2009年02月10日

村上春樹著『雨天炎天』

2009_02_10_01.jpg


 ここのところトルコという国に興味を持ってしまい、自分の本棚にトルコに関する本がないかなと眺めていたら、この本を見つけた。自分では読んだ気になっていたのだが、どうやら読んでいなかったことに気がつく。
 この本は二冊セットになっていて、一冊がギリシアのアトス山周辺の紀行文になっていて、もう一冊がトルコの紀行文となっている。文章は村上さんが書かれ、モノクロの写真がいかにも荒涼たる風景を表現しているけれど、できればカラー写真の方がリアリティーがあって良かったじゃないかと思った。
 一冊目は「GREECE アトス-神様のリアル・ワールド」となっているが、私はギリシアにこんな土地があることさえ知らなかったし、ましてここがギリシア正教会の聖地だとさえ知らなかった。アトス山があるこの地にはいくつもの修道院がある。自然の厳しい土地の上に、女人禁制の地だから華々しさがない。恐ろしくプリミティブのようである。しかもギリシア正教会の聖地だからか、修道院にある迫害され殉教した聖人の絵画は、西側のようなオブラートに包んだものでなく、その迫害の残酷さが極めてリアルな感じで描かれているという。修道院に対する援助もほとんど途絶えているようで、補修ができないようで、荒れたままか、手入れが追いつかない状態のものもあるようだ。でも村上さんは「でもしんと静まりかえった修道院の庭を夕暮れにひとりで散歩していると、その素朴な光景がどことなく心にしみる。その単純さと、手入れの悪さが風景と馴染んでいて、とても自然に感じられるのである。西欧の寺院のこれみよがしな隙のない壮麗さには正直言って時々辟易させられるが、ここにはそれがない」という。
 さらに村上さんは「僕は宗教全般についてそれほど多くの知識を持つ人間ではない。でも個人的な感想を述べるなら、ギリシア正教という宗教にはどことなくセオリーを越えた東方的な凄味が感じられる場合があるような気がする。とくに夜中の礼拝を階段の隅からそっと覗き見ているような場合には。そこにはたしかに、僕らの理性では捌ききれない力学が存在しているように感じられる。ヨーロッパと小アジアが歴史の根本で折れ合ったような、根源的なダイナミズム。それは形而上的な世界観というよりは、もっと神秘的な土俗的な肉体性を備えているように感じられる。もっとつっこんで言えば、キリストという謎に満ちた人間の小アジア的不気味さをもっともダイレクトに受け継いでいるのがギリシア正教ではないかとさえ思う」とこのギリシア正教会の聖地に来てみて、ここにある根っこの部分で、ギリシア正教の姿を感じ取られている。
 私ももちろん詳しいことはわからないけれど、今までギリシア正教というのはどこか泥臭い部分を感じていた。カトリックのような洗練さもないし、論理的ロジックに固まった思想もないように感じている。そこにあるのは人間が絶対的な神を信じるという一点につきるような気がする。その厳しさや土俗性は小アジアの気候や風俗などがもろ反映しているのかもしれないけれど、しかしそれは人間が神を信じるという原始的で単純な形をそのままの残しているのではないかと思うのだ。“信じる”というのは本当はもっとシンプルなものだと思ったりもする。
 村上さんは旅を終えて次のように言う。「そこで暮らしていた人々や、そこでみたふうけいはや、そこで食べたもののことがものすごくリアルに目に浮かんでくるのである。そこでは人々は貧しいなりに、静かで濃密な確信を持って生きていた。そこでの食べ物はシンプルだけれど、いきいきとした実感のある味をたたえていた。猫でさえ黴つきパンを美味しそうに食べていた」と。

 2冊目は「TURKEY チャイと兵隊と羊-21日間トルコ一周」である。この本は「トルコは兵隊の多い国である」といって始まる。トルコはとにかくホットな国で、地図を見ていてもギリシア、イラン、イラク、シリアと今一番熱い国と接しているから当然と言えば当然である。多くの人種を抱え、下手をすれば人種問題で紛争が起こりかねないところだから余計である。私たち日本みたいな国とは地理的条件がまったく違う。
 そんな国をパジェロに乗ってトルコを一周する。何度も兵隊や警官の検問に捕まりながら、トルコという国を巡る。先の渋沢さんが感じたトルコの人々の“病的なほどの”親切さや人懐っこしさ、あるいは貧困なども描かれる。
 それにしても同じ国を旅しても、旅をする人によって、その国の様相が違うように感じられるのはおもしろかった。何が言いたいかと言うと、渋沢さんみたいな何でも受け入れ、ポジティブに物事が考えられる人にとって、ありのままの姿を映しているトルコという国は素朴でいい国みたいな、とにかくトルコという国を全部肯定的にとらえる。
 しかし村上さんの場合、村上春樹流の小市民的で神経質な感覚からすると、“どうなんだろう?”という疑問符付きの国になってしまう。その上で諦めというか、どうにもならないことだから、「他人の国の他人の町の話」だということになっちゃうところが妙におかしかった。一つの国を違う人が旅した本を続けて読んだことがなかったものだから、余計にそんなことを感じてしまった。
 そしてどちらかといえば、もし私がトルコという国を旅したら、きっと村上さんの側に立ったイメージを持っちゃうかも知れないなと思った。


評価
★★★


書誌
書名:雨天炎天
著者:村上 春樹 松村 映三【写真】
ISBN:9784103534020
出版社:新潮社 (1990/08/28 出版)
版型:2冊セット 21×20cm
販売価:入手不可 文庫、新装版ならあり

trackbacks

trackbackURL:

comments

comment form

(どんなことがあっても、本が好き にはじめてコメントされる場合、不適切なコメントを防止するため、掲載前に管理者が内容を確認しています。適切なコメントと判断した場合コメントは直ちに表示されますので、再度コメントを投稿する必要はありません。)

comment form