沢木さんはが見て「ミケランジェロの振るうノミのひとふりひとふりが、男に肉体を与え、生命を吹き込んでいったのだ。その時、ミケランジェロは神に近い存在となる。大理石の男にとってはミケランジェロこそが神である、といってもよい。
 それにしても、創るということがなんと凄まじいことか」と感想を述べる。これを読んでいると、実際に本物を見ていなくても、真の作品を作り上げるという行為の神聖さを感じてしまう。


評価
★★★


書誌
書名:ミッドナイト・エクスプレス 沢木耕太郎ノンフィクション〈8〉
著者:沢木 耕太郎
ISBN:9784163649207
出版社:文芸春秋 (2004/09/30 出版)
版型:734p / 19cm / B6判
販売価:3,465円 (税込)

2009年02月10日

村上春樹著『雨天炎天』

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 ここのところトルコという国に興味を持ってしまい、自分の本棚にトルコに関する本がないかなと眺めていたら、この本を見つけた。自分では読んだ気になっていたのだが、どうやら読んでいなかったことに気がつく。
 この本は二冊セットになっていて、一冊がギリシアのアトス山周辺の紀行文になっていて、もう一冊がトルコの紀行文となっている。文章は村上さんが書かれ、モノクロの写真がいかにも荒涼たる風景を表現しているけれど、できればカラー写真の方がリアリティーがあって良かったじゃないかと思った。
 一冊目は「GREECE アトス-神様のリアル・ワールド」となっているが、私はギリシアにこんな土地があることさえ知らなかったし、ましてここがギリシア正教会の聖地だとさえ知らなかった。アトス山があるこの地にはいくつもの修道院がある。自然の厳しい土地の上に、女人禁制の地だから華々しさがない。恐ろしくプリミティブのようである。しかもギリシア正教会の聖地だからか、修道院にある迫害され殉教した聖人の絵画は、西側のようなオブラートに包んだものでなく、その迫害の残酷さが極めてリアルな感じで描かれているという。修道院に対する援助もほとんど途絶えているようで、補修ができないようで、荒れたままか、手入れが追いつかない状態のものもあるようだ。でも村上さんは「でもしんと静まりかえった修道院の庭を夕暮れにひとりで散歩していると、その素朴な光景がどことなく心にしみる。その単純さと、手入れの悪さが風景と馴染んでいて、とても自然に感じられるのである。西欧の寺院のこれみよがしな隙のない壮麗さには正直言って時々辟易させられるが、ここにはそれがない」という。
 さらに村上さんは「僕は宗教全般についてそれほど多くの知識を持つ人間ではない。でも個人的な感想を述べるなら、ギリシア正教という宗教にはどことなくセオリーを越えた東方的な凄味が感じられる場合があるような気がする。とくに夜中の礼拝を階段の隅からそっと覗き見ているような場合には。そこにはたしかに、僕らの理性では捌ききれない力学が存在しているように感じられる。ヨーロッパと小アジアが歴史の根本で折れ合ったような、根源的なダイナミズム。それは形而上的な世界観というよりは、もっと神秘的な土俗的な肉体性を備えているように感じられる。もっとつっこんで言えば、キリストという謎に満ちた人間の小アジア的不気味さをもっともダイレクトに受け継いでいるのがギリシア正教ではないかとさえ思う」とこのギリシア正教会の聖地に来てみて、ここにある根っこの部分で、ギリシア正教の姿を感じ取られている。
 私ももちろん詳しいことはわからないけれど、今までギリシア正教というのはどこか泥臭い部分を感じていた。カトリックのような洗練さもないし、論理的ロジックに固まった思想もないように感じている。そこにあるのは人間が絶対的な神を信じるという一点につきるような気がする。その厳しさや土俗性は小アジアの気候や風俗などがもろ反映しているのかもしれないけれど、しかしそれは人間が神を信じるという原始的で単純な形をそのままの残しているのではないかと思うのだ。“信じる”というのは本当はもっとシンプルなものだと思ったりもする。
 村上さんは旅を終えて次のように言う。「そこで暮らしていた人々や、そこでみたふうけいはや、そこで食べたもののことがものすごくリアルに目に浮かんでくるのである。そこでは人々は貧しいなりに、静かで濃密な確信を持って生きていた。そこでの食べ物はシンプルだけれど、いきいきとした実感のある味をたたえていた。猫でさえ黴つきパンを美味しそうに食べていた」と。

 2冊目は「TURKEY チャイと兵隊と羊-21日間トルコ一周」である。この本は「トルコは兵隊の多い国である」といって始まる。トルコはとにかくホットな国で、地図を見ていてもギリシア、イラン、イラク、シリアと今一番熱い国と接しているから当然と言えば当然である。多くの人種を抱え、下手をすれば人種問題で紛争が起こりかねないところだから余計である。私たち日本みたいな国とは地理的条件がまったく違う。
 そんな国をパジェロに乗ってトルコを一周する。何度も兵隊や警官の検問に捕まりながら、トルコという国を巡る。先の渋沢さんが感じたトルコの人々の“病的なほどの”親切さや人懐っこしさ、あるいは貧困なども描かれる。
 それにしても同じ国を旅しても、旅をする人によって、その国の様相が違うように感じられるのはおもしろかった。何が言いたいかと言うと、渋沢さんみたいな何でも受け入れ、ポジティブに物事が考えられる人にとって、ありのままの姿を映しているトルコという国は素朴でいい国みたいな、とにかくトルコという国を全部肯定的にとらえる。
 しかし村上さんの場合、村上春樹流の小市民的で神経質な感覚からすると、“どうなんだろう?”という疑問符付きの国になってしまう。その上で諦めというか、どうにもならないことだから、「他人の国の他人の町の話」だということになっちゃうところが妙におかしかった。一つの国を違う人が旅した本を続けて読んだことがなかったものだから、余計にそんなことを感じてしまった。
 そしてどちらかといえば、もし私がトルコという国を旅したら、きっと村上さんの側に立ったイメージを持っちゃうかも知れないなと思った。


評価
★★★


書誌
書名:雨天炎天
著者:村上 春樹 松村 映三【写真】
ISBN:9784103534020
出版社:新潮社 (1990/08/28 出版)
版型:2冊セット 21×20cm
販売価:入手不可 文庫、新装版ならあり

2009年02月07日

渋沢幸子著『イスタンブールから船に乗って』

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 やっと渋沢さん二冊目の文庫本を手に入れ、早速読み始める。ところでこの本の奥付を見てみると、初版が平成11年9月となっている。ということは初版からわずか10年足らずで、本は品切重版未定になるんだ。本の寿命って短いもんだなと思った。しかもそれは初版からの話だから、もし重版でもしていたら、さらに短いことになる。

 さて、今回渋沢さんは、黒海をトルコ側沿岸に沿って東へ東へと向かい、グルジア国境まで船、バス、汽車を使って旅をされる。いったいここはどんなところなのかよく知らないので、ただただ、書かれていることに感心する。そうなのだ。ここトルコは東からも、西からも文明が衝突し、興亡の激しい土地なのだ。だからさまざまな民族がここに集まっていることを知る。
 東に向かうほど何度かヒッタイトという古代の国の名前が出てくる。ヒッタイトとって何だっけ?とふと思う。だいぶ前に覚えた古代帝国の名だ。今回はネットに頼らず、ひたすら思い出してみようとする。そうだ!人類の歴史の中で、初めて鉄器を使用した民族だ!そうかヒッタイトもトルコにあったんだ!ほんとトルコという国は、いろいろな民族が国を興し、滅んでいった。歴史の渦みたいなところである。渋沢さんが訪れる遺跡は朽ち果て、ほとんど廃墟化していて、修復保存が進んでいないようである。でもそれはそれで悠久の時間を感じてしまう。

 それにしても、トルコ人ってどうしてこうも旅人に優しいのだろう。たとえば「仕事中に作業場に外国旅行者がのこのこ入っていっても、トルコでは『なにしに来た』『なに見てんだよ』などと言う人は絶対にいない。それどころか、『おすわり』『チャイを飲むかい』と言ってくれる」と書いてある。
 さらに「トルコを旅行していると、毎日のように『贈物ですよ』とか『あなたはお客さまですから』などと言われる」といって、渋沢さんは町の人にチャイやコーヒー、あるいは食事など何度もご馳走になっている。トルコの人どうしてこんなに心が広いのだろうか?と思ってしまう。そんな人の優しさが幾度も書かれるものだから、トルコっていい国なんだなと思ってしまう。心が安らぐ感じがする。
 もちろん政治のゆがみなどで、社会に暗い影を残している部分もある。たとえばロシアから来る、ナターシャ(売春婦)たちがホテル各所にいることなど、渋沢さんはかなりイライラしているけれど、それもトルコという国が近隣の諸国より経済的に裕福で、人にやさしい国だからから彼女たちはこの国に来るのではないだろうか。もちろん詳しいことは知らないけれど、ただ渋沢さんの本でトルコを旅をさせてもらった私としては、そんなふうに思った。


評価
★★★


書誌
書名:イスタンブールから船に乗って
著者:渋沢 幸子
ISBN:9784101458229
出版社:新潮社 (1999/09/01 出版)新潮文庫
版型:283p / 15cm / A6判
販売価:入手不可

2009年02月06日

小川糸著『食堂かたつむり』

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 アルバイトを終えて部屋に帰ると生活用品一式がなくなっていた。同棲していたインド人の恋人もいなかった。一瞬部屋を間違えたのかとさえ思った。その瞬間、倫子は声が出せなくなってしまった。かろうじて残っていたのは祖母の形見でもあったぬか床だけであった。
 深夜バスを使い、故郷へ戻る。母親との関係がうまくいっていない実家へ帰った。故郷は「どれもが、懐かしくてくすぐったくなるような、けれど手のひらで今すぐ握りつぶししてしまいたくなるような景色だった」。母親は倫子が家に戻ることを渋々承諾してくれたが、働かなければならない。しかし倫子は料理を作ること以外できない。それしかない、と思う。何もかも失ったけれど、祖母から教わったレシピが自分の舌に残っているし、様々な飲食店で働いてきた経験が自分にはある。ここで「食堂かたつむり」をやろうと決める。
 但し、この食堂は一日一組だけ。メニューはなく、前日お客と面接やFAX、メールでやりとりをして、お客が何を食べたいのか。あるいは家族構成や将来の夢、予算などを細かく聞いて、当日のメニューを決めるというもの。そしてここは見渡せば、海、山、川、畑と食材の宝庫だ。だからなるべく土地のものを使って料理するのが基本方針。
 そうして一日一組のお客を迎えるうちに、倫子の作る料理で幸福感につつまれたお客は、「食堂かたつむりの料理を食べると恋や願い事が叶う」と感じるようになる。それが噂となっていう村や近くの町に暮らす人達に伝わっていった。

 まぁ、多くの自然が残る里山みたいなところには自然の食材がいっぱいあるだろうし、それを使った美味しい料理を食べれば、幸福感につつまれるであろう。お客を限定して、お客の希望に沿って料理を作るとなれば、お客の人生模様もそこにはあるだろう。それを感じる倫子自身、自分の家族関係、特に母親との関係にも、何らかの影響を与えるに違いないことは想像できる。特に母親が末期ガンとわかり、母親が死んだ後残した手紙を読んで、なんで母親と仲直りができなかったのだろうと後悔するのも、ありふれたパターンだ。
 倫子が「私は思うのだけれど、女系家族の気質というのは、必ず隔世遺伝するのではないだろうか?
 つまり、おかんは貞淑すぎる実の母親に反発してそれとは正反対な波瀾万丈な生き方選択し、その母に育てられた私は、そうなるまいと反発し、また、それとは正反対の地道な生き方を選択する。永遠のオセロゲームをしているようなもので、母親が白に塗り替えたところを、娘は必死に黒に塗り替え、それをまた、孫は白に塗り替えようと努力する」と考えるのも、それが普通じゃないかななんて思ってしまった。
 要するに、この本を私が若いときに読んでいれば(もちろん作品としてないのだが)、ある程度感動もしたのかもしれないけれど、50のオジサンがこんなことで感動してられないので、こんなもんでしょとか言いようがない。ただ所々になる言葉の響きには女性らしい優しさがあって、いいなとは思った。たとえばこんな感じ。

 「本当に大切なことは、自分の胸の中に、ぎゅっと、鍵をかけてきっちりしまっておこう。誰にも盗まれないように。空気に触れて、色褪せてしまわないように。風雨にさらされ、形が壊れてしまわないように」


評価
★★


書誌
書名:食堂かたつむり
著者:小川 糸
ISBN:9784591100639
出版社:ポプラ社 (2008/01/15 出版)
版型:234p / 19cm / B6判
販売価:1,365円 (税込)

2009年02月05日

門田隆将著『なぜ君は絶望と闘えたのか』

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 この本も出版されているのを知ってから、読んでみたいと思っていた。光市母子殺人事件の遺族である本村洋さんが被告である当時18歳と1カ月の少年に死刑を求めて裁判で戦ってきた記録である。
 ものすごく不謹慎な言い方かもしれないけれど、私はテレビで見る本村さんの発言や態度、ぶれない姿勢が格好いいと感じていた。いや人間としてすばらしいとさえ感じている。もし自分の家族がこのように惨殺されたら、ここまで出来るだろうかと思ってしまう。茫然自失に陥ってしまい、その先何をどのようにしていいのかさえわからなくなるに違いない。しかも日本の司法制度の壁にぶち当たってしまい、何も出来ないことにさらに愕然とするに違いない。
 しかしこの本を読んで、本村さんも絶望の淵に立ち、日本の司法の壁に阻まれ、何度も自分の気持ちが萎えることがあったことを知らされる。いつもテレビで映し出される、凛々しい姿だけじゃなかったのだ。そうした本村さんを陰で支えてきた人たちがいたことを知らされる。そしてそういう人たちがいたからこそ、本村さんは裁判に立ち向かえたのだ。「人を殺めた人間がその命で償うという当たり前のこと」を実現するため、多くの人に支えられ、勇気をもらいながら、やってきたことを知らされる。
 本村さんは「家族の命を守れず、助けを呼ぶ家族に何ひとつできなかった自分は、変わり果てた妻を発見した時、妻を抱きしめることさえできなかった。そればかりか、娘を捜し出してやることもできなかった」自分に得たいの知れない「罪悪感」にとらわれつづけた。自己嫌悪に陥り、自殺を考え、遺書まで書いた。ふさぎ込む毎日を送って自暴自棄になったことも何度もあるという。
 そうした本村さんを裁判という場所に引き戻してくれたのは、支援してくれた人々がいたからで、そうした影で本村さんを支えてきた人たちに、この本は光をきちんと与えている。
 たとえば本村さんが働く会社の上司さんである。家族を失った本村さんは仕事をする意味を見出せず、退職願を提出しようとする。しかし本村さんの上司さんは「この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。君は特別な経験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人になりなさい」と言うのである。社会人として、仕事をしながら発言していけと言うのである。これはすごいと思った。こんなことそう簡単に言えるものではない。すばらしい上司さんだ思った。
 初公判の判決が出る前、被害者が二人で、犯人は十八歳になったばかりの少年。判決は、無期懲役だろう。それ以上、つまり「死刑」を望むのは無理だと言われていた。しかし本村さんには、一人であろうと二人であろうと、人を殺めた者が、自らの命でそれを償うのは当たり前だという信念があった。だから判決が出る前に、もし少年に死刑の判決が出なければ、本村さんは自殺するとつもりで遺書を書いていた。それほど数字にこだわるなら、自分が死ねばこの事件に関して死んだ人間は三人になるから、少年を死刑にできると考えたのである。両親に当てた遺書には「先立つ不幸をお許しください。死刑の判決が出ない時は、命をもって抗議するしか私にはできません」と書かれる。あるいは奥さんの母親宛には「せっかく結婚させていただいたのに弥生に苦労ばかりかけた上に、守ることもできませんでした。本当に申し訳ございませんでした。僕にはこういう方法しかとるしか手段はありません」と書かれていたという。 本村さんの態度に不審を抱いた上司は、遺書の原稿をパソコンのファイルから見つけ、バカなことをするんじゃないと、自殺の無意味さを説く。
 また、初公判が始まり、後に全国犯罪被害者の会(あすの会)に発展していく会合がもたれ、そこに参加した本村さんは家族を守ってやれなかったこと、裁判になっても何もしてあげれれない自分を責める。たとえば二人の遺影を裁判所に持ち込もうとしたら、その遺影を持ち込むことが出来ず、荷物として預けさせられた。
 そのことを悔しがっていると、その会の顧問弁護士が「本村君。それは、法律がおかしんだ。そんな法律は変えなければならない」と言われる。その言葉は本村さんにとって、新鮮な驚きをもたらす。市民が法律を変えることが出来るのかと。でも「おかしいのは法律の方だ。間違っているものは変えていけばいいんだ」と思うとき、本村さんは妻と娘に何かしてあげられるかもしれないという希望を見出す。
 しかし一審の判決は少年に改善更生の余地があるということで、無期懲役の判決が下され、本村さんは「裁判とは被害者に配慮する場所でない」と思い知らされることとなる。この判決後本村さんは記者会見に臨み、あの言葉を発する。

「司法に絶望しました。控訴、上告は望みません。早く被告を社会に出して、私の手の届くところに置いて欲しい。私がこの手で殺します」

さらにこうも言う。

「判決の瞬間、僕は司法にも、犯人にも負けたと思いました。僕は、妻と子を守ることできず、仇を取ることもできない。僕は無力です。今は二人の遺影の写真を見るのも辛いです。妻と娘に何も報告してあげることができません。司法にこれほどまでに裏切られると、もう何を信じていいのかわからなくなりました。結局、敵は、被告人だけじゃなくて、司法だったように思います」

「遺族だって回復しないといけないんです。被害から。人を恨む、憎む、そういう気持ちを乗り越えて、また優しさを取り戻すためには・・・・死ぬほど努力をしないといけないんです」

 判決後検事室に入った本村さんは、担当検事から「このまま判決を認めたら、今度はこれが基準になってしまう。そんなことは許されない。たとえ上司が反対しても私は控訴する。百回負けても、百一回目をやります。これはやらなければならない。本村さん、司法を変えるために一緒に闘ってくれませんか」と凄まじい正義感で言われるのである。この判決を許してはならない。自分も控訴すべきだ。それが使命だと本村さん考えるようになっていく。

 二審も一審と同じ判決であった。個別の事情に目を向けず、先に結論ありきの判決であった。むしろ「この少年は、まったく反省もしていないが、日本の法体系や価値観からいえば、死刑にはできない。だから無期懲役にする」と言ってくれた方が納得はできないけれど、筋は通っている。それを「反省している」、「悔悟の念を抱いている」などと言って誤魔化してもらいたくない。それが本村さんは許せなかった。
 ただ判決後、被告や弁護人、検察官が退廷していく中、裁判長は退廷しなかった。それに気づいた本村さんは裁判長に頭を下げ、裁判長も本村さんに頭を下げる。そして退廷していった。裁判長はたった一人の傍聴人に頭を下げるためにすっと待っていたのである。ありえない光景だという。裁判長は遺族に対して、こんな不本意な判決を出して詫びているように取材していた記者たちには思えたという。その目には最高裁が動かなければ、どうしようもない。いわゆる「永山基準」と言われる死刑適用の基準の面からも、自分にはどうしようもないのだと訴えているように見えたという。裁判長も苦しんでいたのかもしれない。

 裁判は最高裁で「死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかについて更に慎重な審議を尽くさせるため」広島高裁に差し戻された。これは死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情がない場合は死刑だといっているのと同じであった。そして広島高裁で少年は死刑を言い渡された。しかしあの弁護団は即日控訴している。あとは最高裁がどう判断するかで少年の刑が決定することになるのだろう。

 とにかくこの事件の裁判は、現状の司法の不可解さを我々に教えてくれるし、この国では人として当たり前のことを主張することが、どうしてこうも大変なことなのかを教えてくれる。本村さんが言われるように、殺された人の数で刑を決める基準が未だにまかり通っているのもおかしい。さらに被告の弁護人というのはいったい何なのかもここでは考えさせられる。
 また被告の人権は徹底的に保証されるのに、被害者の人権は徹底的に無視される社会のあり方、マスコミ報道に疑問を感じてしまう。本村さんは「天国の二人には、ほんとは言わないで欲しいと思っているかもしれない。でも、私が天国へ行った時に、一生懸命謝るんで、私の事件に関しては、あったことは全て事実として報道してもらいたいと思っています」と言ってまで、奥さんが死姦されていることまで露わにして言うのは、少年が犯した犯罪の悲惨を伝えるためもあるだろうが、一方で少年法に守り、なにも明らかにしない、あるいは犯人だけの人権をひたすら守る国家、マスコミに対する痛烈な批判ではないだろうか。
 この本は我々がマスコミから得た情報のように本村さんだけをヒーローにすることなしに、本村さんを支えてきた人にきちんと光を当て、あるいは警察、担当検事、裁判官の苦悩も書かれているので、ある意味フェアーな立場で書かれていてよかったと思う。


評価
★★★


書誌
書名:なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日
著者:門田 隆将
ISBN:9784104605026
出版社:新潮社 (2008/07/20 出版)
版型:255p / 19cm / B6判
販売価:1,365円 (税込)

2009年02月04日

中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』

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 この本はNHKの「ニュースウォッチ9」で話題になっている本として紹介された。それを見ていた私は急遽読んでみたくなった。そこでは著者の中谷さんが小泉構造改革の『片棒を担いだ男』として自らを称し、改革の理論的根拠として提供したアメリカ型金融資本主義、グローバル資本主義が日本をおかしくしてしまったと懺悔した本だと言っていた。
 「改革」と言う言葉が錦の御旗となって、それを声高に言えば何でも通った。しかしそれがかえって日本社会をおかしくしてしまったのではないか。間違っていたかもしれないと思い始めたのである。
 正直なところ、今更間違っていたかもしれないと言われても、もう引き返すことが出来ないところまで来てしまっているので、著者が懺悔したところで、今悪化している日本のさまざまな社会現象をリセット出来やしない。
 というより、小泉首相が声高に言っていた「構造改革なくして成長なし」とか、「古い自民党をたたき壊す」という文句は、確かに華々しく、パフォーマンスとしては最高の演出だ。しかしそれらの言葉の裏にどこかうさん臭さが感じ取れ、本当にそれでいいのかなという思いも個人的にあった。構造改革をすれば輝かしい日本の未来像が見えてくるようには思えなかったのである。それまであった日本の道というべきものを全部否定して、アメリカ的資本主義のシステムを導入すれば、アメリカのような豊かな社会、たとえば“アメリカン・ドリーム”も夢じゃないという短絡的発想は、何かが間違っているように思えたのである。
 そのためには今ある日本の構造を変えなきゃならないので、多少痛みも伴いますよということもきちんと言い添えていたけれど、未だその痛みは消えていない。かえってひどくなっている。今や日本の経済や社会はどうなっているかを思えば、明らかに小泉内閣がやった政策は失敗だったと言えるだろう。
 当時誰だか忘れたけれど、ある有識者は小泉行動改革は日本経済をダメにし、社会の不安を招き、犯罪社会になると予想していたのを思い出す。この人はきっと当時のアメリカの裏側に潜む問題点をきちんと見ていたのだろう。
 「古い自民党をたたき壊す」と言った当の本人は日本社会もたたき壊し、自らもう必要ない、あるいは批判されることをわかっていてか、さっさと引退を表明しちゃっている始末だ。

 この本で著者は「私は間接的な形であっても、いわゆる小泉構造改革の『片棒を担いだ男』の一人であるのだ」と言っているし、私はアメリカ市場主義的世界観に「かぶれていた」とも言っている。日本でもアメリカ市場主義的世界を実現できれば、もっと日本は幸福になれるはずだと信じていた。だから小渕内閣の首相諮問機関「経済戦略会議」の議長代理を務めるなど政府の委員を多く務め、政策決定に大きな影響力を持ち、小泉行動改革の理論的根拠を提供してきた。
 しかし現在の日本や世界の情勢を見てみると「どこかおかしい」と思わざるを得なくなった。そこで自分が信じてきたアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義のどこに問題点があったのかを探るようになる。それを探り出したのがこの本なのである。そして自分の言動(アメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言など)を自己批判し、180度転向したことを宣言した上で、小泉内閣の行った構造改革を批判しているのである。

 では何故中谷さんはアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義を礼賛してしまったのか。それは中谷さんがアメリカに留学したときに感じたアメリカの豊かさを何の疑問もなく、手放しで感じてしまったからである。
 しかし今になってよく考えてみると、当時のアメリカの豊かさをもたらしたアメリカ流経済学をそのまま日本に適用しても、それで日本人が幸せになれる保証などどこにもないという当たり前の事実に気がつかなかったこと。もう一つは留学当時中谷さんを圧倒したアメリカの豊かな社会を支えていたのは、レーガン政権以降に主流になる新自由主義ではなく、「新古典派総合」(マーケット・メカニズムと政府介入を許すケインズ経済学を適切に組み合わせた資本主義経済)に基づく経済政策で、アメリカが豊かな社会になっていて、それに気がつかなかったのだという。
 つまり当時は新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義はこれから先どうなるかわからない理論であったのだ。そこにIT革命が加速され、その情報通信産業と金融業が結び付き、今までのアメリカの中心であった製造業からシフトしていき、市場はアメリカだけでなく、全世界に拡大していった。つまりそれまであったローカルな資本主義から、グローバルな資本主義と変化していき、その結果、経済だけでなく社会も変質していった。
 どういうことかと言えば、ローカルな資本主義では資本家は労働者を一方的に搾取・収奪するわけにはいかない。なぜなら企業が作るモノやサービスを買ってくれるのは、他ならないその労働者であるからだ。収奪一本槍で、労働者を貧しいままにしておけば、マーケットは拡大せず、企業は自分自身の首を絞めることになる。この意味においてローカルな資本主義ではリベラルな社会体制を担保していたことになる。
 しかしこれはグローバル資本主義が跋扈するグローバル・マーケットでは通用しない。グローバル資本主義において労働者と消費者が同一人物である必要がないからである。具体的にいえば、中国の安い賃金で作られた商品を買うのは日本の消費者たちなのだ。このようにグローバル資本主義は「生産と消費の分離」を可能にした。ここにおいて自国の労働者を大切に扱う必要性がなくなっていく。
 グローバル資本主義は、安い労働力を求めて移動するので、自国の産業は空洞化し、労働者の需要が減ることとなる。ここでの正規労働者を減らし、安い賃金で雇えるパートや派遣などが急速に増やしていくこととなる。企業の人件費のコストは削減されたが、労働者は労働条件の悪化で苦しむことになる。日本では雇用改革がさらにその傾向を促進した。このことは資本家と労働者、あるいはスーパーリッチとワーキングプアという所得格差生む。
 また利益追求のためには、既成の文化や伝統というのは経済活動のじゃまになるので、それをなんとか除外しようとする。もともと経済学では、市場での経済活動が社会にもたらす影響のうち、金銭に換算できないものを「外部性」と呼び、経済学の対象とされないという。つまり伝統的な生活習慣、伝統文化が失われてもそれが損金として金銭で表せないのであれば、経済的損失としてカウントされない。だからどんどん伝統文化が破壊されても、経済学において問題とされない。ここに伝統文化の破壊が正当化される根拠を生み出すこととなる。
 人と人のつながりにおいても、「より多く儲けた者が勝ち」で、「稼げない人間は負け組であり、それで飢えたとしても自業自得である」という考えに至れば、信頼関係や絆など生まれるわけがない。「手段のためには目的を選ばない」となれば、環境問題にはコストがかかるからそのまま放置し、利益追求のためにはモラルもへったくれもなくなり、平気で食品偽装が行われるようになる。さらに利益追求のため、グローバル資本は政治に対してこれまで以上の発言力を持つようになり、自分たちがやりやすいように(さらに利益が出せるように)小さな政府、規制緩和、企業減税などを声高に要求するようになる。中谷さんは次のように言う。

 「結局のところ、マーケット・メカニズムや自由競争、あるいは、グローバル資本主義の仕組みとはエリートが大衆を搾取するための『ツール』あるいは『隠れ蓑』として使われているだけではないか。あるいは、それらは『民主主義的装い』によって固められているけれども、実は、支配のための便利な道具になっているのではないか。
 もしこの考えがおおむね正しいとすれば、どれだけ自由競争をさかんにし、グローバル経済を拡大していっても、それでアメリカ人や日本人の一般庶民が幸福になれるとは限らない。おそらく、単に世界の能力のあるエリートたち、資本を自由に操れる人たちがさらに豊になるだけのことである」

 だから「こうしたエリートのためのツールであるマーケット・メカニズムをそのままの形で鵜呑みにして導入することには問題がある」し、「新自由主義に基づく単純な『構造改革』路線で我々が幸せになれるなどというのは妄想にすぎないということを痛感させられる」と言うのである。「そこにあるのは、あくまでも個々人の幸福追求であって、社会全体の幸福実現は二の次、三の次でしかない。自由競争の中で上手に稼ぐことが『資本主義の正義』であれば、その競争に敗れて職や財産を失うのはあくまでも自己責任なのだとする新自由主義思想には、格差の拡大を正当化こそすれ、それを是正して、みなが幸福な社会、みなが心豊かに暮らせる社会を作ろうという意図は皆無である」。「小泉改革を経て、日本社会は他人のことを思いを馳せる余裕がなくなり、自分のことしか考えないメンタリティが強くなったのではないか。地域はいっそう疲弊し、所得格差は拡大した。医療改革によって老人たちの心は穏やかさを失った。異常犯罪が増え、日本の社会から『安心・安全』が失われた。こうした人心の荒廃や、貧富の差の拡大は、経済環境の変化がもたらした一時的・過渡的な現象などではなく、グローバル資本主義やマーケット至上主義そのものにビルト・インされたものではないか。日本で進められた『構造改革』にはこれら日本社会の変化にほとんど関心を寄せることがなかったのではないか」と思い至るのである。そして中谷さんはこうした欠陥のある「構造改革」の旗振りをしてしまったと後悔していくのである。

 このようにアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義が、日本を不幸のしたことを考察した上で、何故それがアメリカにおいてそれがデファクトスタンダードになったいったのか。それをここで言及する。それはアメリカの成り立ちに起因する。
 アメリカは独立から230余年、白人の本格的入植から考えても、せいぜい400年足らずの歴史しか持たない若い国である。しかも国民の大多数が、文化的バックグランドを異にする移民の集まりである。このことから自然に対する深い愛着、統一的な文化的伝統といったものが存在しない、人々を結びつける土地の力、歴史的伝統が力が極めて弱い国である。
 そうした文化的バックグランドも違えば、出身階級も違うような人々が集まってできた人工的な国家を統合していくには、普遍的な理念が求められる。だから中谷さんは「アメリカは世界史上、稀に見る『理念国家』である」という。こうした国家では文化的伝統とか民族的歴史といった要素をみだりに持ち出すと国がバラバラになってしまう。だからそうしたものを超えた論理が必要となっていく。それがアメリカの作り出す論理なのだ。そうして出来上がった論理は偏狭な民族性や古い歴史のしがらみを超えたものであり、普遍的、世界的価値を持っている」と信じて止まないのである。ある意味アメリカのお節介はそうした自信から生まれているといっていいかもしれない。それがアメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義を押し広げていった理由である。
 しかしサブ・プライム問題に端を発するリーマン・ショック以来、この論理には問題があったし、テロへの戦争が泥沼化している現在、アメリカのあらゆる思想が破綻をきたしている。
 アメリカ以外の国には固有の民族的伝統や歴史、文化が存在し、アメリカが生み出した普遍的だと思われてきた論理を受け入れられない部分があることを、我々は知るべきなのである。そして日本においても、日本固有の文化、伝統があり、うまく機能して、安心して暮らせる社会であったものを、アメリカから押しつけられた論理を受け入れたことで、不安を増した以上、決してアメリカ流の論理が普遍的でなく、一部の人間のためのものであったことを知るべきなのである。
 「『日本の社会は悪平等だ』『日本の企業は非効率だ』と言われていた頃のほうが、実は日本社会は、日本の会社はずっと元気だったのではないだろうか。この事実をふたたび私たちは思い出す必要があるだろう」という中谷さんの意見は貴重だ。
 資本主義とは、資本の増殖を目的としたあくなき利益追求を是認するイデオロギーである以上、「資本主義イコール進歩」と軽々しく信じず、資本主義は本質的に暴力性を持ったものであることを認識すべきなのである。
 しかし人類は現在民主主義もマーケット・メカニズムも(あるいは、グローバル資本主義も)それ以上のものを持たない以上、きわめて不完全ではあるがそれらをうまく機能させるよう工夫していく地道な努力を続けることしかないと中谷さんは言うが、まさにその通りだろうと思う。無統制、規制なしに自由なままにしておいたがために、今の状況に陥ったところを考えれば、マーケットがマーケットとして適切に機能していくためには、ある程度は政府の介入も必要であろうし、「信頼」というファクターもきちんと存在しなければならない。それは目に見えないインフラとして社会資本として考えるべきと中谷さんは提言する。
 この本はわかりやすく、本当にいろいろなことを深く教えてくれた。私個人も自分なりに世界や日本などを考えるに当たり、いい指針になってくれる本で、読んで良かったと思っている。


評価
★★★


書誌
書名:資本主義はなぜ自壊したのか―「日本」再生への提言
著者:中谷 巌
ISBN:9784797671841
出版社:集英社インターナショナル 集英社〔発売〕(2008/12/20 出版)
版型:373p / 19cm / B6判
販売価:1,785 円(税込)